勇者の変態疑惑
(どうしてこーなった!!!)
とりあえず心の中で叫ぶ。
現状として把握できる事、まず一つとして勇者としての称号が剥奪された。
=俺の2年間の苦労は魔王の一言で水の泡という現実。
(うぉお、うぉおおおおおおおお…!!)
両手で顔を覆い、涙を滝のように流しながら言葉にならない呻き声を上げる。上げたくもなる。
「言葉って凄いね!」
再び手配書を掴み、穴が開くくらい食い入るように凝視する。
「称号剥奪はしょうがないにしても…賞金掛けられるという最悪な状態も考えていたけど!」
俺は賞金の書かれたポスターを力の限り全力で握り締める。どうしても納得のいかない点があるのだ。
「0多すぎだろォ?! なにこれ0の数間違えたの?! ふざけてるのかこれ!」
とりあえずはポスターに突っ込む。
書かれている記事には何故か俺と魔王が彼女だということが書かれている。普通そんな情報まで書く必要があるのか定かではないが、俺にとっては十分な嫌がらせになっているのは確かだと思われた。
俺は自分の手配書の一番下に書いてある説明文を見る。
『勇者の彼女は魔王様』
「何でここの文字だけ馬鹿でかく書かれているのよ、注視するところ違くねえか。魔王が存在していたって事にもう少し注目しないか普通」
ぶつくさ文句を言いながらもやはり疑問に思う。何故にこんな内容が書かれているのだろうか。
「いらなくねぇ? どう考えても一行余計じゃねぇ?」
よくよく見れば様付けされているのは魔王だけ。
(…なんか勇者の俺が魔王よりも下な感じがして凄く嫌だ。これは精神攻撃というものだろうか、これを書いた奴は多分、俺のこと嫌いなんだろう)
でなければこんな手の込んだ嫌がらせはしてこない。常人の神経ならしてこないに決まっている。
俺は一度レポート用紙から目を離すと
「お前の事知らないけど、俺も嫌いだよバーーカ!」
と言って、また説明文へ目を戻す。
(だって何これ。堕落した勇者を略してダラオ?俺の説明雑だし別名ひどくねえ? 何でこんなにいじられるの。悪党扱いだからかな、にしてもあまりにも酷くねぇ?)
それから魔王の詳細が書かれた手配書に目を移す。俺とは違ってつらつらと魔王の説明が書かれている。
(懇切丁寧に魔王だけ説明するとか、魔王に対して俺の扱いおかしくね? 何? 伝説の魔王だから一応は話を持ち上げてるの?)
様々な感情が込み上げてくる。これ以上見ているとあれなのでと、俺はこれ以上読んでも憂鬱な気分になるだけと知り、手配書を力いっぱいに握り潰した。
(もしかしたらもしかすると、手配書を書いている奴は相当凄い奴なのだろう。何故なら、確実に俺の精神に深いダメージを与えてきてやがる)
俺はくしゃくしゃに握り締めた手配書を床に放り投げて目線を下に下げる。目の前でちんまりと縮こまり目の前で正座している魔王を見る。
(とまあ、いい加減冗談は置いといて。…さて、どうするか。魔王を取りあえず正座させたものの…どうしてやろうか全く考えていなかったしな)
今更ながら別に魔王を倒す気はさらさらない。魔王をどうこうしようが過去に戻れるわけでもないからという理由もあるが。
(ほんと何考えてんだか、とち狂った事しやがって)
魔王に向けていた剣を収めこれからどうするかを考える。頭で分かっていても、簡単にこの怒りを鎮めるまでには至らない。
少し考えた後、そうだ、と俺の脳裏にいい案が浮かび上がる。それは二度とふざけた真似をしないのも含めて、まずは魔王を少し懲らしめてやろうという方法だ。
「おい魔王」
「ハイ! なんでしょう勇者様!」
すっかり萎縮した魔王は、何時になく敬語。俺は恐怖と絶望を与えてやろうとニヤリと悪い笑みを作る。手始めに脅迫してみることにしよう、効果は抜群に違いない。
「次にこんな真似をしてみろ、貴様を全裸にさせて街中を歩かせるぞ?」
「……え?」
人間ではないとしても姿形は同じ。いくら魔王と言えど見た目は普通の女の子として変わらない。恥くらいはあるだろうという推論に辿り着いた。
「くっくっく、嫌か? 嫌だろう! 嫌だよなぁ!? それが嫌だったらこれからの行動はなるべく慎重にだな……」
とはいえ流石に本気でそこまでする気はないのだが、しかし脅すには十分な効果だ。いくらおふざけが過ぎる魔王でも、これで下手な真似をしなくなるなと。
「なるほど、優くんはそういうのが趣味なんだね!」
そう一瞬でも期待した俺が馬鹿だった。
俺の発言に魔王は納得したように何度も頷くと、手の平に拳をッポンと乗せ、さも嬉しそうな表情を浮かべる。取りあえずとんでもない誤解をされているのは分かった。
前言撤回、5秒程で安堵の息は絶望の溜息へと変わった。
懲りる、反省する、恥じる、そして謝る。そういう理念の全て吹っ飛ばして、俺は摩訶不思議な脳内変換により魔王に誤解される結果に収まったらしい。
「うん、ぶっ飛ばすよ?」
「別にいいよ? 優くんが望むなら喜んで! 好きにしていいのよ!!」
「ダメだコイツ、早くなんとかしないと…」
頬を薄く染める魔王を見る。魔王にはこの手は逆効果のようだと俺は悟ったように理解する。同時に魔王には恥という概念が存在していない疑惑が浮上し、色々と悲しい気持ちになった。
力ずくで押さえ込むような荒い手段は、俺にとっては気が進むような手段ではないと却下。というかそれ以前にコイツのことだから
『もっと! もっとやって優くん!』
とか言い出しそうで尚のこと嫌だ…。そこまで考えて、完全にこの方法は無いと結論付ける。
(なんで俺…こいつのこと好きになっちゃったんだろ…)
俺は走馬灯のように幼児期の思い出を掘り返す。小さい頃、父に女はよく選んでから決めろと言われていた。無邪気に訳もわからず頷いていたあの頃が懐かしい。
「・で…・…・お…・…・!」
ルルーと涙腺を流して悲しみに暮れていると、何処からともなく声が聞こえた錯覚を覚えた。
「…あん? 今変な場所から声が聞こえたような…気のせいか…?」
すぐさま疑問に首を傾げて窓の外を見つめる。下には未だにドアを打ち壊せずに声を上げている者たちで群れ返っている。しかしさっきのは下からというよりも上から聞こえたような気がした。
つまりはどういうことか。首を傾げて待っていると、それはハッキリとした声となって俺の耳へと届いた事で発覚した。
「駄目ですお譲ちゃん!」
「…は?」
突然聞き覚えの無い声が割り込んでくる。そしてその声の主は窓の外。窓の方に顔を向けたとほぼ同時に一人の男が窓を粉砕して入ってきた。
「いけません…いけませんよ!! そんな変態の言いなりになってはいけません!!」
いきなりガラスを粉々に粉砕され、折角綺麗にした床一面に、それはもう豪快に破片をまき散らし、そしてその男は入ってきた途端に俺を変態呼ばわりする。
「いやいや何人ん家の窓突き破って入ってきてんだよお前、勝手に上がりこんできて変態呼ばわりしてくるとか最悪にも程があるだろ!?」
「黙りなさい!! つい先日まで勇者の身であった者だというのに…なんと嘆かわしい、その可憐でか弱き可愛い女の子に変態的な趣味を強要するとは! それでも貴方は人間ですか! この悪魔め!!!」
「ちょちょちょ何か誤解しているみたいだから訂正させてもらうけど、あのな、それもこれも全てはあいつの性であって俺は別に…」
「そうやって言い訳するなんて、それでも貴方は男ですか!! 男なら潔く自分の行いを認めたらどうですか!!」
「うん、あのな、だからな? 言った事は認めるよ、認めるけどもそれには理由があって」
「ほーらやっぱりそうじゃないですか! 何が誤解ですか情けない!!」
若干のイラツキを覚える。どうやらこの男は人の話を聞かないタイプらしい。
「というか一ついいか?」
「…何ですか」
「お前、さっき可憐で可愛いとか何とか…言わなかったか?」
「ええ、言いましたよ。それが何か?」
周囲をくまなく探すが、どう周りを見回して見てもこの場にいるのは俺と魔王と、そして謎の男が一人だけ。
(この男は何を言っているんだ? 可憐でか弱くて可愛い女の子? ……一体何処にいるっていうん――)
――ゴシャァ!!!
何も言ってないはずなのに、何かする素振りもせず、突然笑顔で魔王に思い切り足を踏まれる。その速度は凄まじく、反応の余地すら許されない。鳴り響く音とともに足に遅れて痛覚がやってくる。
「ぐふうぉおおおお!!?」
メリメリと今までの体験談から多分骨が砕けた感覚がした。今ので数本の骨を持っていかれたのかもしれない。
これは複雑骨折に部類するだろうか。そのあまりの痛みに優は悶絶しかける。いや、既に悶絶している。
(何故だ、こいつは心が読めるのか?!)
俺は驚愕した。魔王が心が読めるかどうかはさておき、魔王にとって負、つまり悪いと考えられる発言は、ほんのちょっと考えるだけでもアウトだということだ。
「…魔王と親密な関係になっている時点で落ちたものだと思っていたが、まさかここまで落ちていたとはな!」
「え、ちょっと待っておかしくね!?」
今のやり取りをどうしたらそう勘違いできるのか、男は奥歯を噛み締めて俺を睨みつけてくる。どうやら男の敵対象は変わらぬまま、俺にだけ固定されたようだ。
「…ヤル気みたいだな…」
一先ず敵意識を向けて突然乱入してきた男を観察する。
歳は17、18と俺と同じくらいだろうか。整えられた髪に綺麗に着こなされた服装。きつく釣りあがった眉にキリッとした目つき。戦闘モードということもあって顔を引き締めているが、その男の顔はそれなりに整っていてイケメン寄りの顔立ちをしていると分かる。
「うん…イケメン…なんだけど…」
ただ、窓を破った時に刺さったと思われるガラスの破片が、男の全身という全身に突き刺さっている。
痛みに悶え苦しみながら床に倒れ込み、顔だけで此方に向けてひたすら必死の形相で言う姿は、なんとも非常にダサい格好として俺の目には映っていた。
「しかし…やべぇな」
だがしかしそんなことはどうでもいいと、小さく舌打ちを鳴らした。この状況を俺はあまり好めるようではないと感じていた。
窓を割って入ってきたことはさほど問題ではない。それよりも気になったのは、男の言い放った言葉。指名手配書に書かれている誤報が早速効力を表し始めている。おかげで不審者にも大きな影響を与えてしまった。
魔王とのやりとりの何処を見て解釈すれば親密な間柄に見えるのか定かではないが、問題ごとがこれ以上変な方向へと拡大する前に対処しなくては、俺の威厳がそろそろ持たない。
まずは誤解を解くべく、この男を何としてでも説得する必要があるな。