目覚めた策士
「ゆ、優さん…?その力…それにその目は一体…?」
「ご心配なく、もう済んだことですので…後のことは任せて休んでいてください」
「…え?」
傷を負った四季を軽く触れる。辺りの風が集まると、四季の身体を浮かせ、避難する住民の元へと送り出した。
無事避難場所に送られていく姿を確認すると、魔王の方へ顔を向け、この後についての対策を考える。
…さて。俺が気を失っている間に、魔王は何をした?
スッと静かに瞼を閉じ、この場で起こった状況を確認する。途中で意識が呑まれ、今の状況がどうなっているか何一つ分かっていない。
だが、次に目を開いたときには、俺は大よその現状を把握し、理解した。
……そうか。闇が魔王を再び食らったのか。
「あはははははは!!!」
魔王は高笑いし、両手を大きく広げると腕を振るう。グラビティが拡散し、周囲に破壊を撒き散らした。
---何だ?
魔王の不可解な行動に、理解できず首を捻る。
常に大量の魔力を消費し続け、それは自殺行為に等しい。
魔王には魔力以外に闇が供給されている。
全盛期のような力は使えないにせよ、魔力は通常の二倍はあると考えていい。しかし、いくら魔力が膨大なところで無限ではない。無理な使い方をすれば、いずれ魔力に底を尽く。
「……それとも、何か裏でもあるのかね」
闇に呑まれたとはいえ、大よそは油断して不意を突かれただけだろう。
---あれでも魔王だ。
魔王の持つ驚異的な意思の力を、そう簡単に乗っ取れたとは考えにくい。……何かカラクリが存在しているはずだ。
「ぼ~っとしてると、怪我しちゃうぞ~!!」
「……ッ!?」
突如足元にある地面が揺れ、地割れが起こり始めた。
下から何かが這い上がってくる。
…なんだ?足が思うように動かない…?
その場から退こうと足を動かす、
しかし引っ張られるようにして、足が地面にくっ付いて動かない。
グラビティが身に付着している感覚は無い。重力を放出させ、一部の空間を重くしたのか…?
思考を巡らし、原因を探る。足元の地割れが強まり、地鳴りが聞こえ始めた。その際、魔王が辺りに撒き散らした、グラビティの存在を思い出す。
…待てよ。一体何が目的で、魔王は周囲にグラビティを撒き散らした?ただの破壊が目的?それとも砕けた岩に闇でも定着させる為か?
魔王の足元へ目線を向ける。丁度魔王のその少し後ろ、そこにはいつの間に作ったのか、地面に穴が開いている。
いや、違う!本命への注意を俺から反らす為か!
「剣よ!」
手を前に、すると風が集まり、剣が形成される。その剣を掴むと、即座に足元の地面に目掛け振り下ろす。
「それを許すと思うの!?」
魔王が手を突き出し、手のひらを薄紫に光らす。それに、突然全身が硬直し、身動きが取れなくなった。
(っちぃ!……身体にある筋肉に干渉し、収縮と膨張の動きを制限したのか…ッ!!)
皮膚が引っ張られたように突っ張り、ギシギシと動きがぎこちない。動かそうと思えば動くことはできる。どうやら干渉できるのは表面上だけのようだ。
しかし、動きが鈍い。そうしている間にも地面に亀裂が走り、グラビティが姿を見せる。身体が引力に引きずり込まれ、このままでは直撃してしまう。
(…俺を後ろに突き飛ばせ!)
刹那、グラビティを避けるようにして、身体が後ろに吹き飛ぶ。溝を殴られた感覚が身体を襲い、肺にある空気を吐き出した。
っかは…!っく…。力の加減を間違えたか…。
だがダメージは薄い。
直撃を避けた事を考えれば、
お釣りが帰ってくる程に結果オーライだ。
「あはははは!安心するのはまだ早いんじゃない?」
顔を上に上げる。
空を切ったグラビティは、
何故か空中で静止したまま止まっていた。
淡い光を放ち、低い音を鳴らし膨張を始める。
暴発すれば、身に火の粉として降りかかり、
辺りに飛び散って破壊活動を行うだろう。
「…っちぃ!」
暴発を防ぐため、
コアを破壊しようと剣を飛ばす。
「あはは!懐ががら空きだよ?」
「っぐ…ッ!」
魔王は手のひらを光らせると、
辺りの空間を変更させた。
全身に重力が重く圧し掛かり、
腕が上がらず、地面に膝を突いた。
---
「…なんだか呆気ないな~、いや、私が強すぎちゃったのかな?」
「………」
全身を地面に付かせ、
優は抵抗の色を見せぬ形で倒れ伏せていた。
意識を失っているようにも見えるが、
しかし地面に向けて倒れている為、表情が読み取れない。
念の為に魔王は警戒を怠らず、
重力を更に上げ、動きを拘束させた。
「……ふうむ。これだけ近づいても反応なし…か」
少し手を伸ばせば、触れられる位置にまで近づいたにも関わらず、しかし優は指先をピクリともさせず、まるで反応が見られない。
「まあいいわ、優くんは今から私のモノになるんだし!」
指先をくるりと回す、
すると闇が集まり、巨大な剣が形成された。
魔王は形成された剣を眺め、倒れ伏せた優を見据える。
「…念には念を、持てる全ての闇を使っとこうかしら?」
魔王は指先をくるくると回し、闇を掻き集める。
全て掻き集め終えた瞬間、
「…この瞬間を、待っていた!」
歓喜の声と共に、突然その腕が掴まれた。
「い、意識を失っていたんじゃ!?…それに、なんで動けるの?!今の優くんには全身に数百キロの圧が掛っているはず!内臓を圧迫されて、立ち上がることさえ困難なはずよ!?」
「……俺があんな単純な手に引っかかると思うか?」
ハッとして、魔王は優を見る。
よく見れば薄い風の膜が、優を覆うようしにして取り巻いている。
「まさか…重力を受け流しているの?!」
「…まあ、そういうことだ、お前は魔力を放出させ、空間に重力を張っている…が、空間そのものを重力として変換してはいない、放出した魔力を重力に変換しているんだ、なら放出された魔力を、重力に変換される前に流してしまえばいい!」
「しかし…そんな膜を張っている仕草は見られなかった…!一体いつの間にそんなこと…ッ!」
「……初めからだよ、正確には…最初の一手を避けた時だな」
その言葉に、魔王は固唾を呑む。
最初の一手というのは、魔王が最初に仕掛けたグラビティを避けた際のこと、優はわざと引っかかったフリをして、既に気づかれないよう手を打っていたのだ。
「そして、今までは正面から攻撃を仕掛けていたのに、急に知恵を使い、先手を打って勝負に終わらせ出たり、注意深く重力を上げたのは、魔力が尽き掛けているんだろ?」
「……ッ!!」
「……魔力は無限じゃない、あれだけ長時間魔力を使い続ければ、いつかは底を尽く。それに、闇は魔力に定着していた。定着する為の魔力を失えば、闇は今のように、外に溢れでる!」
「…っく!」
魔王は優から離れるようにして後ろに飛び去ると、
巨大な闇を形成させ、それを放つ。
それに、優はその場で立ったまま、
全く避ける素振りを見せなかった。
「そして最後にもう一つ…。魔力を殆ど失い、闇が外に出たにも関わらず、魔王が戻ってきていない……。つまり魔王は今、この闇の中に居るってことだ!!」
優は両手を広げ、
向かってくる闇を迎え打つ。
そして闇は、
避けることなく佇んでいる、
その優の胸を勢いよく貫いた。