母
「桜、大丈夫か?」
「は、はい…勇さんこそよくご無事で…」
九沙汰は後ずさり、俺から距離をとった。
「なんで…生きている?
いくら風の力を利用する魔法を使ったところで、落ちる風圧に負けて霧散してしまう、それに底は光りがなく暗闇だ、地面を柔らかくしようにも対象が見えなければ意味がないはず…!」」
だが優と桜の立つ位置では後ろに下がることができないため、九沙汰は警戒しつつも距離はさほど空いていない。
「まあ、無事…とまではいかなかったが、まあそれでもこうして生きているってことは確かだろ?」
「…っまあいい!こっちには人質がいるんだ、少しでも下手な真似したらこいつらをころして…っ?
い、いない?!な、ど、どこにいった?!」
さっきまで倒れていたはずの3人が忽然と消えている。
「っえ?」
桜は目を凝らすしもう一度確認する、
3人が消えただけじゃなく、そこにはあるはずの血痕までが消えていた。
「ど、どうして?一体何が…」
「安心しろ、3人はもう魔王の元に預けたから、きっと助かる」
狼狽する桜に、俺はそういうと九沙汰の方に目を向け近づいていく。
桜とは違い、すぐに九沙汰は立て直した。
九沙汰は優に対して構え魔法を詠唱、
それは寝子と同じ魔法だ。
「『邪悪なる魔を撃ち滅ぼさんがため、聖なる炎で敵を焼き滅ぼせ!フレイム!』」
「お前が言うな」
悪い奴が聖なるとか言うか。
しかもちゃんと詠唱できたのか炎出たし。
……それでいいのか、聖なる炎。
九沙汰もの突き出された手の周りに陣が現れ光る、
中心から渦を巻いた炎が唸りを上げ俺に襲い掛かった。
「あ、危ない!」
「効かねえよ!」
渦を巻く炎に拳で殴りつけた。
渦を巻いた炎は冗談のように霧散し飛び散る。
炎が晴れると優が突き出した拳は、炎の中心で光っていた陣を殴りつけていた。
ビキリと音を立て陣が崩れ霧散する。
優が行った芸当は、すぐに理解された。
理解するとともに九沙汰は後づさる。
九沙汰の手元で光り輝いていたはずの陣が消滅する。
「魔法の源を…コアを破壊しただと?!」
「そんな?!」
術者から与えられた力は、詠唱され現れた陣に埋め込まれ放出される。
移動には地面に掘られた陣で、同じ形成されている陣へと移り、術者が直接触れて送り込み続けるのには、送り込んでいる位置に陣が形成され、送り続ける限り持続する。
しかし唱えられ作り出された魔法は、4つの方法で消すことが可能とされていた。
・魔法が常に術者から消費して持続される場合、術者の送る力を中断させる。
・同じ魔法、同じ力かそれ以上の力をぶつける。それによって魔法の源の力を消費させて相殺させる。
・詠唱された魔法に相性の悪い属性をぶつける。
・源である陣を直接破壊すること。
離れた魔法をコントロールすることはできる、
だが、持続するため何処かに必ず陣が存在し、直接破壊することができれば力の源を失った魔法は霧散し消滅する。
しかし、力の源は注ぎ込まれた力で暴発を防ぐために、大半の力が制御に使われ、通常の魔法では放つ力の数百倍は必要とされるといわている。
実技や模擬試験の際、コアを破壊させるには非効率で、
戦闘においては理論上コアの破壊はほぼ不可能とされていた。
「それを…いとも簡単に壊して見せたというの…?」
驚愕に身を固める桜とは裏腹に、優はそれ自体に対し、何事も無かったかのように九沙汰を睨みつけたまま歩みを進めていた。
「っ!!寄ってくるんじゃねえ!!!」
ナイフが投げつけられる。
それに優は詠唱を唱えず、避けようともせずただ無防備に指を鳴らす。
それに風が吹き、森がざわめく。
---パシュン
風を切る音がすると虚空から目の前に突如剣が現れ、その剣を優は掴んでナイフを弾き落としす。そこには今さっきまでどこにも存在していなかったはずの剣が、今は優の手に収まり存在している。
「…あ、ありえない!いくら魔法にも、出来ることと出来ないことがあります!必ず生み出す元がいるのに虚空から作りだすなんて…『創生の力』禁忌とされている禁呪しか……!」
「いや、桜、生み出したんじゃないよ、無から生み出すなんてそれこそ神くらいだ、俺はただ自分の剣を手持ちに持ってきただけだ」
優は剣を桜に良く見えるように上げる、よく見れば何故か所々が欠けていて見るからに創り出したようには見えない。
「落ちる際咄嗟に剣を付き立てようと試して何度も剣を当てて所々がボロボロになっちまってるんだよ」
「そ、それにしたって十分法則を無視しています!移動魔法はそもそも普通の人間が使える代物ではないんですよ?!それに魔法のコアを破壊できるなんて…貴方って一体……!?」
桜はそこまで言うと、口を紡ぐ。
静まかえった森がざわめく。
いつもよりも風が強く吹きあれ、森が強く揺れている。
九沙汰はざわめく森の音に紛れ話し始めた。
「やっぱり…そうか、
ここから随分と離れた場所で指名手配されていたから、まさかこんなところにいるはずがないと思っていたが…お前、指名手配中の勇者だな?」
・…・…・…・…・
『指名手配』と九沙汰がいったその言葉に、桜に強い衝撃が走り抜ける錯覚に捕らわれた。
ハッキリとしていなかった、
曖昧な記憶の、欠けていたパーツが繋がる。
何かを思い出すかのように桜は優を見つめた。
「…勇さんが…指名手配?」
それに呼応するように突然脳の奥でカチリと音がなり、桜の失われた記憶が蘇り始めた。
母親と最後に話した思い出が再生されていく。
5年前、父の手伝いで家を出る前に母と最後に話した言葉。
『貴方にいつか、きっと素晴しい人と巡り会える、だけとその人は深い事情を持っていて、周りから追われる身になってしまっているの』
「追われる身…」
徐々に欠けた断片がハッキリと分かるようになっていく。
『貴方は長い間忘れてしまうけれど、もし出会えたのならきっと思い出せる』
『母さんは、突然何を言っているの?また未来が見えたの?』
『今はまだ…わからなくていいのよ、いつかきっと、この意味がわかる時がくるわ……だから、もし運命の人と巡り会えた時、その首に掛けているペンダントを貸してあげて。きっとその人の役に立つはずだから……約束できる?』
『うん、わかった!約束する!』
『いい子ね、うりゃうりゃ~!』
『ちょ、ママ!髪をぐちゃぐちゃにしないでよ~!』
『ふふ、じゃあ…私はこれからちょっと用があるから、少しだけの間出かけてくるね』
『む~…いってらっしゃい!』
『うん、いってきます、じゃあね……桜』
その言葉を最後に映像が終わる。
それに桜は口を開いた。
「…なんだ、覚えてなくてもちゃんと渡せているじゃない」
目の前で、自分のために立ちふさがっているその人物を見る。
「…母さんの言うとおり、この人はきっと……ううん、私の運命の人に巡り会うことできたよ……」
桜はそういうと、静かに優の後姿を見つめた。