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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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手作り料理:巫女の場合



「―ッはぁああああああああああ!?」


 ベッドから勢いよく飛び上がる。バクバクと心臓の鼓動が速く、息が荒い。全身は悪夢にうなされた後のように汗でぐっしょりと濡れている。



 うなされたというより、悪夢そのものの出来事を経験した気がする。



「……な、何が…」



 一時的なショックによる記憶の混乱か。ぐわんぐわんと脳内を揺さぶられるような感覚の中、何が起きたのかを必死に記憶を呼び覚ます。



 すると意識を失う直前、それは魔王の手料理と言われる何かを口にした瞬間、全身のありとあらゆる箇所が悲鳴を上げ、視神経が拒絶反応を起こした。



 味覚は元々なのか、はたまた口にした瞬間に麻痺したのか、あの全く何の味もしない無味と、ふわとろジュワさくザクどろパチパチと、様々な『可笑しいよねこれ何だこれ』と感じた新食感は、舌を熱した鉄板の上で焼くような激しい痛みを伴い、さることながら一生忘れないような衝撃は脳裏を焦がす危険信号となって全身を駆け抜けていた。



「死んでない…俺死んでない?!」



 一口食ってこの有様。多分生死をさまよった。何このハイレベルな拷問料理。



 そこらへんの毒キノコ食った方が安全じゃねえのこれ。



 なんて言葉を本人に聞かれたら八つ裂きにされた後に沈められかねないので、お口チャックで黙り込む。



 どれだけ意識を失っていたのか分からないものの、ほんの数秒前に食べたような気がする、というかその感覚がまだ舌に残っているところ、それ程気絶していないとは思われる。



 横になっていた時に生じる身体の身軽さ、だるさの感覚を考慮して、せいぜい意識を失って小一時間とかそこらだろう。



「……はぁ…起きたことだし…一旦下に降りるか」



 生死を彷徨いながらも、地獄の淵から蘇ったこの肉体は不滅か。これといって体調にも変化が無く、せっかく起き上がったのだ、いつまでも寝ているものあれだろう。



 降りたら再びベットイン、そんな言葉が頭の中を過るのだけれども。多分気のせいだ。



「…うう、降りたらまた手料理を食わされるのだろうか」



 払拭しきれぬ不安に憂鬱になりながらも、何とか意思を固めて部屋から出る。



 その瞬間、一度感じたことのある感覚を感じ取った。



 ――ん、またか。



 このなんとも表現のしずらい、背筋を指でくすぐられそうでくすぐられない、絶妙な距離感を保たれているような気持ち悪さ。部屋を出て扉を閉めるその瞬間、扉の閉まる音に合わせて、微かに違う音が入り混じっている。



 カチリといった音はまるで、何かのスイッチが入り、動き出したような…そんな音。



 ……夢だと思っている出来事が、妙に勘に触って仕方が無い。僅かだが変な引っかかりを覚える。



「………」



 ただ、気味が悪いと感じるだけであって、それが異変と感じるまでには到っていない。



『優くーん!私の愛情料理が出来上がったよー!早くしないと料理が冷めて、優くんの愛まで冷めちゃうよー!』



 それでも、何かがおかしい。



『愛が冷めたら優くん殺して私も死ぬからー』

「………」



 夢から目が覚めるまで、それはほんの数秒の出来事。何かの答えがすぐに表れた。



 言動が同じなのだ、さっき言っていた言動とまるで。メモを取った台紙を見ながら喋っているかのように違和感なくスラスラと。ただしそれが全く同じ台紙でなければの話だが。



 違和感を覚えながら階段を伝って下に降りる。



「優くんおそーい!」



 そこには同じような場所で、同じような言動で同じように頬を膨らませ、ムゥ~ッと怒りを露わにした魔王が立っている。



 まさかと思い、優は魔王が何かを言うより先に口を開いた。



「……魔王、俺に手料理を作ってたりするか?」



 すると、途端に魔王は慌てた様子で手をぶんぶんと振るうと、顔を真っ赤に染め上げ高速で瞬きを繰り返した。



「なっ…なななんで知って…ッ! 二階にずっと居たんじゃないの!?」



 演技とも思えぬ驚いた様子に加え、どもった口調。とても悪ふざけや冗談とは思えない。もし仮にこれが悪戯だったとしても、それはそれでこれ程の演技力が魔王にあったのかと、むしろ熱でもあるんじゃないかと魔王の体調を心配したり、明日の天気は大丈夫なのだろうかと本気で心配しそうになる。



 どの道、あの魔王に類まれなき才能があったとは信じられない、となれば魔王が冗談のつもりで言っていた可能性はない。



 そうなれば…もし俺の予想が正しければこの後の展開も容易に分かる。



「柚依、手錠を持っていたりするか?」

「…なんで?見せた覚えないし、結構しっかり隠してたのに」



 意外そうな顔で柚依は手錠をテーブルに置く。やはり反応を見た限りだと何の違和感もない自然に驚いた表情だ。



 ただ、気になるのは置いた手錠は一つだということ。



 だが俺は知っている、柚依は手錠を最低でも二つ以上は所持していた事を!!



 というか忘れもしねえ! あの拷問紛いをさせる発端を招いた張本人の行いを!!



「もう一つくらいは手錠を持っていると思ったんだけどな」

「…へぇ? 随分と勘が鋭いね」



 そういって、柚依はもう一つの手錠をテーブルに置いた。



 こっちからすれば勘が鋭いんじゃなくて知っているからなんだけどね。というか何で素直に最初に二個ださなかったのこの子、何か別の意味で普通に怖いんだけど。



「いや、ただそんな気がしただけだ、気にしないでくれ」

「気にしないでくれって言われると余計気になるんだけど…」



 柚依は釈然としない面持ちで問いかけてくる。できれば今の置かれた状況からして、下手な推察はできれば避けて通りたいところ。ただ分からないことが多いが、ハッキリしたことが一つだけある。



 一度俺はこの場面を経験し、もう一度その場面に出くわしている。正夢、もしくはデジャビュだ。



「飯出来てるんだし、冷める前に食べよう」

「…まぁ…教える気がないならそれでいいけどさ…」



 そういって、柚依は大人しく席に座ってくれた事で何とか追跡から逃れる。



 前回、もとい一度目は柚依の逆鱗に触れたらしく殴られた。多分切れやすい年頃でもあるのだろう、たまたま怒りのボルテージが吹っ切れたに違いない。となれば慎重に対応していればその点は問題ないだろう。



 前の俺が起こしたであろう出来事は、所謂バッドルートであり、逆にそれを起こさないように回避するよう、同じ言動、行動を取らない限りは起こえない未来。



 そして今回それを事前に察知したことで手錠を手中に収め、拘束から招かれる拷問というルートも消えた、はずだ。



「それで優くん、思惑がばれてるなら手っ取り早い!私の愛情手作り料理を食べて!」



 しかしこれはただの偶然に過ぎないのか、それとも何か理由があるのか。



 それでも一つだけ確かな事は、魔王の手料理を食ったらヤバイの一言、これに限る。この身で一度経験しているであろう出来事を生かして、魔王には悪いが食べるルートから外れなくてはならない。



 …だが、それが問題だ。さて、どうやって切り抜けるものか。



 下手に考えている猶予はない、あまり黙り込んでいると無言で、無音で口に物体を突っ込んでくる可能性は流石に幾ら魔王でも無いかもしれないと思ったけど、魔王なら十分にやりかねないからこええな。



「……魔王、お前の手料理なら必ず食うから、柚依と桜の料理を先に召し上がろうぜ」

「えー!私は一番最初に食べて欲しいの!」



 やはりそう来るか…。だが、貴様の考えなど既にお見通し…予想範囲内の反応。



「…魔王、分かってないな」

「え?」



 ふはは、まるで手のひらで転がっている道化だ、悪いがその程度の返しなら容易で対策が付くのさ。



「俺はメインを最後に食べたいんだ、この意味が分かるだろ?」

「ゆ、優くん…ッ!! …そ、それなら、し、仕方ないかな~、うん!」



 言わずともがな本心では「超」が付く大嘘。それでも魔王は頬を赤らめて隠せないくらいに照れている。



 もし嘘だよなんていったら殺されそう。



 ……これはこれで後が怖い気がする。後に起きる惨劇の回避方法を考えとかねば。



 未だに照れて身体をくねくねと謎の動作をしている魔王をとりあえず放置。



 何か時々「そして愛し合った仲、ついに…! ああ、駄目! 優くぅん! 二人が、二人が見て…!!」と訳の分からない事を口走っているのが聞こえるが、あの様子ならまだ問題なさそうなので無視しておこう。



 何とか魔王の料理を避け、席に座ってテーブルに並べられている料理を拝見する。



 一見すると品数は全部で四品。サラダの和え物にリンゴパイ、ふっくらと仕上がった香ばしいパン、多彩な野菜を細かく刻んで混ぜたチャーハン。



 なるほど、どれもいい匂いが漂っていておいしそうだ。



 これは期待してもいいのではなかろうか。



「へぇ…上手だな、誰が作ったんだ?」

「ふっふーん、私です!」



 満足気な顔で柚依が名乗りを上げた。料理の腕に高い技術を有しているのか、何処か誇らしげな表情は自信有り気だ。



「あ、ちなみにコップに注がれてるオレンジもちゃんと一から絞って作った自家製ですよ、サラダに滴る垂も手作りのドレッシングです」

「随分と本格的だな…細かいし…」



 できればその丁寧な技術と細かさを普段の行動に使って欲しいものだ。



 言ったら食事抜きにされそうだから言わないけど。



「…ん?ということは…そこに置いてある四品は柚依一人で作ったのか?」

「そだよ」

「じゃあ、桜はまた別の物を作っているのか」



 桜の方へ顔を向ける。すると何故か等々にブンブンと手を振って、目線を反らしたかと思えば、台所に向かって走っていく。



 なんというか、桜らしくない行動に呆気に取られてしまった。



「……桜?」



 魔王の数々な奇妙過ぎる行動を見てきたが、さすがの俺にも今の行動が何なのか見当が付かん。それに台所に向かってから中々戻ってこない。



 ッハ! まさか…作った料理が失敗して恥ずかしがっているのだろうか。



「…えっと…私が作ったのは…これ…なんですが…」



 と思っていたが、どうやらいらん心配だったようだ。桜はもじもじとさせながら、台所からひょっこりと顔を出した。



 手に持っていたのは小さい皿一品。目の前にある机に置かれ、桜が作ったという品を見る。



「何だ、上手に出来てるじゃないか…!」



 それは何処からどうみたってショートケーキだった。綺麗にイチゴの盛り付けがされており、ふわふわで甘そうなホイップは食欲をそそり、こちらも十分においしそうだ。



「そ、そうですか!?」

「ああ、食うのが勿体無くて手が付けられないくらいだ」

「ふふ、良かったら一口食べて感想をお願いできますか?」

「…え?いいのか!?」

「はい!いつも村の皆に料理を手伝おうとすると、危ないからといって中々作る機会が無くって…作っても皆お腹がいっぱいだといって食べてくれなかったり…たまに食べてくれる時もあったのですが…その後ずっと無言だったりで、どうしてか皆感想を言ってくれたことがないんです…」



 そういって、桜は顔を伏せて落ち込む。



 桜は村のリーダーとしていた分、立場上からしてあまり無理をさせたくなかったんだろう。気を使わせないようにした心意気には賛同できるが…。



 ちょっと待て、あいつ等が桜の料理を食べて何も言わないなんて、おかしくね?



 いらぬ心配が脳裏を過る。そして脳裏に焼き付いたベッドインへの誘い。



 いやいや、ないないない。



 そう思いながらも、乾いた喉を潤そうと生唾を飲み込む。



 駄目だ、何故か急に心配になって来た。けれども、多分思い過ごしだろう。きっと。



 恐る恐るフォークを使い、ケーキの一部を口に運ぶ。




「…ど、どうですか優さん」











 ………………………………。











 小宇宙が見えた。






 舌に伝わる食感には、ケーキなのにまるでゴムを食べているかのような弾力があり、クリームは舌が痺びれる酸っぱさ、イチゴは噛めば噛むほど辛さが増し、噛み砕いたことによって生じた、口の中に広がる絶妙な悪臭のハーモニー。そこには無限の可能性が広がっている。





「……ゴホフゥッ!!」





 感想は喉から来る咳で終わった。














「………」



 何回目かのベットから起き上がる。どうやらまた意識を失っていたようだ。



「…ふぅ」



 無言で立ち上がり、心を落ち着かせる為に一息つく。静かに窓を開け、腕を組んで寄りかかり、外の風景をぼんやりとした顔で眺める。



「……桜、料理下手だったのね」



 そういって両手で顔を塞ぎ悲しみに暮れながら一言呟く。



 そのままなんとも言えない気分で、両手を下すと尚も無言で窓の外を眺め続ける。



 だが、そんな現実逃避も束の間。しばらくした後に落ち着きを取り戻し、また扉を開けば



『優くーん!』



 それは一階から響く三度目の、魔王の冥界へと誘う悪夢の呼び声。



 何かが音を立てて異変を起こし、それを合図に昼食あくむが始まる。



「………」



 どうやらこの手作り料理デスゲームは、まだ始まったばかりのようだ。



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