表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
19/112

「お前は将来何になりたいんだい?」



 絵本を読んでいると父が僕に毎日同じように尋ねた。それに満面の笑みを浮かべると自慢気に胸を張って口を開く。いつも自分の将来の夢を言うのが僕と父の日課だった。



「んーっとね、カッコイイ正義のヒーロになりたい!」



 僕はいつものように変わらない夢を伝える。いつもそういうと父は嬉しそうに微笑み頭を力強く撫でてくれるのだ。くしゃくしゃに髪の毛を掻き回されても不思議と不快感は無く、片手で顔を覆えてしまいそうな程に大きな父の手からは暖かい温もりを感じた。



 しばらく髪を掻き乱すと父は満足気に頭から手を離す。それに残念だという気持ちは微塵も無い。次もまた頭を撫でられると信じて迷いの余地が無かったからだ。腰に手を当てると父はじっくりと僕を見つめる。そして感嘆の息を漏らし大きく頷く。 



「ハハハ、さすが俺の息子だな!お父さんは嬉しいぞ!」



 そういって僕を高く持ち上げて父はまた嬉しそうに笑う。それけでとても嬉しかった。楽しかった。



「いつか父さんみたいにカッコイイ正義の英雄ヒーローみたいな勇者になるんだ!」



 父の国では勇者という役割を担っている。数多の猛者から選ばれた強固な砦。国の平和を守る正義の英雄ヒーロー。それに僕は憧れた。そしてそんな父を持っていることに誇りに思えた。



「そうか!なら今回の任務を終えて帰ってきたら特訓だ!」



 父は年中無休で悪党と戦闘を繰り広げていた。近年、魔物による進行と侵略による戦闘が激化。それにより今では一度家から出ると帰りは早くとも3日、遅ければ1週間近くにも及んだ。その為最近では殆ど家族と顔を会わせる時間が限りなく少ない。



 しかし父はいつも出かけてしまう前に扉の前で立ち止まると、僕の方へ振り向き小指を突き出す。それは必ず家に帰ってくるという父の意思表示だ。コクリと頷くとトテトテと音を立て近づくと小指を突き出す。



 お互いに違えないよう、僕と父で必ず何か約束を取り決めた。



「特訓だ~!」



 小指を交差させ指を上下に動かす。それに二人は陽気な声音で歌う。



「「ゆーびきーりげーんま~んうっそついたーらまほーのげんこっつおっしおっきよ~♪」」



 歌が終わるとお互いに小指を話、コツンと拳を当てて約束する。父とまたしばらく会えなくなくても不安は全く無い。何故なら父は決して約束を破る真似はしないからだ。一度足りとも指切りで約束を違えた事が無いのだ。



 だからいつものように、数日の内には帰ってくると信じて疑わなかった。



「……じゃあ行って来るよ」



 曇りの無い表情で手を振り、笑顔のまま扉を開けて家から去っていく。その表情はいつも見ていたように自身に満ち溢れていた。ただ、この場を去っていくその姿を見て、胸にもやっとする何とも言えない感覚が生まれた。



 ---何だろう?



 もやもやと立ち込める、不安にも似た感覚。顎に手を当てて考えるも、唸っても喉に小骨が引っかかったように取っ掛かりが取れず。しかし考えが答えに及ばなくなれば、その不安は別の答えに辿り着いてすぐに取り払われた。



 ---指切りしたから大丈夫。それに父さんは強いから。


 

 純粋で純朴な答え。正しいと思えば必ずもそうなると信じて疑いはしない。そんな素直な気持ちが不安を掻き消してしまう。だから帰ってくると信じて待つことにした。






---三日後






 父が家を去ってから数時間して、雨は降り続いていた。滴や粒とは違い、霧のように立ち込める塵のような雨。しとしとと辺りが湿る。最速で3日という期待も空しく、それから夜になっても雨は収まらず、父も帰らずに3日目の夜が明ける。






---一週間後






 一向に雨は降り止まず、霧は辺り一面に立ち込める。どんよりと空は灰色にくすみ、それはまるで映し鏡で自分の心を覗いたような光景だった。窓から外を覗き、父の帰りを待つ。



(……遅いなぁ……まだかなぁ……)



 はぁ……と小さく溜息をつく。結局父は家に戻ることなく、最低でも遅くて一週間を越えることとなった。





---二週間後





 辺り一帯に滞っていた霧は嘘のように晴れていた。結局父はいつまでも帰ってくることは無く、すっかりと父の帰りを待つという約束を忘れていた。久しぶりの晴天に目を瞠る。窓に飛びつくようにへばりつくと一目散に外に駆け出す。



「母さん!ちょっと遊んでくるね!」



 それだけ言うと返事を待たずに地面を駆け抜けた。
















 夕刻、夕日が一面を真っ赤に染めていた。扉を開けて家に帰ると、差し込んだ夕日で内部を照らす。



「……母さん?」



 そこには、母は床にしゃがみ込んで顔をくしゃくしゃにしている姿があった。いつも陽気に浮かべる笑顔とは裏腹に、此方に気が付くと顔を大きく歪め、瞳から涙を留めなく溢れさす。



「な、何で泣いているの?」



 その疑問に母は無言でひたすら涙を流す。手で涙を拭う。しかし瞳から溢れる涙はいつまで拭っても一向に止まらない。



「どこか痛いの?」



 その仕草に、体が痛いのかも知れないと思い、心配になり尋ねる。しかし母は顔を伏せると沈黙したままで何も答えない。

 


 それが余計に込み上げる不安を煽り、母を元気付けさせたくなった。するとハッとして思い出す。元気の無い母を元気付けさせる為、父の名を呼べば咄嗟に駆けつけてなんとかしてくれるよと言った。



 それだけでいつも、母はその言葉だけで嬉しそうにありがとうといって微笑んでいた。しかし、そうなると踏んでいた期待は打ち砕かれる。小さく振るわせている肩を、言った途端に反応するようにビクリと大きく肩を震わせる。



 ピタリと震えていた肩が収まり、泣き止んだとホッと安心して一息付く。しかし、顔を上げた母の顔を見た瞬間、息が詰り表情を凍らせた。



 母は今まで見た事も無い、とても悲しみで満ちた表情をしていた。



 涙は一層に目から溢れ出し、ゆっくりと立ち上がるとおぼつかない足取りで僕の元に来て、倒れこむようにして力強く抱きついた。



「ぅ…うぇ…ぉ…ぁあ…ぅ…」



 身を固め、不意の行動に子供の身が大人を支えきれるはずも無く、ドタリと後ろに音を立てて倒れこむ。座り込む僕に母はさらに強く抱きつくと、泣きじゃくる。嗚咽が酷くろれつが回らないのか、何を喋っているのかが分からない。



「ど、どうしたの?いつもの母さんじゃないよ…?」



 母の突然の行動に僕は戸惑いを覚える。それもそのはずだった。こんな母の落ち着きの無い姿は初めて経験する。泣いていた母の姿は稀に見る、しかしその時は傍に父がいた。父の不在中に突然対応を責められてもあたふたと忙しなく空いた手を動かすだけで、ただ戸惑うという理念しか及ばない。



 そんな心境を悟ったように、ギュッともう一度身体を強く抱きしめる。少しすると手に加えた力を弱め、スッと身を引く。大分落ち着いたのか、母は僕の瞳を捕らえると、しっかりと見つめたままか細い声音で語りだした。



「……優?……父…さんは…ね?……父さんは…もう助けに来てくれ………ない…の、もう…会え……ないの…!」



 その言葉に、戸惑い困惑していたにも関わらず反応した。



「……何を言っているのか分からないよ母さん……。父さんは正義の英雄ヒーローだよ?助けを求めたら助けてくれるし、父さんと僕は今度特訓の練習をする約束をしたんだよ?父さんは約束を破ったことがないんだから!」

「…でもね、もう助けてくれないし、約束も守れないのよ」


 

 力強く否定する。絶対にありえない。そう信じて疑わない者にとって残酷な一言を母は告げた。信じられず首を横に振り続ける、すると母は机に置いてある手のひらサイズのクリスタルを取り出し、起動させて光らせた。



 一筋の光がクリスタルから放たれる。すると空間に小さなスクリーンが映し出された。これの何の意味があるのか不可解に思うも、何も言わず映し出される映像に目を向ける。今映し出されている映像は人の記憶であり、実際に起こった、又は起こっている出来事を記録した映像でもあった。



 個々に散りばめられたクリスタルは互いに共鳴し合い、その場の出来事を共通させることが出来る。そしてその出来事を記録し、後で映し出す事も残すこともできる。今映し出されている映像は、クリスタルが記録した一つの映像。クリスタルが目となり共鳴、共通、共感することで、場所を問わず何処でも視野が可能となっている。


 

「え」



 そう理解しているからこそ、映し出されている真実に目を瞠る。驚愕し、息を呑み、言葉を失う。



「う…そだ……これ……」



 そこに映し出されていた光景は、多勢風情から石を投げつけられ、刃物で切りつけられている父の姿が映されている。



「優…父さんはね…」

「ち、違うよ!これは父さんじゃない!父さんは強いんだ、だって正義の英雄ヒーローなんだよ!?…そうだよ、今だって帰らないのは、きっと誰かを助けているだけで!!」



 優はひたすらに首を振って否定した。手でクリスタルを払い落とし、映像を中断させる。見たくはなかった。英雄ヒーローであるはずの父が倒れる姿を。認めたくはなかった。母からそんな真実を伝えられたという事実を。



「父さんは必ず帰ってくる!だって…だって父さんは!!」

「ああ…そうだとも、優……お前の父は…強い…からな」



 唐突に聞き覚えのある声が響く。開けられた扉からは父の姿がそこにはあった。だが、そこにはいつもの笑顔には力が無く、映像で見た通りに傷跡が到る箇所に残っている。



 ただ、そんなことはどうでも良かった。父が戻って来たという瞳に映る光景に、今置かれているはずの現状を無理やり後回しにする。



「ほ、ほら!やっぱり僕の思った通りだ!ちゃんと帰ってきたじゃないか!」



 そういって優は声を上げて振り向くが、母は父の姿を瞳が捉えるや否や、止めていた涙を流し出し、俯くと何も喋らずに沈黙した。その母の行動に焦燥、苛立ちを覚えて声を荒げる。



「母さん!父さんが帰ってきたよ?!どうしたのさ!父さんあちこち怪我していて痛そうなんだよ?早く魔法で怪我を治してあげないと!」



 優が魔法を使えないことは二人が良く知っている。自ら怪我を治療しないということは、父は傷を癒す力が既に残っていないのだ。放っておけば危険だということくらい、憔悴している父の姿を幼い身である優にも一目で理解できた。



 しかし声を張り上げる優とは対象的に、母は手で口を覆い、ただただ涙を流すだけ。治療を行う以前に、首を小さく横に動かす仕草を行うだけで、父に目を向けようとさえしないでいた。



「か…あ…さん?」



 母の行動が分からず父に説明を尋ねようと振り返る。父は嬉しそうに優の顔を眺めていた。体の到る箇所から血を流しているにも関わらず、その顔には苦悶の表情が一切ない。



「…父さん?」

「最後にお前らの顔を見れてよかったよ」



 二人が何をしたいのか、何をいっているのか分からない。最後って、なんでだよ。だって、父さんはまだ僕との約束が残ってるじゃないか。



「ごめんな優、父さん、お前との約束、守れそうにない…や…」



 その言葉を最後に、突然父の身体がグラリと揺れる。ドタリと重たい音が響く。父は力無く床に倒れ伏せていた。



「え?」



 その出来事を理解するのに時間は掛らなかった。



「……と、父さん!父さんってば!返事をして!父さん!!」



 必死の呼びかけも空しく、その言葉を最後に父さんは一言も喋らず、身じろぎ一つとして動かない。ジワリと血の海が広がり、手に伝わる湿った感覚に、震える手を動かして見る。



「う…あ…あああああああ!!!!」



 その手は真っ赤に染まっていた。後ずさるように下がる。すると父が倒れたその後ろに人影があった。それは血で真紅に染めた剣を片手に携えている。



「……お……お前が!お前が父さんを!」



 目の前にいる人物の顔を睨みつける。 



「許さない…許さないぞ…」



 それは、無言で瞳だけが優を捉えていた。



「僕は絶対…お前を許さない!!」









 ・…・…・…・…・…・…・…









「っは!?」

「っげふぅ?!」

「っはあ!…はあ!っはあ…ふう…夢か」



 久々に嫌な夢を見た。

 全身が汗でぐっしょりと濡れている。



「あ…あの…目が覚めましたか」



 声のした方に顔を向ける、そこには見知らぬ一人の女性が立っていた。

 白の服に継ぎ接ぎの赤い糸が見える服で、巫女装束のような格好をしている。



 見る限りこの家に住んでいる人だろうか、

 何故か驚いた様子で尋ねてくる。



「あ…はい」

「随分魘されていましたが…大丈夫ですか?」

「あ…そう…ですか…」

「…え、あっと、すいません!軽はずみで聞いてしまって!」

「い、いやいや!こちらこそ気を使わせるようなことしてすいませ…ッツ!」



 もしかしたらこの人のベットなのかもしれないと考えた瞬間のことだ、

 ベッドから咄嗟に起き上がろうとするが腕に痛みが走った、

 痛みの走った箇所には切断されたはずの腕が接合されている。



(…これは…魔王がやったのだろうか……て、あれ?)



「魔王?魔王は何処にいるんだ?!」

「あ、あの…マオウ…って人ですか…?

 それって多分さっきから顔を抑えて唸っている人じゃないでしょうか…?」

「うん?」



 目線を少し下にやれば、何故か魔王が顔を抑えて唸っている。

 正確には、顎辺りを押さえている。



「…魔王?どうしたんだ?何故涙目で俺を睨む?……って、ちょ!待て!グーはやめろ!俺病人だぞ!?下手したら死ぬって!」



 なんとか殴られることを回避し、現状を把握する。



「魔王、何故俺を殴り殺そうとしたのか教えて欲しいのだが」

「…頭突きされた」

「はあ?」

「優くんに思いっきり頭突きされた!」



(…頭突き?そんなんいつ………)

 


 記憶にないことを突然言われたがそんなことした記憶がない、

 しかし少し考えると、正常に働いている脳がすぐに思い出した。



「ぁ」



 そういえば…目が覚めたとき頭に何かが当たった気が…



「人が必死になって優くんの手足繋げて、意識のない優くんをここまで運んで!なのに私が心配して顔を覗き込んでみれば頭突きされるなんて!」

「すいませんでしたぁ!」



 あまりにも頭の上がらない話に、

 額を床に擦りつけ、土下座して全力で謝る姿勢に徹した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ