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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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黒の世界

「なあ、どうすんのこれ?」

「どうするって、何がです?」


 惚けた様子で柚依は聞き返す。

 それに、俺はもう一度同じ質問を説いた。


「いや、何がって、だからこれよ」

「だから、何が言いたいんです?」


 首を振って、目の前で起きた出来事を差す。

 が、それでも顔を背けたまま向く気配が全くなく、 ヒューヒュー と乾いた口笛を鳴らし、まるで訳が分からないと聞き返してくる。


「…お前…知らんぷりで貫き通せると思っているのか?」


 瓦礫の山となった周辺を見渡す。

 柚依の力は強力なものだった。


 油依が放った斬撃は、一軒の家を崩壊させるだけには到らず、

 周辺に立ち並ぶ無関係の建物にまで猛威を振るった。

 今も尚、その斬撃は周囲に猛威を振るい、辺りに建物を崩す轟音を鳴り響かせている。


「…えへ☆」

「えへ☆じゃねえええええええええええええ!!!」


 もはや叫ばずにはいられなかった。


 既に正当防衛というよりは、

 何処かの侵略者かテロレベルに域している。


 勇者でもこんなのがばれたら一瞬で称号の剥奪ものだ。


「力の加減ってものを知らないのかお前?!」

「だってー、咄嗟だったし?」

「むちゃくちゃ余裕ぶっこいていたくせに!?」


 しばらくしてようやく轟音が収まる。

 さっきまで町並みに並んでいた建物の一部は損壊し、

 中心に立つ塔に傷を残して斬撃は収まった。

 途端に、周囲の人々が叫び声を上げて逃げ惑い、

 何事かと恐怖は辺りに伝染していく。


「どーすんだこれ!?もうこれやべーだろ!?」

「もう、落ち着いてくださいよ優さん」


 ヤレヤレという顔で柚依が口を開く。


「なんでお前が一番落ち着いてるんだよ?!」

「逆になんで優さんが取り乱してるんですか」

「当たり前だろ!?言い訳なんて通用しないぞ!どうやって説明すんだよこれ…」


 それに柚依は はぁ? という顔になる。


「何言ってるんです?説明の必要が何処にあるんですか」

「何って…大丈夫なのか?」


 と、柚依は肩に手をポンと置くと、

 自慢げに黒い笑みを作る。


「バレなきゃいいんですよバレなきゃ」

「まずお前を勇者にした奴呼んでこい」


 と、騒ぎに気が付いて駆けつけてきたのか、

 警備隊が笛を鳴らし集まってくる。

 群がる野次馬を追い払い、辺りの捜査を始める。


「…あ」


 ふと、警備隊の一人と目が合った。


「そこの人達、ちょっといいか?」


 そういって、どう思われたのか知らないが、

 警備隊の一人は手を振って此方に向かってくる。


「ヤレヤレ…優さんが挙動不審過ぎて怪しまれたんじゃないですか?」

「犯人が隣にいるしな」

「あー、ちょっと悪いんだけど、何か怪しい人物を見かけたりはしなかったかい?」


 どう説明すればいいだろう。

 怪しいも何も犯人が隣で堂々としてるし。


「何でもいいから、目撃した!っていうのがあれば言ってくれると此方としては助かるんだけども…」

「犯人はこの人です」


 グシャリ!と柚依に足を踏まれた。

 鈍い痛みが全身を駆け巡る。


 ぐぅああああああああ…!!!

 っく…!誠実な人だったからつい…ッ!!


「あっはっは!犯人は君なのかい?もしそうだったとしたら自首してくれると助かるなぁ」


 ジョークだとでも思ったのが、笑顔を浮かべて話に合わせている。

 複雑な気分になり、さり気なく目線を外したその途中、警備隊の胸元で光るバッジに視線が止まった。


 他にも調査を続けている警備隊に目線を送る。

 星型で作られた銀色のバッジを付けているのは、どうやら一人だけのようだ。


 …この人…ここの隊長か?


 背筋がピンと伸ばされ、服装の上からでも足腰が鍛えられているのが目で見て分かる。

 人の良い不陰気を出し、一見無防備にも見えるその立ち振る舞いは、しかし全く隙が見られず、抜け目が無い。


 大よそ、怪しいと判断して探りを入れてきている。


「(なぁ…もう素直に自首したらどうだ…?)」


 相手には聞こえないよう、柚依に耳打する。


「(貴方は恩を仇で返すのが得意なので?)」

「(…そこはなんとも…)」


 ぐぅの音も出ない。

 念の為に衝突を避けた方がいい、と考えてはいたが身の危険を案じても、柚依も相当の手練れだ。力量では遥かに柚依の方が強いだろう。


 …でもなぁ…犯罪者の片棒を担いでいるみたいでやだなぁ…。

 でも、俺って現在進行形で犯罪者なんだよなぁ…。

 

 なんとも微妙な表情のまま黙り込んでいると、

 柚依は此方に目線を戻し、観念したように溜息をついた。


「全く…分かりましたよ、事情を説明しますよ」


 そういって、柚依はポケットから3枚のチケットを取り出す。

 差し出されたチケットを受け取り、拝見。

 何やら宿についてが事細かに記載されている。


「…これは?」

「宿に泊まる為のチケットです。貴方がまた詐欺に会わない為に、私からの善意なる配慮ですよ」

「わ、悪いな…でも何で急に?」

「だから言ったでしょう?事情を説明するって…ですので私は戻るのが遅れます、分かったら先に宿で待っててください」


 ッス と柚依はそれだけ言うと顔を俺から反らし、警備員の一人に静かに目線を送る。

 それに一瞬警備員は驚いた様子を見せた後、帽子の鍔を回して顔を伏せ、柚依は連れて行かれるようにして警備員の後を付いていった。


「…うん?え?まじで自首したの?」


 しばらくして、柚依と警備員の二人の姿が見えなくなってから、口を開いた。

 呆気に取られて呟いた声は、誰にも聞こえることはなく虚空に消える。


「…いい奴だった、君の事は忘れない」


 キラリ と目元に一筋の涙を浮かべ、

 チケットを大事に握り締めると、俺はその場を後にした。






 ---






 ギィ… と扉の開く音が部屋に鳴り響く。

 それに、部屋の中に居た全員が扉の向こうへ目線を向けた。


 並べられたテーブルの前に数名の人物が椅子に座り、明かりは蝋燭で灯られていた。


「…待ちかねたぞ」


 と、部屋に居た一人が扉の奥に立つ人物に向けて口を開いた。


 姿がボンヤリと見えるだけで、そこは辛うじて 誰かがそこに居る と分かる程度に部屋は暗く、人物の特徴が掴めず、その場に居る誰が何を話したかは分からない。


「………」


 扉の向こうで呼ばれた人物は、蝋燭の光さえ行き届かない場所で、ただ闇にその身を隠して無言で佇む。


「さて、それでは始めましょうか」


 初めの人物とは別の声が発せられる、声からして20代半ばの若い男だろうか。その声の後に ッゴン と鈍い音が鳴り ドサッ と次には何かが床に倒れるような音が鳴り響いた。

 それに、また別の一人が乾いた声を漏らす。


「ふぇっふぇっふぇ…なぁに、気にしないでください、隣の席に居た方がちと体調を崩しただけですわぁ…」


 ズル…ズル…ズル… 


 と、何かを引きずる音が聞こえ、その音は段々と遠ざかっていく。

 完全に音が聞こえなくなると、乾いた声は続けて言った。


「ふぇっふぇっふぇ…では、初めましょうかねぇ」


 狂気染みた笑い声を漏らし、

 乾いた声の主は何事も無かったかのように会話を続ける。


「…おや?さっきの若い声の主がそれを言いましたぞ?」

「…その男ならさっき退出したじゃないですかぇ」

「おお、それは仕方が無いですな」

「ふむ、気分が悪いならそうといってくれればいいですのにな」

「全くですなぁ」


 様々な声が次々と口を並べて喋り出す。

 この場所は、どんな法に触れる出来事でも水に流される、いうなれば一種の無法地帯だ。誰が何をしても一切の追求を禁じ、ここで起きたことは世間に知れ渡る事は無い。


 全ては暗闇の中で起き、

 その全てが闇の中に葬り去られる。


 ついさっき地面の擦れたような音は、恐らく若い声の主がこの部屋を退出した時のものだろう。


「…何か問題でもありますかゆぇ?」

「いえいえ…滅相も無い、何せこんな暗い部屋ですからねぇ」

「ええ、皆誰がどうしたかなんて分かりません」

「そう、我々は何も見ていない」

「そして、何も聞いていない」


 所々からクスクスと笑い声が聞こえ、

 しかし一人が机を叩くと途端に静まり返る。


 コンコン……。 と、もう一度軽く叩いた音を鳴らすと、

 扉に向け第一声を発した声の主が口を開く。


「…さて、余興もここまでにして、そろそろ本題に入ろうか」


 ッフ と、全ての蝋燭の火が消え、完全に全ては闇に包まれる。

 何もかもが見えなくなった世界で、何者か分からない声がここに居る全ての者に向けて発せられる。


「我々の計画を始めよう」


 扉に佇む人物はその一言を聞いた途端、暗闇の中、

 女は銀色に輝く髪を楽しげになびかせ、一人獰猛な笑みを浮かべた。


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