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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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指揮官



 俺は視線を横に向ける。そこには期待上げられた精鋭の中でも一際目立つ、ふくよかな体系をした男が一人居た。



「ここの隊を仕切っているのはアンタか?」



 それについてふくよか男は何も答えはしなかった。代わりに小さな微笑を浮かべたかと思えば、口を大きく開き見かけ通りのなんとも図太い声を上げる。



「反逆者、確か黒沢優…といったか。残念だが既に貴様は完全に包囲されている。下手な抵抗をしなければお前の命を助けてやらないでもないが…大人しく縄につくつもりはあるか?」



 なんて平和的な交渉なのだろうか。大男の言い分に耳を傾けていた俺は侮蔑混じりに鼻で笑う仕草を見せた後、ふくよか男を睨みつける。



「っは、何いってやがる…どうせ隙を見せたら蜂の巣にする気だったんだろ?」



 天満は別としても、白木には生け捕りといった選択肢があったようには見えなかった。



 その時点で容易に分かる事が一つある。それは生死は問わないという事だ。



 仮に生け捕りが目的なら何処かで必ず手を抜く場面が生じてしまうものだ。それが白木の勇者候補という立場からすれば尚の事、自分自身の株を上げる為にも生け捕りを候補に考え、初めから本気で殺しに掛るような真似に至りはしないだろう。



 天満も手配書を見てやってきたのかは不明だが、少なくとも興味本位か、もしくは勘違いで突っ込んできたのか、どちらにせよ賞金目当ての可能性は低かったとみていい。なんせ天馬の襟元部分に貴族の証であるバッジが付けられていたことをこの目で確認しているし、金に困っている様子もなかった。



「…それに聞き捨てならないな? 俺だけは助けるってどういうことだよ、そこに居る女の子は関係ないんじゃないのか?」



 生死を問わないと分かり切っている以上、殺せる時に殺しとくというのは通りというものだが、現にこうして発砲許可は降りてはいない。何を企んでいるのか様子を探るように大男を見据える。



「ふん、そんなもん決まっているだろう。まだお前には利用価値があるということだ」

「……この俺に利用価値…ねぇ…それとそこの女の子と何が関係あるっていうんだ?」

「そんな事、貴様は知らなくてもいい」

「っは、何だよそれ。そんなんで納得するとでも? 本当に説得するつもりあったのかよ」

「答える義務はないな…それよりも少し気掛かりなのだが、先ほどの貴様の言い分だとそこで捕らえられている娘は魔王ではない…そう言いたいようだが?」



 そうだと俺は頷く。するとふくよか男は一瞬魔王の居る方角にチラリと視線を向けると、すぐさま俺に視線を戻した。



「ふむ、まあ確かに…かの天災の悪魔と呼ばれた魔王がこのナリでこのザマとは…些か信じがたいと言えるものだしな。まるで魔力の欠片も感じないというのも不可解だ、身代わりか、ただのイタズラと信じるのが妥当だろう」



 ふくよか男の言う通り、魔王はどう見てもただの普通の女の子といった外見をしている。力も殆ど持ち合わせていないのもあって魔王でありながら魔王らしくない状態だ。僅かに残された魔力を辿れたとしても、それが本物の魔王かどうか気がつくのは不可能に近い。



「そこまで分かっているのなら何で彼女を捕らえたままにしている? 俺も無罪だという事の何よりの証明だろ?」

「……悪いが国の連中も馬鹿じゃない、ただのイタズラかどうかの根拠も無しに、いきなりとち狂ったような賞金を掛けるがないだろう?」

「じゃあ何か…証拠があるとでも言うのか」

「証拠? さあな、上の連中が考えている事は俺にもさっぱりなんだ、ハッキリいってどっちでもいいと思っているよ」



 しかし大男はそんな考えを一蹴した。予想外の返答に虚位を付かれた俺は驚くと同時に、大男の言う言葉に含まれた内容の意味に身を固めた。



「……何だよ…そのどっちでもいいっていうのはよ…」

「別にこの女が魔王だろうが違かろうが、我々にとってはどちらでも構わないと言っているんだ」

「それはつまり、仮に無実の罪である一般人であったとしても構わないと聞こえるが? そんな事をして何の得があるっていうんだ」



 むしろ反発を買うのが目に見えているじゃないか。



「事の重大さを理解していないようだが、もし虚偽の発言であったとしても数万、数十万の人々には恐怖を植え付けた。国全体、下手をすれば世界そのものを巻き込む衝撃だ。そんな大層な事をしでかしておいてお咎めがないとでも思っていたのか?」

「もっともな話だがそれと関係ないというのは道理がないんじゃないのか?」

「じゃあ逆に問うとするが、尋ねたら魔王が本当にいるのか教えてくれるとでも? 流石にそこまで馬鹿ではない事くらい承知の上だ。だからこそ言わせてもらうとするが、確認をどうやって取れというのだね? 魔王が存在してるなどという情報がそもそも怪しい、虚偽の申告だとして、それを嘘ですと言われて誰が納得する?」

「言いたい事は分かる…だが、突然出てきた魔王を信じている者だって少ない、例えここで彼女を捉え、計画通りに討っても誰も驚きはしないんじゃないのか?」



 存在があやふや、それでいて顔も割れていない情報不足の中、今更になって魔王が存在していると言われたところでああそうですかと、冗談だと気にしたりはしない。



「別に魔王だとかどうだとか、そんなのはどうでもいいんだよ。魔王を倒したという肩書きが欲しいだけだからな」

「肩書き?」

「そう、肩書きだ。魔王と思しき人物を保護して今生かしているのも、後に民衆の前で公開処刑を行う為の場所。そうすれば莫大な賞金も有無なく正式に渡され、魔王を倒した。そう大々的に発表すれば形だけでも肩書きが出来上がるだろう?どうせ誰も魔王の姿を見たことが無い。ならこの女が魔王でなくても関係ない、偽っちまえばいいんだよ」

「……ふざけるな。誰が信じるんだそんな話!そんなに都合よくいくはずが無いだろうが!!」



 大男の身勝手な言い分が勘に触り、優は怒声を上げるとギリリと奥歯を噛み殺す。怒鳴ってからすぐに後悔していた。大男がそれに対して何て言うか、それはもう喋り出す前に分かっていた。



「別に信じなくていい。それに都合なら完璧な程に素材が集まっているじゃないか。馬鹿バカしい演説と、多額の賞金首、そしてそれが勇者という疑い。民衆にはとてつもない衝撃が走っている。これだけあれば疑いは残ってもそれまで。騒ぎの発端が終結すれば、熱が冷めるようにいずれ時間が忘れさせる」

「……さっきから話を聞いていれば、まるでお前は国民を守る為に立ち上がってのではなく、ただの自己利益。自己保身の為だけでしか動いていないように聞こえるが?」

「間違ってはいない。いや、正解だ。全くその通り。国民なんぞどうでもいい。俺様は初めから自己保身の為に軍に入ったからな」

「……そうかい」



 …クズが。これが王の配下である、王に忠誠を誓った者の言い分か。



 思わず心の中で吐き捨てる。元より優は王宮の住人を見て普段から不穏な空気を感じていた。外見は妙に明るく振舞っていたが、まるで何を考えているのか想像すら及ばなかった。町から離れた場所に暮らしていたのも、その気味の悪い不穏な空気に当てられ、なるべく王宮に近寄る事を避ける為でもある。



 ……道理で誰とも馬が合わなくて居心地が悪かったはずだ。腐っている、それも白木のような純粋な賞金狙いとは違う、まるで考え方が性根から腐っている。

 

 

「それに…賞金欲しさにお前を殺すのもいいが……魔王同様にそれではちともったいない。勇者だっただけあって実力はある、生涯を我らに尽くしますと懇願するなら助けてやらないこともないがな」



 大男はそう言うとクツクツと愉快そうに笑う。欲に塗れた表情には、正義感や責任感、そして使命感などは存在しえなかった。



「まあ、とはいえ外見は相当良い、いつでも殺せるなら傍に雑用として置かせる手もあるが……兵の士気を上げる為か、今回は特例でな。特別に王宮に仕える我々にも賞金が支給される。利用価値が無いなら勿体無いが殺す方がいいからな。……まあ、どうせ殺すんだ。クク…その前に色々と調べ上げた後でも構わないだろうがな」

「はぁ…もういい黙れ」

「なに?」

「お前の話にはいい加減聞き飽きた……」



 これ以上の会話は時間の無駄だと、ため息ながらに両手を挙げて参ったとポーズをとる。すると大男は苦虫を噛んだ表情を作り何か言いたげに睨みつけるが、優の相手にしないという態度にぐっと押し留まると、きすびを返す。替わりに優の行動に一人の男が反応を示した。



「それは…降参するという意思表示…と受け取って良いかの?」



 常に姿を隠し、後ろで待機していたこの兵の最高責任者である指導者だろう。指揮官と思しき人物はヒゲを指で摩りながら前に出て言う。大男とは別に、それは場違いな年老いた老人だった。最低でも80、若く見積もっても70代を超えているように見える。



「……ちげぇよ」

「では何故手を上げたのだ?」

「呆れたんだよ……アンタはこいつ等にまともな教育を施していないのか?」



 その言葉に一人の老人が眉を顰める。見るからに嫌なところを付かれたといわんばかりの顔だ。



「カカッ……気が付いておったのか…いやこれは参った。これは確かに君の言う道理であっている。頭の上がらない話だ……だがワシは指揮官でもあるが今回は臨時で指導を任されていての。この者達がどういう輩か知らなかったのだ」

「そうかい…そりゃ失礼だったな」



 それなら仕方が無いと、俺はそれに軽く謝罪する。



 態度や見た目からどうにも調子が狂う相手だと、異様な不陰気を持つ老人を見つめ警戒心を強める。



「ただ……さっきのでかい男の話を聞き逃しているところ、お前も結局はそっち側なんだろ?」

「勘違いしないで欲しい。ワシはどちらでもない。ただ興味があってここに来た。それだけだからのぉ」

「どうだか……口だけならいくらでも達者になれるからな……」



 …何だこいつ。全く隙がねえ。



 見た目に惑わされずに様子を伺っていた俺は小さく舌打ちを鳴らす。話ながら状況を把握しようするも、目の前にいる指揮官には全くの隙が見られずにいた。研ぎ澄まされた無駄の無い動作は、老人とは思えない程に俊敏な動きをしている。



「もっともな意見だ…しかしこれ以上の余談はそれくらいにしてもらおうかの……。それで、君はどうするのかの?降参するのか?無駄だと分かっていても歯向かってくるかの?」

「…俺の選択肢がAを『死』として、Bが『懇願』としての二つしか選択権がないと思っているなら……それは大きな勘違いだ」



 老人の挑発とも受けとける発言に剣を構えると、腰を落として攻撃態勢に入り目の前の指揮官を見据える。カシャリと周囲から銃を構える音が響くが、指揮官は手を上げて制する。



「…というと?」

「俺は選択肢Cの『てめぇら全員をぶっ飛ばして彼女を助ける』を選ばせてもらう」

「カカッ!面白いことをいうな君は。いくら強靭な力を持ってしても、この状況を覆のは不可能に近いということがわからないのかね?」



 それに指揮官は高笑いを返す。笑っている最中も、話しをしている間も、男は常に一定の姿勢を保ち続けていた。被っている帽子のツバを指先で掴ると、左右に動かして整える。帽子を動かす仕草に一瞬だが隙が見えた。



(……あえて隙を作り、此方の出方を伺うか。まるで落ち着いている。この兵の集団から、気がかりな異質な空気を感じていたが…やはりこいつだったか)



 動きに全くの隙が見られない。全身の皮膚がまるで神経のように張り巡らされている。



 足腰がしっかりしているところ、相当鍛え抜かれている。……ただの老人って訳でもない……よな。



「……ただ後ろでこそこそしてるだけの年寄りが……随分と言ってくれるじゃねえの?……勇者の実力を舐めてると痛い目に合うぜ?」



 強気の姿勢で挑発を返す。涼しい顔で受け流す指揮官のその様子に、力を使い自身を瞬間的に加速させる。一瞬で間合いを詰めると、無防備な指揮官の喉笛に剣を突きつける。



「…何が可笑しい?」



 しかし驚きを見せたのは指揮官ではなく優だった。眉を眉間に寄せ、老人の顔を見る。優の瞳に映る指揮官は驚愕や恐怖の色は無く、むしろ殺されかけた事に歓喜の表情を浮かべていた。



 それも一人ではない。優を囲んでいる兵隊の全てが侮辱するように笑みを溢している。まるで優の行動を愚かな行為だと嘲笑っているかのように。



「カカッ!カカカッ!」

「何が可笑しい!」



 剣を指揮官の首筋に目掛け力強く振りかざしす。一皮一枚切れる程度にギリギリの寸止めをしてみせる。それに相手の反応を伺う。



 ……おいおい、マジでなんだこいつ?



 指揮官の微動だにしない姿に優は疑念の色を見せる。今の一手で下手をしたら殺されていたにも関わらず、指揮官は顔色一つ変えずに佇む。



「…お前、やっぱりただの老人…じゃないな?」



 優の疑念は確信となって指揮官に尋ねる。普通の人間ならば、少しでも身の危険を感じれば自発的に本能が動き、身を守る為に身体が動く。しかし、その反応を目の前の人物は微塵も見せてはいない。



 …歳くって反応が鈍っているのか?いや、違う…。初めから殺す気が無いということを、読まれていた。だから合えて何も手を出さなかった。



 これはマジでやばい相手か。もし本気で殺す気で剣を抜いていたら返り討ちにあっていたかもしれねえ。



「……例えばの話をしようかの。君は確か、つい先日まで勇者をやっていた。……でだ。何も勇者は一人だけではない。それは君も知っている事だろう?」

「ああ……それがどうした」

「話は最後まで聞くものだ。そして、勇者は君以外にも存在し、それは過去に名を刻んだ先代の勇者も含めるとしよう」



 そこまで言うと、突然扉の向こう側に居る兵が騒ぎ出した。抑え付けられていた魔王が暴れ出し、取り抑え付けられながらも必死に身を乗り出すと、焦燥の表情を浮かべた魔王は声を上げた。



「…ゆ、優くん! 今すぐそいつから離れて! 嫌な予感がする!」



 ゾクッ



 背筋に鋭い悪寒が走る。理由が不明で何なのかは分からない。目の前の相手は無防備だというのに、直感が危険信号を鳴らし、嫌な予感を肌を伝わり感じ取る。



「ッチィ!!」



 指揮官が結界無いに入っている以上は迂闊に発砲できないと考えると、指揮官から間を空けるべく、即座に身を後ろに向かって跳躍すると俺は即座に≪想像イメージ≫する。



「もし…目の前に立っている男が元勇者だとして、それに気づくのが遅れて隙だらけなお主はどうなると思う?」



 ボトリという何かが落ちる音。それと同時に急に足に力が入らなくなる。




 気がつけば俺は平衡感覚を失い、床に倒れ伏していた。




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