裏表
「それは敵としてか?それとも味方としてか?」
まるで預言者のように自分の未来を語ってみせる柚依に、優は今更ながらも傍観者じゃなかったのかと半眼で見つめる。
「ううん、どちらでもない」
意外にも柚依はあっさりと首を振って否定してみせた。
「……じゃあ何なんだ?」
「勇者の立場からとしてよ」
そういうと、柚依は軽く笑みを見せる。ただそれは互いの立場からして嫌味にしか聞こえず、思わず優はムッと口元を尖らせる。
「それは嫌味か?」
「違う。優さんと私では立場が違うってことよ」
「…それを嫌味っていうんだよ」
素で吐いた言葉だったのかと、余計に性質が悪いその様子にますます優は渋い顔になる。
……貶しているのかそうでないのか分からない奴だ。
そんな優の複雑な心境を他所に、柚依は一歩引き下がると、腰を曲げ、頭を下げる形となった。あまりに唐突に頭を垂れる姿勢に虚位を付かれてしまう。
「……おいおい、今度は何の真似だ?」
当然、理由も無しに頭を下げられても嬉しいとは思えない。
……まさか今の言葉が失言だったと謝るつもりなのか?
突然人格が変わったように個性を変えた柚依に、薄気味悪さを感じると共に嫌な予感がした。普段不真面目な人間が真面目な態度を取るのに、逆に何か裏があるのではないかと不思議と疑ってしまう。
「…これは礼儀なの。私は貴方達に謝らなくてはならないことがあるから」
「……というと?」
まさか柚依の口から礼儀なんて言葉が出てくるとは、それほどに深い理由があるのだと明白な意図が伝わった。
「……チェックとメイト。彼らは元々、私がここに誘き寄せたものなのよ」
やはりか……。
衝撃の告白でもあったが、それといって特別驚きはしなかった。呪人である二人について詳しく語っていたことから、柚依は深い事情を持っているのではないかと薄々感づいていたためだ。
他の二人に目を向ける。優のように声を上げるような驚き方はしていなかった。桜は手を押さえ、「そんな!」と言いたげな表情で柚依を見つめている。一度襲われかけた事に対してと、今の柚依との関係があるせいで複雑な心境なのだろう。
続いて桜の隣に座っている魔王に目を向ける。意外な事に、この中で一番驚いていたのは桜ではなく魔王の方だったようだ。大きく見開いたまま硬直している、かと思えばすぐに瞼を下ろし、半眼で柚依をきつく睨みつける。
「…柚依ちゃん……それはどういうことかな」
声音のトーンがこれまでにない程に恐ろしく下がっていた。当の魔王は柚依の言葉に敏感に反応し、問い詰めるように鋭い視線を送る。
「返答次第によっては……柚依ちゃんでも手加減しないよ」
目つきを険しくさせると、魔王は禍々しい殺意を柚依に向ける。しかし柚依は魔王の殺気に何の素振りも見せず、一度瞼を閉じる。柚依は喋ったのはそれから少ししてからだった。
「……『イグベール』…といえば大よその察しは付くかな」
ハッとして優も柚依に顔を向ける。知っているはずの無い言葉が発せられたことに、優は苦虫を噛み潰したような面持ちになる。
「……イグベールでの突然な奇襲…あれはお前の仕業だったのか」
本来ならば柚依の口から『イグベール』という村の名前が発せられることはありえない。転移してきた場面を目撃されてはいるものの、何処から転移してきたかを何一つとして話してはいないからだ。
「……今回の呪人の襲撃や急に転移陣が見つかったというのも…」
「私の仕業」
「そこまで惜しげもなく堂々と言われると、むしろ清清しいな」
苦笑というよりは失笑。もはや言い訳の余地も無い柚依の言動に、辛辣な面持ちで優は頭に手を置くと、肩をがっくりと落とし「はぁ~……」と大きく溜息を付く。
……九沙汰といい柚依といい、何でこうも避けたいと願っていた考えが的中するのだろうか。
この先が思いやられる。そんな気は手配書がある時点で当たり前な事なので、やれやれといった気持ちで諦めて顔を上げる。
「それで……何で今になって俺達に知らせたんだ?」
ただ事態は最悪というわけでもない。今からすれば柚依は敵「だった」というだけで、優に対して行った柚依の行動は、それを帳消ししても良いくらいに手助けをしてもらっている。
ずっと疑いを掛けていたのは事実ではあるものの、喋らなければ話をうやむやに出来る手立てはいくらでも柚依には恐らくはあった。そもそも敵や味方ではないといっていたからには、ここで仲違いするのは良しとしないはずだ。
そんな優の思考を読んでいたのか、柚依は一切の迷い無く、至極当然のように答えた。
「今から貴方の仲間になるっていう誠意よ。仲間に隠し事は無い方がいいでしょう?」
「…ごもっとな意見だな…」
『仲間』という言葉に多少の抵抗感を覚えるが、善し悪しを今更求めても状況を悪くするだけだと、納得に頷く。
ッダン!
ただ、魔王は納得がいかないようだ。
「ま、魔王さん!落ち着いてください!」
「桜ちゃん…手を離して……!」
テーブルを強く叩かれた音が響く。優の隣では魔王が身を乗り出し、反対側にいる柚依に今にも掴みかる勢いだ。それを桜が必死に腕にしがみ付いて静止して何とか堪えている。
「……俺としては有難いが…魔王のように怒る気持ちも分かる。手負いの状態に見計らったかのように襲撃…下手したらあそこでお陀仏だったんだ」
そう、怒るのも無理はない。見る者によってはただ開き直っているようにしか見えないのだから。そして魔王はきっとそう見えていたのだろう。
「ただ、そうして謝るってことは何か深い理由があったんだろ?……だから魔王も一旦落ち着け」
「っな?」と、何とか魔王をなださめる。別に柚依を庇っている訳ではないが、魔王に暴れられても困る。それに折角協力関係になろうとしている最中なのだ。味方になれば心強いが、敵になれば勇者という立場を持っている相手だ。指名手配中な身からすればこれ以上に恐ろしい敵はいない。
「……優くんがそういうなら…別に……でもその変わり、私からも一言いわせて……いいでしょ?」
「構わないわ」
尚も鋭い眼光を向ける魔王だが、殺気でしかない強い視線を浴びせられているにも関わらず、平然とした面持ちで答えるところはさすがは勇者といったところだろうか。
今頃感もあるが、関心したように柚依を見つめる。優とは違い、柚依は公衆の面前に出ることに成れているのだろう。時々見せていたずぼらな面々は、本来あるべき姿なのかもしれない。
「あんまり話していてもキリが無いから、簡潔に一つだけ言わせて」
そういうと、人差し指を立てる。やり口が優と似ているのは気のせいだろうか。
「私は貴方を信用しない」
もう柚依ちゃんとは呼ばなかった。魔王の両目が爛々と紅色で光っている。柚依の心を読んでいるのか。
「……それは残念。どうやら私と貴方は相性が合わないようね」
柚依は本当に残念そうに肩を下ろす。それに魔王はより警戒心を強くする。一体何が魔王をそんなに怒らせているんだろうか。
「(……おい魔王…いつものお前らしくないぞ?どうしたっていうんだよ)」
【デビルアイ】が発動しているため、それに乗じて口には出さず直接思考を送る。どうやら魔王はそれが分かっていたのか、【デビルアイ】を中断することもなく、返事はすぐに返ってきた。
「(優くん……油断しないで。この人何処か変…。時々まるで別人のように思考が変わる。今だって本当に仲間となったつもりだわ。まるで試されているようで気味が悪い)」
「(……っていわれてもな…)」
本当に仲間でいてくれるつもりなら、何も不都合な点が無い。気味が悪い程度で気を張っていては余計に此方が疲れてしまう。
「(……なぁ…なんでそんなに機嫌が悪いんだ?その理由を教えてくれ)」
すると魔王は優から目を反らし、柚依を見据える。そして情報が送られた。
「(柚依……、この人は善悪を問わず、手段を選ばない。【ゲクロク】のメンバー幹部の一人。……正真正銘の……人殺しよ)」