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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
36/112

封印の崩壊

 決意を胸に固めた優は、上の浮かぶ球体を止めるため強大な力を迷わずに放出させる。四季による魔法の手助けにより、力を引き出すのは今までの感覚を探れば容易に出来た。



 地面が震える。強大な力を放出させるその覇気に、魔王はたじろぐどころか口を大きく裂いて反応を示す。



「あはは、怖い怖い~」



 先に動きを見せたのは魔王だった。ケタケタと笑い、上に掲げた手を下に向けて勢い良く降ろす。それに伴い上に浮かぶ魔力の塊は優に向けて動き出だした。



 ---ズズズズズズ



 全てを飲み込むような圧倒的威圧が押し寄せる。速度は大して速くなくどちらかと言えば遅い。時速でも1、2キロも出てはいないだろう。避けようと思えば簡単に避けられる速度でもある。そう、走らなくても多分避けられてしまうのだ。



 膨大な魔力の塊が近づくにつれてその大きさを再認識する。それは想像以上に並ならぬ威力を発揮するだろう。ただ優は納得のいかない顔で魔王の顔を伺っていた。



 敵に対して放つ魔法にしてはいくら何でも遅すぎていた。いくら強大な力を秘めていても、当たらなければ意味が無いのだ。しかし肝心の魔王といえば追撃をするどころか、笑みで口元を裂くだけで動く気配が無い。どう優が行動を移すのか見物するつもりのようだ。



 徐々に、だが確実に近づく球体に視線を戻す。速度が急激に増したり、倍化するという変化は見られない。特に厄介なのは爆発するという可能性だ。身構えてどう対処するか思考を巡らす。



 ---ッズ



 と、考えが及ぶよりも先に、人間の数十倍もの大きさを持つ球体が、立ち並ぶ建物で一際目立つ5、6階はある高い一軒家いっけんやに触れる。その瞬間に変化が起こった。



 ッゴシャァァァァァァァ



 建物が歪んだ。そう認識した直後に一軒家が一気に瓦礫となって崩壊する。一軒家は崩れ落ちるのではなく、球体に近い部分から吸い込まれるように砕け、球体の中に吸い込まれていく。その光景に優はハッとなりその球体の持つ能力に気がついた。



(…触れたもの全てを吸い込むのか!)



 爆発という危険性は取り除かれる。しかし触れた物を吸い込むという特異な能力は、また別の脅威が火の粉となって降りかかる。


  

 一部の空間の重力を意のままに操り、重圧の増加又は引力を操作し、通称≪重力操作グラビティコントロール≫と呼ばれている。



 魔王の持つ得意の能力。放つ球体は魔王の手によって引力として変換させられている。それは触れた物質全てを飲み込む、小規模の擬似ブラックホールといったところだろうか。



 もしも人の身が迂闊に触れでもすれば、四肢ししを一瞬でがれ全身を飲み込まれてしまうだろう。下手に対処を試みず、その場から一早く逃げる手立てが善処だとされる。が、優は辺りに視線を巡らして苦い表情になる。



 優は球体を睨みつけて力をその手に宿す。避けずに球体を叩くという方法が無難だと判断したためだ。それは地上では無く地下に立っているという原因が特に大きい。



 岩で囲まれたこの洞窟では逃げ道が絞られる。通路は一つとは限りはしないが、球体の秘める能力は吸引。地盤に球体が触れれば即座に削られていき、次第に地盤じばんが崩れ、最悪の場合崩壊が生じる。



 そして忘れてはいけないのは球体の能力が吸引ということだ。飲み込まれた物質が彼方へ消えるとは限らない。球体の中に制限があれば当然限界を迎える。そうなれば吸い込まれた物質はどうなるか。圧縮して極限まで溜まり、一定量を越えると暴発。周囲に破壊を撒き散らす。



「初っ端から随分と厄介なモンを出すなお前…」



 こめかみを衝動的に押さえ、魔王の作り出した球体にため息を漏らす。引力を放つそれは球体。どの位置も同じ引力を持っているとすれば、その源を発しているコアが中心に存在すると考えられる。しかし、内側を覆い隠している魔力と闇は、触れる直前には体が飲み込まれてしまっている。



(どうする、消せるか試してみるか?)



 考えるよりは行動で移せばいい。鋭い視線を球体に向ける。



 そして≪想像イメージ≫する。




 ---消えろ




 球体が忽然とこの場から消える≪想像イメージ≫。



(っく!?な、何だ今の)



 しかし異変が訪れたのは優自身だった。ぐにゃりと視界が歪んだ錯覚を覚える。足元をふらつかせるが、転倒せずに踏み止まる。僅かに額から汗が滲み出ていた。



(……駄目か)



 視界に入る物体に微かに表情を曇らす。球体は優を嘲笑うようにその場に漂っていた。視界が歪んだ瞬間、一瞬だがッバチンと弾かれるような感覚を覚えている。



(やはり万能なこの能力にも何かしらの制限があるか。今の酔ったような感覚は、球体を消そうとした≪危険性リスク≫か?しかし球体が消えていないところを見ると……失敗に終わったってことか)



 『もしかしたら』という希望を持っていたが、そこまで万能ではないようだ。優も何となくそこは予想が出来ていた。強力な力になればそれだけ≪危険性リスク≫が生じるのは魔法のことわり。今まで≪危険性リスク≫が生じていない事態が不思議だったのだ。



 もう一度≪想像イメージ≫を膨らまして消そうと試みるが、又もッバチンと弾かれた感覚の後に、並の渦に飲み込まれる感覚が襲う。やはりただの失敗では無いのかと再認識する。



 己の持つ力の確かな制限に優は少し肩を落とす。消せない以上、力技で打ち消すしか手立ては無い。


 

 下手な刺激を与えれば、球体に飲み込まれてしまい、より強力な力を与えて肥えさせてしまう。これでは八方塞はっぽうふさがりで成すすべが存在しない。 



(……いや、まだあるか)



 その考えをすぐさま否定する。そして手に込めた力をさらに込めていく。不安定に揺れていたはずの力が、優の意思に呼応して波打ったような気がした。



 手に熱が込み上げる。優は目をッカ!と見開き、手に持つ剣を腰を屈め矢のようにして球体に向けて穿うがった。それは、白木が放っていた先手の一撃と似ている。




 白木相馬。その場にいた一人が彼の名をそう呼んでいた。魔王に手を出し、それに怒りを露にした優が殴り飛ばした人物。


 白木が優と剣を交える直前、初手に放たれた矢は壁を紙のように貫通する驚異的な威力と速度を誇っていた。それを応用に≪想像イメージ≫して再現する。




 直接的な干渉が駄目なら、己の力を実在する物体に注ぎ込み、それをぶつければいいという考えだ。



 その考えは見事に的中した。力を注ぎ込まれ音速を越える矢と化した剣は球体の魔力と闇に衝突して瀬切り合う。強力な豪を成して穿うがたれた剣は、魔力を凄まじい勢いで消し飛ばしていく。



(……やったか)



 だがそんな考えはすぐに打ち消された。急に球体が膨張し、闇が魔力の補いとして瞬時に盾となったのだ。まるで意思を持つかのように、一点に闇を集中させて防御に徹している。



 ピタリと剣から放出される力が止まる。剣に宿る力の方が先に限界に達していた。勢いの衰えた剣は引力に逆らえずに飲み込まれていく。消し飛ばすまでには到らなかった。それでも表面の一部かは消し飛ばし、球体の一部が欠けていた。



 即座に地面を蹴り、追撃をかまそうと手に力を込める。



「っくそ!やっぱりそう簡単にはいかねえか!」



 ---ッズズズズズ



 足を止め、その光景に優は舌打ちを鳴らす。



 それも一時的でしかなった。球体の均衡きんこうが乱れ、ぐにゃりと歪み自然崩壊しかけていた魔力を、やみが補うように集まり元の球体へと形を戻していく。



 脅威の再生能力を兼ね備えている。魔王はたじろきもせず、ただジッと細く笑んでいた。それを実現させているのは新たに備わった闇の力。魔王の持つ能力を格段に高上させている。



 手に力を宿す。もう一度穿うがつ為、即座に剣を手持ちに戻そうと手前に剣がある≪想像イメージ≫する。




 …………………………?




 無反応。それに思わず頭の中が真っ白になる。力は反応を示してはいなかった。そんなはずは無いともう一度≪想像イメージ≫する。しかし手答えが無い。≪想像イメージ≫しても力が全くの反応を示さないのだ。



 時が止まった気がした。位置を特定すれば、大抵の物は呼び戻せていた。そして今回も呼び戻せると踏んでいたが、剣が手元に戻ってくる気配が感じられない。



「……剣が戻ってこない?」



 突然の異常事態。力は機能しているにも関わらず、剣が手前に戻ってくることがない。

 


(……球体を消そうとした時の≪危険性リスク≫か?それともこの現象とあの闇には何か関係性があるのか?)



 身を硬くし、動きを止める優に魔王は高笑いを上げる。ゲラゲラと笑いながら、魔王は口を大きく裂いて笑みを浮かべる。



「あはははは!もぉう遊びはおわリィ?」

「……いや、まだだ」



 もう一度、それも次は極限まで集中を高め、強く剣を手元に置く≪想像イメージ≫を展開させる。



「っ!」



 それに不安定に揺れる力がグラリと大きく波打った。ビシリと体の奥で音が鳴ると、優の体にめぐる力が急激に増し出す。初手の一手で、優の力はもう既に封印が壊れ解け掛けていた。しかし今ここで引く訳にはいかないと、歯軋りを鳴らして踏ん張る。




 _強行手段だ。




 尚も戻らない剣に、優は一つの手段に出た。地面を全力で蹴飛けとばす。すると優の体が跳躍ちょうやくし弾丸のごとき速度で球体に向かう。

 


 そこで魔王の表情に変化を見せた。優の行動はただの自殺行為だと瞳に映ったからだ。右腕に全部の力を集中させた優は、こぶしを力強くにぎるとそのまま球体を殴りつける。


  

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」




 ッゴバァァン!!!



 ビリビリと空気が震えた。強烈な衝撃が余波となって辺りに散らばる。殴りつけた部分が大きく抉れ、魔力と闇を吹き飛ばしている。球体は強力な一撃に耐え切れず、ビシリと亀裂を立てた。



 それに闇が即座に修復を開始する。しかし優はそれを許さず、球体の中心に乗り込む。それに四季は声を上げた。



「っ!一体何してるの!?飲み込まれるわよ!!」



 ---ッズ



 雑菌の駆除を行おうと即座に闇が集まり始める。修復に力が持っていかれているのか、引力が弱まり四肢ががれることは無い。しかし引力に足が動かせず身動きを奪われ、避けるおろか逃げることさえ許されない。著しい速度で優の身体に纏わりつき侵食していく。



 四季は優が徐々に闇に食われていく光景に、もう駄目だと目を瞑る。しかし優というと、獰猛どうもうな笑みをその顔に浮かべていた。ギチリと音を鳴らし、拳に力を込める。



 それに闇は一瞬怯えたように、動きがピタリと止んだように思えた。



「積極的なのは嬉しいが、俺にはもう鬱陶しいと思うくらいの先客が居てね。悪いがご退場願いたい!!」




 ッゴン!!



 拳を闇に向けて振り下ろす。闇は塵のように霧散する。優の拳は止まることを知らず、球体に纏わりつく魔力を著しい速度で消し飛ばす。



 ッボ! 



 優の拳がコアに行き届いた瞬間に爆音が鳴り響いた。同時にコアにビシリと音を立て、致命的なヒビが生じる。



 魔力と闇で構成された球体は、ピタリと動きを停止させてサラサラと溶けるように霧散していった。足に掛っていた拘束が解かれ、取り巻く闇までもが力を失い消えてゆく、どちらもみなもとであるコアが存在しなければ機能しないようだ。



 よく出来た魔法だと関心する。飲み込まれた剣を見つけ出だし、優は剣を引き抜き飛び降りる。



「っぐ…」



 直前に浮かべていたような余裕の笑みは見られなかった。砕け落ちる球体から降りると、優は剣を下に突き、地面に膝を突いて前かがみの姿勢になった。



 荒い息を立て滝のように汗を流す。強い力を引き出により力の強さが一層が増えるが、一方反動で押さえが利かなくなり、それは重しとなって体に圧し掛かっている。



(…っはあ…はあ…きついなこりゃ……)



 立ち上がろうにも、重心の軸がブレ安定しない。何もせずとも、何処から溢れ出る力に体力を奪われていく。ポタリポタリと頬を伝って汗を流す優の姿に、魔王は静かに口を開いた。




「……それで、もう『遊び』は終わりなの?」




 魔王の声に反応し顔を上げる、それに優は苦い笑みを返した。魔王は顔色一つ変えずに次なる一手を作り上げている。目の前には優が破壊したはずの≪グラビティ≫が、魔王の周りには数え切れない数の小型となった≪グラビティ≫が空気中を漂っている。



「魔王さん…冗談きついぜ…ほんと」



 一つの球体の多きさは最初とは違い大きくはない。子供が遊ぶ時に使われるサッカーボールくらいの大きさだ。しかし一つ一つからビリビリと肌で感じられる魔力。見た目とは裏腹に驚異的な威力を含むと考えられた。



 小さくなった分威力が下っているが、小さくなれば当然速度が上がるだろう。もし一斉にグラビティの粒が雨のように降り注げば、避けきれる可能性が極めて低い。


 

 優と同様に魔王も不完全ではあるものの、魔王はそれに加え闇を所持し、闇を食らうことで修復能力を持っている。圧倒的な≪危険性リスク≫を負っている優に対し、今の魔王は闇によってハンデ無しの状態になっている。正直勝つ勝算は、それこそ限りなくゼロに等しい。



 そんな状況に置いても、優は歯を食いしばって立ち上がる。それでも諦める訳にはいかないのだ。



(考えろ…俺の力は何だ?)



 すぐに≪想像イメージ≫を開始する。しかし今までとは考えが異なっている。力を体中に巡らせ、実在した物質を呼ぶ為に意識を集中する。…………のではない。




 それは自らの剣となり盾となる新しい剣の≪想像イメージ≫。




(……≪想像イメージ≫しろ。全てを切り裂く全能な剣。守れる者を守るそれこそ魔法のような盾。力を欲しろ。強く集中しろ!!)



 そんな剣が実在しているのかも分からない。所詮はただの空想だ。しかしその空想を実現させようと、優は強く、何度も何度も≪想像イメージ≫を重ねてゆく。が、途中にモヤのようなものが掛り、力の軸が乱れ想像した武器が霧散しては消える。




(……くそ!駄目なのか?俺にはそんな力は無いのか!?)




 これは桜が言っていた創生である禁術に部類する。しかし成功もままならずッバチンと弾けてはまた≪想像イメージ≫を起こし、またッバチンと弾け飛ぶ音を鳴らす。



 いくら規格外なデタラメな力を持とうとも、どれだけ力を込めようとも。存在しない物質を作り出すことはやはり不可能だと、それに奥歯をギリリとかみ締める。



 ッゴ



 と、思考に意識を向けている最中、魔王は一つの≪グラビティ≫の粒を優に向けて飛ばした。それに反応が少し遅れた。直撃は避けたものの、横腹に当たり、勢いで後ろへと体は吹き飛ばされる。建物に打ち付けられ肺にある空気を吐き出した。



「っかは!!」

「優さん!」


 

 四季の悲鳴にも似た声。アバラの骨が軋み、メリメリと食い込むそれは引力ではなく重力。それだけではない。闇が這いより体を犯し蝕んでゆく。



 ≪グラビティ≫を即座に掴むと、力を使い強引に吹き飛ばす。立ち上がろうとするものの、圧し掛かる疲労にガクガクと足が振るえ、一歩も足が動かせない。



 その隙を見逃すはずが無かった。魔王は即座に追撃を開始し、いつくものグラビティの粒を優に向けて飛ばす。直撃を食らった際に剣を落とし、覚束ない足では避けることさえ間に合わない。

 


(…全部…消し飛ばす!)



 ッグと力を込め、向かってくる3つの≪グラビティ≫を殴る。ッボボン!と2連続にして吹き飛ばされた。しかし1つだけ破壊するのに失敗し、右肩に直撃する。反動で地面を何度もバウンドして転がる。



「っご…ぉ…」



 全身の到る箇所にアザや掠り傷を負い、頭皮を浅く切って血を流す。脳が少し揺れたのか、視界がぐらぐらと揺れる。それだけで終わりではない。魔王から更なる追撃が放たれた。その数は5発。



「…まだ、まだだぁぁ!!」



 声を張り上げ立ち上がると、剣を目の前に出現させ次なる追撃に備え力を込め、今度は5発全てを吹き飛ばすことに成功する。



(このまま押し切る!!)



 勢いに身を任せ、魔王の元に駆け寄る。魔王はそれに身構えるが、次なる手を出させまいと力を使おうとした---そのときだった。




 _ッバキリ




 無理な力の連発に耐え切れず、何かが壊れた音がした。




「っ…あ、あ…ぐ…あああああぁぁぁぁ!?」




 力が急激に上昇した。際限なく溢れ出す力。全身に熱が帯びたと感じた瞬間、それは体に燃えるような灼熱の痛みとなって優に襲い掛った。



 封印が解け放出された力は、抑えられていた力が余りにも強大過ぎるが故に、優の身体が抑えきれず全身に巡る力が暴走を始める。



「まさか封印が?!」



 尋常ではない優の悶える姿を見た四季は、即座に優に駆け寄る。しかし優の力の暴走はそれで終わりではなかった。突然強い突風が起こり出し、四季を後ろに吹き飛ばす。



「な、何!?」



 突然の突風に受身が取れず、四季はその場に倒れ込む。何が起こったのか、咄嗟に優の方向に顔を向ける。そこには優の足元から円を描くようにして風が渦を巻く姿があった。



「なんて力…!これだけの量を放出していても尚、枯渇しないで放出を続けているというの?」



 優を中心に巻き起きる風。その全てが優の持つ本当の力。通常の人が放出すれば、一瞬で枯渇してもおかしくない量を放っている。


 

 荒れ狂う風に身体が持っていかれそうになる。何とかその場で踏み止まるも一歩も足を動かせず、四季はその場で踏み止まるだけで精一杯な状態に陥っていた。



「っく!近寄れない!……収まり…なさい!!」



 優の暴走を止めるべく、四季は一度優の意識を失わせようと魔法の詠唱を始める。しかし、詠唱が終わっても魔法が発動を拒絶した。



「な…何で魔法が…」



 すぐさま再詠唱し、魔法を再構築する。が、作り上げられる陣はすぐに霧散し、発動する前に魔法のみなもとのコアが破壊されてしまう。それに四季は目を見開いて驚愕の表情を浮かべる。



「……なんて力……溢れ出る力だけで…構築される魔法の陣をかき消してしまうというの?」

「あは…あはははははは!すっご~い!」



 その風は辺りにも撒き散らし、四季の魔法だけでなく、魔王の周りに浮かぶ≪グラビティ≫の全てを巻き込んで消していく。



 ≪グラビティ≫が消えてしまい、四季と同様に力が使えない魔王は無防備に笑っている。今なら容易に近づける程に。しかし優はそれに身動きが取れずにいた。





 暴風のように荒れ狂う風は、中心にいる優の身に火の粉として襲い掛かり、上手く呼吸ができず酸欠状態に陥いる。



「……っかは!!」



 酸素が脳に十分に行き渡らず、意識が朦朧もうろうとし始める中、歯を食いしばり意識が持っていかれないよう抵抗する。



(…冗談じゃ…ない!…これじゃここを救うどころか…守ると決めた、魔王さえ守れていないじゃないか!!)



 瞳に闘志を燃やし、諦らめずギチリと強く食いしばる。それによって口に血が溢れ出す。全身に伝わる激痛にすればチクリとした痛み。我を失わないようギリギリと奥歯を噛み締め、そして≪想像イメージ≫する。




 しかしそれは、自分に、力に語りかけるように。




(何でもいい…答えてくれ!俺に全てを守れる程に力が無いことくらいは分かっている!…だけど、もしも守れるというのなら、守りたいと思った者全てをこの手で守れるなら!俺はその全てを守りたい!!だから……)




 荒れ狂う力に抗い、優は天を仰いで叫ぶ。









「俺に力を貸してくれ!!!」









 ---ドクン




 その思いに答えるかのように、荒れ狂う力が脈を打つ。次第にその鼓動の数が増す。それはまるで心臓のように。



 …………!!



 変化はすぐに起こり始めた。途端に力の暴走が止み、全身を襲う強烈だった痛みが瞬時にして引いていく。



「これは…一体」


 

 嘘のように全身を襲っていた痛みが消え、その現象に思わず辺りを見回す。すると空中の一部だけが不自然に揺らいでいることに気がつく。



「…………え?」



 不規則に揺らいでいた正体は、渦を巻いた風。それらが生き物のように動き出し、一つに集まり始めた。収縮された風は優の目の前でユラユラと揺れ、薄っすらと透明な形でできたそれは常に風の渦を帯て優の目の前で留まる。



 酸素が吸える状態になっているにも関わらず、優は息を吸うことも忘れたまま、それを見つめて呟く。





「…………剣?」





 目に前に現れたそれは、目に見えない。透き通る透明な風の剣だった。




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