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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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悪魔の微笑み



 一分とはこれまた短くとも長い時間だ。動けない相手に一方的に手を出せるのだから、殺すつもりなら数秒あれば事足りる。



 まあ流石に場所を吐かせるまで殺す訳にもいかないが、それでも完膚なきまでに叩きのめすくらいは容易だ。



「一分どころか十秒あれば十分だ」



 そういって、俺は拳を握りしめてチェックに殴りかかる。まずは防御結界を破壊しなくてはどうにもならないからな。



「っぎぁ!!」



 拳に手ごたえが生じて悲鳴が上がる。ガラスの割れた音とともにキラキラと光る粒子が飛び散る。衝撃を抑えられず無防備に殴り飛ばされたチェックは受け身をとることもできず、地面に何度も身体を打ち付けられて横たわる。



 よし、地面に打ち付けられた事による外傷を受けているところ、今ので確実に結界は失われたようだな。



 念のためにと周囲に他の障害となりうる危険は無いかを探ったが人の気配は無い。つまりは俺等を邪魔するものは何もないって訳だ。



「おっさん! 結界は破壊した、今なら攻撃は通るぞ!」

「そうか、ならまずは逃げられないよう…両手両足を切断させてもらうとしよう!」



 結界を再度張り直す隙を与えはしない。すかさず剣を構えていたブライトがチェックに向かって飛び掛かり、抗う事も出来ずに刃をその身で受けていく。



 不得意と不満気に言っていた割には、素早い身のこなしであっという間に両腕両足の計四回の攻撃を叩き込んでいた。



 へえ…おっさんもまだまだ実力を隠しているって事かい。



「あの、お兄さん…? 前が…見えないのですが…」

「いいと言うまで暫く目を瞑っててな、いいかい」

「え、えっと…わ、わかりました」



 素直に頷いて瞼を瞑る少女に、頭に手を置いて優しく撫でる。



 ブライトの発言を聞いた瞬間、慌てて目を塞ぎに向かって正解だった。こんな純粋な少女に見せるにしては、動けない相手の四肢を切断なんて光景はあんまりにも衝撃が強過ぎる。



 どうせならあのまま俺も参戦したいところだが、もはやおっさん一人で十分だろう。それよりも万が一を備えておいた方がいい。



「…なるべく俺の傍から離れないようにしろ」

「う、うん」

「おし、いい子だ」



 しかし…ブライトのあの剣捌きは見事なものだった。幾ら動けない相手に向けて振り下ろしたとは言え、正確で精密に一寸の無駄もない軌道は熟練者の腕だ。もしも本当に不得意分野で熟練者並みの腕があるのだとすれば実力は相当に高い。



 なーにが勝ち目のない勝負はしない主義だ、よく言えたもんだ。身体能力は此方が優っていたとしても、技量はおっさんの方が遥かに上だな。



「終いだ。諦めてさっさと魔法陣の在りかを吐きな、こっちの身としてはあまりいたぶるのは趣味じゃないんでな」

「………」

「だんまりか、なら直接覗くだけだ」



 チェックを蹴り飛ばし、表を向いた顔に向けて瞳を覗かせる。



 命を削る代償に対象の自由を奪える瞳…か。口を割らない相手には持って来いな代物だな。



「そうだ…俺の目を見ろ」



 ブライトの覗く瞳がチェックの内を暴く。拘束が解けない以上は逃れはしない、それに四肢を失った今では反撃も不可能だろう。



 それよりも気になるのが残された時間だ。奴と出会ってからどれくらい時間が経ったか。



 思い浮かべてもそれ程に長い間争ってはいなかった。せいぜい経って三十分程度だろうか、まだ一時間近くは残されているとなれば時間はある。



 …後は居場所さえ分かれば少なからず可能性はある。ここは少しでも早くブライトの返事が欲しいところだが…。



「……っきひ」



 希望していた声の主とは違い、数十秒の沈黙が続く中で最初に口を開いたのはチェックだった。



「きひひ、きひひひひひひ!!」



 最初の笑いを発端に不気味な笑い声を何度も上げ、対するブライトの表情には曇りが生じ始める。



「気でも触れたか…?」



 いや、今までもそうだったが…諦めた…といった感じには見えないな。さっぱり意味が分からんぞ。どうして奴は笑っていられるんだ? 



 一分経って拘束が解けたとはいえ、あの状態では何も出来るとは思えない。が、あれは奴に余裕があってこその愉悦だ。



「…まさか…他の能力か…?」



 ハッとして思い浮かべる。チェックは複数の能力をまだ隠し持っていた、その中に今の状況を打開するような切り札があってもおかしくはない。



「しかし、ここまで追い詰められるまで隠す必要は無い…はずだしな」



 この状況を打開できるような魔法があるとは到底思えない。肝心の時を止める力は何の役にも立たないというのに。



 奴には驚異的な再生能力に近い物があるが、それをブライトがみすみす逃すはずがない。物を操ってドサクサに紛れる手もあるが、動けない今、その程度では時間稼ぎ程度にしかならない。



 そうなると、やはりまだ別の何かを隠し持っている可能性が一番に高いが…。



 チェックは微動だにしない。見た者によっては諦めてブライトに身を委ねているようにも見える。



 見える…が、おっさんの表情を見る限り宜しくない状況なのは確かだ。



「…おっさん! 一旦そいつの傍から離れろ!!」



 返事が無い。意識を集中させて此方の声に気が付かないのか。そうだとしても無防備過ぎやしないか。



「……ブライトさん? どうしました…か!?」



 モヤモヤとした気持ちが晴れぬまま、様子がおかしいと感じたフィレットが傍まで近寄る。傍まで近寄って、フィレットはブライトの肩が微かに震えている事に気が付いた。



「え、ブ、ブライトさん…何が!?」

「来る…な!!」

「何を…ッ!?」



 覇気の無い声とともに近寄ったフィレットの手を払いのけると、ブライトの身体が力なく横へと倒れた。異変に身の危険を感じたフィレットは後ろへと下がり距離を取る。



 見た目では外傷は見当たら無い、喰われたという訳ではないようだが…。尋常ではない汗を額に浮かべ、浅い呼吸を何度も繰り返している。



「優さん!」

「ああ、分かってる。だがおっさんの身体に大きな怪我は見当たらねえ。それよりも笛の効力はどうなってる? 効力が解けない以上は手出しする事は不可能じゃなかったのか」

「解除はしていません。それに効力が切れるには数時間は要しますし、意図的な攻撃は絶対に不可能です!!」



 つまりフィレットの効力はまだ続いているはずだという事か。



 意図的というからには無差別といった無意識、それに予期せぬ事態に対しては効力は弱い。その証拠にフィレットのような笛がチェックに対して有効だった。ある種の弱点であり抜け道である。



 その弱点を突いて油断したブライトに攻撃を仕掛けた…という可能性は無くは無いが…それは一体何時に起きた話だ。



 背後から、それも少し離れた距離で正確には見えていなかったとはいえ、様子がおかしいと感じるまではこれといって何の気配もなかった。



 それとも…まさか、瞳の力の使い過ぎによる反動が原因で…?



「きひ…残念だったね」



 チェックの発言を聞いた限りだと、どうやらどちらの予想とも違って原因は奴の手によるものらしい。



「てめぇ…何をしやがった…!?」

「何って…大した事はしていないさ」



 その言葉を聞き終わると、目の前で横たわっていたフィレットが平然と身体を起こす。



 ほんの数秒前まで自由を奪われ、手足を失って身動きが取れない状態だったというのに。瞬きが終わる頃には二本足で立ち上がっている。



「ッチィ!?」

「な、どうやって…ッ!!」



 目の前で起きた光景が信じられないのか何度も瞬きを繰り返すフィレット。それもそのはずだ、何せ切ったはずの手足が一瞬でくっ付いて、更にはフィレットは重力による拘束をまだ解いてはいない。



 先ほどまで身動きが取れない程の重みを受けていたはずのチェックが、途端に何食わぬ様子で身体を動かしているのだから驚くなという方が無理がある。



「きひ、そんな事よりもー…隙だらけだ」



 その隙を狙ったチェックはすかさずフィレットに向けて飛び掛かる。



 だが、休戦協定がある限りはフィレットの言う通り意図的な敵意が向けられる以上は安全である事に違いはない。その証拠に先ほどまでチェックは手出しを出来なかった。



 そんな事は身を持って体験していたはずだ。それなのに奴は何を考えている?



 打開策でもあるというのだろうか。理解出来ずに首を捻るも、フィレットも思っている事は同じらしい。



「何度やっても無駄ですよ、休戦協定の効力が続いている限りは」



 自分の力に自信を持っているのだろう、俺と同様の考えを持ったフィレットは落ち着いた様子で避ける事もなく、再び次なる手を打とうと身構える。



 まさか物を操ってぶつけるのを試すのかと予想して身構えるも、どうやらそうではないらしい。馬鹿正直にチェックはフィレットに向けて一直線に突っ込んでいく。



 常に目を光らして少しの動きにも警戒を払っていたが、ブライトの時と同じで怪しい動きはなかった。



「きひひひ!」



 速くもなく遅くもなく、変哲も無い。まるでスキップの如く普通の速度でフィレットに近づいていくチェック。



 しかし謎だ。奴はどうやって再び身体を直した…? 瞬きをしている間に両手両足が元通りに治るなんて、そんな自己再生能力があるとでもいうのか?



 少し考えて、やはりそれはないなと否定する。



 俺と戦っていた時と今とでは直るまでの時間があまりにも合わない。そもそも再生能力とは別の、何らかの方法を使っているのは間違いないはずなんだ。



「そう…何か…何か…」



 浮かび上がる疑問とは別に、モヤモヤとした違和感が脳内で警告を発した。



 奴は言っていた。時間を操れると。



 それをわざわざ俺に伝えた意図は? 考えても見れば、止める以外にまだ能力を使ったかどうかを分かっていない。少なくとも奴には、俺に、俺等に勝てると確信できる程の絶対的な何かがあるんじゃないのか?



 ゾクゾクと背筋に悪寒が走る。



 フィレットは避けようとはしない、瞼を閉じて音色を響かせている。





 もし、もし仮に時間を操れる対象が、その全てだとしたら。




「フィレット!! 逃げろぉおおおお!!」



 後先考えずに身体を動かしフィレットの元に駆け寄ろうとした、その直後だった。



「…今頃気が付いたの? もう遅いよ」



 チェックの悪魔の微笑みを最後に、ブチブチと引き千切る音が辺りに鳴り響いた。



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