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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
46/112

疑念



 なんというか、むちゃくちゃ怖い。



 一目その宿を拝見して真っ先に出てきた感想がこの一言だった。



 商店街ではた迷惑ながらも只管に無意味な色仕掛けを掛ける魔王と、それをどう接したらいいか微妙な顔で見つめる桜を見つけ、とりあえず『マオウカワイイー』と心の篭った言葉で魔王を何とかなだめると、二人を引き連れて柚依から貰ったチケットを手に俺等は宿へと向かうことにした。



 そう、最初は大した事の無い、どこらにでもあるような目立たずでかすぎずひっそりとした平凡な宿だろうなと気楽な気分でいた。



「……えーっと…ここ…なのか?」



 宿は地図を見なくても、記載された表記名を見れば一目で分かった。立ち並ぶ住宅の中、一軒だけ嫌でも目に付くほどに、それは異様な程に半端なくでかいのだ。



 看板には「ようこそ」の文字がでかでかと書かれ、チケットに書かれていた絵柄と建物の見た目が見間違えようにも嫌なくらい合致している。



「…凄く…でかいね~」

「…えっと…その…優さん、本当にここなのですか?」

「た、多分…書いてある通りだとすればそのはずなんだけど…」



 萎縮して何時までも出入り口で立ち止まっている訳にもいかず、恐る恐る扉を開けて中に入る。



「こ、こんばんわ~」



 挨拶はしたものの返事は無し。



「…居留守…でしょうか?」

「いや、不用心に鍵も閉めずに出かけたりはしないんじゃないか?」



 鍵がしまっていないということは、誰かしら居るのだろう。何か用があって単純に取り込み中な可能性もある為、とりあえず中に入って待機する事にする。



 周りを見回してみると中は予想を遥かに上回って広々としている、何メートルもある長いテーブル、集まりやらパーティ用なのか沢山の椅子、そしてあちこちにある扉からして、恐らくは個々に使えるであろう数多く存在している個室。



 頭上を見上げれば立派なシャンデリアが飾られ、至る壁際には生け花が飾られていた。薄汚れた箇所など視野では確認とれない程に隅々まで丁寧に掃除されており、通常の一軒家の何倍も広いであろう床には塵一つ落ちておらず、床も良く見れば辺り一面が大理石で作られている。



 まあ、元々住んでいた城に比べれば、ホコリ云々を覗けばそれ程対したことは無いと思う。が、今は追われる身であり、つい先ほどで資金的な面に関しても自信を打ち砕かれたばかりなので心なしか不安だ。



「…ねえ、ほんとーにここで合ってるの?」

「あ、ああ…そのはずだ」



 何度も渡された紙を確認してから入っている。流石に見間違えなんて落ちは無い。首を傾げる魔王に、俺は小さく頷いて見せる。



 募る不安もあり、ハッキリとした自信を持っては言えないが、辺りに他の宿が見当たらない限りはここなのだろう。



「ですが…誰もいらっしゃらないようですね」



 静まり返った宿の妙な違和感に、桜は不可思議そうに辺りを見回す。



 言いたい事は分かる。何せどう少なく見積もっても数十人は住めそうな程に大きな宿だというのに、生活音に相応しい物音が、足音の一つさえ聞こえない。既に何分かは経過しているはずだが受付役らしき人物も見当たらず、人が住んでいた形跡はあるのに人の居る気配がまるで感じられない。



「あの~、誰かいませんか~?」



 少し大きめに声を上げて、誰か人が住んでいないか確認を試みる。



「…いない…か」



 耳を清まして返事を待つが特に反応はなし。その後しばらく待つが、やはり返事が返ってくる気配は一向に無い。



 ここまでくると、やはり居留守ということなのだろうか。



「なんか不気味だね~」

「変ですね…何で誰も居ないのでしょう」

「あいつ…善意あるとかいっといて、さては何か訳アリ物件でも寄越しやがったな?」



 あくまでも予想というか予感であるが、基本こういう時にはろくでもない事が潜んでいる可能性が高い気がする。心なしか胸騒ぎがする所、この身妙な状況化からしてもろくでもない事が潜んでいると考えて間違いないだろう。



「はぁ…」



 泊まる場所を考えていなかった分、あっさりとその問題が解決できたと胸を撫でおろせた事に、此方としては本来言う事無しな程にありがたい話ではあるが…万が一にも裏が隠されているのだとしたら、出来ればなるべく穏便に事を済ませたい限りである。



 今朝方にあほかというくらいに騒ぎを起こしたのだから、これ以上問題を起すのは本気で勘弁して欲しいところだ。



 それに、まだ柚依を完全に信頼している訳ではない。まだ出会ったばかりの仲だというのに、こうも簡単に場所を提供するというのは些か不用心すぎるのではという、あの騒ぎの起こし方といいむしろ怪しくともとれる行動だ。



「……本当に信用してもいいのだろうか」

「ねえ優くん、ちょっと思ったんだけどさ」

「……何だ魔王」

「もしかしてこの宿、お化けとかでも出るんじゃない~?」

「…はぁ?」



 急に魔王が話題を振ってきた。唐突な話に理解が出来ず、その意味を問うようにして視線を向ける。すると魔王は此方をまるでからかうようにヒュードロドロと言って見せると、舌を出して両手を上げて見せ、手首をダラリと垂らして古典的なお化けらしい恰好をして見せた。



「あのなぁ…何かと思って聞いてみれば…いきなり何言ってんだよお前は。怖がらせようとしてんのか知らんが全く持って怖くもねーぞそれ」

「あはは、いやさー、どうせならもっと真っ暗でボロボロで、ホコリ塗れなら雰囲気でたんだけどねー」

「そういう事を言ってんじゃねーよ」

「だって、誰も居ないって普通に考えて変じゃない? 絶対に無いとは言い切れないけれど、これだけ広いところなら使用人の一人や二人居たっておかしくもないしね」



 そう改まって真正面から不思議そうに言われると、冷静な時の考えとはまた違って何かこう、よくわからないが雰囲気に釣られてくるものがある。



「いや…だからって、ハハ、お前…お化けって…」



 とはいえ所詮は女子供の可愛らしい発想。お化けと表現してくるとはなんて幼稚な発想なんだろうか。そのような考えに至るものなど中々いないだろう、小さく鼻で笑って見せ、小馬鹿にした顔で魔王を見る。



「あのな、常識的に考えてみろって、お化けなんて実際にいるわけないだろうが、桜も何か言ってやれ」

「え? いますよ?」

「ほら、桜もそういってるだろ?……うん? 今なんて?」

「お化け…幽霊…とハッキリとは言い難いですが、しかし実体を持たずに彷徨う霊的魂の根源や、人の目には自然的災害に見える災い、悪意を振りまく悪霊を浄化したり追い払うという身でもあったので、それに似た現象なら多々ありましたので」



 さも当たり前のように話始める桜に、何も反論する余地も無く複雑な心境でその様子を見つめる。話には聞いていたが、実際に現役として巫女をやっていた分、少なからず桜にはそういう類に対して耐性ができているのだろうか。



「それでですね……どうしました?」

「ん? あ、いや、何でもない。でもな、幽霊はさすがにないって! もし本当に居るんだとしてもだ、そんな簡単に出くわすようなもんでもないだろうし、人の目には見えないんだろ?」

「まあ、そうかもしれないけど…でも誰の目にも見えないんだとしたら、もしかしたらこんなに静かなのは幽霊の仕業かもしれないよ? ここに住んでいた人を、幽霊がみ~んな食べちゃったとか!」

「た、食べ…? は、はっはっは、そんな訳ないだろうが、そんな事で脅かそうだなんて思っているのなら甘いぞ魔王――」




 ――ガタン!!




「っわわ!…な、何の音だろびっくりした~」 

「どうやら今の音…上の階からのようですね、もしや誰か居たのでしょうか? それとも何か倒れたのかもしれません…………って、優さん?」



 誰もいないと踏んでいたはずの上の階から突如としてやや大きな物音が鳴り、それに魔王と桜は驚いた表情を見せた。が、桜は驚いた表情からすぐに一転し、何故か呆気に取られたような顔になり、釈然としない面持ちで優に会話を持ちかけた。



「ん?どうした桜」

「あの…大丈夫ですか?」

「…何がだ?」

「いえ…その…先ほどから足が小刻みに震えてますが…」



 そういって、桜はカクカクと小刻みに揺れる優の膝に視線を向ける。



 あれ、おかしいな。ちっともこれっぽっちも何ともないのに足が震えてやがるぜ全く。



「…これはあれだ、意気だっての…そう、武者震いだ、もしかしたら幽霊に会えるかもしれないと思ったら立っているのが困難なくらいに嬉しくってな…」



 そういった途端、何だろう半呆けと言えばいいのか凄いくらい微妙な表情をされた。桜だけでなく、魔王までもが微妙な表情を浮かべた顔で俺から視線を反らす。



「い、いやちょっと待とうか、これは違うよ? ただ単に幽霊相手にどう立ち向かえばいいか歓喜と興奮で震え立っているだけであって、別に怖いとかそういうんじゃないよ? だから俺から顔を反らすのをやめ――」




 ――バタァアアン!!!




「はろはろー!ただいま戻って参りましたーって……何してるの?」



 咄嗟に身近にあった大きな壺の中にガタガタと音を立てて隠れてようとしている優を、柚依は世にも奇妙な物でも見たような顔で見つめる。



「…………いや、何か急に狭いところに入りたい気分になってな」

「だからって、何で壺…?」

「…何となく」

「…何となくで?」

「っと、今はそんな事はどうだっていいだろう? それよりノックもせずに思い切りドアを開けんじゃねーよ、ビックリしたじゃねえか!!」

「ん? あっれれぇ~? 優くんもしかしてびびってたのぉ~?」

「…びびってた?」


 これ以上無いほど嫌味たっぷりな笑みを作る魔王に、柚依はますます意味が分からないという顔で首を傾げる。そして何の話かと柚依が状況を尋ねようとする前に、魔王は楽しそうに口を開く。



「いやね~? 優くんったらかぅわぃ~事に幽霊がこ「ゲ、ゲッフンゲフン!! ゴホンゴホン!!…何でも無い、此方の話だ」」



 大きな咳払いで魔王の話を遮り、何事も無かったかのように壺の中から出て立ち上がると、しっかりとした姿勢で背筋を伸ばす。



「…ふぅん?まあ別に深くは追求するつもりは初めから無いからいいけど」



 そういって、特に興味を示さなかったのか、それとも妙な詮索をあえて控えてくれたのか。どちらにせよ柚依はどうでもいいと言わんばかりに手をひらひらと動かして話を中断する。



「……それにしても、掴まったにしては戻ってくるの随分と早いな。下手したら俺等と離れて小一時間も経ってねーんじゃないか」

「まーそりゃそうだよ。自慢じゃないけど、これでも結構顔が広くってさ、ちゃんと勇者としての名が通ってるんだよ、だから物事が起きても大半は『何か事情が合ったのでしょう、今回の件については事故として報告しますので、今後も期待しているからよろしく頼みますね』とか言って、速攻で釈放されるんですよね」



 自慢げに話す柚依を、疑心暗鬼の目で見つめる。口ぶりからして、あのレベルの騒動をそこそこ起こしている風な発言を匂わせているが…コイツの事、本当に信用してもいいのだろうか…。



「…じゃあ、そのアホなくらいバカでかい荷物は一体何だ」



 自身に比べて遥かに腕が細く、一見すれば華奢な身体のその何処にそんな力があるのか、柚依の身体の軽く3倍くらいはあるんじゃないかという程にでかい荷物を背中に背負っていた。



 もしや物騒なものでも入っているのかと身構えそうになるも、すぐにそういうものは入っていないと示すように背負った荷物を降ろしだした。



「ああこれですか? 食材ですよ」

「食材…え、いやいやおかしくね。え? もしかして…その荷物の中身が全部とか言う?」

「そうですよ」



 よっこらしょ! と年頃の女の子が可愛げの無い発言を発して、ズシリと重い音を立てて荷物が置かれる。その衝撃で、どういう訳か大理石の床に大きな亀裂が入った。



「…いやおかしいだろ!? 何キロあんだよそれ!」

「さあ? でも以外と重かったね、結構腰に悪いから無理に持たない方がいいかも」

「そういうレベルじゃねえだろ!?…じゃなくて!!ヒビ入れてどうするんだよ!弁償だろこれ!!」



 それにまたもや はぁ? って何言ってるのこの人的な顔された。



「弁償って…弁償も何もここは…ってああそうだった、言ってなかったんだっけ。ここ私の宿だから問題ないんですよ」



 ……ああ、道理で…。となると一人でこの広い部屋を使っているとかそんなところで、勝手に誰もいな事に変だと違和感を感じていたのはどうやら過ぎた思い違いだったか。



「渡したチケットはしっかりと持っててね、何か遇っても私が招待した事は口実出来るけど、だからってパトロールに来る警備員に、不法侵入と勘違いされて捕まるのは其方の身としては困るでしょ?」

「そうだな…」



 あれだけの騒ぎを起こしたのだ、犯人は捕まりました、そいつは勇者でしたなんて言える訳もないだろう。しかし解決済みではあるものの周りは納得できるはずもない、となればある程度の期間は形だけでも見回りや聞き込みは行うに違いない。



 もし偶然にも指名手配の俺が住居不法侵入罪などの罪に問われて捕まって、あとからそれは無実でしたと知らしても、最悪その途中で指名手配者だったとバレてそのまま問答無用で牢屋行きなんて十分ありうる話だ。



「…って、それが分かってんだったら初めから騒ぎを起してくれなければ、此方としては怯える必要が無くてもっと助かったんだけどな」

「さあて!沢山食材があることだし、何か作りましょうか!」



 気持ちの良いくらいあっさり無視られた。うん、都合の悪い話は聞く耳持たないタイプだこいつ。



「…というか、あのさ…色々と助けて貰った部分もあるから感謝はしてるんだけど…いいのか?」



 出会ってからというものの、色々と積もり積もった話…とまではいかなくとも、やはりどうしてもモヤモヤとした気持ちが晴れない為に、ハッキリさせたい部分があり尋ねることにする。



「…何がです?」

「いや…ほら…恨んでたりとかしてないのかなーって」

「え、恨む? 何で?」

「え? 何でって…いやだから…相馬をぶっ飛ばした件…もう知ってるん…だよね」

「ああ、そんな事ですか。ちゃんと耳に届いていますよ、ですがそれと恨みと何か関係があるんですか? 私個人としてはなんとも思ってないですよ」



 まあ個人的に恨みが無いと言われればそれまでなのだが、しかし赤の他人でもない相馬をぶっ飛ばした事に、やはり少しばかりの怒りを買っていたかと思っていたのだが…。思ったよりも身内に対しては情が疎いのだろうか。



「まあ、相馬を殴ったと聞いたときには多少の殺意を覚えましたが、よくよく聞けば己が欲の為に走って行った行為だとの事だったからね。別に私に直接被害が遇った訳でも無いですし、相馬が先に手を出してぶっ飛ばされたんですから自己責任ですもの。むしろその非礼を詫びたいぐらいですよ」

「そ、そうか…ならいいんだけど…」



 ぎこちながらも頷くと、それに柚依はニコリと笑みを浮かべた。



「聞きたかったことはそれだけ? それなら私達は料理でも作ろうと思うから、暫くは適当に時間つぶしとはいっては何だけど、自分用の寝室でも確保してて」



 そういって、柚依は食材を手に取り魔王と桜を誘って料理を始める。その様子を見て心なしか浮かない気分になって、これ以上に無作為に考える事を止めた。



 …んじゃ、ボチボチ時間潰しでもしますかな



 どうも完全にモヤモヤが払拭できず、その気を紛らわそうと言われた通りに部屋を探ろうとして、ふと、少し前に物音がした要因が結局何だったのかが気になった。



 …そういえば、あの音は何だったんだ?



 この際だ、部屋を探す次いでに見れば丁度いい。緩やかなカーブを描く階段を上り、一つ上の階に到着すると、早速は部屋より物音の原因を探る。



 一目で見た感じでは廊下に花瓶やら棚が一定の間隔事に置いてある為、ちょっとした衝撃で倒れてしまったと言われれば頷けるが…これといって何か物が倒れた様な痕跡は無い。



「んー、大体俺らが居た場所の丁度真上辺りで音がしたから…位置的に考えて物音がしたのってこの辺りだよな?」



 丁度物音がしたと思われる部屋の扉の前に立つ。そしてドアノブに手御かけるが、その前にちょっとばかし深呼吸。



「い、いやまあ別に怖いとかそういう訳じゃないからいいけどさ…」



 気持ちを落ち着かせ、ドアノブを回して扉をゆっくりと開ける。



 ギィイイ……。



 少し立て付けが古いのか鈍い音が鳴った。



「ここだけ扉の質感が違うと思ったら、物置場だったか」



 妙だと思ったが、どうやら物置と部屋とでは分かりやすいように素材を仕分けていただけだったか。中に入ってみればそこには古びた家具や電化、洋服や衣装などが収納されている。何かに昔は使用していたから保存しているのだろうが、長い間掃除されていないらしい、使用されてもいなければ灰色の粉が辺り一面を染め上げている。



「うわ…ホコリっぽいなあ…」



 少し中に入るだけでぶわりと大きくホコリが宙に舞う。ただ普通に呼吸をするだけでむせ返るような空気の悪さ。その悪環境なホコリまみれの部屋に、もはや気になった気持ちよりも先に諦めモードに成り掛けていたが、それでも物音の正体が無性に知りたく、軽く咳を催しながらも詮索する。



「ゴホッ…ゴホッ…何でここだけ…こんなホコリっぽいんだよ…」



 いくら使わないにしても、もう少し掃除するものではないのだろうか。一年や二年の年月ではこれ程に薄汚れたりはしないはずだが…。



 物置はそれなりに広いが整頓がきちんとされており、人が優々として通れるスペースがきちんと出来ている。棚に置かれたり、長け掛けたりと細かく整頓されてある物を見る限り、倒れた物があれば一目瞭然で分かる。



「…あれ?」



 ――はずだったが、一周を難なく周って見て収穫は無し。大体は一通り見終わってしまったはずだが、これといって何の変化も見られずに元の扉の位置に戻って来てしまった。



「っかしいな…音の位置からして大体この辺であってたと思ったんだけど、ここじゃなかったのか。それとも見落としたか…? っても普通に広い空間があるしさすがに無いか。まあ、他の部屋でも探してれば見つかるか」



 窓の日が入っていてそれ程暗くはない。物音からしてそれなりの音がしていたし、それ相当の物体が落ちているはずだ。いくら不真面目に探索した所ですぐに見つかる。



「…ふむ、じゃあこっちの部屋とかか?」



 物置から出てすぐ隣にある扉に目を向ける。開けて中を覗く、ベットやタンスが置いてある所、それぞれきちんと個人用に分けられた個室のようだ。普通に暮らす分には何不自由なく過ごせるだろう。この様子なら部屋は何処でもよさそうだ。



「…ふむ、ここも違うな」



 とはいえ、物が乱れたような形跡やら倒れているなど、特にこれといって変わった様子は無い。特別調べたりすることも無く覗いただけで部屋を出る。



 個室だった部屋と同様に大半の扉は色や質感が統一されている。するとあとの部屋は全て個室か。



「これも違う」



 反対側にあった扉のドアノブに手を掛けると、今度は躊躇なく回して開け放つ。そして中に入って周囲を見回すが、先ほどの部屋と同様に特別変わったところは無い。



「こっちも違う、あっちも違う…こいつも違う」



 手当たり次第に扉を開けて覗いていく。が、何処にも物が倒れり乱れたりした痕跡が無い。



「もうこの部屋しか残されてねえぞ…」



 深呼吸してから一息吐き出すと、勢いよく扉を開け放ち部屋の中へ入る。



「……やっぱり…」



 ――無い。存在しているはずの物が何処にも、全くといって良いほどに何の痕跡も残されていない。気のせいかと片づけようにも、しかし隣に居た魔王、それに桜も耳にしていたのだから、それこそありえない。



 だが、全く持って変化は無し。…いや、そもそも変わった点が一つも見られないこと事態がおかしい。



 腕を組み、部屋を見回して黙り込む。あくまで仮の話と想定し、口を開いて言葉を呟く。



「……仮に、もしうっかり誰かが家具や花瓶を倒したなら、そこに痕や小さな破片が落ちていているはずだ」


 

 初めは建てつけが悪く、ちょっとした衝撃で音が鳴ったかとも考えたが、それだけで一階に響くほど大きな音がなるだろうか。それに、窓が開いてる訳でもなく、風に吹かれて扉が動いたのでもない。



「そもそも、誰一人として2階に上がっていない…さっきまで誰かが居た気配も無い、不法侵入という点も、ただの不法侵入者には出来ない芸当からして皆無だ」



 ……いや、待てよ?



 呟いて、一つの点に引っかかりを覚えた。

 


 ただの不法侵入が目当てな輩なら、こんな大きな宿だ。金品目当てで来たといっても頷ける。だが、そもそも俺や桜、魔王に柚依までの4人の内の全員が、そんなただの不法侵入者に気が付かないなんて事がありえるか?



 魔王や桜はそういう面に弱いとしても、自身は他人に比べたら比較的に気配に敏感な方だ、過信しているとまでは言わずとも、それなりの自身は持っている。それに柚依も相当に気配には鋭い様子が伺えた。仮にも俺や現勇者の柚依にさえ気がつかさせないには、並の相手では困難なはずだ。



「………」



 ---少し考え方を変えて見る。



 そもそも、柚依は出合って初めから俺の事を知っていた。指名手配であり、相馬をぶっ飛ばしたというのに、知っていて手助けをしてくれている。今回色々な面で助けて貰い此方としてはありがたい話だ。



 ---じゃあ、何でこんなにも胸騒ぎがする?



 恨みを買わず、指名手配と分かっていて味方のように協力してくれる。それに、どうして不安になる必要が



 ---いや、いくらなんでも虫が良すぎるのだ。



 どうして、殆ど赤の他人と同じような俺等にそこまで親切に接する必要がある?いくら親切心や勇者の大儀があったとしても、指名手配の俺は言わば罪人、庇えば同罪の罪だ。



「……俺の勘は、必ずといって良いほど、嫌でも当たる」



 五感とはまた違ったあやふやな予感でしかないというのに…。こういう時は何故だろうか、何も起こらなかったことは一度も無い。

 


「――き、きゃああああああああ!!」



 突然、下の階からガラスの割れる甲高い音が鳴り響き、破壊音に遅れて悲鳴が響き渡った。


 

「ッ!?今の悲鳴は…桜!!」



 それも食器を割って驚いたような、そんな些細な悲鳴ではない。それに胸騒ぎが急激に高まり、心臓が脈を打った。



 下で何かが…?!っくそ!!



 一刻も早く下に向かうまいとドアノブに手を掛ける。



「…な、あ、開かない?!」



 ガチャガチャと音を鳴らす。



 手首を捻ってドアノブを回すが、外から鍵を掛けられたかのように、扉の開く気配が無い。



「っち!邪魔だ!」



 虚空に浮かぶ剣を連想する。そして、その剣を手中に収めるイメージを作り出す。



「剣よ!!」



 手を前にかざし、扉に向けて振り下ろそうとするが



「…な、何で」



 ---剣はその手に収まってはいなかった。力はまるで反応を示さず、沈黙したままでいる。



 …イメージが足りなかったのか? なら今度はもっと強く……



 _ガタン!!



「今の音、あの時一階で聞いた音と同じ……ッ!なん…だ…?急に…眠気が…!!」



 再び剣のイメージを再開させようとして、途端に全身が重くなり、強烈な睡魔が襲い始める。



 目が…霞んで…、ま…ずい!このままじゃ……!



 明らかに自然的に現れる症状ではない。これは、外部から故意に作られた睡魔だ。



「……寝て…たまる…かッ…」



 唇を噛む。痛みで睡魔を飛ばそうと踏んだが、痛みよりも睡魔の方が圧倒的に勝っていて、まるで効果が無い。



 …駄目だ、眠気があまりにも強すぎる…ッ!



 意識を保とうにも、既に限界に達して朦朧とし、足がもつれ壁に背を打って寄りかかる。ズリズリと背中を擦れさせ、床に倒れこむようにして身体が下がり、立ち上がろうにも身体がまるで言うことを聞かない。



「…くそ…こんな…とこ…ろ…で……」



 それ以上に抵抗は続かず、糸の切れた人形のようにそこで意識が途絶えた。



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