変わらない姿
優が怪我を負った。
時が動き出すと共に、
初めに私の耳に届いた言葉。
何の冗談かと振り向き、
目の前の光景に驚愕する。
「え、ど、どうしたの!?」
手に持っていた食器が床に落ち、
かしゃんと割れた音が響く。
瞬きをした瞬間、
優は一瞬で目の前に現れ、
血を流し気を失っていた。
「酷い傷…一体誰が…」
「傷は思っているよりも浅いから焦らなくても大丈夫、でもこれ以上血を流し続けるのは危険…」
「どいて!傷なら私が治すから!!でもどうして!!いつこんな怪我をしたというの!?」
話の途中で柚依を押しのき、
優に触れる。
薄紫の光が全身に灯り、
急速な勢いで傷口を修復していく。
「分からない…見つけたときには横たわっていたし…いつの間にか一瞬でここに移動したみたい」
「…そう…じゃあ優くんが無意識にここに運んだのね…そして、こんなことをした奴は、まだ近くに居る…ッ!」
魔王による驚異的な恩恵により、
優の怪我は大事には到ることは無かった。
---許せない
だが、私は優とは違い、
頭に血が上り、
許すという概念が消し飛んでいた。
険しい表情で辺りに目を光らせる。
魔王の左目、
片方だけに魔力を集中させ、
宿に潜む生体反応を探る。
…感じられる周波は四つ。
この場には私達だけしかいないようね…。
だが、既に敵は去っていた。
それに、闇雲に探しても見つかるはずが無いと、
静かに感情の落ち着きを取り戻す。
「魔王さん、優さんが意識を取り戻しませんが…」
桜は表情を濁らせ、
不安そうに優を見つめる。
今はまだ、
やるべきことが目の前には残っていた。
意識を失う前のショックが多きかったのか、
優は目を覚ます気配が感じられない。
違和感を覚え、
もう一度優に触れる。
治癒を施す際、
確かに意識も回復させたはず…。
「もう一度、今度は意識を直接呼び起こす…けど」
身体の治癒を施すが、
意識をすぐ取り戻さない、
その症状は一度経験していた。
「…優くん」
元勇者と名乗る指揮官、
深手を負い、
すぐに治療を施したものの、
優はすぐに目を覚ますことは無かった。
まるで私の魔力を受け付けないのだ。
そう、優は私の魔力を拒絶している…、
本当ならありえない事。
でも、だからこそ今の状況が奇跡的に出来て---
---ピシリ
と、魔王から亀裂の入る音が鳴った。
「…ッ!」
予期せぬ事態。
ゾワリと、
悪寒が走ると共に、
一瞬にして魔王の顔が青冷める。
あってはならない。
それは私にとって、
とても不吉な音。
…そんな…何で…!!
「…ッ優くん!?」
声を荒げる。
優の身体に触れた手が、
まるで引っ付いたかのように離すことが出来ない。
「…目を覚まして…!優くん!!」
魔力干渉による、
共鳴反応。
優によって魔力を食われている。
魔力を吸われている。
「いけない…このままじゃ…!」
「魔王さん?どうしたんですか?」
魔王の異変に気がついた桜は、
何事かと魔王に手を伸ばす。
「…ッ駄目!!今私に触れたらッ!!」
私の咄嗟の警告は、
止めるまでに到りはしなかった。
「え?」
桜の手がそっと、
反応するよりも先に触れた。
_ビシリ!!!!!!!!!
「ッ!!」
「っきゃあ!?」
「…これは!?」
拒絶と共鳴の暴発。
閃光が迸り、
桜と魔王を吹き飛ばす。
「…ッ…!大丈夫桜ちゃん…!?」
「え…ええ…怪我はしてません…ですが気分が少し…」
強力な衝撃、
それにより全体の力に乱れが生じ、
出来た波によって酔った錯覚を覚えさせたのだろう。
「それくらいで済んでよかった…時間が経てばすぐに良くなるから安心して」
症状に異変は無く、
それにほっと胸を撫で下ろす。
しかし柚依はそれに、
何故か驚いた様子を見せた。
「…どういうこと?人間があんな…耐えられるはず…」
柚依が呟く声、
それが私の耳に届くことは無かった。
「………」
「…優くん!良かった…目が覚めて!!」
優は静かに目を開く。
それに、私は身を乗り出して顔を覗き込んだ。
「…魔王」
優は静かに微笑み、
それに私は安堵する。
しかし、その後に発せられた言葉に、
魔王はその身を凍らせた。
「俺は…誰だ?」
「……え?」
その言葉に反応が遅れ、
少ししてから疑問を浮かべる。
「ど、どういうこと…かな?」
「…夢を見たんだ」
嫌な予感が過ぎり、
私はもう一度聞き返す。
彼に良く似ていて、
でも彼程ではないけれども、
私の予感は悪い事が良く当たる。
そして、
それは当たっていた。
「夢…?」
「…そう…大事な事だったはずなのに…何でか思い出せない…でも、夢を見た」
思い出すかのように、
語りかけるかのように、
そして彼は口を開く。
「確かあれは、俺だった、違うはずなのに、あれは俺だったんだ…でも、そうなると色々と可笑しいんだ」
「ゆ、優くん、いいよもう!だから!!」
「なあ…魔王、教えてくれ……」
私の声は、
既に優の耳には届いてはいなかった。
優が呟く程に、
ピシリピシリと、
私の周りからは亀裂の入る音が鳴り止むことはない。
「俺は…一体何なんだ」
その手を血に染め、
狂気に恐怖した、
運命に抗う少年は、
変わらない姿でそこには居た。