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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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勇者の些細な悩み



 グシャリ



 静寂に包まれた部屋の中で、書いていた手紙を力の限り握り潰した音が鳴った。



 握り潰した紙を綺麗に丸めては何処か適当に放り投げるを繰り返す。そのせいで床にはいくつもの丸められた紙が床に散乱していた。



「ダメだ…一体どう書けばいいんだ…」



 ため息交じりにぼやいた俺はやるせない気持ちで頭をぐしゃぐしゃと掻く。



 折角生活が安定してきた事で日々に時間の余裕が生まれて落ち着いてきたのだから手紙を送ろう。



 そう考えたのは良かったが、さあでは実行だと意気込んでも何も考えてなかった。



「…なんて内容で書くか。いい案がどうしても思い浮かばない…家を飛び出してから数年音沙汰なかったくせに、いきなりいっちょ前に手紙なんて…我ながら生意気にも程があるもんなあ」



 後ろめたい気持ちが少しある。適当な理由のこじ付けで今まで何もしてこなかった。



「はぁああああああああ」



 肺に溜め込んだ空気が、馬鹿でかい溜息となって排出される。



 これでもかというくらいに大量に用意した白紙の束が今では薄っぺらくなっている。



「…あれから何枚書いたか…数十じゃ利かないな」



 書いては丸めてゴミ箱に投げてを繰り返していたが、今ではゴミ箱は紙クズで一杯になってしまっているのだから。



「むう、ゴミ箱が一杯だからと仕方なしに床に散らばしてたが、そろそろ対策を考えないとなあ…あと片付けが面倒になる」



 というやりとりを、さっきから同じ事ばっかりいっている気がする。



「……また今度にしよう」



 手が進まなくては時間の無駄だ。仕方が無く俺は今日も手紙を送るのは諦めた。説明できないのだから仕方がない。ポジティブに考えていこう。



「ああああ~~つっかれたぁあああ!!」



 ペンを置いてパキコキと癖で関節を鳴らす。そして肺にある空気をゆっくりと吐き出しながら背筋を伸ばす。



 長時間机に向かって突っ伏していたからか、気持ちがいいくらい間接の鳴る音が聞こえてくる。



「たかだか一枚の手紙を書くだけだったはずなのに、普段の戦闘よりもちょっと、というよりもかなり手こずっている気がするな」



 一体どれだけの間物思いにふけっていたのだろうか。俺は意味も無く首を捻り考える。



 そもそも一体何時からペンを握り手紙を書き始めたのか、思いつきで実行に移したから時間を見ていない、つまり分からない。そりゃそうだ、手紙一枚書くだけなのにいちいち時間を気にするはずもない。



「ふぅああ~……ねむ…」



 深い溜息を漏らしながら全身が溶けるくらい脱力する。あくびが口から漏れて眠気が襲ってきた。どうせならこのまま寝てしまおうか。



「何々、優くんのお母さんに手紙を送ろうと思ってたの?」

 


 意識が遥か楽園の世界へと誘われる寸前の事だった。机に突っ伏している最中に、聞き覚えのある主からおかまいなしな声が上がる。



 それに反応した俺は、上半身だけは突っ伏してたまま、眠い瞳を少しだけを動かして声のした方へ向けた。



「……はぁ…」



 俺はもう一度溜息を付く。といっても殆ど無意識だ。



 自分の名前を軽々しく『くん』付けで読んできた彼女は、床に座り込むと放り投げた手紙の一つを拾い上げて興味津々に広げて読み始める。



 他人のプライバシー満載なはずの手紙を、こうも無神経に本人の前で盗み見するとは恐れ入る。これが彼女の力量、いや、器なのだ。毎度の事ながら驚きとともにため息ばかり出てしまう。



 突っ伏していた身体を起こし、頬杖を作る。そして冷ややかな眼差しで俺は彼女を見つめる。見れば何やらときめいた瞳で手紙を読んでいる。



 まさに目の前にいる彼女こそが、世界を混沌に貶めたとか言われたらしい魔王の姿だと誰が信じるのだろうか。



 ぐへぐへと年頃の女の子から発せられるとは思えない声を上げている魔王。なんとも言えない気持ちになって手の平で瞳を覆う。



(誰もが恐れおののく存在、なはずなんだけどなぁ……)



 それはともかく、凄い突っ込みたい気分になる。



(あいつ、何してるん?)



 満面の笑み、隠しきれていない零れた笑みがとてつもなく気味が悪い。



(いやいや、何であんなにワクテカしてるん)



 魔王の表情が嫌に気になる。悪ふざけで書いた一枚の手紙以外、魔王が調子に乗るような下手な内容は一切書いていなかった、と思う。 



 肝心の『魔王は彼女です』と冗談めいた手紙は明後日の方角に投げ捨てている。対する魔王の位置は正反対に落ちていた手紙を読んでいる。



だから問題はないはずだが、じゃあ何を見て笑みを浮かべてるんだろうか。……まあ、何考えてるのか分からないから考えても無駄だしそれはいいとして、だ。



「…何勝手に人の部屋ノックしないで入って、挙句に人の手紙を無断で読んでんだ?」



 少しは遠慮という気持ちを知ろうな。という眼差しでいぶしげに俺は魔王を睨む。



「…えへー」



 聞いちゃいねえ。睨んでも華麗にチラ見程度でスルーされてしまった。



 しかも他の手紙にまで手を付けて読み始めているので、多分もう止めても既に読まれてしまっている。



「あのなあ…入るなとは言わないけど…言わないけどよ? せめてノックはしような? それと人が折角取り付けてる扉の鍵穴を無理やりこじ開けて入ってこないでくれる? これじゃあ扉のある意味が皆無なんだけど!」



 慌てる行為もどうせ無駄だと、ゆっくりと頬杖を外すと顔を上げてもう一度手紙を見つめる魔王を睨む。だがそれに対し、予想を反して魔王からは涼しい顔で返答が帰ってくる。



「いいじゃない、私達は愛し合う中でしょ、些細なことを気にしてはダメよ?」

「…俺は一言も愛してるなんていった覚えはないんだけどな」



 全くもって些細な点は存在していないのだが、とりあえず一番意味不明な言語を発してきた為、無論反論。だが、そういうわれた魔王は見るからに膨れっ面になっていった。



 その姿は餌を口いっぱいに頬張ったリスのホッペ状態。



 なんというか、指先で軽く突いたらプスーと間抜けな音を流して空気が抜けていきそうだ。



「じゃ、じゃあ優くんは私の事が嫌いとでもいうの!?」

「いや、何もそこまではいってねーだろ逆切れ!?」

「じゃあ好きなのね! 大好きなのね!? 愛しているのよね!? 愛してるっていってよほら!!」

「何でだよこえーよ、つーかそれ脅迫地味てるからな」



 慣れたものだ、こういうような似たやり取りは何度もしている。もう数えてもきりがないくらいに。



 馬鹿の一つ覚えと言わんばかりに、話の内容は大体が愛の定義、そして否定。



 これはいわゆる一方的な片思い状態に近いかもしれない。



「うぅ~……」


 別に嫌いとも好きだとも言っていないというのに、魔王はガックリと肩を落として膝を付くと、いかにも傷つきましたポーズを取り、しかし顔を上げて眼差しはしっかりと訴えてくる。



 その目はまるでか弱い少女のように、うるうると潤わせた涙で輝いている。



「お前なあ…」



 呆れて物が言えず、仕方なしに額に手を当て、俺は堪らず「はぁ~っ」とため息をつく。落胆とは違う。ただただ言葉が見つからなく、対応への困りため息。



(目の前に見えるのは本当に魔王なんだろうか?)



 何時も思ってしまう一つの疑問。些細な出来事が起きるたび、その仕業が魔王である彼女が原因だと分かるや否や、度々として疑問が浮上してしまう。



「なんかイノローゼじゃねこれ」



 とぼやきたいのも仕方ない。



 とはいえ疑問なんてものを抱くのはおかしな話。当の本人である俺が、しっかりとこの目で魔王だと理解しているのだから。



 今でもハッキリと覚えている、全ての感情が混ざり合ったあの未知の感覚を。



 初めて魔王と知ったとき、驚愕のあまり全身が硬直し、しかし同時に優の心臓は爆発してしまうほど極度の興奮によって脈打っていた。



 言うなればこの身に宿る勇者の血がたぎり、ざわめいた。そして人知れずに歓喜する。それは最高の出会いなはずだった。勇者の身であれば至極当然、あたりまえな事。



 勇者となれば、魔王を討つことが使命とされているからだ。



 日々起こりうる困難に立ち向かい、来る日も来る日もあらゆる強敵と一戦を交え、そして新たな出会いを重ね歴史に残る歴代の勇者として名を世に伝える。これ以上の喜びが、何処にあるというのだろうか。いいや、何処にも無い。



「……はずだったんだけどねえええ」



 何度目かの溜息。



(……なのに、今はどうだろう)



 魔王とは戦うどころか、今では仲良く二人、一緒に住んでいる。



 そして時折「あ~ん☆」など言って、作られた料理の一部を、魔王は嬉しそうな顔でスプーンを口に近づけてくるのだ。まるで夫婦だなハハハ。



 勿論、それは毒入りなどという罠は無い。ただの食べさせてあげる愛情表現のポーズ。



 そこに命の奪い合いといった恐怖や歓喜は存在しない。倒しもしないのだから、使命という勇者の命さえもありえない。



 というか、そもそも俺は魔王と一戦を交えたことなど一度足りとも無い。



 いや、そうなることを俺は自ら望んで選んでいた。



 運命か、必然か、気まぐれで起きた災難なのか。それは分からない。英雄だ、勇者だからともてはやされる存在だからといって、必ずしも自分を中心に世界が回るなんてことはないのだから。



 勇者が選択を迫られ、その選んだ選択が必ずしも正解だとは限らない。そんな事は知っていた、必ず成功とは限らないと知っていたはずなんだ。



 だがどうだろうねこれ。何がどうしてこうなったんだろうね。



 魔王による勇者に対した反応が、熱々の夫婦やカップルが行うような、料理の一部を箸やスプーンで持って「はい、あ~ん」だ。何かバリエーションが無駄に豊富で、食べさせようとするごとに色々な甘い声を耳元に発してくる。



 まあ、言わずともかな。全面拒否して自身の箸で、スプーンで、何の料理にしたってそう。自らの手で料理をすくい、そして口へと運ぶ作業を行っている。



 悪ふざけのつもりかは知らないが、魔王の行為は勇者である優にとっては色んな意味で駄目な気がしてならない。



 だって、魔王が、勇者にだ。この時点で天地がひっくり返るレベルにおかしな話じゃないか?



 冗談でもそんな光景を想像しようものなら、とても直視できないと俺は寒気に背筋を凍らせる。果たして今の現状は、何が正解で何が不正解なのか。その答えが分からず頭を抱えたくなる気持ちになる。



 というか、既に抱えている。



「ん? 何優くん」



 魔王を見る。



「私の顔に何かついてるの?」



 いつも世話の掛る年頃の子供のような性格で、料理をやらしてみれば、材料を根こそぎ異物に変える。掃除を頼めば窓ガラスを割られ、泥水で拭いたかのように床が汚れる。



 まさに理想的なくらいの、無能。



 勇者である俺は執事やメイドを雇うことがあったけど…。



 それぞれ人によって異なる作業を行うが、きちんと整理整頓する者や、潔癖なのか徹底的に掃除を行う者、力持ちな者など数多くの万能メイドが揃っていた。



 しかし、数多くのメイドを雇えば、一番に仕事をこなせない者、その一人がボロを出すことも多くなる。



 所謂これはあれだ。その中で稀に出てくる、普通では有り得ないドジッ子の、魔王はいわゆるアホの子に属しているに違いない。



 そのアホの子は、挙句に手の付けられない破天荒な面もあり、 時々異物を持ち込んだり、ちょっとした騒ぎを起すことが多々あり、優は呆れるばかりで緊張の欠片もない。



 今では時々、いや既に。俺は魔王をただのわがままでヤンチャな、普通の女の子にしか見えなくなっている。



 それ程までに、魔王という存在は俺の中で廃れている。



「…あのな…そもそも俺は勇者なんだぞ? 魔族と相容れぬ境遇…それこそその魔の王となれば魔王と相容れられるわけないだろうに」



 この言葉も、優は魔王相手に何度も言っている。けれど言っても聞かない。



「ふふふ!」



 そんな俺の呆れた反応に対し、魔王は待ってましたとここぞとばかりに顔を輝かせた。



「そう!これは実ってはいけない二人の禁じられた恋!愛し合う二人にはそれぞれの宿命があり、相容れてはいけない存在!ああ!なんて残酷な運命なんでしょう…!」



 始まりから終わりまで熱愛とでも言いたげな内容。残酷も何も、嘘しかない虚言を当たり前のように吐かないでもらいたい。



 あれだろう、これこそ俗に言われている、まるで人の話を聞いていない状態。



 いじけてますポーズから一転、魔王は悲劇のヒロインの役を演じ始めていた。うるうると瞳を淀んだ涙で麗わせながら見つめてくる。



「ッチラ、ッチラ」



 加えて、何やら声に出しながらチラチラと此方の様子を伺ってきていて、もしや、というか明らかに返答を期待して待っている。



 このまま放って置いてもしつこそうだし、しょうがない。茶番に付きやってやるとしよう。



 俺は愛想のいい笑顔を振りまき、涙を流す魔王にそっと近寄る。



「……ゆ、優くん!」



 ッハ! とした表情を浮かべ、魔王は理解してくれたことに歓喜したのか身を震わせた。



「…魔王」



 対する俺はニッコリと魔王に向けて満面の笑みを浮かべると、肩へ優しく腕を回し、耳元に囁くように一言。



「一生やってろ」

「酷い!」



 ガーンという効果音か、それともガラスが砕け散る音か。愛の告白で失敗し、恋愛に終止符を迎えたかのように、魔王はガクリと膝を落とす。それと共に「ヨヨヨ」と嘆き、何処からか取り出したハンカチを噛んで「私を弄んでいたのね!」と、手を横に立てた状態で何かいってきたが、俺は気にしない。 



 何をいってこようが、勇者と魔王という、この現状が覆る事は決してないのだから。



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