黒眼と蒼眼の勇者
「……なぁ~んだ、派手な演出があったからどんなものが出てくると思ったら、随分と地味じゃ~ん」
優の出す魔法無効に、魔王は面白がり楽しそうに笑っていた、しかしそれが終わると、熱が急激に冷めたかのように、剣を持つその光景を魔王は落胆した様子で眺めていた。
「はぁ~」と魔王はため息を漏らし、掻き消されたグラビティの同じ個数を即座に創り戻す。
魔王が詠唱を必要とせずに虚空からグラビティを召還させられるのは、魔力そのものを攻撃として使っているからだ。
初めから攻撃体勢に切り替えられている魔力の一部を切り離し、それを実体化させる。
優本人の意思とは関係せずに漏れたり溢れ出すのとは違い、その現象を利用し、魔王は意図的に自らの魔力を放出させているのだ。
しかし、それは容易なものではない。
全ての生き物には、魔法が使えないものにも僅かながらの法力、聖力、魔力がそれぞれの種族によって備わっている。
生まれ持つ力の量はそれぞれ固体によって異なるが、しかし殆どの大差なく内部に秘めた状態で生まれる。
それは、例え法力を生まれ持った者が、聖力や魔力などの異なる力を得てしまう場合など、それを遮るよう内部全体に壁を作り身を守る為だ。
持つ力が違えば、異なった力は毒として蓄積してしまう、その毒を弾く行為は、本人とは無意識に行われている。
同じように、無意識に力を使う、漏れ出させないよう力が働き制御する役目を担う。
一度矢を胸に打たれ死にかけた際、意識を身体へと移し直した様に、魔王の驚異的な集中力と意思により、魔王自身が、その制御を無理やり『否定』し、一時的に解いているのだ。
それだけではない。
内部に存在していた魔力は、魔王自身の力として認識され、使われる。しかし一度外に出てしまえば、その力を維持させなければならない。
魔王のように、複数の固体を操るとなれば相当な集中力が伴われる。
「そっちから来ないならこっちから行くけど~?」
しかし、今の魔王は正気の色を持たず、意識を集中している様子が無い。
そのため、その所業をやってみせているのは、闇が補っていると考えられる。
グラビティの周りにベッタリと張り付く闇は、魔王の思い道理に動く駒として働いている。
つまり、本来削がれるはずだった魔王の行う集中力や意識の全てを、闇が支配しているということ。
そして今の魔王は、一つのことに全意識を一つに集中できるということになる。
「……はあ…優くんったらな~んにも反応してくれない…いいやもう…遊ぶのもいい加減飽きてきたし、そろそろ『全力』でいこ~かな~?」
今の魔王にとって、面白くなければ壊すという概念しか残ってはいない。
目標が自分にとって面白い存在でなければどうでもいいのだ。
魔王はわざと煽る行動を取り、優の出方を待つ。
しかし、優は剣を持つと、固まったまま動かなくなり、まるで意識が無いかのように問いに何も答えることは無かった。
掴んだ瞬間から、再び優の足元から優を覆うようにして風が巻き起こっている。
再び風に呑まれ手を出せないことに痺れを切らしたのか、魔王は両手を上げ無数のグラビティを創り出す。
その数は、目で見える数だけでも100を遥かに越えていた。それは、初めとはもはや比較物にはならない。
その魔王の驚異的な力に、四季は驚愕した様子で口を開いた。
「闇に幾分か強化されているにしても…まさか…魔王に渡した魔力がここまで強大なものになるなんて…ッ!!」
それも、グラビティだけではない、砕け辺りに散らばった瓦礫までもが浮き出している。
一度グラビティに触れ壊され瓦礫と化した全てが、闇に同化し呑まれている。
と、魔王は突然四季の方へと振り向いた。
口を大きく裂き、これまでにない笑みを浮かべる。
「ふふふ、この全部を周囲に撒き散らしたらどうなるだろうね~?」
その言葉に四季は一瞬にして顔色を青く染めた。
辺りには未だに避難を行う住民の姿が目に入る。この状態で魔王の大量なグラビティが辺りに飛べば、避難をしている人おろか、崩落を招き避難場所にまで危険が及ぶ可能性が生じる。
今魔王を止めなくては死者が現れてもおかしくはない状態に陥っている、が、四季にはどうすればいいのか分からずにいた。
そもそも、魔王が敵に回るという過程は想像の枠を超えた、イレギュラーな存在だった。
敵を近づけないよう、結界を張っているが、しかし魔王は敵ではなく味方として対象から外していた。
それが誤算に繋がったのだ。
しかし、それでも四季は、洞窟全体に強力な結界を張り巡らせ、力を注ぎ込むことで外部の敵を遮断している。
結界を解き、全力の力を使える状態ならば、今の魔王に立ち向かう程の力は持っていた。
だが一度解けば、巨大な結界を即時張りなおすことは不可能になり、姿を現していない九沙汰や他の組織に対し、丸腰で立ち向かうことになってしまう。それこそ進入を許してしまい、敵の思う壺だ。
それは想像していた中で一番の最悪なシナリオ、それだけは避けなくてはならない。
「や…止めなさい!ここに居る人たちは関係ないでしょう?!」
「あはは~、なら関係の無い人達が巻き込まれないよう、守って見せてよ~!!」
四季の叫びを嘲笑うようにして、魔王は掲げていた両手を勢いよく振り下ろす、空中で停止していたグラビティが動きを始め、瓦礫もろとも四方八方に向けて飛び散り始めた。
そのグラビティは、辺りを破壊し尽くし、全てを飲み込む。
---はずだった。
「…ぁ…っく…?!」
急に魔王は苦しみだし、頭を抱え座り込んだ。
魔王の手元がブルブルと振るえ、グラビティに乱れを齎す。中断させられ力を失ったグラビティは、軸がブレ不安定に揺れた。
しかし、闇によって強化されたグラビティは、その闇により消えることなく無理やり維持されている。
「…な、何…?何が起こったというの…?」
突然もがき苦しむ姿に、罠かどうか警戒を怠らず四季は魔王の様子を観察する。
ブツブツと何かを喋り、それは次第に高くなっていく。
「…させ…るか…!っ…こ…の………い…・…さい…・…るさい…ッ!」
と、抱え込んでいた魔王は、急に立ち上がるとグラビティを一つ作り出し、それを別のグラビティに向け投げ始めた。
宙で命令が無いまま止まってた闇に、魔王自ら投げたグラビティと衝突を起し、爆発を招く。
それは誘発して辺りのグラビティ全てに引火し、暴発した。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさぁあああああああい!!!」
爆音が鳴り響く中、魔王は両手で耳を塞ぐと叫び出す。
「…まさか、まだ魔王さんの心が残って…?…魔王さん!!」
それに、四季は声を上げた。
今の魔王は、本人であって、本人ではない。目の前にいるのは、闇によって創られた憎悪の念を中心とし、それを糧として動く人形。
本人の心を食らい、その隙間に新たな魔王が埋め込まれ、上書きし、新たなもう一人の魔王が誕生する。
だが、例え食われても、本人の意思が残っていれば、闇に打ち勝ち退けることは可能だ。
そして、魔王は他ならぬ驚異的な意思を持つ。
「魔王さん!目を覚ましてください…!魔王さん!!」
「…ぅ…あ…あああああああああああ!!」
四季の声に反応し、呻くと、それは悲鳴へと変わり、突如 ッドン と、辺りに轟音が鳴り響いた。
魔王は両手を左右に突き出し、残っていたグラビティの全てを自らの手で破壊活動を行い始めた。
壊れ、霧散し飛び散った闇を掻き集めると、魔王は一つの巨大な刃を形成させる。
グラビティを破壊し、闇を集めた魔王は、高々に上げた巨大な刃を次なる手として攻撃に移す
---のではなく
魔王は巨大な刃を自分に向けると、
そのまま自らの身体へと突き刺した。
ガクン
闇が魔王を貫いた直後、
魔王は全身の力を抜いたかのように脱力し、
身体をダラリと垂らす。
すると、数秒した後に闇が魔王の元から離れた。
更に数秒して魔王はゆっくりと顔を上げる。
「……ま…おう…さん?」
そして、その顔を見て四季は恐怖する。
その顔には、笑みだけが貼り付けられたかのように、ベッタリとくっ付いていた。
魔王が刺した胸からは、血は流れていない。
代わりに魔王に残っていた大切な心を、闇は食らっていた。
『魔王』と自らの名前を呼ばれた『それは』ゆっくりと視線を四季に向けると、手の平を四季に向けて突き出した。
残されていた『魔王』の情が消え、制御されるものが無くなった『魔王』は、確実に仕留める為に魔力を練り上げてゆく。
「っく!?」
その明らかに良くない様子に、もはや躊躇しては入られなかった。
魔王が動き出す前に、四季は魔王を止めるべく術式を解こうと手を動かし始める。
と、魔王が手の平に形成させたグラビティを四季に向け放たれた。
放たれたグラビティは何故か異様に小さい、それは小石程度の大きさ、しかし速度は速い。それも徐々に速度を増していく。
『甲!』
それに四季は人差し指と中指の真ん中に、札を挟んだまま前に出すと、札と共に一閃するようにして腕を振る。
すると、一瞬にして目の前に障壁が現れ、一枚の分厚い壁が四季を守るようにして立ち塞がった。
優と魔王が戦う光景を、四季はただ呆然と見ていただけではない。
優に向けた時に比べ、さらに一回り小さいグラビティはそれだけ威力が劣る。グラビティが小さくなれば速度は上がっても、威力が下がることに気がついていた。
「儒、印、封、解…!!」
四季の持つ札には法力が練りこまれ、壊されない限り何度でも即時に使える効力を持つ。
いくら速度が速くとも、札が手元にある限りは問題ないと既に認識していた四季は、防げると確信し結界の術式を解き始める。
しかし、その確信はすぐに打ち壊された。
グラビティが障壁に触れる。それに≪グラビティ≫は弾かれるはずだった。
「孔、剥…ッえ!?」
グラビティは障壁をまるで紙のようにして貫通させた。
障壁がガラスのように砕け、消える。
「_ッ?!」
身を翻し、咄嗟に襲い掛るグラビティを寸のところで避ける。
空を切ったグラビティは、止まる気配を見せず幾つもの建物を貫通し穴を穿って行く。
引く引力で弾を飛ばし、圧を掛け弾を硬化させ、
重圧と引力を持つグラビティを、魔王は一つの弾丸として放つ。
それにより、驚異的な殺傷能力を持つ弾を完成させた。肝心の引き金は魔王が指を前に突き出し、拳銃を撃つような仕草を起すだけ。
魔王はもう一度人差し指を突き出して四季に向けると、実弾よりも遥かに勝る弾は四季に目掛けて放たれる。
それに、四季は反応する余地さえ残されてはいなかった。
即座に撃たれた弾は、咄嗟に避けた際にバランスを崩して倒れ込む四季へと無情にも迫る。
術式を中断させられ、障壁を失い、避けることさえ間に合わない。
例え奇跡的に避けても、魔王の周りには闇が浮かんだ≪グラビティ≫が漂う。全てを回避するのは不可能に等しい。
そして、逃げ場を失った四季の身に襲い掛る魔の手は……
……しかし四季を傷つけることも触れることもなく、
それは跡形も無く、消し飛んだ
「っあっれ~?」
魔王は即座に闇を掻き集め、巨大な刃を形成させる。
しかし、それが放たれることはなかった。
闇は、一瞬で掻き消され、起動を行わず霧散する。
「っむむ?」
魔王はもう一度グラビティを辺りに出現させ、反撃に構える。
が、出現した直後に、そのグラビティ全てが一瞬にして裂かれ、コアを破壊された。
「……一体何が…」
四季はその光景を、それこそただ呆然と眺めているだけだった。
今も尚、目に見えないそれは魔王が放つ物全てを切り裂き無に返す。
そして、呆然とその光景を見つめる四季の後ろから、一人の男が姿を現す。
「…あは♪」
その姿を見た魔王は獰猛な笑みを浮かべ、その人物を凝視して笑う。
「…時間を掛けてしまってすまない、少々手こずってしまってな……後は任せてくれ」
優は魔王の反応に答えるよう獰猛な笑みを浮かべ、魔王を見据えて言った。
「こっからは…俺の出番だ!!」
優は黒色だった右目を蒼く染めている。その曇ることのない瞳は、まるで晴れた蒼空のように綺麗な色を宿していた。