底の闇と光
九沙汰に突き落とされてすぐの出来事のこと。
魔王を落とさないよう強く抱きかかえ、片手で剣を崖に突き立てようとする。
「っちぃ!」
だが上手く突き刺さらず、甲高い音を立てて弾かれてしまう。
何度も試してみるが、結果は同じに終わった。
肝心の魔王は脂汗が額に滲み出て、呼吸が荒く、とても魔法が使える状態ではない。
底は相当深く、光りが見えなくなっても二人は落ち続けていた。
「このままじゃ…俺と魔王共々地面に直撃しちまう!」
地面に直撃する前に、一か八かで残っている力を振り絞り転移を試みる。
「っく!」
しかし、いつ地面に直撃するか分からない恐怖、焦り、憤怒、様々な感情が優の集中力を妨げ、まともにイメージが出来上がらない。
「落ち着け!落ち着け!!」
焦る気持ちを抑え、感情を殺そうとすればするほど、魔王を抱きかかえている感覚が強く伝わり、安堵と同時に焦りは強くなっていく。
「っ!駄目か…!これだけの力じゃ転移するのはできない…これまでなのか?…」
なすすべもなく、優は死を覚悟する。
だがその瞬間、優の胸が強く光りだし、一瞬で優の周りを光りが照らし出した。
「これは…?」
取り出してみると、それは桜から渡されていたペンダントだった。
発せられる光りは止むことがなく、光りが強くなっていく。
その光りは魔王と優を囲むように光り、その場で停止した。
「…取りあえずは…今は助かったのか?」
ペンダントが光り出している間は落下することがなく、今の所落ちる心配はないようだ。
「魔王!よく分からないが、今は無事みたいだ!今のうちにどうにか」
「ゴフ!」
「魔王!?」
「ぅ…ぐ…ああああ…!」
魔王が苦しみ出すと同時に、周りが強く光り出す。
だが、光りが強くなっていく分、魔王の顔色が見る見る悪くなっていくのが目に見えて分かる。
「なんで突然魔王が苦しみだして…これか!?」
魔王が苦しみだしたのは、丁度ペンダントが光り出した後。
魔除けの効果を持つペンダントが、魔王に対して反応している。
「このペンダント…魔王の生命力を吸っているのか?!なんで今頃になって!」
このままではペンダントに吸い続けられれば魔王が持たない!
だがどうする?!もし壊してしまえば、また落下が始まってしまう…だがこのままじゃ魔王が!
『優さん!早くそのペンダントを壊して!』
「っ!?」
身を構え咄嗟に後ろを振り向く、だが、当然そこには誰もいるはずがない。
「…幻聴か…?桜の声が聞こえた気が…」
…いや、似ているけど違う…それに声が聞こえてくるはずなんてない。
だが、それでも声は続いて聞こえてくる。
『早く!』
幻聴か幻か、だが今は考えている暇はない。
すぐそこまで地面に近づいているだろう。
選択する余地は一つしかなかった。
「っ桜!ごめん!」
ペンダントを乱暴に持ち上げると、剣で切り裂く。
バキリと音がなり、割れた隙間から妖気が溢れ出した。
「これは…?!」
今までに溜め込まれてきたと思われる妖気が、小さい隙間から留めなく溢れ返り、その妖気が魔王に取り込まれていく。
溢れ出る妖気を取り込んでいくと、魔王の顔色が段々と良くなっていった。
『代々受け継いできた魔除けの具には、様々な魔を払うと共に、その妖気の一部を吸収し、次の魔を払うための力として使うために溜め込まれいた妖気です、妖気は魔族の力の一つ、種類は違えども根源は魔力と同じ、これだけあれば、魔王さんも大分元の力に戻れるはずです』
今起こっている現象についてを説明してくる声が聞こえるが、周りには暗闇だけで姿は相変わらず見えない。
聞こえるかも分からない、姿の見えない相手に優は問いかけた。
「…貴方は誰なんです?桜の声に似ているが違う…俺の名前を知っている?」
返事はすぐに、簡潔に返ってきた。
『今はまだ…、優さんにはやるべきことが残っているはずです』
問いについては答えず、まるで全てを見透かしているかのように問い返してきた。
「俺のやるべきこと…」
今まで荒れ狂っていた感情は自然と和らぎ落ち着きを取り戻していた。
桜との約束を思い出す。
落ちてからそれ程経ってはいないが、長居していれば桜の身に危険が及ぶ可能性がある。
『その光りは魔力を変換させ、力に変えたもの、しばらくの間だけですが、優さんの潜在能力を大きく向上させてくれるはずです』
若干だが、少しずつ力が湧いてくる。
「…ぅ…」
だが、この光りは魔王にとっては有害かもしれない。
顔色はいいものの、周りの光りは魔王を苦しめたものでもある。
今は一安心しているが、完全に安全とはいえない。
「…魔王は大丈夫なのか?」
『大丈夫ですよ、魔王さんに反応していたコアは優さんが壊したので、危険が及ぶことはありません、むしろその逆です、しばらく経てば魔王さんは動けるようになります。…ですから魔王さんのことは私に任せてください、それと、何かあったら魔王の元に送ってください、治癒しますので』
「…分かった、信用した…ってわけじゃないが、一度助けてもらっているからな、…悪いが魔王を宜しく頼む」
『此方こそお願いします、今の貴方は私の…いえ、皆を助ける英雄…勇者なのですから』
その言葉を最後に、二人を包んでいた光の一部が優の元に集まり、一気に体が上昇し始めた。
「え?ちょ、あ…」
魔王から一瞬にして遠ざかっていく。
上昇している最中、小声で、文句にも似た独り言を呟いた。
「…剣…魔王の手元に置いたままなんだけど」