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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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沈まぬ太陽

 一方優を後にした桜と寝子は、目的地である避難所へと向って歩を進めていた。



 その最中、避難の入り口である通路を進んで少しすると、寝子は急に立ち止まり壁に手を付ける。その手がまるで吸い込まれるように壁に張り付いた。


 

「…寝子?どうしたの?」

「…ここに、隠し部屋がある」

「え?」



 通路を通り、少し進んで右端の中央にある小さく窪んだ穴。寝子はそこを触れたまま目を瞑り、聞いた事の無い言葉を唱える。



『…・…・…・…』



 ぼそぼそと呟くその寝子の姿に桜は戸惑いを覚えた。何を言っているのかが理解できないが、少なくとも何かの暗号なのだろうと理解した。



 と、寝子の詠唱がピタリと終わる。すると壁にピシピシと亀裂が生じた。亀裂は凄まじい速度で全体に伝わると、小石程度の大きさでガラガラと音を立てて崩れ落ち、壁だったはずの箇所にはポッカリと人が通れる程の大きさがある穴が開いていた。



「…行こう、桜ちゃん」

「え?ちょ…ま、待って!」



 寝子は躊躇せず歩を進める。それに桜は慌てて呼び止めるが、見向きもせずにそのまま穴の中へと入って行く。それに慌てて逸れないよう後を付くように穴へと入る。



 ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 小さい地鳴り。気になって振り返れば崩れ落ちた小石が逆再生のように綺麗に組み込まれ、瞬く間に入り口は元の形となって何事も無かったように岩壁となって通路は塞がれた。



 通路の完璧な偽装に驚嘆する。そして同時に何故寝子が知っていたのか疑問が生じる。通路に窪みは到る箇所にある。それこそここの洞窟のそこら中にだ。目印か自ら作り上げた本人でなければ闇雲に探して見つけ出すのは困難を極める。



「…寝子、何でここに隠し通路があると分かったの…?」

「………」

「寝子…?」



 寝子とは一緒に『イグベール村』で此れまでを過ごしていた。昔からの馴染みな分、どういう性格かも分かっているつもりでいる。



(…寝子ちゃんの様子が明らかにおかしい。どうしたというの…?)



 だから寝子は隠し事は好まないと知っている桜は寝子に尋ねるが、帰ってきた返事は口を閉ざしたままの沈黙だった。足音だけをコツコツと鳴らして歩き続ける。



「桜ちゃん、着いたよ」

「……ここ…は?」



 突然寝子が口を開く。視界に明るい光が差し込み、薄暗い通路を抜けた。困惑した様子で恐る恐る通路の出口から顔を出す。そこには小さな個室のような空間が存在した。



 窓が無く周りが岩石の壁に囲まれているせいか窮屈に感じたが、それを除けば十分に人が心地よく住めそうではあった。本棚や食器棚、木材のテーブルに座椅子。様々なモノが置かれている。何処と無く生活観が溢れている。



 感嘆の息を漏らし周囲を見回す。そしてまたおかしな点に気が付く。どうしてわざわざこんな場所に隠れるように作られた空間が存在するのだろうと。桜は答えを探すように視線を横にスライドさせる。するとある場所に目が留まる。



「……誰?」



 視界に座椅子に横たわり此方に背を向けて座る人物が映りこむ。



「……待っていたよ」



 桜の声に反応し、男はゆっくりと此方に振り向く。振り向いた男は桜を見て微笑む。その見知った懐かしくも会ったばかりのその顔に桜は目を瞠った。



「…お父さん」



 そこに居たのは自分の父親である浅辺だった。どうしてこんなところにいるのかと、困惑して身を硬直させた桜の様子に浅辺は変わらず微笑みを浮かべる。



(…何故父がこんなところに?)



 そこまで考えるとハッと現状を思い出し、ブンブンと首を横に振る。本当の父親かどうか判断するには確証が無い。九沙汰の件により浅辺の謎の登場に疑いの目を向けずにはいられなくなっていた。それこそ本物そっくりに化けて惑わそうと企んでいるのでは無いのかと、睨みつける形で浅辺に視線を向ける。



「待っていた…ってどういうことなの?」



 まるで初めからこうなることが分かっていたような言動に、ますます疑いの目が一層強まる。無意識に声のトーンが下がり鋭くなる。



「寝子くん、ご苦労だった…後は任せてくれるかい?」

「…うん」



 そんな桜の反応とは他所に、浅寝の言葉に寝子は素直に小さく頷くと、途端に糸を切らした人形のように近くに置いてあるソファに倒れ込んだ。



「寝子!?」



 咄嗟に駆け寄り寝子の顔を覗き込む。ピクリとも動かない姿に一瞬顔を青く染め掛けるが、「スゥー…スゥー…」と小さな吐息が聞こえた。どうやらただ単に眠かっただけのようだ。

 

 

 愛らしい表情で寝息を立てる寝子を見て「ふふっ」と思わず笑みが零れ落ちる。緊張しきっていた体が、肩の力が抜けてほんの少しだけ和らいだような気がした。



「…良かった」



 外傷が見られず、顔色も正常。それにホッと安心して大きく胸を撫で下ろす。ただ不可解な点は多く残されているままだ。



(…でも、どういうこと?普段と様子がおかしいと思ったら、今度は急に倒れ込んで寝てしまうなんて)



「まだ開眼したばかりで、その反動が起こったんだろう、寝子くんのことなら心配は要らないよ」



 そんな桜の心境を見透かしたように浅辺が口を開く。

 


「…開眼?」



 聞いたことの無い言葉に桜は眉を顰める。やはり浅辺は何かを知っているようだ。



「……桜、何故私達が5年前に襲われたのか…そして『沈まぬ太陽』について、その真実を話そう」

「そ、それって……どういうこと?何で今になって!」

「……あまり時間は残されていない、今から言うことを落ち着いてよく聞くんだ」



 身を乗り出して桜は浅辺に迫る。それに落ち着いた様子で制され、っぐと踏み止まり、静かに瞼を閉じて今起きている事態を思い出す。



(…慌てたところで、今の私じゃ何もできない…)



 事は簡単ではない現状に陥っている。一時の感情に身を任せるだけでは何も解決しない。ッスと意を決した面持ちで瞼を開く。自分に出来ることは何かという考えは捨てる。それだけ今の桜には力が無いと頭の中では当に理解していた。



 高ぶる気持ちを抑え心を落ち着かせる。浅辺は桜が落ち着きを取り戻した様子を確認すると、静かに口を開いて語り始める。



「……このイグベールに住む者達にはね、ある特殊な力を持った目を持っている者達が住んでいる。『透視』『遠視』『未来眼』『予測眼』『真理眼』と。私の知っている限りではこの五種類だけだ。何故、どうして、どうやって開眼するのは分からない。ある時急にその力に目覚めてしまう。興味深いことに開眼する人達によって能力も異なるようなんだ」



 そういって浅辺は人差し指で目、瞳のその奥に向けて指差す。



「今開眼しているのは3人。四季の『真理眼』と寝子の『予測眼』そして私の『未来眼』……あまりいい話ではないが、どうやら寝子くんは死に掛けたショックでその力に目覚めたようだ。自覚していないようだけどね…それに、私もつい少し前にこの力に目覚めたばかりなんだ」

「……それぞれの持つ能力の何が違うというの?」



 言いたいことは分かる。つまり私達には特異な能力が備わっていて、未知なる力が呼び起こされたといいたいのだろう。『透視』や『遠視』はその名の通り透けて見たり遠くを視野出来るとすぐに理解出来た。


 

 ただ不可解なのが未来、予測、真理の3つだ。どれも意味は異なってはいるが、先に起こるであろう出来事を視る、という共通点はどれも辻褄が同じなのだ。



 良い質問だねと言いたげな顔になると、浅辺は口に手を当てて軽くオホンと咳を鳴らす。



「……そうだね。理解し易いように説明すれば四季はずっと先に迎えるとされる運命を視る力。父さんのは少し先にある未来を覗く力。寝子くんは最善だと思える行動を視野出来る範囲から予測する力を持っていてね。寝子くんが予測がここに向かって歩く場面を少しばかり覗いたんだ。だから先回りしてここで待っていたんだよ。きっと二人はここに来てくれると思ってね」

「お父さんがここに居る理由は分かったわ…でもその瞳の一体何が5年前に関係しているの?」

「……あぁ…それなのだが…桜はこの『視る』というこの力を……そうだな。例えば『透視』や『遠視』ができる者が身近に居たとしたらどう思う?」

「え?」



 急に質問を質問で返され、桜は慌てて考える。



 例えば『透視』で考えてみる。そんな人が身近に居れば大切な無くし物があってもすぐに見つけてもらえて感謝されるのではないだろうか。じゃあ『遠視』ならどうだろう。高い所から辺りを見回せば一目で目的地が何処にあるか認識出来て道案内には負けなしだろう。



 そこまで考えてから桜は結論を述べる。



「……うん、そんな人が身近に居たら困った時に助けてもらえて良いかも」

「それは仲が良い友達として…だね?」

「…え?」

「桜、良く考えてみるんだ。『透視』という能力は何も物体を透かすだけではない。人の心や感情も視ようと思えば覗けてしまうんだ。そんな力を仲の悪い人が持っていたらどう思う?」

「そ、それは……」

「『遠視』も距離は限られているようだが、それでも通常の時に比べると桁外れな視力が備わっている。遠距離からの監視や観察が可能となってしまう」

「………」



 桜は浅辺の言葉に耳を傾けるだけでただ無言で黙り込む。返す言葉を完全に失っていた。そしてそんな沈んでいる様子の桜を見た浅辺は一息付くと、ふっと優しい微笑を浮かべて声音を変える。



「…『透視』や『遠視』は使い方によっては極めて危険な力を持っている。それこそ『未来眼』『予測眼』『真理眼』は別格だ。5年前に起された惨劇は、恐らく私達の存在とその能力の危険性に気づいていたのかもしれない。私達を生かして利用するよりも、いつか障害となりうる存在は即座に消した方が良いと思ったのだろう」



 重々しい内容ではあるのに何処かやんわりとしている。そこは浅辺の些細な気遣いによるものだろう。話が終わると桜はゆっくりと瞼を閉じる。そして瞼の裏に焼きついた光景を思い出す。



 5年前に突如として目の前に現れた男は何も無かった。どんよりと黒で染まっているそれは暗闇でも暗黒でもなく、人の形を模しただけの『闇』そのものだった。それは何か見られたくない秘密が存在し、そして私達が恐怖したように男もまた私達の存在に恐怖していた。



「……でも、それでは何故あの時、私を…村を襲わなかったんだろう…」



 あの時、桜は一人無防備に男に話し掛けていた。質問が終わったのなら私はもう用済みだったはず…。まだ幼かったから、問題が無いと判断した…?



(いや、それは考えられない……)



 すぐに少し前に考えていたことを否定する。幼いという理由だけで危険な存在をみすみす見逃したりはしない。



(では何であの男は初めに訪れた際に村を襲わなかったの?)



 心が覗ける危険性があると判断していて、様子見で訪れるには謎な点が多すぎる。初めから襲うつもりで行動に移していたのならそんな遠回りな手は行わない。しかしそれではどうして……!



(…違う。何か…その時の村は、手を出せない理由が存在していた…?)



 ハッとして顔を上げる。すると桜の考えを肯けさせるように浅辺は静かに口を開く。



「…それはね。……桜、お前が居たからだ」

「……わ…たし?」



 その言葉に息が止まった。ただただ思考の停止した脳は答えを求めるように訴え掛ける。どうして私なのか。どういう意味なのか訳を教えて欲しい…と。



 突然浅辺が首の後ろに手を回す。首に掛けていた縄を解き、カシャリと手に持って桜に向けた。



「…これがなんだか分かるかい?」



 それに浅辺の差し出す首飾りの中心に目を向ける。



「……綺麗」



 思わず感嘆の息を漏らす。それは綺麗に光る透明で小さな結晶だった。キラキラと煌きを起こし、一切の濁りの無い結晶は見る者全ての目を引かせる輝きを持っていた。



「これは『沈まぬ太陽』と呼ばれるその欠片だ。この欠片は今、この町を照らす太陽の動力として使われている」

「…それを…なんで私に?」



 それでは、残りの結晶は何処にあるというのだろう。これではまるで、私が_



「『沈まぬ太陽』はな、何者でもない。桜、お前自身の事なんだ」



 浅辺は声音を変えず優しい口調のまま言う。



「…ッ!!」



 その声はとても静かだった。衝撃と困惑に身を竦めて息を呑む。小刻みに震える足では立ち上がることもままならず、岩壁に寄りかかる体勢でなんとか姿勢を保つ。何も言えずただ沈黙する桜を前に、浅辺は尚も優しい口調のまま続けた。



「……『沈まぬ太陽』とは、言い換えると『消える事の無い明かり』という意味を表している。つまり桜の持つ力の正体は光だ」

「で、でも待って!そ、そんなの信じられるはずがないじゃない!…ど、どうして私の力が、結晶としてここに存在しているというの!?」

「巫女は神を称えると同時に、太陽の光を拝む者として代々から継承されてきた。同じ巫女として四季もまた光を持っている。血の繋がっている二人では拒まれることは無い。四季は家を出る前に桜の力が機能しないよう取り込んだ。ただその強大な力を押さえ切れず、今は物質として目に見る形に形成して成しているということだね」



 ハッと四季が家を出る前の行動を思い出す。


 

 家を出る際、四季は私の頭に手を乗せて触れていた。あの時に四季は私から力を取り除いた……。



「強い光を闇は拒み、強い光で闇は消える。……しかし世に発せられる光が強ければ強い程に、影が色濃く染まり強大な闇は生まれる。……四季はな、桜の持つ力を危険だと思い、お前を守る為にこの力を取り除くことにしたんだ」



 そういって、浅辺はもう一度桜に向けて結晶を差し出す。



「だがそれは昔の話だ。親としての役割は我が子を守ると同時に、立派に成長した姿を見届けることだ。この先をどうするか、それを決めるのは桜、お前自信が決めなさい。今のままで居るか力を欲するかは自由だ。……しかしこの力を手にすれば、お前はこの世の闇を知ることになる……。だが、それでも桜が力を望むというのなら…」





 そこにはいつもの優しい微笑を浮かべる浅辺の姿は無い。そして小さくも凛とした声はしっかりと桜の耳に響いた。





「この結晶を、受け取りなさい」












---




 








「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

「ぬあああああああああああああああああ!!!」

 

 無人化とした町の中、

 二人の雄叫びが辺りに鳴り響いた。


「っの…やろ!」

「っふん!」


 剣を受け、剣を弾く。

 突風が巻き起こり、周辺に闇を散らす。


 甲高くなり響き、

 二人が激突するだけで、

 粉塵が舞い上がり、地割れが起こる。


(…仕掛けるか)


 剣を交えているだけでは、

 ただのチャンバラと変わりようが無い。


「っうら!」

「ッ!」


 力任せに弾き飛ばしてみる。

 反動で九沙汰は後ろにバランスを崩し、斜めに反れた。


「っここだ!」


 その隙を狙い、

 剣を構え飛び掛る。


「効かん!」

「_ッ!」


 が、九沙汰の身体が霧状にり、

 無数の刃となって襲い掛ってくる。


「っく!」


 襲い掛る霧を切り飛ばして霧散させる、

 しかし全くの手ごたえを感じられない。


「ってめえ!セコイんだよ!さっきからザワザワざわざわと…鬱陶しい!!」


 何度切り掛ろうが、その全てを黒い霧が九沙汰を守るようにして溢れ出し、邪魔をしてくる。

 ジリ貧で、これではいつまで立っても拉致が明かない。


「…それは、お互い様というべきではないのか?」


 ッパァン

 と、背後から音が鳴る。

 

 風が瞬時に巻き起こり、

 無防備だった背後に襲い掛かる闇を自動的に弾き飛ばす。


「…っうるせ!」


 毒付いてみたものの、

 同じように風が身を守る為、

 何も反論の返しようが無い。


(…今のままだと、あいつとは力が殆ど五分五分という所か…)


 蒼く光る片目を抑え、考える。


 どうする…使うか?

 いや…だが…。


「しかし…その目は一体どうなっている?中二病か?」


 不意に、一番突かれたくない所を突かれた。


「うっるせええええ!さっきからそっちばっか質問してきてねえで、少しはこっちの質問に答えろやああああ!!」


 ガリリと奥歯を噛み締める。

 実は、結構この目気に入っていたりする。


「何をそうムキになっている?…そうか、これが思春期というも」

「違えよ!!」


 剣で闇雲に切りつける、

 結果は同じ。

 九沙汰は清まし顔のまま動じない。


 …む、むかつく。


「まあいい、一つ教えてやろう…どうせ知ったところで、何もする手立てはないのだからな」

「……何?」


 と、九沙汰は指をパチンと鳴らした。

 変化が訪れたのは一瞬。



 何だ…?

 突然辺りが暗く…。



「本当に演技で、闇雲に破壊を起していたと、そう思っているのか?」

「…これは?」


 壁の色が、黒一色へと染まっていく。

 


「っくく…あははははははははは!!!5年、5年だ!…全てを捨て、5年の歳月を経て、遂に私の願望が叶う時が来た!!!」

「…おいおいなんだよこれ」


 不気味に蠢き、

 辺りを這い回るそれを見る。


「…冗談だろ」


 今見渡す限りでも、

 これ相当な量だぞ…!


「随分ふざけた真似してくれるじゃねえか…!」


 壁一面を、

 闇がびっしりと張り付いている。

 


 演技に演技を重ねていたのか…。

 グラビィテを撒き散らしたのは、

 全体の壁に闇を定着させていく為…!



 _見誤った。



 風の触れる範囲の情報は読める。

 不振な動きを見せれば情報を読みとればいいと、

 そう踏んでいた。


 だが、そう簡単に事は運ばない。

 

 情報を読み取るには、

 意識を一点に傾けなければならない。

 それに風の許容範囲は狭い、

 下手に使えば隙を見せてしまい、

 迂闊には使えない点がある。


 …それでも、今の優は勘が鋭くなっている。

 何か不備があれば即座に違和感に気がつく程に。

 

 だが、やはり壁の中までの気配まで感じることはできない。外部ではなく内部から迫るような状態ではこの力は機能しないということのようだ。


「貴様等には感謝しなければならない…貴様の連れのお陰で、予定よりも早く行動を移すことが出来たのだからな!」

「ってめぇ…!まさかこの場にいる全てを飲み込む気か!?」

「だとしたらどうする?既に時間十分稼いだ、もはや貴様にこの闇を止める術は無い!」

「そんなもん…やってみなきゃ分からねえだろうが!剣よ!!」


 剣を出現させ、壁に向けて放つ

 

「それを、私が何もしないで見過ごすとでも思っているのか?」


 が、同じ力でその剣が相殺されてしまう。



 なら、風で飛んで近くまで…_ッ!

 いや、駄目だ!!



 倒れこむ魔王を見る。

 すぐに意識を取り戻すと踏んでいたが、

 反応が未だに見られないところをみると、まだ時間が掛りそうだ。



 どうする…魔王を庇いながら戦うのは無理だ…!



(何か…何か無いのか?)


 この場にいる全員を逃がす手は既に打っている。

 が、ここは深い底。

 風が一切通じていない為か、

 空間転移が反応を示さない。


 考えている間にも闇は徐々に全体を包みこみ、

 もはや一刻の猶予も残されてはいないようだ。



(…くそ…あまり使いたくは無かったが…仕方がない)



 蒼色の瞳を持つ方の瞼をきつく絞り、さらなる一手を打つため極限まで集中力を高める。そして≪想像イメージ≫する。




「…見てろ…その余裕な笑みを崩さして、吠えずらかかせてやる…!」









---








「今はまだ力は閉ざされている…しかし、もしも力を解放させれば、良く思わない連中に命を狙われてしまうやもしれん。それでも、本当にいいのかい?」



 浅辺から受け取った、その小さな水晶を見つめる。欠けていた結晶は、受け取ると桜に反応を見せた。ピクリと結晶が振るえ、次第に呼応するように光が灯り、気が付けば元の姿であろう水晶の形へなっていた。



 スッと視線を持っている水晶から浅辺に向ける。



「お父さんは…私がこの後どうするかを知っているの?」

「……いや、どうやら父さんの力は一回で精一杯だったらしい…お前達がここに来る未来を覗いただけで、後の事は父さんにも分からないんだ」



 _ッズ、ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ……。


 

「…っな、何?!」



 奇怪な音と共に、

 全身にぞぞぞぞぞと凄まじい悪寒が走る。


 

(まるで…全身を何かがゆっくりと這いずり上がってくるよう…ッ!)



「……だが、彼はきっとどうするかを選択している。そして、お前も選択しなければならない」



 自分の安全を優すか。

 力を欲し、自ら戦場の地へと降り立つか。




「私は…」




 どちらかを選ぶなら、私は迷うことは無い。



 母の気持ちを裏切る訳ではない。でも、今だに彼は戦っているというのに、何もしないで守られてばかりは嫌だった。




「…お父さん」

「…なんだい?」





 桜に呼ばれた浅辺は微笑を浮かべて聞き返す。小さく微笑むその顔はどちらを選択しているのか分かっている顔振りだった。結晶の付いた縄を首に掛けると、桜は微笑を浮かべる浅辺に向かってペロッと小さく舌を出し、口を横に大きく広げて笑みを浮かべて言った。






「親不孝な娘で、ごめんね」













---







 





 小さいせせらぎ。ふわりと優しい風が辺りを舞う。

 これではまだ弱い。



 この程度じゃない…ッ!

 もっとだ!



 集中を高め鋭さを増加させる。



 さらなる風が舞い起こり、

 空気が振動して震えてゆく。

 それでもまだ足りない。



 まだ、まだだ!



 極限まで精密に正確に高められていく≪想像イメージ≫。

 次第に風が荒れ出し、周囲に鼓動のような並を打つ。



 荒波の力に身を任せ、そのまま瞳に全意識を傾けようとして



(……待て…これは…?)



 ---止めた。




 微かだが異変を感じ、鋭くなった勘が必要ないと語ったからだ。



 傾けていた意識を中断させて力を落ち着かせる。

 不完全に終わったためか、強烈な脱力感が残るものの力は素直にもすぐに落ち着きを取り戻した。



 …ふう。この勘が役に立ったのってなんだか久しぶりな気がするな。


  

 一息ついてその場に倒れ込む。

 異変は中心に浮かぶ球体をまさに闇が飲み込こんだ瞬間に起きた。


 辺りを照らしていた光が消え、この場の全てを闇が支配する。


「ハハハハハハハハハハ!遂に…遂に太陽を我が手に収…ッ!?……な…んだ?手ごたえを…感じない…?」



 それもそのはず、宙に浮かぶ太陽は光を失ってはいなかった。

 突如辺りが光を発し、優しく周辺を包み込んでゆく。


「時間稼ぎとして使われていたのは、何も俺だけじゃなかったみたいだな」

「な、なんだこの光は?!」


 光を浴びると辺りを覆っていた侵食が止まり、

 闇が霧散し消えてゆく。



 ……どうやら出番はもう無いようだ。


 

 此方に向かって歩く人物を見て、優は思わず苦笑を漏らす。

 神々しく光るその姿は、まるで太陽そのもの。


 桜が通る道には眩い光が差し、

 その圧倒的な光は闇を一切近寄せることは無い。


 桜は途轍もない程の力を発して、

 闇を塵のように一瞬にして払っていく姿を見る。



 ---って、あれ?


 

(これ、俺いらなかったんじゃね?)



 なんて疑問が浮かぶ。 



「九沙汰、貴方の野望もここまでよ!!」

「ふ、ふざけるな!この程度の些細な光で、私の野望が…潰える訳が!!」


 怒声を上げて剣を作り出す、

 しかし光に触れた途端に消えてしまい、

 闇と化した九沙汰までもが崩れてゆく。


「……そ、そんな馬鹿な…」


 その光は余波だけで九沙汰の闇そのものを包み込む。 


 桜の光に浄化され、崩れ行く自分の身体を見つめ、

 驚愕の色を見せる九沙汰に桜は静かに口を開いた。


「……九沙汰さん…何故こんなことを…」

「………」


 それの質問に対し、九沙汰は口を開かず、

 ただ無言で朽ちてゆく体を見つめる。


「…何故…か」


 暫くして、九沙汰は静かに落ち着いた様子で口を開いた。


「私は…いや、俺はね、小さい頃、長い間暗い闇の中を生きてきた…そして、いつも空を照らす太陽に憧れていたんだよ…」


 崩れゆく中、

 目を細め、思い出すようにして語る。


「ドブの中で生きていた俺はそれを綺麗だと思った、そしていつも輝く太陽を疎ましく思い、あのような輝きを手に入れたいと願った…。手に入らないことくらい誰にでもわかる…だが…5年前、黒い帽子を被った男が俺の前に現れてから、俺の願いは野望へと変わった」

「…ッ!!」


 黒い帽子という言葉に反応し、

 俺は思わず息を呑む。


 

 この男は、

 あの男に直接会っている。



「男は俺に言ったんだ…『お前が欲するものを手に入れる力をやろう、…この村には沈まぬ太陽というものがある。私には手が出せないが、お前ならきっと手に入れることができるだろう』と…。』

「……そいつは…陣の模様がついた眼帯を付けていたか?」


 もしかしたら…

 この男なら、何か分かるかも知れない。

 そう思い、九沙汰に帽子の男について問う。


「……分からない」 


 が、それに九沙汰は首を横に振った。

 

「…そうか」


 …駄目か。

 やはり5年も前の事を、

 そこまで覚えているはずが…。


「…【レジェンド】」


 と、続けて九沙汰が口を開く。


「確か…【レジェンド】と、男はそう名乗っていた」

「…【レジェンド】」



 それが…奴の名。

 捜し求めている奴に…一歩だけだが近づいた。



「君の連れの魔王ならもう少ししたら起きるだろう……水晶をどうして持っているかと聞いてきたが、あの水晶はその時男に貰ったものでね…俺にも分からないんだ」

「…お前は…あの男のことを信じていたのか?」

「…さぁな、ただ俺はあの男に乗せられていただけだろう……っふ…そして結果がこれだ…間抜けだな俺は…」


 九沙汰は自分をあざ笑うようにして笑うと、

 目を瞑り、静かに口を閉ざす。


「九沙汰さん…」


 消え行く九沙汰の姿を、

 桜は静かに見守る。


 と、殆ど消えかけ、

 今まさに消えてしまうだろうという寸前、

 九沙汰は閉じていた目を開け、

 俺を見て口を小さく開いた。


「……気をつけろよ…お前達が来たとき…最初に攻撃を仕掛けたのは俺じゃ…ない……」


 その言葉を最後に、

 九沙汰は光に呑まれ消えていく。


「……最後は敵の心配とか…お前…間抜けというよりは…馬鹿だな…」


 そういって、

 思わず苦笑いを溢す。


「ああ…その通り…だ。こんなに綺麗な…私の憧れの……太陽が身近に居たといのに……それに気が付かなかったなんて…本当に……馬鹿だな…俺は………」



 九沙汰は消えるその寸前、

 最後に微かな微笑を残して消えた。



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