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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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二つの思想



「…っはぁ?」



 部屋中に驚きと呆れが篭った声が轟く。発したのは魔王と意思を通じ合っていた優だった。予想外の魔王の答えに、まさかと口を開いて声を上げてしまう。



「……優さん?どうかしたのですか?」

「……ぁ、…いやいや何でもない。ちょっとした思い過ごしだ」

「…え、えっと…?」

「あ、いやいや!本当になんでもないから気にしなくていい!」



 要らん心配を掛けてしまったようだ。近くに座っていた桜が、俺の声に驚いて咄嗟に立ち上がる。それにどうしようかと一瞬考えたが、落ち着かせようと即座に考え付いた適当な理由で誤魔化すと、そのまま話をうやむやに持っていくことにした。



「そう…ですか、分かりました」


 

 それに桜は少々納得のいかないという顔になるが、深くは追求することなく押し黙ると元の席に静かに座る。そういう面が結果的に一人で抱え込んでしまった原因でもあるのだが……気が利く面でもあるため考えようだ。



(……しかし、柚依が自ら【ゲクロク】について話したというのに、まさかその幹部に位置しているなんてな……)



 予想外過ぎたせいか、つい疑いを掛けられている本人の前で変な声を上げてしまった。…まあ…いくらなんでもこれくらいじゃ怪しまれないだろうが…。



 魔王の心を読む能力は、柚依には初めて使っている。それがどんな力かも伝えてはいない。何かしたと理解できても、それまでだろう。



 チラリと少しだけ目線を柚依に向ける。見たところ俺が少し不思議そうに疑問を浮かべたような顔をしている。……思った通り気がついてはいないようだ。



 ほっと胸を撫で下ろして一安心。……も、束の間。足の小指に鋭い痛みが走る。どうやら魔王がここにいる誰もが気づかない、神速な速さで足を踏んだようだ。



 魔王の『足砕き』は足の小指を角にぶつけたときとは比にならない。無論尋常ではない痛みが電流の如く駆け抜ける。悶絶、絶句、驚愕、恐怖。今の俺の心境はこんなところだ。



「(__ぎぃやああああああああ!?!)」

「(ちょっと優くん!ふざけないで!少しは真面目にやってよ!!)」



 ……声も上げられず痛みに悶えているのはてめぇのせいだろこのや…。……あ、う、嘘ですすいません。だから足をもう一度踏み砕きに来ないで下さい。



 ムっと頬を膨らますと踵を床に打ち付ける魔王の姿を見て一瞬不思議に思ったが、すぐさまハッと思い出すと背筋が凍り、慌てて謝罪。魔王と意思を共通しているため、文句も全て筒抜けということを忘れていた。



 ……ちなみに、『足砕き』というのは魔王が人の足の骨を砕きに掛かる為名づけた。その無駄な才能は恐怖の象徴とし、勇者を畏怖させた技名として記憶に刻むためだ。



「(もう……疑問に思っていたのは優くんだけではないのよ?私も薄々変だとは気がついてはいたの。……ただおかしいと気がつき始めたのは優くんが死に掛けていたときだけどね。私が優くんを治療する光景を見ていて、あいつは途中、何かを呟いていたの……何をいっていたのかは、そのとき咄嗟だったから耳に入らなかったんだけどね……)」

「(……【デビルアイ】でも何を言っていたのか読み取れないのか?)」

「(駄目……。やっぱり不完全な状態だと…正確には無理かな…見通せる情報にも限りがあるからね…)」

「(……そうか…。…だがそれでも…さっき情報は…確かなんだな?)」



 踏まれた足を優しく撫でながら真顔で魔王を見つめる。



「(……うん。柚依の話していた【ゲクロク】がどんな組織なのか、そして柚依自身が何者なのかも…ね)」

「(……凶悪な犯罪組織と…その幹部…か)」



 一体あいつは何を考えているんだ?



 手配者と知っていても尚手を貸し、同じく手配された呪人の正体を知っている。挙句に勇者であるにも関わらず、犯罪者の幹部の一人……?




 _てか今更だが、こいつって本当に勇者なのか?




「……柚依」

「何です優さん?」



 いやまあ技量や服装からして勇者だろうけど。



 それに普通に接してくれるし、一部が変だか常識人ではある。見る限り表上は元気で明るい女の子。悪いような奴には見えない。



「……はぁ……」



 再び思考を巡らそうとして、止める。



 というか、これ以上考えても手詰まりで無駄に思えた。



 分からないものはいくら考えても分からない。これでは話が一向に進まないと思うと、ドッと疲れが押し寄せ、無意識に溜息が漏れる。



「ちょ…いきなり人の顔見るなり溜息しないでくれない?」



 そんなこと言われても、溜息が出るのだからしょうがない。



「いや……なんかさ……はぁ……もうめんどいし核心から進めていい?」



 そもそも、分からない情報を手に入れたところで、答えが見つからなければ意味が無い。ただ延々と情報だけ伝えられて考える。それではいつまで経っても話が進む道理がないはずだ。



 要は、一切の隠し事無しならいいんだよな。



「核心…?」

「ああ、嘘や隠し事は一切無しだ」

「っちょ…優くん!?」



 俺の考えを未だに読んでいた魔王は驚いたように声を上げ、静止させようとわき腹を小突いてくる。だが、魔王の意義など俺にとってはもはや関係ないのだ。



「お前【ゲクロク】の幹部らしいけどさ、何か誰にも言えない理由でもあって潜入調査でもしてるのか?」

「え?あ?え?…何で知って……ほ、本当に超直球に核心を付いてきたわね……さっき魔王さんの目が光っていたけど…あれは思考を予想、予知?それとも読み取る能力だったという……」

「あ、そういうのはもういいから。終わりが見えないから話進めて欲しい」

「え、ちょ」



 質問意外の有無は認めない。じゃなきゃ遠回りが続くだけだしな。



「どうせ幾つか嘘でもついてるんだろ?何となくそんな気がするだけどな」

「……そう、ね」

「隠し事は一切無しといったが、別に教えられない事情でもあるなら言わなくていい。ただ俺が一番聞きたいのは、どういう経路でお前は俺等を襲って、ここに来るように仕向けたか…それを知りたいだけだからな」

「…というと?」

「柚依もイグベールの村に居たんだろ?だったら答えられるはずだ。どうして俺や魔王が居るのを知っていて、攻撃を仕掛けたのかを……な。…俺としては初めからそれだけを聞きたかったんだけどな……」



 どうして柚依はイグベールに居て、どうして俺等が来るのを知っていたのか。それがどうしても不に落ちないと思っていた。



「もしかしてだが、そういう能力がお前の力……ってことか?」



 推測、推理、洞察、予知、結論。例を上げれば複数の種類の能力が浮かび上がる。



 それらを総合した結果、柚依との偶然の正体は、桜やイグベールに居た住民と同じ、【視る】ような特異な能力で起されたのではないのかと推測に到った。



「……んー、まあ…大体合ってる」

「大体?…って、そこ素直に答えるのな」

「まあ、今は仲間だしね?」



 _今は…か。



 なんかその言い方だと、少し引っかかりを覚えるな。



「(…ほんと無茶苦茶だよね。優くんは……)」



 突然直接頭の中に魔王の声が響く。お馴染みの意思共通だ。



「(しょうがないだろ。じゃなきゃ協力関係だとは呼べない。…それにもう柚依が敵じゃないことくらい理解してるだろ?)」

「(まあ…ね…。それに別に嘘は言ってないみたいだし…)」

「(…お、それは良かった……。しかし、また発動させてたのか。…意思共通させ過ぎると危ないんじゃなかったのか?)」



 確かイグベールにいたとき、そんなことを話していた覚えがある。



「(それは長時間繋げてたらっていう話。まあ凡人だと数分が限界だけど、優くんと私は色んな意味で相性がいいからね)」

「(…どういう意味で?)」

「(ん?聞きたい?)」



 うん。無視しよう。



「……それで?お前はその能力で俺等が来るのを知っていた。それで攻撃を仕掛けた……でいいのか?」

「ん。それは違う……私がイグベールに居たのは、私じゃなくて、もう一人の私なんだよね」

「…適当なこといって誤魔化そうって魂胆か?」



 そういうと、途端に柚依は小難しそうな表情を浮かべる。



「…うーん。…なんていえばいいのですかね。…私自身は確かにイグベールに優さんが来ることを知っていたの。勿論仲間になってくれるんじゃないかなーって思って誘いに向かうことにしたわ。ただ転移したのはもう一人で、もう一人の私が空間から空間を移動してイグベールに着いたのよ。攻撃してしまったのは事実だけど、私じゃないわ」

「ごめん。人語で話してくれる?さっぱり訳分からん」

「うー。魔王さん説明して上げて」



 何故私に振る。そんなことを言いたげな顔をしている。



 その気持ちは分からないでもないが、柚依の説明が消極的過ぎて何言ってるのか理解が追いつかないからしょうがない。桜までもが微妙な表情で首を傾げているところ、魔王が話す方がよほどてっとり早いしな。



「魔王さんがさっき使ってた力って、思考を見透かす類の能力なんでしょう?」

「……さあ…ね。人殺しに教えることなんて何もない」



 その言葉に、柚依は僅かに眉をピクリと動かす。



「……そこまで分かってるの…ね。ならどうなのか…答えられるでしょう?」

「今言ったはずだけど。教えることは何も無_」

「_魔王、いい加減にしとけ。言いすぎだ」



 僅かながら俺の怒声が混じった声音を聞くと、ハッとした顔をして魔王は押し黙った。



 何がそんなに気に食わないのか。ムキになっている魔王にはいつもの余裕が無い。これでは俺の方まで調子が狂ってしまう。



「……私もそう思います…。人にはそれぞれ、行動の先には必ず深い事情が存在するものです。例え柚依さんが人を殺してしまう罪を犯していたとしても、その罪を知らない魔王さんが責めるのは道理ではありません」

「…桜ちゃん……」

「……優さんと魔王さんの存在が無かったら、私は私という存在があっただけで、村に居た人々を殺してしまったかもしれません」

「そ、それは違う!だって桜ちゃんは関係無かったじゃない!」

「……それは、一度でも事が起きてしまえば、関係無いなんて言葉では済ませないのですよ。…罪は個人の意識。罰するは真実も偽りも同じ…です。魔王さんは……悔いる罪を犯してはいないのですか?」



 小さく目を見開き、次第に魔王は俯く。



 そんな様子を見せるところ、魔王にもあるのだろうか。確かな罪を背負うような過去が。



「……そうだね。柚依ちゃん、ごめん…」

「…いや、大丈夫よ。気にしなくていいから」



 そういって、柚依は魔王の言葉を何気ない素振りで返す。



 ただ、一瞬、柚依が浮かべていた表情には、微かに悲愴が混じっていた。



「……悪いな」

「ううん。信用できないのは当然ですから」

「……それで、魔王。柚依は一体どういうことなんだ?分かっている範囲でいいから話してくれ」

「……うん」



 ちょっと皆さん暗すぎやしないか。……これ以上重苦しいと、息が詰まりそうだ。



「…私は最初、優くんには柚依ちゃんの思考がちょっと変だって、そういったよね」

「ああ」

「さっき柚依ちゃんが話していた意味と、読み取って知りえた情報からすると、柚依ちゃんには思考が二つ存在するみたい」

「思考が…二つ?」



 考える能力が二倍ってことか?…いや…違うな。



 初めて遭遇した時、柚依が熊を撃退する少しの間、今とはまるで別人に見えていた。



 考えることが二つあるんじゃなくて、まるで別人に変わる……人が変わる…。



「……人格が…二つ?」

「そういうことです。こういえば簡単だったかな……。私は二人いる。…正確に言えば、『多重人格者』…ね」



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