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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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魔王、葛藤する



 優の焦燥が見て取れる。自分は何者かと答えを求めるように問われた。それに答えを求められても、魔王の身である私は…ううん…私自身には見出すことは出来ない。


「何って…どういうこと…かな?」



 返すその言葉はぶざけているのではない。しかし真剣に答えているわけでもない。ただ、もう一度理由を聞き返しただけ。



「…優くんは…勇者でしょ?それ以外何者でもないよ~」



 優が何を言いたいのか、理解している。ただ私に出来ることは、いつものように接して誤魔化すだけだった。


 そうでなければ、私は私でいられなくなる。

 そうでなければ、優は優でいられなくなってしまうから。



「…今となっては、勇者と呼べるか怪しい存在だけどな」



 優はふっと皮肉にも似た笑みを漏らす。


 優を指名手配にさせてしまった責任は私だ。世間から勇者という立場を奪ったのも同様。私は優を最悪な事態へと陥れた。



 でも、そうしなければならなかった。優の秘密を守るには、そうしなければならない必要があった。



「ううん、優くんは立派な勇者だよ!私の王子様だもの!」



 そういって、いつものように冗談を交えて話す。いつもならそれに対して意義を唱え反応を示すはずの優は、ただ俯いたまま「そうか…」と呟くだけでいた。



 優の沈んだ顔を見つめるも、それ以上喋ることを止めて静かに黙る。ただただどう声を掛ければいいのかが、見つからない答えを探して分からないから。



 そうして静かに黙り続ける。すると桜は静かに優を見つめ、小さく口を開いた。



「…優さん、それは怖い夢だったのですか?」



 乱れによる酔いは既に落ち着いているようだった。透き通った凛とした声。それでいてやんわりと優しく、包み込むような暖かさを感じられた。



「…俺の姿をした…別の俺が居たんだ…あの時の俺は、まるで何かに取り付かれているみたいだった…」



 夢で見た優は、優であって優ではない別人だったという。思い出すようにして言葉を綴るその顔は、まるで見えない何かを、それは自分を恐れているように。



 優が一体どんな夢を見ていたのかを、私は知る由も無い。でも知ることは簡単だ、心を覗けば、それだけでいい。例え本人が忘れていても、奥底に眠る記憶を探るのは本来の私なら容易いことだ。



 ---でもそんなこと、優くんは望んではいない。



 どうして今になって鎧が欠落を始めているのか、事の多くは優によって左右されている。その為原因が何か知る必要がある。ただ、それでも記憶を覗く行為を踏み止まった。


 

 しかし、桜は魔王の考えを知っているはずもなく、そのまま会話は続けられた。



「……それは、優さんにとってどんな存在でした?」

「…え?」

「今の優さんから見て、どんな印象を持ったのか…ということです」



 予想外の回答に優は間の抜けた声を漏らした。少しして優は目を閉じる。それが何なのかを途切れ途切れに、記憶がうろ覚えながらも言葉を綴られた。



「…あれは…何か大切な物を守る為に戦うとは違う…壊す為に力を振るうだけの存在…今の俺と正反対な……もう一人の…俺」



 ピシリと、亀裂の入る音が僅かだが小さく鳴る。一度収まりを見せた衝動がまた戻りつつあった。



 _ッ!



 魔王は密かに息を呑む。これ以上の欠落はこのままでは危うい、桜を止めなくてはいけない。しかし下手に止めに入れば、優に余計な不信感を抱かせてしまう。



「(…優くんに気が付かれず、この場を収められれば…でも、そんなのどうやって…一瞬で気絶させたりしない限り…)」



 ---あ、もしかして



 しかし意外な事に、ある一つの考えがすぐに浮かび上がった。



 ---悪いけど…優くんにはまた少し眠っててもらうね



 誰にも気がつかれないよう、慎重に魔力を手の平に集め、構成。小さく練り上げられた魔力の結晶、それは特定の対象に対し睡魔を襲わせる魔法。



 知っている限りでは、私に及ぼす影響は優の精神状態と関与していた。優はなんらかのショックで記憶を呼び覚ましつつある。私の推測が正しければ、ただ眠らすだけなら問題はないはずだった。



 あとは注意を払い、優に近づいて触れるだけ。そう考えてゆっくりと歩を進める。



「んー、必要ないと思うけど?」



 突然背後から発せられた声と共に手首を掴まれる。振り向けば柚依は私の手の平に目を向けていた。



「…貴方…気がついていたの?」

「そりゃまあ、これでも私勇者ですもの、周りに気を配る事を怠りはしないわよ」



 それに対し無言で顔を背ける。優の元へ近づこうと足を前に出す。掴まれた腕を振り解こうとするも、しっかりと握られていて振り解くことが出来ない。



「…手を離してくれると嬉しいのだけれど?」

「だから大丈夫だって」

「…何を根拠にそんな」

「魔王さんは桜さんが本当に何も分かってないと、本気でそう思っているの?」



 パチンと手元で小さな音が鳴る。見れば手元で構築した魔法が砕け散っていた。



 柚依は剣を腰に収める。魔王の目には追えない速度で剣を取り出し、一瞬にして魔法の源であるコアを切っていた。



「私が言うのもあれだけど…貴方、自分の事に捕らわれていて、あまり他人を信用してないんじゃない?」



 っぐ とその言葉に魔王の口元が歪む。



「図星だった?まあでも…別に優さん以外に全く興味が無いって訳でもないみたいだし、桜さんは仲間なんでしょ。だったら少しは信用するとか行動を見守るくらいしたらどう?」



 柚依のその言葉に、何も言い返す事が出来なかった。


 柚依を見つめ、少しして桜へと視線を向ける。手を出さないと感じ取ったのか、自然と腕の拘束は解かれていた。


 

「………」


 

 言われた通り何もせずに、ただ無言でその後の行方をじっと見守る。


 優の話が一旦終わりを迎えると、桜はしばらく黙り込んだ後に口を開いた。



「……優さん、それは映し鏡というものではないでしょうか」

「…映し…鏡?」



 それに優は言われた言葉を聞き返す。それに桜は「そうです」と言って頷き、そのまま続けて話しだす。



「自分とは全く方向性の違う、つまりはもう一人の自分を映し出すことを言います」



 そういって、桜は首に掛けた結晶に手を置いた。それは闇を照らす神秘の光。

 


「いくら善を通そうと努力しても、人は必ずしも何処かに悪が存在しています。昔に恐ろしい事が起きて、その悪夢を思い出してしまったのでしょう…。でも、だからといって怯える必要はないのです」



 小さな光が結晶から灯り始めたかと思えば、次第にその光は強さを増し、その光が優しく優を包み込んだ。



「優さんが何者であっても、優さんは優さんですから」

「…そうか…そうだな、ありがとう桜…」



 そういって、桜は笑顔を浮かべる。優は一瞬戸惑いの色を見せていたものの、すぐに首を横に振ってぎこちない笑みを浮かべた。



 …良かった…、どうやら落ち着いたみたいね。



 鎧に刻まれた傷は完全に止まっていた。恐らく優を包み込んだ光は治癒にも似た癒しの魔法。落ち着きを取り戻し衝動が収まったことを確認すると、魔王は亀裂の入った部分の修復を始める。



「(…自己修復、起動)」



 魔力を必要としないただの小さな呟き声。それによって術式を展開することもなく魔法を作動。鎧に組み込まれた魔法によって瞬時に復元させる。



「(……ん、完璧)」



 鎧は無事に修理完了。何の問題も起さず事なきを得たことに、私は柚依の言葉を思い出し、少しは他人も信頼してもいいかも知れないと考えた。



「…ね?言った通り、問題なかったでしょ」



 柚依は魔王の思考を読み取ったように、タイミングにピッタリで重ねて喋ると、柚依は自慢気な顔になる。



「…まあ…そう…だね」



 それに魔王は言葉を濁し、小さな声でごにょごにょと喋る。


 私は柚依を信用しているわけではない、会ったばかりで謎が多く、今も疑いの目を緩めたりなんかはしない。


 

 ---でも、それでも



「…少しは…信用しても…いい_」

「_それはそれで、ちょっと優さんについて聞きたいことがあるのだけれども…いや別に、深い意味はないよ?ただちょっと知りたいなーって…あ、今何か喋ってた?」

「…………いや…別にぃ…?」



 信用しようと決めた直後に、色々と信用を失った気がした。



 ……いやでも…今のは偶々、そうだよ。ただ私の声が小さかっただけで、別にわざとって訳でもないんだし。それに柚依ちゃんのこと信用する必要ないし、私には桜ちゃんが居るし。



 そう思い顔を桜の方へ向ける。すると丁度優と桜の会話が終わる直前だった。



「お陰でだいぶ元気が出たよ。助かった」

「そうですか、お役に立てて良かったです!」



 そういって、優と桜は笑顔を浮かべる。



 ---_ッ!!



 元気、役に立つ。その言葉にビビッと電撃が私の脳裏を駆け抜けた。



「(こ、ここで私の手料理を優くんに渡せば……好感度がぐーんと上がったりするのでは!?)」



「え、あれ、優さんについては…」という何処からか聞こえた呟き声を無視し、そのまま台所へ向かう。完成した愛情料理を皿に盛ることもせず、置いてある鍋ごとそのまま持っていく。



 鍋を持って元の場所へ戻ると、立ち上がる直前に桜は何かを思い出した顔になり、優と同じ目線になるまで腰を下げた形を取っていた。



「…あ、ちょっといいですか?」



 そういって、桜は手を伸ばす、その手先が優しく優の頬に触れた。人差し指を使い、円を描くように動かし、その後に文字を書くようになぞる。



「…え…あの…これは…?」

「ふふ、私の村で使われていた、ちょっとしたおまじないです」



 戸惑う優に対して、「私は悪い人ですから、何のおまじないかは内緒です」と言いい、桜は少し楽しそうに笑う。



「…は、はは…こりゃやられた…確かに桜は悪い子だ」

「そうですよー?誰だって良い人にも悪い人にもなれるんですから」



 そういって、二人は楽しそうに言葉を交わす。



「なら俺も桜に同じ事やり返してやらなくては!」

「ふふ、どんなおまじないを掛けてくれるんですか?」


 

 そう、とても楽しそうに。



「そうですな…桜が俺のものになる、的な暗示か_…あ、心の本音が……ちょ、いや、違…今のは間違いで…」

「優さんしばきますよ?」



 無言でその光景を見つめる。



「………」

「…何!?今の音何!?」



 メコリ、ベコリという音が手元から鳴る。


 

「…魔王さん!?怖い、怖いよ!!」



 柚依の悲鳴にも似た声を無視し、やっぱり信用出来ないという結論付けたところで、



「優くぅ~ん、ちょっといいかなぁ~」

「…へ?ちょ、ま、魔王…さん?な、何故そんな怖い顔して……ぎぃゃぁあああああああああ!!」

「優くんのバーーカ!!…っふふ」



 私が自ら望んで選んだこの、魔王としての日常を過ごす事にした。



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