夢の記憶
---夢を見た。
泣きじゃくる母親の隣で、
抜け殻となった父親を、
ただ呆然と眺め、
ただ立ち尽くす少年の姿。
敵は無言でその場を去っていった。
まるで自分の事を気にも留めず。
背を向けて、無防備に立ち去った。
その無防備な背中を刺す事無く、
少年は睨み付けるだけで見逃した。
「………」
いや、そんな力も、
勇気も持ちえてはいなかった。
ただ臆病なだけ。
足が竦み、怖かった。
「く…っふ…」
呼吸が乱れる。
感情に渦が巻く。
口が勝手に動き出す。
辺りは静まり返り、
空が濁りを見せる。
微かに耳に届く音は、
母が悲しみに暮れる声。
母親が呼びかけても、
少年が問いかけても、
父が返事を返すことは無い。
外はどんよりと暗く染まり、
しとしとと雨が降り注ぐ。
「はは…あははははははははは!」
崩れていく天気とは裏腹に、
少年の口からは笑い声が無意味に発せられた。
嬉しいわけではない。
楽しかったわけでもない。
ただ、無意識に零れ落ちる。
「あははははははははははは!!!」
無意識に零れる笑い声、
その顔は笑っている、
ただ、目だけは笑ってはいない。
透明な滴が目元から溢れて頬を伝わり、
滴が涙となる前に雨に紛れ消えていく。
悲しいと感じれば、
伴うように空は濁りを増し。
心の溝が深まる程に、
空は黒から闇へ色濃く染まる。
「……壊してやる」
笑い声はいつの間にかぴたりと止み、
あとから呟かれた掠れた声。
雨は一層強さを増し、
声は雨の音に掻き消され、
その声が誰かの耳に届くことは決して無い。
その最中、
少年は天を仰ぎ、
降り注ぐ雨を気にも留めずに両目を大きく見開いた。
「腐ったこの世を…この手で消してやる」
怒りに身を委ね、
常闇の黒を瞳に残し、
反対には優艶に光る紅を宿した。
「でも…その前に」
それは魔に与えられる真紅の瞳。
憎しみを糧に力は強く、
周囲には凶悪な闇が漂う。
何故自分がこんなものを持っているのか、
それを知ったのは男が去る少し前。
片目に強烈な赤を灯す少年は、
その身に宿す荒れ狂う力に、
高ぶる感情に抗い抵抗を続けていた。
「誰か僕を……助けてくれ…」
悲痛に満ちた、
少年の心の叫び。
存在そのものが悪。
父を殺したのも、
母を悲しませたのも、
種悪の根源は自分自身。
既に己は孤独の身であると気づき、
害を与える自分は母に近寄る事さえ許されない。
夢だからか、
故に覚えていないだけで知っているのか。
少年の感情や考えを、
直接心を覗いて見ているかのように分かった。
「僕は…化物なんかじゃ…ない…」
真実を知った少年は、
狂気と苦痛、
狂乱と恐怖に顔を歪め、
一人静かにか細く、
雨の音に紛れ込み、
誰にも聞こえない程に小さな声で呟く。
その光景は何処か見覚えが合って、
分からないはずなのに分かり、
知らないはずなのに知っていた。
---これは…。
この後少年がどうなるか。
あと少し、
その先を見届ければ何か分かる、
そんな気がした。
『…・…・…!!』
しかしそれよりも先に、
此処とは別に遠くから呼びかける声が辺りに響く。
少年でも、
母親が発した声でもない。
『…ゆ・…・…!』
声が途端に数を増し、
声が聞こえれば聞こえる程に、
景色に亀裂が生じ、
途端に崩れ落ちる。
それに連なるように、
意識を少しづつ取り戻していく。
「………」
著しく消えていく夢、
最後に見た光景は、
まるで忌み嫌われ続けられる魔王の姿だった。
しかしそれはよく知る魔王とは違い、
そこに居たのはただただ嘆き続ける、
孤独となった一人の少年の物語。
そして少年の結末を見届ける事も無く、
優はゆっくりと、
深い眠りから静かに目を覚ました。