イグベールの問題
「…一つだけ、お聞きしてもいいでしょうか?黒辺さん、真御有さん」
山を見上げたあと、
ゆっくりと振り向いた目には疑念疑惑が漂っている。
「俺達は別に…っ」
「動かないで」
変に誤解を招いてしまった、
咄嗟に弁解をしようとするも首筋にナイフを突きつけられる、
後ろからは魔王の悲鳴が聞こえた。
「わかったわかったよ…」
しょうがなく両手を上に挙げて参ったのポーズをする、
後ろを振り返って見れば、ドアから入ってきた男に魔王が取り押さえていた。
「それで、何が聞きたいんですか?桜さん」
「貴方達がどうやってあの山を通ってこれたのかを聞きたいの、答えてくれますね?」
喉元にチクリと痛みが走る。
「え、えっと…どうやってって言われても…」
どう説明すればいいのか分からず、自然と目が泳ぐ。
「惚けないでください!あの山を通ったのなら、寝込むだけなんて…その程度なわけありません!」
いやいやいや!
見た目は殆ど無傷に見えるかもしれない、
だけど中身はまだ完全に直ってないからむちゃくちゃ重症だよ?
第一今脚がむちゃくちゃ痛いし!
喉元に剣付きたてられて動けないこの体勢もんすごいきついんだよ?
ベッドに座るか横になってなきゃいけない病人だよ?
…なんて知る由もないか…。
「あー…なんていうか…その、
別に山と間違えちゃったんですよ~あは、あ、あはははは…ぅ」
剣先が少し強く押し付けられる、
あと少しで薄皮が切れるレベルだ。
…駄目だ、誤魔化せられない!
だがどうする?
この状況だ…下手に暴れれば騎士が集まってくる、
それは駄目だ!
だからといって事情を話すか?いや!それはもっと駄目だ…。
「…いつまで黙り込んでいるのですか!」
そういわれても説明しようが無い以上黙り込むしかない。
「…わかりました、これ以上貴方達に裂いていられる時間はありません、九沙汰さん」
「はい」
九沙汰と呼ばれた男が返事をする。歳は見た目で40代後半だろうか。鬚を蓄えて砂ぼこりの服を着ている。茶色くくすみ、布が伸びきっていて、長い間着ていたと思われる。そのせいか結構老けて見えた。
ドアを開け放ち入ってきた際に他の人等も入ってきていたが、返事をしたのは最初に入ってきた男だった。
さっきまで泣いていたが、今ではもう泣き止んでいている。
…立ち直り速いなこの人。
「この二人を縄で縛って、地下にある牢屋に入れて置いてもらえますか?」
「わかりました」
九沙汰と呼ばれた男が縄を探しに部屋を出る、
それを見た桜は部屋にいた他の人にも指示を出し始めた。
「麗は剣を倉庫から持って来て!
佐紀、貴方は治療に必要そうなものを粗方集めて!
寝子は地図!それと食料もお願い!」
他の人等にも指示を出し始める。
それにより場が一気に忙しく動き始める。
「大人しくしてろよ」
九沙汰が手に持っている縄で俺と魔王を縄で縛る。
完治していない腕を縄で締め上げられギリギリと痛みだした。
ぐぉおおおおおおおおお…痛い痛い痛い!!!
「…ッ!!ま、待て…俺は腕と脚に怪我を負っていて…もう少し優しくしてもらえると助かるっ!」
「っはあ?!そんな嘘に誰が騙されるか!」
水に油を注いでしまったかのようだ、
脚で押さえつけられながら強く縄で締め上げられた。
気絶しそうでできない絶妙な痛みが襲う。
「~ぁぇ…~ぉ…~ッ!!!」
痛いやばいまじ痛い!痛いって!!
これ以上強く締め上げられると折角くっ付けた腕が捥げるッ!!!
「それから九沙汰さん、念のためにこの人達の監視をお願いできますか」
「え、い、いやしかし!」
桜の指示に九沙汰が驚きのあまりに優を縛り上げていた縄を手放す。
「この人達はまだ素性が分かっていません、
万が一の為にも見張っていてください、お願いします」
「ですが!」
「九沙汰さん!!!」
桜は声を荒げた、
その大声に、周りにいた全員の動きがピタリと止まる、
全員の目が桜に集中した。
…今のうちに。
目線が桜に集中している隙に手の関節を外して縄を緩める、
いつでも困ったときには解いて逃げれるようにした。
どうもこの様子からして、桜さんはこの村では偉い人なのだろう。
それに…この村は随分と訳ありの予感がする…。
「……分かりました…」
しばらく九沙汰は黙り込んでいたが、承諾した。
「…ありがとうございます」
「…では、この者達を牢屋に連れて行きます」
さてどうするか、
この九沙汰って人を捕まえて人質にするか?
それともこのまま捕まった不利をしてこっそり抜け出すか、
…だが次の町から十日ということは、食料はこっそり持ってって問題ないとしても…多分今のこの体では持たないだろう。
「お願いします…、では皆さん、急いで続きを始めましょう!」
---?いや待て?何か…
何かいい案がないか集中していると、遠くからこちらに向かってくる気配を感じ取った。
---ッ何かが飛んで…?
窓側の方面、
南から何かがこちらに向かって飛んできている、
それも結構速い。
…これは…殺気?!
「魔王!」
「分かってる!」
緩めておいた縄を急いで解く、
すかさず窓から飛んでくる物に身構えた。
「っな?!お前どうやって縄を解いた!」
九沙汰が俺を取り押さえようとする、
だが今は緊急事態のため下手に構っている余裕がなく、しょうがなく蹴りを食らわして後ろに飛ばした。
「あとで説明するから後ろに下がってろ!」
直前まで迫ってきた物体が、予想よりも一回りでかい。
---ッ!?
窓や壁、
天井を壊して巨大な物体が、勢いを衰えさせずに突っ込んでくる。
もしこのまま衝突すれば、何人か死ぬ危険性がある。
「やらせるか…よ!!!」
剣で受けるも、力に押され中々勢いが止まらない。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「やああああああああああああああああああああ!!!」
脚で踏ん張り、
腕に力を込める、
無理をしたため完治していない脚と腕が悲鳴を上げ血が流れ始めた。
だが踏ん張り続けないと後ろにいる人達が危ういため、緩めることができない。
「ま、魔王!どうしたらいいんだこれ!!」
「…上に!上に弾き飛ばす!上に流して!」
「りょ…うかいっ!!」
力を込めて一気に上に弾き飛ばす、
飛んできた物体は上に向かっていき、屋根を突き抜けてどこかに飛んでいった。
飛んできた物体によって壁と天井に大穴が空き、
近くに置いてあったベッドや棚は粉々に粉砕されてしまっている。
「一体全体なんであんなものが…」
「優くん、もしかしてもうここにいるのがばれたんじゃ…」
追ってか何かに見つかって、この部屋に攻撃を仕掛けたのなら合点がいくが…
「それはないはずだ…あの国からは随分と離れている、それにここにくるのに最低十日なら尚更だ、俺達はまだ着てからそれ程経っていない」
すなわちここで起こっている出来事はこの村の問題だ。
「じゃあ、私達が指名手配者だということがばれて…」
「それもないと思う、
今だって素性がここにいる人達にばれていないし、
まずこの部屋から全く出歩いていないからな…っツ」
無理をして塞いだ傷が広がり痛みが走る。
実際に、あの物体に俺はさほどの脅威は感じていない。
力を失っている状態でも、勇者に向けた特訓を2年間こなした俺は並の戦士より断然強く、万全の状態であれば一人で弾き返すことができた。
「大丈夫…?」
「ああ、でも…今の状態じゃあ…ちときついな」
「あ、え、えっと…その…」
後ろを振り返ると、桜さんは腰を抜かしていた、
体を小刻みに震わせている、
まるで俺を怯えているようだ。
これでは命の危険に腰を抜かして怯えているのか、
それとも俺に怯えているのかわからない。
「あ、貴方達は…一体…」
この小さな隔離されてしまった村では、俺は一般の人よりも何倍も凄く見えていたのだろう。
その証拠に、桜さんの開いた口が全然塞がらない。
同じく気絶した人も、
気絶していないで俺を見ている人も、
殆どの人の口が塞がっていない。
「教えてください!貴方達は一体何者なんですか?!」
桜さんから俺と魔王は一体何者なのかと問いただされる。
今の俺がその問いに答えられるのは、唯一つ。
初めから決まりきっている。
引き締まっていた顔を歪め、痛みで半泣きになっていう。
「腕と脚がむちゃくちゃ痛いんで、あとにしてもらえます?」