白と黒
……ぅ。
ここは…、
……何処…なの?
頭痛が酷く、
とても気分が優れない。
周りには光が無い。
見渡す限り広がるのは闇、闇、と闇ばかり。
私は…。
何があったのかを思い返す。
記憶が薄れ、所々断片しているものの、
自分の身に何が起きたかを思い出すことができた。
…ああ、闇に呑まれて意識を失っていたのね…。
……でも、急に意識が戻ったのは何故?
表側にいる魔王の力が、
どういう訳か急激に減少している。
(……これは…魔力が減っている…?)
朦朧としていた意識が少しづつ戻る、
どうやら表側の魔王が大量の魔力を放出させたようだ。
それにより、闇が一緒に外へ出ている。
「……魔力を一片に使って…それで闇が殆ど外に出て、意識が戻ったようね…」
しかし、それは一時的だろう。
闇が戻れば、再び意識は呑まれてしまう。
(……今、私は何をしているの?)
少しすれば、意識は自分の意思で、
ハッキリと考えられる程に戻った。
すると表に出ている、魔王の見た光景にまで意識が及ぶ。
---あれは…重力に変換させた魔力?
…いや、それよりも、
あの魔力を一体どうするつもりなの…?
無数に浮かぶ球体は、
本人である私そのものの力。
それを大量に放っているということは…。
『これを辺りに撒き散らしたら、どうなると思う?』
「_ッ!?させるか!!!」
これだけ意識がハッキリと保てれば、
私自身を取り戻すまでいかずとも、
集中力を乱し、邪魔するくらいはできるはず…ッ!!
持てる限り意識を集中し、精神に乱れを促す。
それに魔王は反応を起し、見るからに嫌がっている。
「どう?!私という存在を忘れたのは誤算だったようだね!」
ついには魔王は座り込み、頭を抱え込む。
それにより、気のせいか、
さっきよりも意識がより強くなり、
明らかに戻ってきている。
「どうやら…先に其方が消えるは時間の問題のようね…ッ!」
『……さい…!うる…さい、うるさい、うるさいうるさいうるさい!!!』
「…_何?!」
座り込んで頭を抱え込んだと思えば、
表の魔王は叫び出すと、辺りに破壊を撒き散らし始めた。
「っく…!急に力が…まだこんなに力が残って!…でももう遅いよ!」
殆どの意識は既に取り戻し、
表の魔王の意思が消えかけている。
もはや勝負は目に見えたかに思えた。
……え?
ガクリと、
急激に身体が重くなる。
思考が止まり、何も考えられなくなった。
「……な…にが…」
その正体にすぐに気がつく。
見れば、闇が再び自身の侵食を始めていた。
急に力が入らなくなり、
意識が薄らぎ遠のいてゆく。
「…ま…だ…、私…は…!……」
---終われない。
そう思ったのも束の間、
闇に呑まれ、意識が途切れる。
……………………。
---あれ?
次に意識が及んだ際、
最初に発したのは言葉はそれだった。
私は一体、
今まで何をしていたのだろう。
……何か…、
大切な何かを、
私は忘れてしまっている気がする……。
---いや、考えるだけ無駄だ…。
何かを考えるまでも無く、
意識は闇に呑まれ、
答えには何時まで立っても到ることは無い。
それなら、無理に考えようとせず、
ただただこの暗闇に身を委ねてしまえば……。
「…・ぉ…ぅ!…・」
「……?」
声が、聞こえた。
途端に、胸に痛みが走る。
忘れてしまった何かが、
痛むはずの無い胸がズキズキと痛み、
私の何かが訴えている。
「……優…くん…?」
魔王の口から、
意図せず言葉が漏れた。
そして、困惑する。
「…え?…優って…誰?」
---私は、そんな人を、知らない。
……はずなのに。
何故、こんなにも胸が痛むのだろう。
本当は、知っている。
だけど、その声が一体誰なのか、
それを思い出すことができない。
「どうして…こんなにも…」
ズキリと、強く胸が痛む。
その痛は、次第に強くなっていく。
「……ぁ…く…!」
胸を押さえ、
そして、口が無意識に動く。
「……ち…がう…そうじゃ、ないッ!」
何一つ、
記憶が残っていない。
「…わた…し…は…!!」
それだというのに、覚えている。
「…これだけは…何があっても忘れないって…決めたじゃ…ない!!」
記憶が無くなっても、心が覚えている。
「……でも、声がしたのは…気のせい…だったの?」
ここは闇の中。普通なら聞こえるはずがない。
(…優くんがいる?)
いや、そんなことがある訳がない。ここには、私以外には誰もいないはず……。
「魔王!」
「_ッ!!」
それは幻聴ではなかった。目の前にいる人物は幻覚でもない。
声はハッキリと聞こえ、声の主は確かにそこに存在する。
「…優…くん!優くん!?」
「魔王!!無事か!?」
それに安堵すると同時に、
それは急激に焦燥へと変わった。
「ぶ…無事かじゃないよ!!なんでここにいるの?!だってここは…私の、…それも闇の中なんだよ?!」
闇に食われない限り、ここには居るはずがない。
しかしここに居るということは。
「ハハハ!なんだ思ったより元気そうだな!」
「んな?!わ、笑い事じゃ…!」
と、優は口元に指を置くと、
からかった様子で言う。
「口調、戻ってるぞ?」
「…え?あ」
確かに口調がいつの間にか戻っている。
魔力の殆どを失った為、
一緒に口調も元の形に戻ってしまったようだ。
「…って!だからそういうことじゃなくて!」
「…いや、そういうことだよ」
そう言って、
優は私に手を差し伸べる。
「…いやだから……」
「不満か?」
「……はぁ…」
その言葉に思わず溜息を漏らす。
あの時に私を助けたときも、
彼は話を聞かず、とても強引だった。
「……ううん、ぜんっぜん!」
だから私はあの時と同じように笑顔で、差し伸べられたその手をしっかりと掴んだ。
---
「…分からない…何故自らを闇に食わせるなんていう行為を行った…?」
闇に胸を貫かれたまま気を失う優を、
魔王は不可解な目で見つめていた。
魔力の殆どを失い、
闇全てを飛ばした今。
もはや元の魔王の風格は残っておらず、
独自の性格を持つ、新しい魔王が創られつつある。
「まさか助けられるとでも思ったというのか?そんな馬鹿な…」
闇に一度食われてしまえば、
砕け、破壊され、侵食され、犯され、
その身をあらゆる残虐な手で消されてしまう。
「既に助ける事なんて不可能なはず」
と、優に刺さってた闇が消えた。
すると、力なく身体を前に倒す。
「……この程度だったか…結局は闇に呑まれ」
「ってはいないんだなそれが!」
「っな…!?」
突如優は身体を勢いよく起こし、顔を上げた。
俊敏な動きで手に闇を集める。
すると槍の形式をした闇が現れ、
それをしっかりと握ると、
「お前に返すぞ!!」
身体を捻り、腕を振りかぶって闇を魔王目掛け放った。
直視できない程に早く、
その速度は音速を超える。
「…っかは!!」
一瞬でさえ反応を許さず、
闇は魔王の胸に突き刺さった。
「…何…を?この私に、闇が効くとでも思っているのか?」
「それが、ただの闇ならな」
突き刺さった状態の闇が、
途端に崩れ、魔王の中へと入り込む。
「…ッ!な…んだ?意識が…薄れて…ッ!?」
「もうそれは闇じゃねえ、意識を取り戻した魔王の心そのものだ。どうせ弱らせてから乗っ取っていただけなんだろ?……完全に意識を取り戻した魔王を前に、無視していればいずれ乗っ取られるぜ?いい加減正体を現したらどうだ?……闇、いや……九沙汰というべきか」
「_ッ!」
九沙汰と呼ばれた瞬間、魔王は驚いた表情を作る。
しかしその表情は次第に薄れ、
魔王は口元を大きく歪め、笑みを浮かべた。
「……驚いたな、魔王に完璧になりきっていたはずだが…いつから気がついていた?」
ッズ……と、魔王の身体から黒い霧が溢れ出す。
すると霧は独りでに集まり、人の形へと模した。
その姿は、初めに会った時と同じ、薄い微笑を浮かべた九沙汰そのものの形を模っている。
「いや、初めは完璧に騙されてた…俺が不可解だと思ったのは、お前と戦って少ししてからだ」
支えを失い、重心を崩して倒れる魔王を、風をそっと起こし、優しく地面に降ろす。闇が抜けると、魔王の姿はいつも通りの子供のような姿に戻っていた。
「あれだけ殺気を出していたにも関わらず、異様な程に力が抑えられていたからだ」
「…それが、どうして不可解だと?」
「上を気にしすぎなんだよ」
上を見上げれば、そこには太陽のようにして輝く球体が浮いている。
「お前…初めに現れたとき、正気を持たない魔王として演じてたよな?だったらなんで力を抑えたり、上を気に掛けたりする必要がある?」
「………」
「魔王が敗れたなら、何処かに潜むはずのお前の姿が見えないのも不自然だろ」
胸の辺りを指さし、トントンと軽く叩く。
「それに、決定的だったのが闇だ。魔王に取り巻く闇がその身から離れているのに何故動ける?もし操られていたのなら、魔王を操る本体である闇が完全に身体から分離すれば、意識の無いはずの魔王が動けるはずが無いだろ」
「…っふん…こうもペラペラと語られると、少し勘に触るな」
九沙汰は面白くなさそうに吐き捨てると、周囲に漂う闇が渦を巻く。手元に闇を集めると黒い剣がその場で形成された。
「……もしもお前が殺気を出さずに接してきていたら、正体に気がつく前に俺はやられてたと思うけどな」
「…それがそうもいかなくてね…どうにも殺気を抑えられないのだよ」
「そりゃまた、…不便だな」
その返事にどういった反応を返せばいいのか分からず、とりあえず苦笑いを浮かべる。優も同じように風を巻き起こし手元に剣を形成させた。
「……いい加減、この長い茶番を終わらせようぜ、お前にはいくつか聞きたいことがある」
目の前に現れた風の剣、それは目で直視することはできない。しかし透明で見えることの無い剣は確かにそこに実在し、風は渦を巻くと剣として形を成して存在していた。
手を前に伸ばす、あるはずのない剣を優の手がしっかりと掴み取る。
直接的に剣に触れずとも『握る』という≪想像≫だけで、その剣を手に持っているという感覚が伝わる。ただ実際には剣を握るような感覚は伝わってはこない。それは掴んだと思われる箇所には優しい風で包み込まれ、優の周囲で吹く風には微かな暖かさが感じられた。
キッと九沙汰を鋭く睨みつける。掴んでいる剣は≪想像≫しなくとも意思に反応して動いた。ヒュンヒュンと風を切る音を鳴らす姿は、剣というよりは『カマイタチ』と呼ぶに相応しいかもしれない。
「そう簡単に喋るとでも思っているのか?」
「ああ…思ってはいないさ」
九沙汰の発言に優は当然とばかりに声音を変えずに返事を返す。表情を崩さず微動だにしない優の姿に九沙汰は問う。
「ではどうやって?」
「そんなもん力づくで吐かせるに決まってるだろ?」
「ふん……実に単純だな。だが単純だからこそ分かりやすく面白い!」
「そうだろ?だから単純に決めようぜ……俺とお前、どちらか上か……」
合図が無かったにも関わらず、二人はほぼ同時に駆け出した。優と九沙汰は同時に切りかかり、剣と剣が触れ合った瞬間、ガガガガガガガガガガガガと凄まじい轟音と衝撃を撒き散らした。
「「白黒ハッキリさせてやる!(やろう)」」
お互いの剣が衝突したことで眩い閃光を絶え間無く放ち、闇と風が豪を成す。二人の間を、眩い黒と白が瀬切り合った。