チェック&メイト
「しかし…そうは言ってもどうするか…」
次々と手段が潰える一方、抜け出す為に必要な肝心のヒントは恥ずかしがって全く現れて来ない。
「あとこの身体は何回までなら持つかね」
腕、足、肩、腰、その他もろもろ。やはり身体への負荷が癒えるよりも先に更なる負荷を重ねているせいか、感覚が誤魔化されているとはいっても、何となく動きがぎこちなく感じる。
悲しいというか下らないというか、味方のはずの魔王等の手料理が一番ダメージを受けている、時間が戻される行為自体にも相当な体力を消耗しているのだろう、事と次第によっては体力的に次もあるという甘い考えは捨て、これが最後、次は不可能と考えてた方がいい。
「下手な行動、それから無理は禁物か……しっかし…なんか引っかかるんだよな、あの時に見せた魔王の表情…」
異様な雰囲気に、歯切れの悪いカタコト。しかしハッキリと伝わった、あれは心の底から楽しんでいる。まるで普段の魔王が見せるような、悪ふざけをして遊んでいるときの無邪気な笑み。
となると、敵はこの状況を楽しんでいるのだろう。
「…さては影で細く笑んでいるな?」
困っている姿を見て楽しみ、力尽きたところを襲う。恐らくはそれが奴等の狙い。
……だが、変だ。
可能性は無いとは言い難いが、しかしそもそも魔王の意識を奪うのは相当に難儀なはずだ。一度遅れを取って意識を奪われもした事があったが、しかし最終的には闇にでさえ打ち勝つ程に、魔王の精神力は生半端なものではない。
とすると、もし万が一にでも魔王を難なく操れる程の力がある奴が相手なのだとしたら……。
「……いや、意識を奪ったのではなく、一時的に借りただけか」
もし完全に意識を奪えたのであれば、そのまま魔王の身体を使って襲わせるなり人質にとれるはず。それをしてこないということは、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ操れるのが限界と考えていい。
「と、ここまでいいとして…でもそれでもやっぱり変だよな。これだけ動いても、これだけ身体が弱っても、敵がさっきから一向に姿を見せないのは何故だ…?」
とっくの昔に一度や二度、寝込みを襲われてもおかしくはない。なのにそんな様子は毛ほども感じられない。
すると何か、初めから…この迷路には出口が…脱出の手段が無いというのか…? ここに敵がいないということは…宿にはもう居ない?
それなら話は付く。完璧な牢屋に閉じ込めたと自負しているからこそ、放置して勝手にくたばるのを待っていると。
しかしそんな不確実な事を行うものだろうか。いつくたばるにしても、その様子を見なければ解きようも無いし確認のしようがない。
それとも影響を受けない場所に隠れて此方の様子を伺うか……でもそんな場所何処にもあるはずが………。
ない。そう思った矢先、ぼぅっと部屋を眺めてある違和感に気が付いた。
「……最高の欠陥品だな、いくら俺でも力が使えなければお手上げだ」
困ったと頭に手を当て、一人扉の前で呟きながら両手を上げる。普通の声音で喋ったのだ、遠くの者にまで届きはしない。当然にも下の階に居る魔王らにまでは聞こえないが、しかし近くに居るのであれば、例えばそれが目の前の扉の向こう側までなら、普通に喋ってもこの声は届く。
「ああ、本当に参った、なんで今の今まで気が付かなかったんだ」
結界を張ってその場を立ち去るなんてこと、そもそも出来るはずが無いのだ。だって、よく考えても見れば結界は元々は守りの術。常に術者が力を注ぎ続けるからこそ本領を発揮して保たれるはずだから。
「唯一影響を受け付けていない場所なら、あるじゃないか…」
腰の剣に手を掛け、扉の向こう側にそう語りかける。すると、触れていないにも関わらず、独りでに扉が開き始めた。
「…なぁ、そうだろ?」
そういって、さっきまで居た扉の向こう側を見据える。一瞬たりとも侵入を許した覚えは無いというのに、いつの間に部屋の中に入ったのか、そこには二人の男が佇んでいた。
「…よく我等の弱点を見抜いたな……そうだ、ここには一つ、我等が安全に身を守る為の巣穴がある」
「…そして、それは敵の巣穴でもあり、もっとも安全だと植え付け、敵はここには居ないと錯覚させる為でもあるんだよね~」
「いやどうでもいいし聞いていないんだけど、お前等の策略なんぞ」
何かくれんぼして見つかっちゃった的なノリなのこの人達。少し嬉しそうに、何得意気に語り出してるの。腕組んで隙だらけだし、切っちゃおうかな。
「っは、しかしいいのかお前等、弱点見抜かれて……逃げなくていいのか?」
男二人の姿は、全身を黒一色で包み込んだ装束。武器を到るところに隠し持てるように着こなしてある。
どちら一方が牽制し、一方が逃げるか、それとも交互から来るか……いや、もう一人何処かに潜んでいる可能性もある。
しかし、二人はそのまま口を閉ざし、動く素振りを見せず、格好からして、ただ丸腰で腕を組んでいるだけに見えた。
…こいつら、俺が動くのを誘っている?
黒い衣装に身を包んでいるため、表情を読み取れない。
だが、分かる。相手は焦燥の色を全く見せず、それどころか笑ってみせている。
「…はぁ……ったくよぉ、何だよつまらねえ…人が親切にも隙だらけで突っ立ってやってるのに…」
「あぁ…全くだね~、見つけた褒美にチャンスをやったのにー」
---ッの野郎!!
「死んでも後悔するんじゃねえぞ!」
一瞬にして間を詰め、溜息を漏らした方に切りかかる。手答えを感じた瞬間、男を蹴り飛ばし、反動でそのまま身を捻らし、もう一方に切りかかろうとして、動きが急に止まった。
右腕を、切り伏せたはずの男が掴んできていた。
「……っな…に!?」
「おいおい、びっくりしただろうに」
確かに切った手答えはあった。なのに、何でこいつは何食わぬ様子で立っている…?
「安い挑発に乗るなんて、元勇者が聞いて呆れるぜ、多額の賞金掛けられてるからどんなもんかと思ってたが…この程度か」
「_ッ離せ!邪魔だ!!」
掴まれた腕を振り解き、目の前の敵に向かって切りかかる。
今度こそ、確実に獲った。
---はずだった。
「_ッ!!」
振り下ろした剣を素手で掴まれる。それも片手だというのに、ピクリとも動かせない。
「……こ…の…!!」
なんて力だよおい…!岩の隙間に埋められたみたいに、まるで動かねぇ…!!
「ぁー、駄目駄目、力任せにやっても離せやしない…っぉう?」
「っどけ!!」
足を蹴り飛ばし、それに男はバランスを崩した。驚いた男はその拍子に、剣を掴んでいた手を離す。
その隙に、一気に部屋を飛び出そうと駆け出した。
「おいおい、二人いるってことを忘れ」
「知ってるっての!!」
横から男が行く手を阻むよう、突如として立ち塞がる。だが、初めからそう来ることは分かっている。
「どけぇえええ!!」
「っぉおおおお?」
剣を突きつけ、走り出した勢いを加速させる。男のどてっ腹に剣が当たる、そのまま力任せに男事廊下に飛び出した。
……さっきはどうやって俺の斬撃を防いだか知らないが…今のは回避はおろか、防ぐ暇は与えてはいなかった。
「メイトー、大丈夫~?」
明らかにあれは直撃だった、手答えも完璧だ。
「っつぅ…ああ、心配はないぜチェック、ちょっとした掠り傷程度だ」
だが、男は平気な顔して立ち上がった。まるで俺の攻撃が通用していない。
「…おいおい…もしかしてお前等不死身だとか言う訳じゃねえだろうな?」
メイトと呼ばれた男は、衝撃で散ったホコリを払いながら立ち上がった。首に手を当て、コキリコキリと音を鳴らす。
しばらくして、メイトは口を開いた。
「…不死身…か、そうだな、今の俺達は不死身といってもいい」
「……へぇ」
「ここまで来た冥土の土産に教えてやる」
その一言を合図に、背後から突然チェックと呼ばる男に両腕を掴まれる。
「ッいつの間に…!」
「今の間にだよ、ほれメイト、パース」
剣をあっさりと奪われ、それは敵の手に渡る。何食わぬ顔で放り投げられた剣をメイトは受け取ると、その剣を俺に向け突きつけた。
「さっきからお前は俺達を切っていたよな?手答えもあったのに何故致命傷を受けてないか不思議だよな?」
「…お前…何を…」
突きつけられた剣を引くと、メイトは左腕を突き出す。そして、その剣先を左腕に目掛けて躊躇なく振り下ろした。
「_ッ!?」
_ザクリ と、切断される音が鳴る。だが、振り下ろされた剣先は皮膚に触れることなく、見えない壁に阻まれ手前で静止していた。
「俺とそいつにはな、全身に防御壁が張り巡らせてある…切った音も結界が盾になった音だ…この意味が分からないくらい馬鹿じゃないよな」
「まぁ、不死身というよりは無敵に相応しいかなー、とはいっても、自分達が作った結界内、つまりはこの宿内でしか効果は発揮されないけどねー」
「…っは…なんだそのふざけた能力…反則だろ」
全ての物理干渉を防げる防御壁。
力が使えない俺にとって、最高に最悪なシナリオだ。
「いや、そうでもないかなー」
「……それだけ強力な力が反則じゃないというのか?」
「今の普段の君なら、似たような現象が出来るだろ?それに結界を張る自体に時間が掛るし、有効なのは狭い結界内だけだもの、君らがここに来るのも半分賭けだったしね」
……それはそうだ、強力な力になれば、それだけリスクは高くなる。ただの運任せだけでできる仕掛けじゃない。賭けても良いと思える程の可能性がなければこんな大事できるわけ……
「……おい…?今半分っていたよな…その半分ってのはどういう事だ?」
「…うん?失敗と成功のハーフだね」
「違う…そういう意味じゃない、お前等は…俺達がここに来ると、どうしてその半分が分かったのか理由を聞いているんだ」
俺や魔王、それに桜がここに来ることを初めから知っていた。それしか考えられない、だが、そんな事が出来るのは…イグベールにいた人々しか…いや、半分ということは確実性に欠けるということ。
……なら、唯一この宿に差し向けられる事が出来たのは一人しかいない。
…だが、あいつだという確証なんて…。
「えーっと、教えてくれた人がいるんだけど…誰だったかな」
その言葉に、ドクンと心臓が大きく脈を打つ。
その先に出るであろう言葉に、一瞬嫌な予感が脳裏を横切った。
「あ、思い出した!」
そういって、チェックは無防備にも捕まえていた両腕を離し、手をポンッと打つ。
「確かその人は」
「おい、もういいだろ、いつまで呑気にお喋りしているつもりだ」
が、チェックが何かを話す前に、メイトは痺れを切らして話を中断させた。
「なんだよメイト、別にいいじゃん」
「良い訳あるか、いつまでも時間を取っている程暇じゃないんだ、さっさと仕留めるぞ」
ふてくされるチェックを他所に、
不機嫌そうにメイトは一蹴する。
「へーぃ」
諦めがついたのか、チェックはしばらくして気だるそうに生返事を返した。
俊敏な動きで再度チェックにより身動きを封じられ、再び奪われた剣を俺に目掛け突きつける。
「っく…」
「…気に食わないな、なんで逃げなかった」
そういって、メイトはぶっきらぼうに俺を見つめる。初めに対面したときとは比べほどに成らないくらいに、つまらなさそうな目をしている。
「……お前等がおちょくっていたという事が、もう嫌というくらいに分かってしまったからな……なんせいつでも俺を殺せる機会があったはずだ」
「っくく、分かってるじゃねえか…そうさ、お前はこの罠に掛ったときから、既に勝負は決まってたんだよ!!」
メイトは小さく笑みを漏らす。そう、これは初めから勝負が決まりきっていた。
「憤怒と恥をその身に抱えたまま、負け犬みたいに見っとも無く死になぁ!!」
その言葉を最後に、俺に目掛け勢いよく剣が振り下ろされる。
_ザシュリ と切断された音が鳴り響いた。
「……か…は…!」
剣は完全に胴体を捉えていた。切られた瞬間、ダラリと力なく全身が脱力する。
「……殺ったか…おいチェック、もう放しても…」
「…ざんねんでしたーやり直し~」
顔を起こし、嫌味を込めてのアンコール。
「ッ何!?」
それに、チェックは呆気に捕られ動きが止まった。背を向けていたメイトまでも、驚いた様子で即座にこちらに振り返る。
反応速度は速い。だが、それでも俺よりに比べたら遅い。
わざと脱力させた体に、
一気に全身の神経に信号を送る。
「おら、歯ぁ食いしばれ」
拳を握り、全力でメイトの顔面に目掛け穿つ。予想外の行動に、メイトは足をもつれさせ、避けることは無かった。
だが、それにメイトは余裕の笑みを浮かべた。
「…忘れたか?俺には結界があってこんなのが通用するはず_ッごふらはぁ!?」
しかし、その笑みはすぐに崩れ去る。全身を結界で守られていたはずのメイトは、しかし結界は紙細工のように砕け散り、メイトもろとも吹き飛ばした。
「…っかは!?…ッ!?…ど、どういうことだ…!…何故ただの素手で俺が…!?」
メイトは殴られたことに呆然し、赤く腫れた顎を押さえた。混乱と脳振盪に揺らされながら、怒声を上げる。
「はあ?お前自分でいってたろ?既に勝負は決まってるってさ」
その反応に呆れた声を漏らす。
そう、勝負なら最初から決まっていた
「いやー、勝ちが確定しているって思うと、大体のことを喋ってくれるってほんとだな」
相手を騙すために、色々と装ってみたが…やはり一番は負けたフリのようだ。
これからの時代は負けたフリだろう。活用手段多いし、いざというとき言い訳に出来る。
「な、何いって…君…さっきまで何も…そ、それに力が使えないんじゃなかったのか!?」
優越感に浸っていると、チェックは取り乱した様子で話始めた。
理由を問いただすように向けられた視線に、腕を組み、頭を横に倒す。
「……何言ってんだ?誰が力が使えないなんていったよ」
「…え、だ、だって…剣が…力が使えないって…そう君自信が言っていたじゃないか!!」
それに、また首を傾げる。
一体この子は何を言っているのだろうか。
そりゃあ力が機能しなかったことには驚いた。
剣を出すという、メインの攻撃手段が使えないのだから。
---それでも
「だから…俺がいつ、剣以外の力を使えないって言ったよ」
俺は別に、力が使えないとは言ったが、それはあくまでも剣個人であり、何も全ての力が機能しないとは言っていない。
「そ、そんな…」
「一応気を失った際、攻撃されても良いように最小限に身を守っていた…ただ、お前等の慎重な面と傲慢なところに助けられたといってもいい、一番最初に襲われていたらやばかったかもしれないからな」
こいつらは、睡魔で昏倒させた直後で俺を殺すこともできた、それはほぼ勝利と言っても過言ではない、しかし奴等はその残された微かな危険性に、恐れたのだろう。あらゆる安全性を考え、まだばれてはいない、ならまだ様子を見よう…というその考え。
確実、絶対が付かない限りは動かない、いや、動けない。
そしてそのおかげで、偶然にも対策を練ることが出来た。魔王が寄越した、魔力と恐怖がたっぷり詰まった、あの手作り料理で。
「悪運も、強運の性といったところか、魔王の行いのおかげで、普通に魔力なら使えることは分かったしな」
少量の魔力だが、それで十分。害は無害に緩和され、力に変換される。
そして、一番の問題だった点は初めから解消されていた。上書きするだけで、その前に起きた現象は残り、そのまま次に受け継がれる。
「…さっさと倒したら吐けるもんも吐けなくなるからな…まあ、そういうことで聞きたい事がいくつかあるんだけど…教えてくれるかな」
チェックとメイトを交互に見やり、一言告げる。
「チェックメイトだぜ、お二人方」