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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
13/112

勇者VS勇者候補者



「構えー!! 放てぇ!!」



 一人の掛け声を合図に、城を囲むように配置された兵士達が一斉に大砲の弾を撃ち込む。



 ッドガ、ドガガガガガガガガガガ!!



 音で大量に打ち込まれているのが分かる。まるでマシンガンだ。



 立て続けに打たれる砲弾。それによって城のあちこちの壁が砕けて天井の一部が崩れ落ちてくる。



「おいおい、なりふり構わず無茶苦茶してくれるな」



 先ほどまで感じた複数の人の気配は、住民ではなく部隊の一部か。



 前方を集中砲火しているとなると、乗り込んだ部隊は奥で待機しているっぽいな。



 わざわざ魔法を使って来ないのは体力温存が目的か。

 


「優くん…ちょ、ちょっとこれはまずいんじゃないの?」



 魔王が心配そうになるのも仕方がない。てっきりすぐ止むもんだと思ったが、予想以上に弾の予備があるらしい。打ち込まれていく弾は一向に止む気配がない。蜂の巣のようになった城は崩れ落ちる速度が速くなっていく。



「あわわわ~」



 最初はすぐに落ちっこないといった感じの余裕の笑みを漏らしていた魔王だったが、さすがに著しい速度で崩落していく様に危険を感じて頬が引きつっている。



「…邪魔が入って気が紛れちまったな」



 そんな中でも俺は魔王のその言動に気を留めずにいた。



 目の前の相手に意識を集中している俺は、決して意識を反らさず目の前の相手にだけ意識を傾ける。相手は初めとは明らかに不陰気が異なっていた。



 白木の放つ矢には厄介な事に気配が薄いという脅威を秘めている。奇襲向きの戦法が多かったということは、その分だけ手数が多彩であるということ。



 奇襲が失敗した時の次の一手を幾つも備えなければ、一撃で仕留める事が難しい強大なドラゴンを易々と射止める事は不可能だ。



「…よく言うな、あの程度だったら大した問題じゃないだろうに」



 落ち着きを取り戻した白木はニヤリと笑みを零す。最初にあったときとは違い、白木はなめきっているような態度から俺の仕草に警戒する姿勢を取っていた。



「何時までも動かないんじゃ日が暮れちまうぞ」

「…調子に乗らないで欲しいね、あれはちょっと油断しただけだ」



 …俺は調子に乗った覚えはないのだが。



 むしろさっきまで調子に乗っていたのはお前では? という言葉は自重して飲み込む。



「……その割には取り乱していたじゃん」

「え、あ、あれはその……突然のことに少し驚いていただけだ」

「お前嘘下手だろ、ちゃんと俺の目を見て言え」



 明らかに言葉を濁したし、目をキョロキョロさせてるし、どう見ても今考えたセリフだよなそれ。



「…やかましい、虫が飛んでて気になっただけだ」

「……あっそ」



 白木の反応を見た限り、またこいつもめんどくさい奴か。



 下手に構うのは無駄かもしれない。



「……まあそういうことにしといてやるよ…というかさ、さっきから思ったんだけどお前最初に会ったときと全く口調ちげぇーじゃん」



 最初に会ったときは、こう、なんていうか。もっと嫌味の篭ったような、若干敬語寄りの口調で紳士ぶっていた。



 それが今では完全に知り合い同士な感覚の話し方だ。



「あんなんキャラ作りに決まっているだろ、何ていったって私は勇者候補として選ばれた身なんだから。少しでも勇者の候補者らしくそれなりの身の振る舞いをしないといけないだろ?」

「何に影響されたらあんな振る舞いになるんだよ、絵面まんま悪役に匹敵するレベルだったじゃねえか」

「え、そうなの? 悪者ぶる方がカッコイイって聞いたんだけど」

「俺からしたらただの性格がくっそ悪い奴にしか見えなかったぞ」



 通り名で『歩く財産』と名されている時点で無駄だと思ったが、あえてこのことはいわないでいてあげるか。



 そうこうしている内に、砲撃がいつの間にか止んでいるな。



「・…!…・…・?!」



 弾が尽きたか。まあそれもそうか、最初から随分と飛ばしていたしな。



 もしかして城一つすぐに落とせるとでも高を括っていたのか? 知性の欠片もない奴が指揮を執っているみたいだな。こっちとしては好都合だけど。



「さて、邪魔な砲撃がなくなったようだし…そろそろやるか」

「こっちとしては何時でもよかったけどな」

「魔王は下がってろ、これは俺とアイツとの戦いだ」

「え、でも…ううん、分かった」



 こういう時だけは話の分かる奴で助かる。



 腰に掛けた剣を構えると同じく白木も弓を構えた。



 睨み合ったまま二人は一歩も動かない。風通しが良くなった事で気持ちの良い風がなびく。



 一瞬の瞬きさえ許されない。



 世界が静止したかのような時の中で静かにじっと見つめ合う。





 ----ッコン





 二十秒ほど睨みあった状態が続いた時だった。俺と白木の間にある一部の天井が崩れ落ち、一つの欠けらが床に落ちて音を響かせる。




「「――ッ!!」」




 その音を合図に、俺と白木はほぼ同時に動く。




 

 俺はなりふり構わず一気に加速して白木の元に駆け出した。対して白木は落ち着いた様子で弓を構えると俺に向けて矢を放つ。



 今までの放たれてきた矢となんら変わりは見当たらない。



 ……隙を突いたっていうならまだしも、何度も同じ手が通用すると思っているのか?



 無論、白木は通用しないという事は分かっているはずだ。考えられるとしたら罠があるとしかいいようがない。



「いよっと!」



 剣で矢を弾くという考えを止め、俺は大きく横に飛んで矢を避ける。その直後、放たれた矢が急激に速度を上げた。ついさっき立っていた空間を一瞬で突き抜け、唸りを上げて壁を紙粘土のように貫いて行く。



 設置型、もしくは操作型の加速式魔法か。



 てっきり触れると爆発するとかそういうものが仕掛けられていると踏んでいたが…。白木の口に動きは無かったのを見ると、形式は操作ではなく設置型。



 放たれてから一定時間後に、瞬間的に矢の速度を爆発的に上昇するよう仕組んだか。あえて初速で急加速させなかったのは不意を突くために違いない。



 しかし、むしろ俺としては助かったな、正直あれを肉眼で追うのは中々厳しいところだった。真正面から来られたらギリギリ避けれるかどうか、下手したら腕一本持っていかれてたかも。危ない危ない。



「ハーッハッハッハ! その程度か! 残念ながらお前の考えている事は既にお見通しだ、俺に下手な小細工は通用しない、諦めな!!」



 ついでに高らかに鼻で笑い飛ばしてみた。如何にもあんなのを避けるのなんて造作もなかったと言わんばかりに平然を装う。言って思ったけどちょっとわざとらしすぎたかもしれないけど。



 カッコつけておいてなんだけど、あんなの何発も打たれたら避け切れる自信は無い。



「なら…小細工無しでまとめて行かせてもらう…ッ!!」

「え」



 白木の手には少なくとも数えて五本の矢が握られている。



 え、もしかして一気に五本放つってこと?



 相手に弱みを見せないのは基本だけど、もうボロが出そうでやべえや助けて魔王。



 情けないと分かっていながらも魔王にウィンクを送る。



「…………?」



 数秒考えた素振りを見せた後、やっぱり意図が読めずに首を傾げた魔王は取りあえず俺に向かって元気な笑顔を浮かべた。



 ああうん、取りあえず頑張れって事ね。



「…おっしゃ! かかってこいや!」



 白木は五本同時に矢を持って弓を構えている。どうやら本当に五本同時で放つ気満々らしい。普通に考えたら五本まとめてって無理があるように感じるが…ハッタリじゃ…ないよな。



 恐ろしく貫通力が高いとなると防御は不可能に近いか。今のままじゃ避けようにも気が付いたらハチの巣になっているかもしれないし…さて。









 …・…・…








 かかってこいと声を上げた黒沢を見つめ、俺は戸惑いを感じていた。



 初撃を避けられた事には正直驚いた。だから次の一手にも相当の対処を行うと踏んでいた。



 それだというのに、腑に落ちない。



 何だあの姿勢は? 片足を前に出し剣を構えているではないか。…まさか真正面から受けるつもりか。



 罠でも仕掛ける気かと黒沢の動きに注意を払うも、かかってこいと言ったっきり動くような気配が無い。



 何を考えている…? 威力はその目でしっかりと見たはずだろうに。当たったら一たまりも無いんだぞ…死ぬつもりか?



「どうした、さっさと打てよ」

「ッ…!? 何を企んでいる…? どう見ても俺の矢を避ける気がないように見えんだけど?」

「あら、ばれた?」

「…一回避けたくらいで調子に乗っているとは…いい度胸だな」



 奴は見破ったと高を括っているみたいだけど…残念だったね。俺の矢には複数の加速式魔法が段階付けで仕掛けられている。全てが同じ速度だと思ったら大間違いなんだよ。



 そうとも知らず無防備な姿を晒すなんて愚かな奴。



「食らえ! 天穿瞬速牙!」



 俺の矢は最速で音速を超える。肉眼で完全に捉えるのは不可能だ。放つ前に回避行動を取らなければ避ける事すら困難だろう。



 お前の根端は最初から読めている。俺を挑発して五発全部同じ個所に打たせて躱す気だったに違いない…だから先に手を打たせてもらった。



 一本を除く残り四本は追尾式魔法を取り付けてある。もし万が一に避ける事が出来たとしても、咄嗟に避けたその先で四本の矢がお前を射抜く。



 さあ、どうする黒沢!!



 と、生き込んだのも束の間。俺の予想を裏切るよう、矢が放たれた瞬間も黒沢は身動き一つ取らない。



 何をしている…まさか本当に真正面から受ける気なのか!? 受けられるはずがない!!



 しかし黒沢の行動は俺の予想を更に上回っていた。てっきり剣で矢を弾くのかと考えていたのだ。

 


 なのにどういう事だ、よく見れば黒沢の手には何も握られてはいないじゃないか。矢を放つ寸前まで握られていた剣を、必要ないとばかりに鞘に納めてしまっているなんて。



 まさか居合いか。…いや…それはありえないか。なんせ小さな弾丸ならまだしも弓と弾では剣に生じる重みが圧倒的違う。加えて魔法で強化されているんだ、下手をすれば剣が弾き返されて死んでしまう。



 それに、そもそもあれは居合いをする姿勢じゃない。見たまんまだ…今の黒沢の状態はただの丸腰と何も変わらないじゃないか。あんな素手の状態で何をするつもりだというん…ッ!?



 黒沢の身体が動く。パシンと音が響くと同時にその手には矢が握られていた。



 目の前の光景が信じられず俺は驚きの声を上げてしまう。



「っはぁ!?」



 いやいやいやいやいやいやいや、ありえないだろ普通に考えて。だって音速だぞ!?



 当たれば身体の一部が弾け飛んでもおかしくない程の威力を秘めている矢だってのに…それを生身で、しかも素手で受け止める奴が一体全体何処にいるっていうんだよ!!



 再び優の身体が動く。洗礼された無駄の無い動きで適格に俺の放った矢を掴み取っていく。



「っと、ほい。五本ゲット」

「そんな馬鹿…な…」



 あまりにも無謀、あまりにも大胆。



 初めから俺の手の内を知っていなければこんな事、そう易々と行えるはずがない。



「まさか…最初から手の内がばれていたのか…?」

「いいや知らんよエスパーじゃあるまいし」

「では何であんな行動を…」

「普通に考えりゃ全発同じ加速魔法を使うはず無いだろ? 最初は避けようとも思ったんだけど追撃されたら困るし、剣で弾こうにも触れたら爆発とかあったら怖いし。消し飛ばすにもその間隙が出来ちまうしと…まあ他にもあるんだけど複数の可能性を考えた結果、直接手に触れて魔法だけを消したって訳だ」

「…デタラメだ…そんなの」



 口では最もらしく言うのは簡単だ。



「でも予想通り、追尾魔法が取り込んであったじゃねーか。てめーは経験不足で知らねーかもしんないけどな、こういうのは下手に目先の安全を求めるより、若干危険を犯してでも絶対と確信できる安全がなけりゃ意味がねーんだよ」



 結局は頭では分かっていても実行に移せるか移せないかの意思の強さだ。



 単純に能力だけに頼り切っているかと思っていたが、しかしそうじゃなかった。どんなに強大な力を用いても純粋に命の危険をおかしてまで行動に移せるというのは、それだけ胆が据わってなければできない行為。



 強さだけじゃない……通りで敵わない訳だ…。



「…認めるよ、お前は俺より強いって」

「なんだ、急にしおらしくなりやがって。もしかして降参って事?」

「まさか、だからといって負ける気はないよっていう意思表示さ。今度は全力で行かせてもらうよ」










 …・…・…











 さっきまでとは気配が偉い違いだ。刺し違えても倒すという強い意志を感じる。



 矢の本数には有限があるが、白木のあの様子を見た感じだと出し惜しみなく攻めてくるだろうな。



「来な」



 つまり、白木の全力を凌げば俺の勝ちだ。



「俺も本気でいかせてもらう」



 いい機会だ、俺の力が何処まで通用するのか実践を踏まえて試させてもらうとしよう。



 頭の中で思い描き、想像イメージする。



 それは天馬てんまの使っていたあの瞬発力。とはいっても天満と同じ脚力を手に入れる為ではない、あくまでも再現だ。理想に近づけ自分のスタイルに合ったオリジナルとして。



 どんなに速度が速くとも身体が適応できなければ意味が無い。天満だからこそできた芸当であって、慣れていない俺の身体では上手く扱えないのは目に見えている。



 それに速すぎて視界を認識できなければ見えてないのと同じだ。動体視力の関係上、歩数は少なくした方がいいだろう。最低限、今は自身に合った認識できるギリギリの範囲を狙うしかない。



 地面に圧を掛けていくが、その足に掛る重みや反動で走るのではない。狙うは納得のいく速さ、空気を蹴り上げるような軽やかさだ十分だ。



 想像イメージを終えた俺は足を一歩前に出し、トンッと軽く地面を蹴り上げる。



 それはつま先を優しく地面に置いたような音。だがそんな小さな音に反して俺の体は一気に加速した。


  

「っな?!」



 俺の突然の俊敏な動きに白木は驚いたのか目を瞠る。咄嗟に矢を構えたが射ようとはしていない。



 トンットンットンッ



 俺は白木の周りをけん制するように距離を置いて三度飛び跳ねて見せたが、やはり矢を射る気配はなかった。闇雲に打ってこない辺り、内心は冷静に隙が生まれるのを待っている。



 …安易に懐に飛び込まない方がよさそうだな。



 様子を見ながら少しづつ俺は白木との距離を縮めていく。何度か動いたおかげで大よその動きの感覚は掴めたが、段々と酔ったような不快感が胸の奥から込み上げてきた。



 思った通り身体が付いてこれていない、やはり天満のような動きは到底無理か。



「っく!」



 それでも白木を惑わすには十分な有効手段ではある。動き回る相手を矢で射るというのは困難を極めるからな。



 ジワジワと迫りくる俺の動きに白木は目に見えて焦りを露わにしていく。



 そしてあと一歩で懐に潜り込めるという距離にまで迫ったその時だった。



「ックソ!!」



 流石にこれ以上は堪え切れなかったか、白木はどれも俺の居る位置とは全く違う方向に向けて矢を放つ。



「焦ったな」



 遂には最後の一本になった矢を手に掛けたところで白木の動きが止まる。その隙を狙い、俺は背後に回り込むと一気に懐へと飛び込む。



「俺の…勝ちだ!」



 が、その瞬間。俺の瞳に鋼の刃が視界いっぱいに映り込んだ。



「ふぁ!?」



 慌てて顔をのけ反らし襲い掛かる矢を避ける。しかし間一髪避けられたのも束の間、床や天井、壁を貫通して四方から飛び掛かる。



 あの野郎、威力に任せた荒業で死角からの奇襲を仕掛けてきやがった。



「誘いに乗せられたって訳か」



 目の前では白木が俺に向けて矢を構えている。先ほどまでの慌てた様子はない。



 最初からこれを狙っての行動だったか。



「天穿瞬速牙!」



 ほぼ床に着地するであろう瞬間を狙って白木から音速を超える矢が放たれる。



 四方の矢を対処しても一本の矢が俺を貫き、着地寸前で万が一避けたとしても四方の矢が俺を射抜く算段か。



 まともに受けきるのは難しい…なら!



 俺は咄嗟に剣を床に突き立てると、力任せに身体を持ち上げ回転させた。



 一本の矢は剣で弾き飛ばし、その際に生じる反動を利用し剣を後ろに放り投げる事で、背後から迫る矢に衝突させて軌道をずらす。そして空いた両手を使って残り二本を掴み取る。



 これで全部…ッ!?



 着地した直後、安心する暇もなく見覚えのある弓が顔に向かって飛んでくる。即座に顔を伏せて直撃は免れたが、居るはずの白木の姿が見当たらない。



「何処に…!?」



 顔を上げると白木が短剣を持って斬りかかってきていた。



「死ねぇえええええええええ!!」



 顔面に向けて躊躇なく短剣が振り下ろされるも、俺は避ける事なく手を前に突き出す。



 右手で短剣を掴んだ白木の手を抑え、中指を突き出した握りこぶしの左手を白木の溝目掛け打ち込む。



「ッカッハァ!?」

「悪いけど、こんな短剣じゃ怪我はしてもそうそう致命傷にはならねーよ」



 倒れ込む白木を他所に、俺は落ちた短剣を拾い上げる。



 短剣といえど普通は突然取り出して襲い掛かられればたじろいでしまう代物だが、実際には命を奪うどころか精々指の数本を切り飛ばせる程度でしかない。



 それどころか何だこれ。コイツの持っていた短剣、良く見てみると一般的なナイフに比べて刃があまり鋭利に研がれていない。



「ッハ…コハ…ッ!!」

「この短剣…護身用…じゃないよな? これもしかして……果物を切るためのナイフか何かか?」

「ッ!?」



 それに悶え苦しんでいたはずの白木はピクリと見るからに反応を見せて動かなくなった。



「…あ、やっぱりそうなの?」



 確認に視線を送ると無言で目を反らされた。どうやら図星らしい。


 

 何故この男は果物を切るだけのナイフを手元に収めていたのだろうか。もしかして果物が好きでいつでも切って食べられるように常時携帯しているとかそんなのか?



 ジッと白木を見つめる。



「………」


 

 すると白木は今度は頬を赤くして顔を逸らした。どうやら意外そうに見られていたことに恥ずかしさを感じたらしい。



 その白木の男らしからぬ行動に俺は思わず嫌そうに顔を顰める。



 何で男が顔を赤らめるんだよ。恥ずかしいからって男のこいつに顔を赤らめられても全然嬉しくねえ。



 勝ったのに気分が悪くなるとか、すげぇ複雑な心境だ。



「……まあいい、負けたのは私だ。殺すなりなんなり好きにしろ」



 今しがたプイっと顔を背けたばかりだというのに、今度は急に睨みつけてきた。



 照れるか怒るか恨んでいるのか、ころころ表情を変えないでどれか一つだけにして欲しいと俺はこめかみを押さえる。



「あーそれについてだが」



 白木を本気で恨み掛けたが、魔王を殺そうとしていたものの結局は死んではいなかった。そもそも被害を一番に受けたのは魔王であり、そもそも俺も勇者という立場だった身、白木の行動をどうこうする権利は無い。



 ……どうすっかな。



 腕を組んで首を傾げる。普通に考えれば悪人は俺と魔王。そして善人は白木だ。



 噂では白木は『歩く財産』と呼ばれていたくらいだ、金目当てだったと考えていいだろう。



 しかしそれにしては白木の発言や振る舞いが些か引っかかりを覚えるのは気のせいか。少なくともえばったりするのが白木にとってはカッコイイ勇者の在り方と思っていたらしいし。



 こいつ、勇者を何かと勘違いしてねえ?



 というか普通に考えて、勇者になろうとしている奴が何の理由があって金をじゃらじゃら持ち歩くんだよ。気味悪いわ。金目当てにしか見えなくてそんな奴に守って欲しいと思わねえだろ。



「……おい、さっさとしてくれ」

 


 白木の声にハッと顔を上げる。



「あー、それについてだが、お前別に悪い奴じゃなさそうだし、今回は助けてやる、感謝しろよ?」

「っはぁぁ?!」



 俺の言葉に白木は呆れた声を上げた。



「本当か…? 嘘じゃないだろうな?」



 訳が分からないという顔だ。まあその反応が普通だよね、殺そうとした人間に自分は負けたというのに助けてもらえるなんて虫が良すぎる話だし。むしろ生かして何かに利用しようとしているのではないかと疑うに決まってるか。



 でも下手に疑われて再び襲われても面倒だし…。



「じゃあ、そうだな…一発ぶん殴っただけじゃ物足りないから、もう一発殴らさせてもらうって事でチャラにしてやるよ」



 問題を起した白木には個人的な怒りがある。折角だし後腐れなくスッキリした気持ちで終わりたい。



「え、いや、ちょ!?」



 しかし白木は慌てた様子で後ずさった。頬を引きつらせてもの凄く嫌そうな顔になっている。



 怯えさせないよう、俺は白木に向けて爽やかな笑顔を浮かべた。



「ハハ、そう遠慮するなって。第一言い出したのはお前だろ?」

「いやそれはそうだけど…あの時、殴られた俺はあんだけ吹っ飛んだんだぞ?! そんなに力んだらどうなると思っているんだ?!」



 それに俺は力の限り握りしめた拳を見せる。



「大丈夫だって、殺す気でやるから」

「殺す気満々じゃねーか!」

「はっはっは、ってい!」



 




 ・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・…・… 



 



 

 

 あいつは本当に俺を殺さないのか…?


 

 白木は朦朧と意識が飛びかける中で二人の様子を探る。黒沢は拾い上げた剣を腰に掛け、倒れ伏せたままの俺の姿を一目見て確認すると、そのまま見守り続けていた魔王の元へと駆け寄っていく。



 どんな理由があって一緒に居るのかは知らない…だが、少なくとも俺はお前の大切な人を殺そうとしたという事だけは分かる。それなのに俺を助けるというのか?



 信じられずに何かあるのではと疑う。だが黒沢は振り向きもせず、戻ってくるおろか一向に殺そうとする気配が無い。


 

 …その甘い考えは、いつか絶対に後悔することになる……。と、そこで黒沢と魔王の会話が耳に入る。 



「悪いな魔王、大分待たせたが全部終わったぞ」

「…むにゃ……ぁ、優くん……終わったの?」 

「……え?」

「……え?」



 黒沢は魔王の軽い反応にピクリと眉を吊り上げる。



「え、何今の反応」

「ん? …あ、いや、その」

「……おいこら魔王…今寝てたろ」

「ね、寝てないよ? ぜんっぜん寝てないよ?」

「嘘だな、絶対嘘だな! 今むにゃっていったじゃねえか! 嘘じゃないなら俺が白木とどうやってどうなったか説明してみ?!」

「え…えっとぉ………土下座して負けてくださいって頼んだ?」

「お前ちょっと表でろやあ!」

 

 

 そのやり取りに思わずくすりと笑ってしまう。



 ……いや、この人達なら大丈夫か。



 薄れ行く意識の中、魔王と楽しそうに話している黒沢の姿を最後に俺は意識を手放した。











「…ん?」

「どうしたの優くん?」



 一瞬気配を感じた気がした優は床に倒れ伏せる白木を見る。



 気のせいか、今少しだけ笑っていたような……。





「…………いや、何でもない」





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