そして時は動き出す
周囲をゆっくりと見回す。
今この場に居るのは桜、魔王、柚依、そして俺。
手作り料理という呪縛に拘束され、これでもう3度目になる。
今日という昼を、一体あと何回繰り返せば終わりを迎えるのだろうか。
「あ、優さん」
「優くんやっと降りてきた…おっそいなーもう」
「ご飯なら出来てるけど、何かリクエストはある?」
……一回目や二回目とは違い、会話が随分と変わっている。
ご飯を作るという根本的な部分は全く変わっていないが、何もただ同じ事だけの繰り返しではないようだ。
「魔王、柚依、桜、ちょっと話がある…」
突然の会話の切り出しに、
3人はキョトンとした顔で俺を見つめる。
無理もない、3人とは違って一人、俺だけ周囲の空気が違う。
場違いと言える不陰気に、恐らくは不信感を抱いているのだろう。
「…何かあったの?」
それに、魔王は不安そうな顔で俺を見つめる。
さすがは魔王といったところか、一番長く一緒に居ただけのことはある、良からぬ事が起きているとすぐに察したか。
「ああ…時は一刻を争う可能性があるかもしれん…だが、今んとこの状況からして、すぐにどうこうなるという訳でもないみたいだが…」
「…そう」
「…魔王、真剣な話だ、今から言うことを真面目に聞いンゴホゥ!?」
「じゃあ、問題ないじゃん☆」
そういって、魔王はいつの間にか持ち出した鍋を片手に、笑顔を浮かべ、神速の勢いでスプーンを俺の口の中に突っ込んだ。
何をするまでもなく、反応すら起せなかった俺に、無情にもスプーンに乗っていた液体が注がれる。
_ジュゥワァアアア……。
口の中なのに、鉄板でステーキを焼いたような音が鳴り響く。
舌が焼けるように熱い。
ていうか焼かれるよりも熱い。
というか、あれ?意識が朦朧としてきて…あれれ?目の前が真っ暗に…。
「………」
起き上がると同時に手のひらを顔に当て、顔を伏せる。
「あいつを信用した俺が馬鹿だった…」
絶望と信頼を裏切られ、絶望に打ちひしがれる。
もう目を覚ます以前から予想が出来ていた。
安心と安息の地、案の定、四度目のベッド。
もう驚かない。だって三回目だし。
もううなされない。だって三度目だし。
慣れた手つきで扉を開け、階段を勢いよく駆け下りる。
「あ、優くーん!うふふ、ちょっといーい?見せたいものがあ」
「もういいから!分かってるから!どうせ手作り料理なんだろ!?知ってるわ!!」
「え?いや何で知って…てかなんで切れ気味!?」
魔王が話を終える前に、既に大半の内容を知っている為、即効で話を折る。その行動に魔王は少々引くが、この際好都合。
引いて駄目なら強硬手段で惨劇を回避するまでだ。
「柚依!手錠だせ手錠!!二つだ!持ってるだろ!持ってるんだよな?持ってるって言え!別に怒らないから!」
「知らねえよ!?つうかもう怒ってるよねそれ!!意味が分からないわ!!……いやまあ…実際に持ってはいるけどね…魔王や私といいその勢いといい…何かあっ…ちょ!?何人のポケットに手を突っ込んで…!や、やめ!」
勢いに身を任せ、そのまま柚依の腰に手を回す。
二度取り出して見せた位置からして、大よその位置は既に把握している。が、柚依が腰を捻らせ、後ろに身体を仰け反らせるため、思うように手錠を掴めない。
「暴れるなって、取りづらいだろ!?」
「急なセクハラされて暴れない方がおかしいわ!!」
…セクハラ?
あの時の香水といい今回のセクハラだのなんだのといい…、
本当になんだってそんなこと聞いて……ッハ!
「何その悟ったような顔!?腹立つ!むっちゃ腹立つ!」
「いやいいんだって…俺の言えたことじゃないが、柚依、お前も年頃の女の子だもんな…大丈夫だ、魔王より胸はあるから!」
「ちげぇよ!何言ってるの!?どういう勘違いしたらそうなる!セクラハにセクラハ重ねただけじゃん!!」
そういって、柚依は顔を赤くして殴りかかってくる。
---おかしいな、また怒らせてしまったようだ、何を間違えたのだろう。
「わ、悪い悪い、だがほんと大丈夫だって!」
「あぁ!?」
「お前美人だし、それに結構可愛いから!だから自信持てって!」
「……え?」
どうやら正解を引いたらしい。
俺の言葉を最後に、柚依の一方的な暴力が瞬時にして収まった。
「ふ、ふん…まあいいわ…さっきまでのセクハラ行為…今回だけは特別に許すわ…」
そういって、柚依は口を尖らせ顔を横に向ける。
その姿を見て、ただ無理やりに突っ込み過ぎたと反省し、あの行動は柚依の照れ隠しと気づき安堵する。
---なのにどうしてかな。
自ら作り出した脅威だったとは言え、終止符を迎えた一つの脅威。
なのに無関係であるはずの魔王と桜から、新たなる二つの脅威を感じる。
どうしよう、
小指一つでも下手に動かしたら殺られる気がする。
生唾を飲み込む。後ろを振り向こうと思うにも振り向けない。
だというのに、柚依はその張り詰めた空気の中をもろともせずに口を開いた。
「…優、あんたは…手錠を何でか知らないが欲しがっているよね」
「ん、あ、ああ…ロクな事が待ってないからな」
「じゃあ聞くけど…その理由は何?そもそも何で知っていたの?私は貴方の傍にさえ近寄ってはいなかったはずなのに」
いや今いったじゃん。
ロクな事待ってないっていったじゃん。
「ええと…」
柚依の質問に対して、口が開きかけて留まる。
この状況を説明していいのかどうか、この空間内では一度も外部からの害を受けてはいない。…が、相手は何かを企んで仕掛けを行ったのは間違いない。
今の今まで手が加えられていないのは、何かの理由で手が出せないか、又は必要が無いと判断されて作られた状況下、いたずらに動いては危険性が増す可能性がある…。
……駄目だ…何処に潜んでいるかも分からない以上、迂闊に動けない。
ここはまだ様子を見よう。
「ほ…欲しかったんだよ…」
「……え?」
そういって、柚依を指差す。
正確には柚依が持っているであろう手錠に向けて。
「いやだから、その…欲しかったんだって」
どちらにせよ柚依に持たせとくのは危険過ぎる。
「え、ちょ…いきなり何言って…」
「いきなりも何も、さっきからいってるだろうに」
「い、いやそんな…困るって…」
いや困るって、手錠くれないと俺が後で困るから。
両手拘束されて、拷問みたいに毒物食わされるから。
「いいから早く寄こせって」
つうか、この子何でさっきから顔赤いの。
それ以前に毎回顔赤くしてないかこの人。
「_ッだ、駄目だって!そんな突然…第一私には目的が…!!」
…目的?
「……何言ってんの?」
「……へ?」
………。
「……ああ、なるほど」
ポンと手を打つ。
「柚依、俺は手錠が欲しいと言っていたつもりだったんだけど…」
「……な、なな何言ってるの?しし、知ってたよ?」
「あれ?そうなのか?てっきり俺は告白か何かの勘違いをしていたのかと…」
「す、するわけないじゃん!」
そんな大声で否定しなくてもいいじゃん。傷つくよ俺。
「…ま、まあ分かってるなら手錠渡してくれれば」
「で、でもさ、か、仮に…仮にだよ?」
「…今度は何、追い討ちか」
「え、えっと……今私と手錠どっちが欲しいって言われたら、ど、どっち?」
「……はぁ?何当たり前なこと言ってるんだよ」
質問があまりにも馬鹿馬鹿しくて溜息を漏らす。
この状況で今一番欲しいもの?
俺は勇者だぞ、どちらを優先するべきかくらい見分けが付く。
「そんなもん、手錠に決まってるだろ?」
「………」
あれ、おかしいな、決め顔で発言した直後から記憶が無い。
「やっべーよやらかしたよ、神速の如き速度でぶちのめされてるよこれ」
思わず手錠って言ってしまった。でも勢いで身を任せてたし最初。
いくら馬鹿でも分かる正解を、本心と成り行きでやっちまった。
「どーすんのこれ、いつ終わるのこれ」
ほんと何これ、いつまで経っても何回やっても何も起きないし。
俺に対しての嫌がらせだろこれ、今まで倒してきた中で恨み買った奴のどいつかのだろ。あれか?手配書書いた奴か?
いや、そんなことはどうでもいい。
これ以上、失敗を繰り返すわけにはいかない。
「くそ…どうする…」
桜の手料理を食って起き上がったとき、窓を開けて外を眺めた。
落ち込んだ素振りでさり気なく把握は出来たが、事態は想像異常に最悪だ。
「…っくそ、厄介な結界を張ってくれたな」
外に広がるその光景は、雲が、人が、鳥が、全てが静止していた。
推測が正しければ、これは時間を止めているわけでも、逆再生のように巻き戻しているわけでも無い。
「…強制的に巻き戻されて作られた空間だ」
一度起きた出来事を無かったことにして戻すのではなく、
一度起きた出来事を上乗せして書き換えている。
「今の身体は本物であって偽者……ッカハ…」
痛みを感じることも無く、
苦しいと感じることもなく突然咳き込み吐血を漏らす。
「そりゃそうだ…一度受けた傷は治らないし、消えてもいない、ただ無意識に抑え付けられ、気がついていないだけ……実際には痩せ我慢して動いているだけであって、限界はある」
それにこの結界の規模は多分それ程広くは無い。恐らくこの宿を覆うくらいが限界だろう。
ただ薄い膜で張った結界に比べ、時を戻すには結界内全てに、一切の隙間なくセンサーを張り巡らせているようなもの。容易にできる代物ではないはずだ。
「禁忌の一つである、時を戻す力…その欠陥品といったところか…それでも並の結界に比べ遥かに強力なことに代わりはないが…」
扉を開ける瞬間、極僅かに聞こえた音。
恐らくは扉を開く事で作動する仕組みになっている。
「窓から出ても、時が止まった状態では魔王等を助けるのは不可能…しかも、最悪な事に力が機能しない…これも結界による何らかの作用か」
魔王等を救うには、
扉を開いての直接のみ。
扉の前に立ち、手を掛ける。
それにより再び時が動き出す。
「優くーん」
階段を駆け下り、魔王の元へ向かう。
そのまま魔王の手を掴み、引き寄せる。
「え?うん?…ッ!ちょ!ど、どうしたの!?」
「(…魔王、俺の心を覗いてくれ、今すぐに!)」
慌てる魔王を他所に、耳元に小さく呟く。
ただ言うだけではこの状況は容易に伝わない、なら直接本当の事を伝えればいい。
「…分かった」
心を覗かせる、その行為に良からぬ事があると感づいたのか、魔王は即座に切り替え目を赤く光らせた。
魔王が心を覗く、それには僅かだが魔力が必要になる、だが結界は反応を示さず、何事も無く魔力を使って見せていた。
…やはり、魔王は力を使えている。
だとすれば…有一この連鎖を止められるのは、魔王しか…!
「……優クん」
と、魔王が突然口を開く。
伏せたまま顔を上げず、声にはまるで生気がない。
「…魔王?」
静まり返った中、
魔王はゆっくりと顔を上げて、言った。
「ザンネンナダッタネ、ヤリナオシ」
その言葉を最後に、
一瞬にして意識を刈り取られる。
気が付いたときには、
見慣れた天井を眺めていた。
「くく…ふはは」
味方からの助けは叶わない。
「これは…ッゴフ…困った…」
力を使うことさえ不可能。
---まさに
「……絶対絶命だなこれは」
唯一の望みさえ消え、残ったものは、ボロボロになった体と、先の見えない脱出迷路。
「…いや、違うな」
ピンチではあっても、絶対絶命ではない。
「やってやるよ…何処のどいつがこんな真似してるか知らないが…相手が悪かったな」
この程度、
今までに比べたら対したことはない。
「俺等に手を出したことを後悔させてやるよ」
扉に手を掛け、
そして世界は動き出す。
「さぁ…始めるか、無限に続く迷路を終わらせに」