太陽を求めた少年
優が四季と話している様子を見た桜は、邪魔になるのではないかと、可憐に道案内を頼み二人の元から離れていた。
可憐が桜の隣で歩き、その横に並ぶようにして佐紀、麗、寝子が歩く。村というよりは町に近く、辺りに人が溢れ活気付いている。
「5年という長い年月の中、私達は精一杯ここで生きていたの、暗いそこの中でも光りはちゃんとあるし、太陽の光りが届かなくてもここは輝いているの」
上を見上げると、天井には発光する光りが浮いている。
それは、いつも目の辺りにする光景。
そして、ここに存在するはずのないもの。
「あれは…まさか太陽!?」
しかし、桜の答えに可憐は首を振り、顔を上げ眩しさに目を細めながら否定した。
「…ううん、太陽じゃないよ、あれは桜ちゃんのお父さんが創った太陽に見せかけの擬似太陽、それでもこの5年間、いつまでも光りが沈むことは無く、まるで本当の太陽みたいにこの洞窟を照らし続けているわ」
離れていて大きさが分からないが、強く輝いているそれは、まるで太陽のように、たった一つで広い洞窟の辺り一面を光で照らしていた。眩しさに目を開けていられず、思わず目を細め、手で影を作りながら凝視する。
ここは地上から遠く離れ、可憐の言うと通り光りが届かないはずだった。しかし今、この洞窟の中は光りで辺りを照らし、人々には笑顔が溢れ輝いている。
「これを…お父さんが…」
桜は辺りを見回し、もう一度太陽を見る。
見上げたその向こうにある太陽は、
いつまでも輝き、
いつまでも日が沈むことはない。
(……いつまでも沈まない太陽…沈まぬ…太陽?)
もしも、今私が目にするものが九沙汰の言う『沈まぬ太陽』だというなら、何故九沙汰は私が在りかを知っていると思ったのだろうか。
何が目的で、九沙汰は…私達を裏切ったのだろう。
手を上げ、太陽を掴もうとする。しかし掴むことができず、その手は空を切るばかり。
それは手の届きそうで決して届くことのない、眩しい光りを放つ太陽に、その身に焦がし、その瞳に映す。
小さい頃に読んだ、一つの絵本の物語があった。
それは、太陽を求めた少年の物語だった。
…・…・…
一人の少年は太陽に憧れていました。
その太陽は輝き辺りを光で照らす。
しかし少年のいる世界は深く、深く闇で染められ、
決して太陽の光が届くことはありません。
少年の周りには、色のない世界しか存在しませんでした。
その暗闇の中を、
ただ無常に生きるばかり。
でも、少年には、
家族があり、
親友も多く、
愛する恋人が存在していました。
少年の外見に色は存在せずとも、
心は明るく輝きを持っていいました。
しかし、少年は時々心に持つ輝きを失い、
小さく灯る時が存在しました。
それは、人が命の輝きが失う光景。
人が死ぬ度に涙を流し、
少年は空を見上げる。
少年が光が消えても、
太陽が放つその光りは、
いつまでも輝きを失うことは無い。
その色を失わない太陽は、
少年にとって希望でした。
そしてその少年は願う、
色の無くした世界で、
自分の世界に色を取り戻したいと。
少年は暗い底から這い上がり、
太陽に向かってひたすら進んでいきます。
その道は険しく、
少年には行く末に数々の試練が待ち受けていました。
それは恋人を、
家族を、
友を捨て、
自らを投げ打つ覚悟。
しかし、その数々の試練に少年は打ち勝ち、
ドンドンと上り詰めました。
太陽に近づくにつれ、
少年には色が戻っていきました。
闇から光へと移り変わる。
その少年の無垢な願いは叶いました。
光で満ち溢れる世界に辿り着き、
その新しい世界の光景に、
少年は喜び、
叫びました。
その新しい色を持つ世界で、
少年は末永く、
いつまでも、
いつまでも幸せに暮らしました。
…・…・…
そこで物語は終わりを迎えていた。
その物語は、少年の憧れていた太陽に近づき色を取り戻す物語。
結末では願いが叶って幸せに暮らすとある。
しかし、私はそれが幸せだとは思えなかった。
この物語には、主人公以外に色の無い世界で暮らす人々が描かれていない。
描かれていたのは、黒く荒んだ姿をした少年と、その辺り一面に広がる闇だけ。
少年が全てを投げ打つまでにさせたのは、家族を、友を、恋人の全てを捨ててまで、色のある世界で生きる為だけだったのだろうか。
全てを捨てて辿り着いたその結末では、少年が一人と、光しか存在していない。
これが、少年の願った結末だったのだろうかと、私はその物語に深い興味を持った。
興味を持った私は、その物語を詳しく調べて見たことがあった。
そして気がついた、
この物語には明確性が一つも存在していないということに。
そもそも、心優しき少年として描かれる主人公が、憧れただけで全てを捨てる必要が存在しない。
少年は初めから内には輝きを持っていた。
そして描かれている物語に、登場する主人公は闇で覆われ顔が見えることはない、しかし、光を取り戻しても少年の顔は描かれてはいなかった。
どちらにも、少年の表情を読み取れる場面が存在しない。
私はそのことに気がつくことはなく、人が死んで少年が悲しみ、願いが叶い喜んでいると感じていた。それは何故か。
場面によって描かれた少年の、その描かれた少年の動きで感情を読み取っていた
いや、そうなるよう『錯覚』していた。
その物語にはまだ続きが存在していた。
少年が光を目指す前の、暗闇で起きた表には存在することのない、裏の物語。
…・…・…
少年の心には闇が存在していました。
その闇は、人が死に、少年の輝きが弱まるとき、
その隙間に付け込み、
日に日に強まり少年を犯してゆく。
それは、優しかった少年を壊し、
心に混沌の闇を齎しました。
壊れた少年は、輝きを失わない為に悲しむことを止めました。
その為に、まず家族を殺しました。
次に親友を招きいれ、殺していきました。
最後に恋人を招きいれ、殺しました。
それに、少年の輝きが強まる所か、
次第に弱まっていくばかり。
少年は一層に闇で身を深く手を染め、
闇の世界で一人、誰よりも暗く黒く濁っていました。
太陽を求めていた少年は、
強まる闇に恐怖し、
自分よりも太陽の位置に近く、
闇の少ない相手に嫉妬しました。
嫉妬により、心に闇が入り込んでゆく、
その恐怖に少年を更に壊してしまいます。
その恐怖から逃れる為、
少年は周りに存在する人々全てを殺しました。
そして、悲しむことを止めた少年は涙を流し、
心にはもう輝きは残ってはいなせんでした。
一人になった少年は、
もう一度輝きを取り戻そうと太陽を目指します。
数々の試練が待ち受けていますが、
しかし身を滅ぼし、
全てを捨てた少年にとっては何の問題もありませんでした。
光で満ち溢れる、
最も太陽に近い世界に辿り着いた少年は、
周りに取り付く闇が消えたことに喜び、そして叫びます。
その新しい色を持つ世界で、
少年は末永く、
いつまでも、
いつまでも幸せに暮らしました。
本来の物語であれば、ここで話は終わっている、しかしこの物語では続きが存在した。
_しかし、少年はまだ物足りませんでした。
と、物語はそれから続きを語り始める。
光が満ち、周りの闇が消えても、
少年の心が癒えることは無く、
心には深い闇が残ったままでした。
少年は空を見上げます。
手を上げ、掴み取ろうとするも手が届くことはない。
少年の心にはポッカリと穴が開いたように、空虚でした。
暗闇の、しかし心は明るい色で彩られていた、あの世界に戻ることはもうできない。
少年は、その空虚を埋めようと、
太陽を自分の物にしようと考えました。
喉の渇きを訴えた者が水を欲するように。
少年は乾きを癒すため太陽に近づいていきます。
そして、とうとう太陽の下にまで上り詰めた少年は………。
…・…・…
……その先の物語を、思い出すことができない。
その少年の結末は、とても…悲しかった話だった気がする…。
そして、何処と無くこの物語と似ている人が居る…?
(どうして今になって、昔に見た物語を思い出したんだろう………)
_ッズ……
「ッ?!」
と、突然背筋が凍りつくような寒気が襲った。
その強烈な殺気に、即座に思考を切り替える。
「ッ麗!寝子!佐紀!可憐ちゃんを引き連れて、ここにいる皆に何処か安全な場所に避難するように言って!」
一番殺気に反応を示したのは桜だった。
殺気に気がついたのか、4人は頷くと何も言わずにすぐさま行動に移した。
近くで戯れていた子供を引き連れ、麗、寝子、佐紀、そして傍にいる可憐に伝え、5人は分散し波動のように身の危険を知らせていく。
「…なんて殺気…!このままでは皆が危険だわ!」
桜達のように、訓練されている者にはある程度の気配に気がつき、身を守る為に意識し緊張する。しかしそれはあくまでも訓練をある程度受けている場合だ。
強い殺気に触れると、人は気がついていなくても体は無意識に筋肉を収縮させ緊張はする。だが危険を本人が自覚しなければ緊張を緩めることができない。勘が鋭い人なら蕁麻疹や予感、汗や寒気を襲い自覚する場合もあるが、一般市民は目で見て、初めてその身に危険が近づいていることが分かる。
知らずに身を緊張させ続ければ、体力が奪われていき、身体機能に誤差を起し呼吸困難を起し始める。
息を切らしながらも周りに身の危険を知らせ、ここから離れるよう指示を伝えてゆく。
「桜ちゃん!ここら一帯の人々には隠し通路に避難するよう指示はしといたよ!」
一番速く戻ってきたのは寝子だった。
周りに避難誘導を行いながら寝子による状況報告に耳を通す。近辺の住民に身を隠すよう指示に、寝子は隠し通路の案にでたようだ。
寝子は隠し通路がある方角に人差し指を向け、場所を視差する。
「隠し通路ですか?では皆にも」
寝子が指差す方角には、入り口に比べ小さいものの確かに穴が存在している。
「大丈夫!何かあったら隠し通路に移動するように言われているから!だから桜ちゃんもこっちに!」
コクリと頷き、寝子の後についていく。取り残された者が居ないか注意深く辺りに目を通すと、ある人影が目に映りこんだ。
「…優さん!!」
そこには隠し通路とは反対方向に立つ二人の影。
そこには魔王に対峙するように剣を構えた優の姿があった。
しかし優は大量の汗を流し、荒い息を立てていた。
「二人を何とかしないと…ッ!!」
魔王が放った塊を避けきれずに受ける、血を流す優の姿に、桜は慌てて優の元に駆けつけようとした。
しかしその行動を、寝子はしがみ付いて制した。
「寝子…!離して!」
「落ち着いて桜ちゃん!!」
「でも…このままでは優さんが!!」
ッパン!!
っと、頬に鋭い痛みが走った。
ゆっくりと振り向き、寝子を見る。
それに、すぐに頬を叩かれたことを理解した。
真っ白になった頭に入り込んだのは、寝子の姿だった。
「寝…子…?」
「少しは…落ち着いた?」
それにコクリと小さく頷く。
落ち着きを取り戻した様子に、寝子はニコリと笑みを作った。
「桜ちゃん…いいたことは分かる、でもね…悔しいけど、私達じゃ行っても足手まといで、かえって邪魔になるだけだよ」
それに、私は悔しさで歯噛みをした。
この殺気では、近づくだけでまともに動くこともままならないと、自分でも自覚はしていた。
「私達にはここにいる人々を安全な場所まで誘導し守る義務がある、だから私達は私達でできることをするの…それに、私達が優さんに加勢する必要は無いみだいだしね」
寝子は優の方に顔を向ける、優が突然叫び出すと、優の足元から風が巻き起こった。
その風は優を取り囲み、飲み込むかのようにして渦を巻く。
「ッ優さん?!」
苦しみ出した途端に、突如溢れ出た風…術者に猛威を振るっている
_まさか…力の暴走?!
「…大丈夫だよ桜ちゃん」
それに、寝子は静かに言った。
その意味が理解できず、寝子に顔を向ける。
「大丈夫って…?なんでそんなこと…」
「私にも分からない…でも、そんな気がするの」
寝子はフフっと笑い、風に飲み込まれている優を見る。
まるで、その後がどうなるか分かっているかのように。
「寝子…貴方もしかして…」
「…ほら、桜ちゃん、優さんだけでも大丈夫みたいだよ」
今まで荒れ狂う風の並は、一瞬にして虚空に消え去っていた。
優の前に風が集まりだすと、その風が透明な剣の形となって姿を現す。
「あれが…優さんの力…」
風で作られたその剣は、存在せず目には見えないけど、風が渦を巻き場所が分かる。
色や形は分からないけど、それは透明な剣として存在している。
その剣は、
何色にでも染まり、
何色にも染まることはない。
優がその剣を掴む姿は、
まるで世界そのものを掴んだように見えた。