常闇の暗躍者
薄暗く荒んだ地下室。立ち入りが許可された者だけが入れる閉ざされた空間。そこでは複数の組織が暗躍し、闇の取引とされる密売、賭け事、違法薬物、人身売買。それら全てを含めた取引が密会し合い行われている。
「あの~?まだ会議は続いているのでしょうか?」
そしてそれは飽きることなく今日も行われている最中だった。青い服を纏う警備員はギィィ…と扉を開けて覗き込む。予定では昼頃には出て行くと知らされていたが、時刻は既に深夜を回っている。誰一人として出てこないことに不信感を覚え、様子の確認に足を運んでいた。
コンコンと警備員は扉を軽く叩く。少し間を置いて扉越しに声を掛けるが返事が返ってこない。
「あのー、すいません!聞こえていますか?」
少し声音を上げる。しかしそれに対して帰ってきた返事は沈黙。酔っ払いでもして寝ているのかと、警備員は恐る恐る扉を少しだけ開けて覗き込む。扉から光が部屋の中に差し込んだ。電気一つ付けておらず、人の居る気配が感じられない様子に呆れて溜息を漏らした。
「っち……帰ったなら帰ったって言えよ……」
恐らくは昼食を取りに一度目を離した隙に、全員帰ってしまったのだろう。ぶつぶつと愚痴を溢し扉を開けて置いてあるイスを軽く蹴る。不法地帯の影で暗躍する者達は、悪質な輩が多く礼儀を知らない者が多い。事前に一言知らせて欲しいと伝えても、殆どは連絡を寄越しもしないのだ。
「っう!……しかし何だ?この匂い……」
警備員は思わず顔を顰め腕で鼻を覆う。それもそのはず。部屋全体には鼻の粘膜をツンとさせる強い刺激臭が立ち込めていた。錆びた鉄のような匂い…それに加えた異臭。気分が悪くなり足元がよろめく。
…………っぴちゃ
その時に足元で水溜りに足を置いたような音が小さく鳴った。「……?」と疑問に思った警備員は小さな光を灯す。次第に部屋に明かりが広がり、ぼんやりと辺りが見えていく。
「……え?……な、何だよ…これ!」
突如瞳に移り込んだ光景に警備員は血相を変えて腰を抜かす。後ろにテーブルらしき上に寄りかかろうと手を置く。するとヌメリと液体に触れたような感触を覚える。その手に付いた液体は血液のような真紅の色をしていた。
「……あ、あぁぁぁぁ!」
ッサーっと血の気が引いた警備員は顔を青く染め、小さな悲鳴を漏らす。恐怖でガチガチと歯を鳴らし、這いずるようにその場から遠ざかる。途中無我夢中に動かす手が何かを掴んだ。
「…っはひ!ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!」
それは腕だった。持ち上げられた腕にはあるはずの先が無い……いや、あるにはあるが、腕の持ち主であろう身体は見るも無残な姿で横たわっていた。
明かりが部屋全体に行き渡る。移り込んだ景色は、地獄そのものだった。激しく血しぶきが舞ったのだろう。白かったはずの部屋は真っ赤な色で染まっていた。
「だ、誰か……早くこの事を知らせないと!」
警備員は震える足を必死に動かし、何度も転倒しながら一目散にその場を去っていく。
「っアハハハハハハハハハハ!何言ってるのアンタ!」
路地裏から甲高い笑い声が響く。途中で見つけた傷だらけの男の話に後ろに髪を束ねたポニーテールの女は腹を抱え楽しそうに笑っていた。
「だ、だから!笑っている場合じゃないんだ!ここは危ないんだって!」
「ふ、くく…あはは!だからアンタ何?アタシを笑い殺す気なの!」
傷だらけというのは二人の男によって故意に作られていた。殴られたことに生々しい傷跡がある。顔を殴られて鼻から血を流し目の周りに大きなクマに似たアザのある警備員は怯えた様子で意気消沈していた。
「しっかしあたふたと見っとも無くもまあ、よりによって私達の縄張りに入ってくるなんて馬鹿だね~」
女は呆れたように地面に横たわる警備員に目を向ける。その女の後ろには角刈りと鶏冠のように立てられた髪が印象的な男が二人立っていた。角刈りの男は筋肉を盛り上げ、ゴキゴキと指の骨を鳴らし警備員に威圧した視線を向ける。
「ケヒヒ!姉さん、こいつの処分どうするよぉ?」
「う~ん、金目の物は持ってないようだし。縄張りを荒らすつもりもなかったようだしね……」
「ケヒヒヒ!だったら俺に任せろ!最近ストレス溜まってて丁度サンドバックになる相手が欲しかったところだ!ケヒヒヒヒヒヒ!」
「おいアンタ……言っとくけど殺すのだけは勘弁してよね。最近変な女が辺りの縄張りを荒らしていてピリピリしているのよ。下手に死人なんかだして目を付けられてもしたらどうするというのよ」
「ケヒヒ!大丈夫だって!死ななぃ程度に軽くぼこるだけだ!」
「アンタ……そういって何回死人を出したと思っているのよ?」
鶏冠頭の男に呆れながらも女は微笑を浮かべる。その凶悪な悪趣味と融通の利かなさに何言っても止まりはしないと諦め、余興として満更でもない面持ちで眺めていた。鶏冠頭の男は奇妙な笑い声を上げ、ギチリと引き裂かれた笑みを口に刻んで怯える警備員に近づく。
「ま、待て!誤って君達の縄張りに踏み込んでしまったことは謝る!だが今はそれどころじゃない!さっきも言っただろう!ここは危険なんだ!」
「ケヒヒ!俺たちを誰だと思ってぃる?ここらじゃちょっとは名の知れていた人殺しをも厭わなぃ『血染めの首狩り』は俺らのことだぜ?」
自慢気に鶏冠頭の男はギルド名を語る。
「おめぇさんは危ないっていってるが、俺らに手を出すような根性のある奴は殆どいねぇよ。襲ってきた馬鹿な連中は全員切っちまったしな!ケヒヒ!今じゃ俺らに怯えてやがる!」
腕によほどの自信があるのだろう。腰から恐ろしく鋭い刃物を取り出し、長い舌で嘗め回す。
「それにこの近くには【ゲクロク】っていう恐ろしい組織が目を光らせている。何が合ったか知らねぇが、騒ぎを起してそいつ等に目を付けられたんだとしたらお終いだな!ケヒヒ!」
「その【ゲクロク】が殺られていたんだ!!」
その言葉にピクリと眉を動かす。
【ゲクロク】というのは複数の組織の中の一つ。表には一切素性を明かさず常に裏で暗躍する集団。その全てが高い地位を持つ或いは国と通じる上層部に位置し、気にいらなければ膨大な資金と権力で物を言わせるとされ、さることながら腕の立つ者が多く性質が悪いと恐れられている。汚れ仕事に一度でも手を染めた者であれば必ず耳にする名の知れた組織。
鶏冠頭の男は必死の形相で語る警備員を暫くポカンと固まったまま見つめていた。少しして表情が段々と緩んでいき突然「ップ」と噴出したかと思うと、小馬鹿にする態度で笑い飛ばす。
「ケヒャヒャヒャヒャヒャ!!何かと思えば【ゲクロク】が殺られただぁ!?……笑えねぇ冗談だ」
「っひ!」
途端に鶏冠頭の男は声音を変えた。ヘラヘラと崩していた表情がガラリと豹変し、瞬く間にナイフを警備委員の首元に押し付ける。ひんやりとした冷たい感触が伝わった。吸い付くよう当てられたナイフは、少しでも動かせば皮膚が切れてしまう絶妙な力加減が加えられている。
「【ゲクロク】に手を出せば明日を拝める日が一生来なくなることくらい理解しているはず。ケヒヒ。それこそ丸腰で人殺しの住む縄張りに無断で通る……何処ぞの馬鹿くらいだ」
興が冷めたとナイフを離し手元でくるりと回す。そして一度警備員を見つめるとポニーテールの女へ視線を戻す。
「姉さん、どうやらこいつの言ってることは本当みたいだぜ。ケヒヒヒ。奴等が動き出す前に……早くこの国から出た方がいい」
「……奴等って【ゲクロク】の事かい?」
もしも【ゲクロク】のメンバーに手を出した情報が知れ渡れば、近辺に潜む怪しいと思われる人物全てが対象となる。それが例え無実だとしても外道という立場にすれば関係無い。金と権力を振るい一般市民をも巻き込む無差別な一掃作業が巻き起こる。
「ケヒヒ。それもある」
「けど手を出したくらいなんだ、悟られないように証拠を隠蔽するくらいはするんじゃないのかい?それにこの男が嘘を付いているって可能性だってあるじゃない」
理由が何にせよ【ゲクロク】に手を出す輩がいくら知識不足でも、【ゲクロク】のメンバーを消す程の腕を持つ者が証拠を残すような真似はしないだろう。警備員の男のように目撃者が出れば、情報が漏れてしまうと隠蔽によって今頃この世にはいないはずだ。
「ケヒヒ。残念だが姉さん、それは無いと思うぜ?」
「……どうしてかしら」
首を振って否定する姿にポニーテールの女は表情を変えず問いかける。それにギチリと口を大きく引き裂いて警備員にナイフを向ける。
「こいつも泥を被るような仕事してるみてぇだしな。俺らの二つ名を聞いても反応が薄かったところ知らねぇようだったし、丸腰のただの死にたがりにも見えねぇ。国の連中でもねぇだろうしな。同じ泥を啜る俺らに嘘付いてもメリットがねぇ」
「……じゃあ何でこの男は生きているのよ」
ちらりと地面に尻餅を付いた警備員に目線を向ける。ビクリと身体を震わせ完全に怯えきっている。
「ケヒヒ。さぁな。ただいくら証拠を消そうとしようが【ゲクロク】は到る所に巣を張り巡らせた蜘蛛みてぇな存在だ。すぐにバレると分かっていたんじゃねぇのか?」
肩を竦め、ナイフを懐にしまう。
「なぁ、どうだよおぃ?俺の推測は合ってるかぁ?剛罵」
そういって剛罵と呼ばれた角刈り頭の男へ目線を向ける。
「…………多分」
「ケヒヒヒヒ!相変わらずそのギャップの威力は計り知れねぇなおぃ!」
ボソッと小さく呟く姿に鶏冠頭の男は笑い声を上げた。30代後半に見える剛罵は岩のように硬い筋肉とゴツゴツした巨体と兼ね備えている。ムスッと引き締めて見える顔とは裏腹に、口数が極端に少なく大人しい性格をしていた。いつも睨んで見えるが本人はそのつもりがないらしい。指の骨を鳴らしていたのも脅すのではなく、自慢の筋肉を見せ付ける為に視線を自分に向けさせる行為だったとのこと。
「…………君はどうなんだ……愚零」
ギロリと剛罵は鶏冠頭を持つ愚零を睨む(無自覚)。それに両手を上げ「ぉ~怖ぃ怖ぃ~」とポーズを取った。
「俺は見た目道理の性格だと思うぜ?ケヒヒヒ!」
ケタケタと笑う愚零は紫色の髪を鶏冠のように立て、耳、目の下、口にピアスをはめ込んでいる。見た目が10代後半くらいと若く見え、格好を決めた不良のイメージがある。
腕にドクロを模ったマークが刻まれており、くすんで灰色になったダボダボの服を上下だらしなく着ている。誰が見ても彼は風呂を好まない不潔に見える。しかしそしてそんな愚零を見て一言。
「…………清潔なところとか」
剛罵はボソリと呟く。愚零の髪は見れば無駄なくきちんと綺麗に整えてあり、砂ボコリやゴミが舞う路地裏に居るにも関わらず服には一切のホコリさえ付いていない。靴も良く見れば新品同様な程に磨かれ輝いている。
「ケヒヒヒヒ……うるせぇ」
反論出来ず愚零は押し黙る。鬱陶しいという顔で剛罵を睨み見つける。
「っちぃ……つぅかよ、多分ってのは合ってるってことと認識しろってことでいぃのか?」
「…………うん」
「分かりずれぇんだよてめぇの説明は極端過ぎてよぉ。その目でこの男を【視る】んだ。嘘じゃなかったことくらい容易だろうがよぉ」
愚零は愚痴を溢しながら警備員を見つめる剛罵の目に視線を向け、暫く見つめた後にバツの悪い表情になる。剛罵に嘘は通用せず、いつも見透かされているようで見つめられると気分があまり宜しくないのだ。
「……んじゃぁこいつの言ってたことは本当だったってことだ。どうする姉さん。これ以上ここに留まってれば厄介ごとに巻き込まれるのも時間の問題だぜ?まぁ俺は構わないがな!ケヒヒヒヒヒ!」
「……剛罵。アンタの目にはどう映っている?」
腕を組んで考えた素振りをした後、黙っていたポニーテールの女は剛罵の意見を聞いて動いた方が無難だと判断する。
「…………それが……分からない」
「っはぁ?分からないっておめぇ……視えなくでもなったのかぁ?」
剛罵の言葉に反応を示したのは愚零だった。まさか力を失ったのかと眉を顰める。
「…………違う」
「じゃぁ何なんだよ?」
それに愚零は内心ホッと胸を撫で下ろす。鬱陶しい目障りな能力だと敵視するが、それだけ味方の立場である剛罵は飛躍的便利な能力を秘めている。何だかんだいっても愚零はその力で助けられていた。
そんな愚零の思いを他所に、剛罵は何処かで何かを見つけたのかそのまま黙り込んで一点を凝視していた。その意図が理解出来ず愚零は「早くしろよ」とイライラしながら返事を待つ。すると返ってきた返事は実に抽象的なものだった。
「…………何だろう……あれ?……こう、ボンヤリとしていて……でも力強い光を放っていて……でも何か黒いものがグルグルと渦巻いていて……何かを変えるような……今までとは違う力を持っていて……でも視えなくて……分からない……」
そこまでいって剛罵は考え込むように顔を伏せる。愚零は「何がいいてぇのか俺もわからねぇよ!」という喉から出掛かる衝動を押さえる。いつも騒がしい愚零は何も言わずに押し黙る。それ以上に心底から静かに驚嘆の色を薄っすらと浮かべていた。
(へぇ……?普段あまり喋らねぇ剛罵がこんなに……それに剛罵の目でも視ぇねぇ…か。こいつぁいい)
これまで見た事の無い凶悪な笑みを愚零は浮かべる。
(そして【ゲクロク】に手を出した輩……。確か最近縄張りを荒らしている人物が、目撃情報によりゃぁ銀髪の女だったって聞いていたな……。探し物の為にゴミだめの中で長ぃこと生活した甲斐があったってものだ。一度会って殺り合ってみたぃぜ。ケヒヒヒヒヒヒ)
次第に釣り上がる口元。ケタケタと笑うその不気味な姿に、黙り込んでいた警備員は思わず口を開いた。
「あ…あの…そ、それで俺は一体……」
「あぁん?」
ギチリと愚零の口が限界まで裂ける。今の愚零は腹を空かした野獣が獲物を見つけた時に向ける目を宿していた。それは話し掛けるタイミングは最悪だった。
愚零の姿が突如視界から消える。いつの間にか取り出したナイフを片手に持ち、横を通り過ぎた瞬間ッピと遅れてきた音と共に警備員の身体に細い線が入る。
「……え?」
警備員がそれ以上の言葉を発することは無かった。ぐらりとバランスを崩し、首がゴトンと音を立て地面に落ちる。血渋きが舞い、瞬く間に地面を血の色で染め上げていく。
手に持つナイフを振るう。ビシャリとナイフに滴る血が地面に弧を描いた。
「……この俺が獲物を見つけて喜んでいるときに横槍を入れるんじゃねぇよ」
そこにはさっきまでケラケラとふざけた態度を取っていた愚零の面影は微塵も無い。声音が重く、瞳孔が完全に開き尋常では無い殺気を放つ。その殺気を全身に受けながらも、平然とした立ち振る舞いでポニーテールの女は愚零が亡骸にした死体に目を向け溜息を漏らす。
「はあ……だから殺すなっていったじゃないのよ」
「……わりぃわりぃ。だがどっちにしても【ゲクロク】が動くには変わりはねぇ。問題は無いんじゃねぇだろ?」
「……そうは言ってもアンタねぇ…その殺人衝動をなんとかならないのかい?嬉しそうに『血染めの首狩り』とか名乗っていたけど、あれ、全部アンタの性っていっても過言じゃ無いのだからね?」
『血染めの首狩り』。その名の通り愚零の手によって容赦無く次々と相手の首を刎ね飛ばし、全身を真っ赤な血に染めた姿から由来している。
「ケヒヒヒヒヒ!!こりゃ耳がいてぇや!」
その言葉にペシンと額を叩き、一本取られたと愉快そうに笑う。
「まぁ、姉さんも人に物を言えるような立場の善人じゃねぇけどな。ケヒヒ!」
「……弱いレディに対しての嗜みを知らない男は嫌われるわよ?」
「ケヒヒ!誰がか弱いんだか……おぉっと、悪い悪ぃ!そう睨むなって!冗談にしても殺気バリバリに立てられたらちびっちまぅよ」
ぞわりとポニーテールの女は底知れない殺気を全身から放ち、その殺気に当てられた愚零は慌てて手を振る。
「……まあいいわ。相手にしていたらキリが無いもの」
ッスと殺気を抜き、愚零から剛罵へと視線を移す。
「探し物も剛罵の目を持ってしても見つからないようだし……潮時ね。この国を出て次の目的に移るわよ」
「っな!そりゃねぇぜ!折角獲物を見つけて楽しめると思ったのによぉ!」
国を出るという言葉に反応したのは愚零だ。子供が玩具を取り上げられたようにガックリと肩を落とす。
「あのね……この国に探し物があるから来ただけで、アタシと剛罵はアンタみたいな戦闘狂の為に来たんじゃないんだからね?」
「……分かってるさぁ。ただどんな野郎か一目でいいから見て見たかったぜぇ。ケヒヒ……」
「駄目に決まってるでしょ。どうせ見つけたら襲い掛かるのが目に見えているんだから」
ポニーテールの女の言葉にうぐっと返す言葉が無く、愚零はもう一度肩を落とすとしぶしぶと了承する。
「……剛罵?アンタもぼぉっとしてないでさっさと行くよ」
また黙り込んだまま何処かを見つめている剛罵に、ポニーテールの女は声を掛ける。少しして我に返った剛罵は小さく頷く反応を見せた。
「…………あ、うん」
「……?愚零の気分が変わる内にさっさと去るよ」
剛罵の反応に若干の違和感を覚えるも、下手に聞けば愚零の感性を刺激してしまうと考え、口に出すことは止める。しかし勘の鋭い愚零がピクリと耳を動かした為、急いでボソボソと小さな口を小刻みに動かす。すると地面に術者を中心として足元から陣が浮かび上がる。
「全員乗った?それじゃあいくわよ!」
暗い路地裏に眩い閃光が走る。そして光が失われると、3人はその場から忽然と姿を消していた。
-----じゅるり
静寂な路地裏で啜るような音が小さく響く。
-----じゅるり
無法者が無断で捨て去り、廃棄処分されることなく集まったガラクタから奇妙な音が響く。警備員が流した血はまるで意思を持っているかのように、細い線が地面を伝いガラクタに向けて伸びている。
次第に啜られる量が増していき、死体の身体が干からびていく。啜る音がとうとう無くなると再び静寂に包まれる。そしてその静寂を打ち破るように声が発せられた。
「僕ハま…生……テ…いル……」
雑音が入り混じり途切れ途切れに発せられる声。ズルリとガラクタを掻き沸け出てきたそれは、バランスを崩しガシャンと身体を地面に打ちつけた。ギチギチと軋む音を立てて地面を腕だけで這いずる。それは両足を失い到る箇所に亀裂が生じているにも関わらず、しかしその声は歓喜に満ちている。
「アは、ハハ、ハ。僕ガ…死ン……で、いナかッタコト…を、こ…かぃさせ…ル…」
そしてそれは、それだけを発するとズルズルと引きずる音を立て、ゆっくりと常闇の中へと姿を消していく。