手作り料理:魔王の場合
---_ッ!?
「っは!?……」
意識を取り戻した瞬間、脳がフル回転を起こし全身が瞬時に緊張を起す。
一体どれだけの時間を睡眠に費やしていたのか。
ベットから飛び上がり、剣に手を掛ける。
「………」
この記憶が正しければ、咄嗟に使った力は発動しなかった。
何処に潜んでいるのか、様子を伺っているのか、相手は複数犯か。
手に汗を滲ませ、腕に力を込める。
「……おかしい…気配が感じられない…」
全身の緊張を解く、とはいっても完全には解かない。
不意な攻撃を受けない為にも意識は研ぎ澄まさせ、感ずかれないようさり気なく部屋を見回す。
「…夢だった…のか…?」
油断した俺は意識を昏倒させられ、壁に寄りかかっていた。
それが起きた時にはベットに横になって寝ていた。
外見から怪我を負った様子は無い、何か特殊な呪いの類でも掛けられているのか?
…部屋が荒らされたような痕跡は無い。
絶好の機会でもあるのに、わざわざ昏倒させて手に掛けず、挙句にベットに乗せて何もしないなんてありえるのか…?
『優くーん!私の愛情料理が出来上がったよー!早くしないと料理が冷めて、優くんの愛まで冷めちゃうよー!』
と、下から呑気な声が響いた。
能天気極まりなくアホらしいこのセリフは魔王だ。
「いや、それでも構わないってかその方が本望だぞ俺的に」
殆ど条件反射で魔王に返事を返す。
何事も無い様子からして、どうやら本当に夢だったようだ。
『愛が冷めたら優くん殺して私も死ぬからー』
「それ冷めた以前に病んでるじゃん!?」
早く降りないと本気で病みそうな為、扉の前に立ち、ドアノブに手を掛ける。
一瞬鍵が掛っている気がして手の動きを止めるが、扉は何の事も無くすんなりと開く。
「…ったく…嫌な夢だ」
小さく安息を付き、今度こそ全身の緊張を解いて剣をしまう。
部屋から出ると、上ってきた時の階段を伝って下へ降りる。
「……ん?」
今…物音が聞こえたような…
「優くんおそーい!」
「…あ、ああ悪い悪い」
……。
いや、気のせいか。
音は極小さい、いや、気のせいだったか。
特別気にすることもなくそのまま下の階へ降りる。
「あ、優くんやっと降りてきた」
「いい部屋は見つかりましたか?」
「ああ、2階に上がってすぐ傍にある個室だ、寝心地が良かったのか少し寝てしまった」
「お好みの部屋を探せばとは言ったけど…他人の部屋を了承も得ずにベットに横になって寝るなんて、案外図々しいのね…」
それに柚依は微妙に引きつった笑みを浮かべる。
足が半歩後ろに引く様子からして、また少し距離を置かれてしまったようだ。
「いやまあ…そんなつもりは無かったんだけどな、気が付いたらふらふらーっと横になってたみたいだ」
「へ、へぇ……」
その言葉に柚依は一目で分かるくらいにまで顔を引きつらせる。
どうやら俺は、誤解を解くという概念を持ち合わせていないのかも知れない。
本意ではない気持ちを表そうとすると、どうも相手との距離が遠ざかっていく。
「……ベットの匂いとか嗅いでたりしてない…よね…?」
「…匂い?」
どうして匂いを嗅いだかどうかを聞いてくる。
気になることでもあるのか?
「……う~ん」
「な、なんだよ」
ジッと柚依の顔を見つめる。
顔が赤い、それに目線が合うと視線を反らす。
…ふむ。
今更だけど、柚依って結構美人だな。
整った顔立ちだし、鍛えているからかラインがしっかりしている。
不本意にも裸の姿を見てしまったが、腰なんかくびれていたし、胸もあるし……。
それに銀髪とは対照的な真っ赤な瞳。
白木の妹って言っていたけど…性格からしてもどちらかというと姉系だよなぁ。
「ちょ、ちょっと…さっきから何をそんなマジマジと人の身体を見つめて…」
余計に柚依の顔が赤くなる。
…ふぅむ。
顔が赤い、匂いを気にする、姉系。
…ああ、なるほどそういうことか!
「い、いい加減にしっ!?ちょ、な、何!?」
振り上げた手を掴み、そのまま固定。
驚いた表情で柚依が身体を硬直させた為、そのまま顔を近づけて匂いを嗅ぐ。
「~~~~~~_ッ!?!?」
この匂い…やっぱりか!
導き出したその推論に、
俺は自信たっぷりな面持ちで柚依の肩に手を置く。
「なななななな…何…ッ!!」
「柚依…確かにお前は美人で姉系女子だが…香水を使って大人ぶるには歳からしてまだ早いと俺は思ぐべぼはぁ!?」
ぶん殴られた。
何故だ、分からない…そして痛い。
「ちげーーよ!てか私の匂い嗅いできて感想がそれか!」
「え?いやてっきり頑張って大人ぶっているのかと…それで助言を」
「何でそうなるの?!そうじゃなくてあんたが寝たっていうベットはわた…ッ!!」
そこまで言うと、突然柚依の勢いが消沈する。
わなわなと口を震えさせて動きを止めた。
「……わた?」
「…な、なんでもない!そんなことよりご飯が冷めるから早く食べよ!ね!うん!」
そういって、食事が置いてあるテーブルの座席に座る。
あまりの豹変に逆に怖いんですが。
「…何だってんだ…あ、悪いな桜、手を貸してくれて」
倒れこんだ俺に桜が手を差し伸べ、
その手を掴んで立ち上がる。
「いえ、どういたしまいてです」
何かいい事でもあったのだろうか、
桜の顔がさっきからニコニコと笑っている。
「あ、優さん」
「ん?」
「お食事が終わったら、後でゆっくりとお話があります」
笑顔なのに何かもの凄く怖いんですが。
しかもゆっくりって何!明らか意味深だよね!?
ま、まあ…と、とりあえず食事をいただけば…
「優さん」
「……な、なんでしょうか魔王様…?」
何で急に敬語になる魔王。
そして何で俺までが怯えて敬語に…俺何も悪いことしてない…。
「…全くもう、優さんはデレカシーが無さ過ぎるんだよ!女の子の気持ちを考えなきゃ!あれじゃあ柚依ちゃんが怒るのも無理ないよ!」
……あれ?何かまともだ。
し、しかし…魔王の言うことも一理ある。
よくよく考えてみれば、あの場面は柚依に対してではなく、香水の匂いは何が合うかを助言するべきだった。
「そ、そうだな…分かった!これからは女性の考えをしっかりと考えることに…」
「うん、それはそれで優さん、食事終わったらじぃいいいっくりとお話したいな~」
一体俺にどうしろと
駄目だ。
理解出来る訳が無い。
「さぁ、料理が冷めてしまいますよ!早く食べてしまいましょう!」
「そうですね!お食事は楽しく食べませんと!」
「そだねぇ~、さぁ優くんもこっちにおいでよ」
「「「うふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」」」
柚依、桜、魔王が同時に笑い出す。
含み笑いというか、黒い笑みというか。
魔王が前にイスを出したが無茶苦茶座りたくない。
ならば!
「……あ!急に用事を思い出した!」
「りするなんて事ないよね~?全く優くんは照れ屋さんだなぁ~…こっから逃げようとするなんてぇ」
いつの間に俺の隣に来たのか、
俺の手を握り、魔王の目が爛々と赤く光っている。
駄目だ、
心を読まれてる
「お前、なんでこういうときにばっか無駄にそういう能力使うわけ?!」
「くくくくく、こういう時だからこそ微々たる魔力を削って発動させているのよ」
「な、なんて嫌がらせだ…!!」
ど、どうする…!
このままじゃ食事が終わった後俺の生命の危機が……!
っは、そうだ!魔王から離れれば心は読まれない!
「はっはー!残念だったな魔王!貴様の能力の弱点は見抜いているのを忘れたかー!」
腕を後ろに引く。
さすがの魔王でも女、男の腕力には敵わないはずだ!
「_ッ!」
引いた反動で、魔王のバランスが崩れ互いの手が離れた。
しまった! という顔で即座に体勢を立て直し、もう一度手を掴もうとするがもう遅い。
「俺の勝ち…!」
_ガチャン
………。
鍵の掛けられる音がした。
手から伝わる冷たい感触に手首を見る。
手錠を掛けられていた。
魔王と俺の手元に交互に装着されている。
「おいいいいいいいいいいいいいいい!!お前そんなもんどっから出した!?」
さっきまで何も持ってなかったよな?!
どんな早業!?
「ふふふ、優さんお忘れですか?私が一度捕まりに出向いていた事を!」
「柚依ぃい!お前の仕業かぁぁ!!」
こいつ…一度捕まった時に手錠を手に入れてやがったのか!
てか勇者が盗みってもう終わってるだろこいつ!!
「うっふっふ、もう逃がさない!」
「逃がさないってか逃げられねえよ!!」
魔王は難なく手錠を外すと、
開いた錠を柱に取り付け固定する。
ついでといって、柚依がもう一つ手錠を何処からか取り出し、
両手を後ろに持っていく形で固定させられた。
「酷くね!?一体どうする気ですか!?」
「…まあ、別にどうこうしようって訳じゃないよ、私鬼じゃないし」
……魔王なのに?
その言葉はなんとか寸のところで飲み込む。
「ただ…私の料理を残さず食べてくれればいいわ」
「…え?そ、そんなんでいいのか?」
「あったり前でしょー!城に居た時は料理全然しなかったけど、今回は二人が教えてくれたし自信作!」
そういって、魔王は笑顔を浮かべる。
家事も料理も出来ない魔王が頑張って作った手料理。
そして、魔王はそれを俺に食べて欲しいだけ…。
ったく…ちゃんと可愛いところあるじゃないか。
「了解した、ちゃんと残さず食べてやるよ」
「ほ、ほんと!?全部食べてくれるんだね!!」
そういって、魔王は嬉しそうに台所に走っていく。
ガタガタと忙しなく音を立て、急いで持ってこようとしているようだ。
折角魔王が頑張って作ってくれたんだ…多少の事なら免じて全部食べてやるくらいしてらないとな。
……そういえば、魔王が作るといつも料理を焦がして駄目にしてたから、今回が初めて手料理を食べることになるのか。
「優くん持ってきたよー!たーんとお食べ!」
鍋ごと持ってきた魔王が俺の前にドンと置く。
「………わ…わぁ~……す、すごぉ~…ぃ……」
おいしそうの お の一文字さえ出てこなかった。
それはもう、この世の物とは思えないものだった。
紫色の液体がゴポリと泡立て、中で何かが蠢いている。
地鳴りのような呻き声が鍋の中から漏れ出し、匂いを嗅げば神経を刺激し、全身がみるみる冷たくなっていく。
今見てハッキリとした事がある、城にあった缶詰は確実に魔王のだ。まさに城で見た記憶の代物の強化版として、今目の前に実在している。
禍々しく黒いオーラを放つ物体に、封印されたはずのトラウマが蘇る。
…何故俺はあの時の缶詰を思い出さなかったのだろうか。
全部どころかこれはもはや人が食す物ではない。
「……あの…魔王…さん…?その…これはぁ~…なんていう兵器ですか?」
「兵器?何言ってるの優くん?ちなみにこれはカレーって言う食べ物だよ~」
「か…カレー……」
もう一度中を覗き込む。
紫色は変色して緑色になり、何かが這いよっている。
呻き声は雄叫びのようなものへと変化し、匂いを嗅げばカナヅチで頭を思い切り殴られたような衝撃が襲う。
一口でも食ったら死ぬよなこれ。
「さあ、たんとお食べ☆」
笑顔で突きつける死刑宣告。
まぁ…この子はなんて無邪気な顔で俺を殺そうとしているのだろうか。
「ぇ…ええと…そのぉ…」
「食べないのー?って、ああそうか~!両手が縛られてて食べようにも食べられないのか!」
「_ッ!そ、そうなんだよ!!だからその料理は後でいただくから」
「じゃあ、私が食べさせてあげるね!」
勘弁してくれマジで。
「いやいやいやいやいや!!いいって!大丈夫だって!後で食べるから!!」
「駄目~!冷めちゃうから今食べて!桜ちゃん柚依ちゃん優くんをしっかりと抑えてて!」
動けないよう身体を押さえつけられ、口が開く状態に固定させられた。
二人はどうして殺人兵器を俺の体内に送りこもうとするのだろう。ガタガタというよりはカタカタと小刻みに身体を震わせている。怯えているよりは楽しんでいるようにしか思えないのだが。
これ、なんてイジメ?
「スプーン持ってきたから、食べさせてあげるね~!」
…っく!ここまで来たら腹をくくるしか無い!
なんにしたって料理だ!
食ったら意外に上手いかもしれないし、助かる見込みもあるかも
「はいアーー……」
魔王がスプーンで液体をすくう。一瞬にして溶けた。
「あ、あらら~、スプーンが溶けて消えちゃった…」
助かる見込みも一緒に溶けて消えちゃったね。
…鉄って融解するのにどれだけの高温が必要だったか。
塩酸でも溶かせるけど、一瞬で溶けるって酸度いくつだよ。
というかどうやって作った。そして何故鍋は溶けない。
「んー、溶けちゃうから…ちょっと魔力使って保護しとこうっと」
もう一本のスプーンを持ってくると、
スプーンに魔力を注ぎ込み、外側に薄い魔力の結界を張る。
それに今度はスプーンが溶けることなく、
普通に液体をすくうことに見事成功する。
どうやら鍋が溶けない原理は魔力の結界によるものらしい。
「さあ、これで心置きなく食べられるね~」
そういって、魔王は液体の乗ったスプーンを口元に寄せてくる。
確かに心残りありまくりで死ねるだろう。
「はい、アーーーーーン」
「………」
「はい、アーーーーーン」
「………」
だが、まだ望みは終わってはいない。
力の限り抵抗し続け、口を断固として開かなければさすがの魔王も……
「…次口開かなかったら顎の骨砕いて無理やり捻じ込むよ?」
「アー…アーーーーーン!!」
口を開けて食べるアーンというよりは、
もう半泣きで泣いた時のアーンに近い。
そして口が開いた瞬間、
魔王の手料理である液体が口の中に流れ込む。
刹那、優は目を大きく見開き思わず声を荒げた。
「こ…これは…!!!」
口の中に流し込まれた液体に、
雷鳴が轟くが如く、全身に衝撃が駆け抜けた。