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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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運命の一手

 


 主を失い静まり返った城、そこには砲弾によって破壊された傷跡が深く刻まれている。殆どの壁は崩れ落ちている。が、その城は尚も強固に聳え立っていた。



 無言のまま周囲を見回し、男は顎鬚を摩りながら感心したように瞳を丸くする。



「ふぅむ、道理で中々に墜ちぬ訳だ。殆どが鉛によって造られた個体か」



 天井を見上げれば金属らしき光沢のある表面が覗く。床にもヒビができた事で割れて裂けた場所から見えるのも同様だ。これだけの厚さとなれば強度は計り知れない。だがその厚い鉄板をいともたやすく貫き、突き刺さったまま残る一本の矢に視線を向ける。


 

 軍兵に撤退の合図を送り、撤退を終えている部屋には指揮官の男と白木しか残っていない。



 状況からすれば指揮官の男の前には、跪き、そして頭を踏まれたまま床に顔面を押し当てられている白木の姿があった。



「さて…ではそろそろ話してもらえるかね」

「っぐ…」



 白木には優と戦ったときとは比べ物にならない程に、体のいたるところに生傷が出来ていた。



「何を…話せっていうんだ…」



 対して白木を抑えている男には僅かな掠り傷さえ見当たらない。



「分からないのぉ、何故白木殿は犯罪者である魔王と勇者を逃がさせるようなマネをしたのか…」



 男は足を下ろしてしゃがみ込みこむ、顎に生やしたヒゲを摩り、まるで興味深いという顔で白木の顔を覗き込む。



「白木殿は本や聞き込み、ときには機密情報まで盗み見ていたはず。ワシは白木殿が情報を探り回っていたのも知っている。……ワシが誰だか知っていて、尚もこの行為に及んだということなはずなのだが…はて?」



 男は手を顎にあて首を傾げる、何故自分の邪魔をしたのかどうしても分からないという顔になった。逆に捉えればそれは、分からないと気が済まないという態度の表しなのだろう。



「白木殿はワシの過去を知らなかったのか?」



 不可解そうに指揮官は眉間にシワを寄せる。今度こそ興味深そうに、その男は白木を見つめる。男が見つめる眼の奥には、計り知れないほどに何かが渦巻いていた。その男からは優とはまるで異なる、別次元の力を感じられる。



「…知っていた、私は勇者に憧れていたからな、勇者に関係しそうなことならなんでも調べた」

「ワシの過去を知っていて…それでも尚邪魔をした…か」



 男は少し考える素振りを見せた。そのあと白木の顔をジッと見つめる、しばらくすると男は手に持った剣を白木に向けた。



「このまま殺してしまっても構わないのだが…ワシは白木殿にチャンスを与えようかのぉ」



 男は剣を向けながらそう言い放った。相手の命を気分次第でどうこうしようという時点で、この男には白木を生かすも殺すもどちらでも構わないのだろう。



 全てはこの男の余興で、生きるか死ぬかが決まるということだ。



「…私は殺される覚悟でアンタの邪魔をしたんだけどね…昔の貴方だったら邪魔をした瞬間、私の首を刎ねて殺していたはずだ」



 男は白木を抑えていた呪縛を解いて後ろに下がる。突然拘束が解けて白木の手足が自由になるが、逃げようにこの状況で逃げ切るのは万が一にも不可能だった。



「カカッ!カカカッ!いやはや…確かにの。だが残念な事に、ワシは人を殺すこと自体に快楽を覚えてはいなんのだ。だからただ殺すだけでは面白くなくての。もう歳なのだ。残り少ない人生、余興で楽しみたいという、後先短い老人の、唯一の些細な楽しみとして受け取って欲しい」

 


 男は愉快そうに白木を見つめ、そのあとに男が持っていた剣を見つめたその箇所には刃が小さく欠けている。それを見て目を細くするが、白木を見るとすぐに男は笑う。剣を白木に向け、これからどうなるかを興味深そうに、愉快そうに笑う。



「さて、では参ろうか。白木殿は果たして死ぬか生きるか。どちらかのぉ?」



 剣を白木に向けてゆっくりと振りかぶる、剣は白木に掠ることなく空を切った。その動作によって、空を切ったはずの剣は腕を拘束していた縄を切ってしまう。



「ふむ…白木殿はどうやら、まだ死ぬ運命ではないようだのぉ」



 縛られていた手が自由になり手をほぐす、新たな痛みが襲ってくることもなく切られていないことを確認する。男が振った剣は白木の体をすり抜け、腕のどこにも傷をつけることなく縄だけを切断して見せた。



 無事に生きている確認すると、男は剣を鞘にしまって背を向ける。



「白木殿は賭けに勝った。それに免じて今回は見逃すとしようかの」



 ドアの方に向かい、手を掛けたところで男は一度止まり、振り向いた。



「だが、次はこういう事が無いように注意するのだな。もしまた同じような邪魔立てに気を起せば、そのときは…」



 最後の言葉はドアが閉まる音によって聞こえることはなかった。その先に言われたであろうその言葉は、一体何を語るのか。



「そのときは…殺す…か」



 その言葉の先は、聞かずとも分かってしまう。



 男が場を去ったのを確認する、瞬間に緊張の糸が切れてその場に座り込む、緊張の途端な緩みによって生じたのだろうか、酷い疲労に欠伸を漏らす。



「…っち、なんでかな…らしくねー…ことしちまった…、勝てないって初めからわかってたってのに…ったく。…こんな私が頑張ったんだ、生きてないと承知しねーからな…黒沢」



 そこまで言うと、ゆっくりと身体を横に倒していく。



「…はぁ…ねむ…この先どうなるかなんて知ったことないし、寝るか…」



 その言葉を最後に廃墟と化した広い敷地で一人、白木は睡魔に身を委ねて床に仰向けになると、そのままゆっくりと瞼を閉じた。



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