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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
51/112

呪人


 中々にここは楽しいじゃない。

 そう、柚依は一人呟いた。

 一人の男と、二人の女。

 その場に一緒に居ることで、無意識に安心感を抱く。


 でも、それもそろそろ終わりにしなければ。

 短い一時に酔いしれていた柚依は決心する。

 残されている時間は少ない。

 そういって、停止した魔王と桜を見つめ、一人小さく呟く。


 静止した時間の中、

 柚依は一人、

 自由に動き回り紅茶を注いだ。


「…ふぅ…やっぱり休憩のときには紅茶が限るわね~」


 イスに寄りかかり、溜息を漏らす。

 

(早く次の時間がやって来ないかなぁ)

 

 時が動き出さなければ暇で仕方が無かった。

 することといえば、敷地内をうろつく行為だけ。

 何か新しい発見が起こることなど何もない。


 カチリと、時計が動き出す音が鳴った。

 同時に灰色に包まれた世界が色で染まり、魔王と桜は活動を始めた。


「…へ?柚依ちゃんいつの間に移動したの?」


 意識を取り戻すと、魔王は瞬きを繰り返し目を擦る。

 時間が止まる直前までは、丁度魔王と会話をしている最中だったのだ。


「え…とね…、私の瞬発力で瞬間移動したの」

「へぇ~、凄いね!!」


 柚依の返答に対し、驚いた様子で魔王は口を開く。

 理由を問われようとも、慌てる必要は無い。

 一人の男が二階から降りてくることで、また時間が戻るか終わるかが決まるのだから。


 だが、それもこれで決定するだろう。

 紅茶を片手に、柚依はそう、確信を持って天井を見上げた。





---





「さて、では一つ質問をしようじゃないか~」


 馬乗り。そして拳を握って振りかぶる。

 そして当たる直前で寸止め。

 その繰り返し。

 完全な暴力による脅し。

 獰猛な笑みを浮かべる俺に、チェックは恐怖に顔を引きつらせた。


「しゃ、喋るよ、だ、だから殴るのはやめて!」


 チェックはそういって目線を反らす、その行き先はメイトの元へ。

 反撃を起そうと殴り掛り、呆気なく返り討ちに合わされたメイトは壁にめり込んでいる。

 物理干渉を避けることに特化しすぎたあまりか、肝心の物理防御が紙同然と分かるや否や、チェックは降参の念をあげた。


「はぁ…なんていうか…」


 情けない。

 敵に対して思わず同情を抱く。


 居た堪れない気持ちになり、

 呆れた声を漏らし、

 頼まれた通り殴ることだけは勘弁する。


「今にでも素直に結界を解いてくれさえすれば、ぶちのめす必要は無いしな」


 我ながら甘い奴だ。

 柄にも無くそんなことを考える。


 目の前には仏を見たような目をしたチェックが居る。

 そしてその姿を見てもう一度考え直す。


 慎重に事を運ぶ為、

 相手を騙す布石に予想以上に手間取りを見せていた。

 苦労して相手にケジメが無しでは、

 さすがに虫の良すぎる話じゃないか?


 結界を解かせ、

 二人を逃がしたことを考える。

 嬉しそうに手を振って、

 遠ざかっていくチェックとメイト。


 俺の姿が見えなくなった瞬間、

 二人は笑みを浮かべ、

 あいつ馬鹿だったと悪口を言う。


 イラッとした。


「やっぱり納得いかないわ、一発でいいから殴らせて」


 絶望に顔を染めたチェックに鋭い拳が裁きを下す。

 その際に力加減を間違え、

 殴った瞬間にちょっと嫌な音が鳴った。


 グキリとも、ゴキリとも聞こえる、何かが折れた音。

 

 直後チェックは白目を向いて、

 まるで死んだかのように動かなくなる。

 というかこれ、死んで……。


「…え、ちょ…や、やめてぇ?、ま、待って!!冗談だよね!?殴っただけで!?」


 頬を叩く。

 動かない。

 やばいどうしよう。


 必死に復活させようと、

 試しに声を掛ける。

 返事がない。


 今度は頬を叩く。

 衝撃で首がぐねぐねと曲がり、

 がっくんがっくん揺れてる。

 奇怪というか、一種のホラーだこれ。


「ごめん!謝るから起きて!しかも結界解けないし!!」


 窓から見える景色は変わらず停止したまま。

 一向に戻る気配は無い。


 ガチでやばいどうしよう。

 質問を聞く前に撃沈させてしまった。

 これじゃ策略練った今までの苦労が水の泡だ。


「っそうだ!魔王!!」


 魔王の技術は脅威の回復量を誇る。

 例え致命傷でも、死んでさえいなければ蘇生できるはずだ。

 人間は脳が本当の心臓。

 死に到るまでにはまだ時間がある。

 

 まだ可能性は残されている。

 それに、この程度で死なれちゃ困る。


 チェックとメイトをその場に残し、

 背を向け急いで階段へ向かう。


「ふふふ、最後の最後に騙されたのは君だったようだね」


 背後から突然声がした。

 暴発的に膨れ上がる殺気。

 それに何事かと後ろを振り向く。



 直後、鋭い痛みが優を襲った。



「っかは…!?」


 突然の痛覚に襲われ、その場に倒れこむ。

 痛みを齎す正体は、一本のナイフ。

 傷が深く、見る見る血が滲み溢れ出す。


 …なんだ…こいつ、人間じゃ…ない…!?


 入り込む視界、

 チェックの首が後ろを向いていた。

 両手で顔を押さえ半回転。

 嫌な音を何度も立て、首を元の位置へ戻す。


「メイト~、気絶のフリはもういいよ~」


 チェックの合図と共に、

 ピクリとも動きを見せずにいたメイトが起き上がる。

 人間と呼べるには、

 あまりにも相応しくない不規則な動き。

 軋むような音を立て、

 メイトはぐるりと眼球を俺に向けた。


「あー、お前のせいで身体がぼろぼろになっちまったじゃねえか」 


 そういって、

 メイトは壊れた部分を触る。


 メイトは顔の半分を失っていた。

 正確には、顔の半分が欠け落ちている。


 異形なその姿に、

 頭の片隅で思い当たる節があった。


「……お前等、人形…呪人か」


 呪人とは、その名の通り呪われた人の意味を示す。

 人と同じ形を持ち、喋り動く生きた人形。

 常に宿された種類の魔力、法力、聖力のどれかを消費し続けなければ活動を続けられない。


 人の欠陥品と呼ばれた代物。

 ただ、逆に人形であるからこそ、

 その身が滅びない限り、

 何度でも立ち上がる不死身の身体。

 それに人々は恐れ、恐怖し、忌み嫌った。 


 ただ、呪人と呼ばれた本当の理由は他にある。


「失礼だな君は、僕らもれっきとした人間だよ」

「っは…確かにそうかもな…なんせ、人一人の命を引き換えに『生きて』るからな」


 それは、一人の人間を犠牲にして生きているからだ。

 他人の持つ魂を人形に定着させる。

 だからこそ、呪われた人、呪人。


「人じゃないからこそ、強大な結界にも身体が耐えられる、身体が人より脆いから、常にその身を結界で守る必要があったのか…っかは」


 吐血。

 無理を重ねた体が悲鳴を上げる。

 致命傷は避けたものの、

 今の傷で上限を迎えたようだ。


「…っは、偉そうに語っているが既に身体はもう限界だろ?まさか襲われると思いもせず、迂闊に背を向けたのが仇となったな」


 そういって、メイトは吐き捨てる。

 確かに身体は限界を迎えていた。

 結界による作用が消え、

 全身が悲鳴を上げ始めている。


 恐らく長くは持たない。

 現に、意識は既に霞み始めている。

 こうして意識を保てるのも時間の問題だ。


「仇も何も…予想を遥かに上回り過ぎなんだよ…動く禁術が存在しているなんて、今までただの噂だと思ってたんだ、知るはずもない」

「あはは~、じゃあ光栄に思うといいよ、滅多に御目に掛れないからね」


 そういって、チェックは人間のように笑う。

 それ自体の行為は、人を真似て作った笑顔なのか。

 それとも感情があって、本当に笑っているのか。

 それすらも今となっては分からない。


「因みに君のお仲間さんなら心配いらないよ、初めから君だけを狙った犯行だからね、君が死んだ後危害を加えるつもりはないよ」

「…何言ってやがる…こんだけ騒いでも下にいる全員気づきやしねえ…何かしやがったな?」


 本来なら扉を開けて少しすれば魔王からの呼び出しが来る。

 しかし、いつまで経っても呼び出しが来ない、

 それどころか異常な程に静まり返っている。


「ただ下の階だけ時を止めているだけさ、この力の厄介なところは、時を止めても自ら立ち入って干渉出来ない点があるからね…もっとも警戒するのは魔王だしね、自分から死にに行くような行為をするつもりはないよ」


 チェックの話にメイトは頷いて見せる。

 二人にとって、魔王は脅威な存在なのだろう。

 物理は無効化しても、

 魔力に対して耐性があるとは言い難い。


「じゃあ…あの時魔王を操ったのは、お前等の仕業だったのか」


 確信を持って、

 そうチェックとメイトに問う。

 理由はともあれ、

 あの場で行えるのは二人しかいない。


「…なにそれ?僕には時間を操る能力、メイトは物理防御の能力しか持ってないよ?」

「…何?」


 しかし、チェックから発せられた答えは予想とは違っていた。

 きょとんと不思議そうな顔を浮かべるチェック。

 この場で嘘をつく必要は無いはずだ。


「…じゃあ、村に攻撃を仕掛けたのはお前等か?」

「何言ってるの?僕らはずっとこの町に居たけど?村って何処の?」


(…どういうことだ?)


「……何故俺を狙う?」

「賞金首だからだよ、僕ら二人も君と同じでお尋ね者だけどね~」


 そういって、ポケットから取り出しポスターを広げて見せる。

 そこにはチェックとメイトが写されており、下には賞金が記入されている。


「……じゃあ…最後に一つだけ教えてくれ」


 一番初めに疑ったのは三人。

 一人は元勇者と名乗った男。

 だが手口が曖昧で、

 あまりにも慎重でまず有り得ない。


 もう一人は相馬。

 ただ犯行が全くの別人だ。


「俺がここに来ると教えていた、その人物は誰……」


 最後に、相馬の弟と名乗った柚依。

 この宿に呼んだ張本人。


「…っぐ…!?」


 視界が急速にぼやけ、

 焦点が合わなくなる。


 血を流し過ぎた。

 駄目だ…意識が遠のいていく…。


「…・…そ…・…人は…・…---」


 チェックが何かを話ているが、

 もはや頭にその言葉は入って来ることは無かった。


 時間が経つにつれ徐々に視界が狭くなり、

 優は眠るように瞼を閉じた。






---





「みたいな人だったね~」


 チェックは動かなくなった優に向けて、

 楽しそうに一人喋り続ける。

 だが、その声は優の耳に届いていない。


「…おいチェック、もうそいつ死んでるだろ、いつまでも一人で喋り続けてないでさっさとその死体を運ぶぞ」

「いや、良く見てよメイト、まだ息はあるよ、急激な血液の流しすぎで意識を失っただけみたい」


 そういって、またチェックは楽しそうに優を見つめる。


「驚かされた部分はあったけど…勇者って言われた割には対したことなかったね~」

「…おいチェック、まだ生きてるなら止めを刺せ、油断してるとまた噛み付かれる可能性が……」

「その必要なら、もうないわ」


 突如、メイトの話に割り込みが入る。

 その声の主は女性。

 白銀色の衣装を纏い、

 鋼色の剣を片手に携える。


「全く…優さんは敵に対して甘すぎる…」


 そういって、柚依はふっと笑みを漏らす。


 何処と無く突然現れた柚依を前に、

 メイトは呆れて溜息を付いた。


「おいチェック…だから言ったろ…油断して結界を解くから、お仲間さんが来ちまったじゃねえか」

「…え?そんなはずは…」

「どうせお前の事だ、無意識に解いちまったんだろ、魔王が来る前にぱぱっと片付けて逃げるぞ」


 そういうと、メイトは手を掲げる。

 瞬時にしてチェックとメイトに膜が覆いかぶさった。


 紫色に揺らめく、メイトの防御障壁。

 空気中と同化し、その姿は見えなくなる。


「恨むならそこに転がってるそいつに恨みな!お前まで巻き添えにしちまったんだからな!!」


 倒れた優から奪った剣を、

 チェックから受け取る。


 剣が手中に収まると、

 メイトは猛ダッシュで柚依に向かって切りかかる。


 その直前、

 柚依はポツリと静かに呟いた。


「何発までなら、耐えられる?」



 一瞬の空白。



 ッキンっと、

 剣を鞘に収める金属音が鳴り響く。


 ---刹那、

 目まぐるしい斬撃がメイトを襲った。


 四方八方隙間なく、

 数十、数百もの斬撃が遅れてやってくる。


「ぐぅあああああああああああああああああああああああ!?」


 初めて上げるメイトの悲鳴。


 防ぐ事も、

 逃げることも、

 反応すらも許されない。


 絶え間なくやって来る斬撃に、

 障壁は耐え切れず、一瞬にして消滅。

 同時に斬撃も終わりを迎える。


「…354回…脆いわね」


 無敵とも言われた障壁がいとも簡単に破られる。

 その光景に、チェックは瞬時に悟った。


(何だよこいつ!?やばすぎる!!)


「メイト!逃げよう!!」


 勝てないと、

 即時メイトに脱出を呼びかける。

 だが、返事が返されることはなかった。


 二度目に渡る、

 剣を鞘にしまう金属音。


 何度でも起き上がるはずの人形は、

 床に倒れこみ、そのまま動きを停止した。 


(……ッ!!)


 絶句と驚愕。

 そして次は自分だという恐怖。


 身を翻し、

 即座に脱出を心見る。


 剣捌きは早くても、

 射程内に入りさえしなければ問題ないと。


 窓から身を乗り出した瞬間、

 飛び降りた最中、後ろを振り向く。

 そこには剣を片手に廊下を歩く姿。


(これなら逃げられる…!) 


 しかし、チェックの観測的希望はすぐに打ち砕かれた。


「……っな!?」


 着地しようと足を出す、

 その行為が出来ない。


「っぐは!……な、何で!だってさっきまで…!!」


 着地に失敗し、

 チャックは地面に強く叩きつけられた。

 衝撃で一部にヒビが入る。

 気がついたときには、

 既に両足を失っていた。


 飛び降りた瞬間、

 離れていた距離をもろ共せず、

 あの一瞬にして両足を狩られていた。


「何であんな奴が…!どうしてこんなとこに!!」


 チェックは両手を使って地面を掴み、

 這いずって身体を動かす。


 その途中、

 右手が何かを掴んだ。


「………」


 掴んでいたそれは、

 細い女性の足。

 顔を上げれば、

 そこに立っているのは剣を携える銀髪の女。


 立ち塞がる柚依の姿を視界に捉えると、

 深い恐怖の表情が刻まれた人形は、一言呟いた。


「……人の皮を被った…化物め…」

「…それは貴方の事でしょう?」



 その会話を最後に、

 辺りには一度だけの金属音が高く鳴り響いた。



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