共闘
言葉の意味を聞いてから理解するまでの間に生じた、身体の奥底から湧き上がる悪寒。理解した事で生じた底知れぬ恐怖が、額から噴き出した汗が大粒となって頬を伝い地面に落ちた。
聞き間違いではない、小馬鹿にした笑い声が優の鼓膜内で響く。
「…な…に…? それは一体どういう…」
チェックの吐息が掛かる度にゾワゾワと全身に鳥肌が立っていく。
言われてみればそうだ。チェックは一言だって時間を止める能力だなんて口にはしていなかった。
変わりとして奴は、初めて出会った時から俺に向けてこう表現していた。
『時間を操る能力』だと。
だが本当なのか…これは奴の惑わす為の虚言な可能性はある、確かめようがなければくだらない憶測に過ぎない。
もし仮に本当に時間を止める以外の事ができるのだとしたら、それを見せる前に片をつけてしまえばいい。
即座にチェックの元から離れると、違う想像を作り出す。
「なら…早々に決着をつけるだけだ…!」
対処はチェックに向けて、上空に飛ばす想像を作り上げる。
するとチェックの身の回りに風が巻き起こし、見事に身体を上空に浮かせた。
「空中で何かできるものならして見せろ!」
この状況では分かっていても避けられまい。
飛び上がり、無防備となったチェックに向けて剣を穿つ。
さあ、どうでる。また時でも止めて見せるか?
「無駄だよ」
予想通りまたしてもチェックの姿が消える。時間操作による視界内からの瞬間的な離脱。
いつの間にか地面の上に悠々と立っているチェックは、飛び上がっている俺を下から眺めていた。
となると、止まった世界の中でも重力の効果を受け付けるという事か。衝撃も身体に伝わるとなると、受け身か顔を上げる行為で時間が動き出したと見て取れるが…。
「知ってたさ」
あくまでもそうなる事は範囲内。もしも避ける事が可能だとしても、降りつく先はその真下。何かの行為を行えば時間が動き出すのなら、必然的にその場で時間が動き出す。
それを事前に知っていれば次の手を打つのは容易い、罠を仕掛けるには持って来いだ。
「お…お!」
「だから、仕掛けておいた」
時間が動き出すと同時に、チェックの足元周辺に転がる大量の瓦礫の山が瞬時に浮き上がり、囲うようにして飛び掛かる。
いくら起動する際のタイムラグがないとは言え、認識してから発動させるまでの反射速度が遅ければ意味は無い。
逃げようにも人一人が通れる程の大きな隙間を与えてはいない。あのタイミングでは時を止めたところで…どうやったって瓦礫が邪魔をして意味をなさなかったはずだ。
もはや目視ではチェックが瓦礫の向こうに閉じ込められたのか確認はできないが、それでも尚も瓦礫は飛んでいく。
暫くしてチェックが立っていた場所に大きな瓦礫の球体が出来上がった。
もしも中に閉じ込められたのだとしたら身動き一つできないだろうが…さて…。
念のためにも周辺に気を配る。
油断して背後を狙われたらかなわねーからな…。
しかしチェックの姿は何処にもない。
まあ、もしそれを想定して目視できる範囲外まで逃げていたとしたらお手上げだが…。
…それはないだろーな…カラクリは分からないが、状態の維持には相当の消耗を必要とするはずだし。
それが魔法の理として同じく法則が成り立つのなら…だが。
一応何かしらを対価に支払ってはいるだろうが、しかしあれだけよくもまあ何度も時を止められるよな。俺の言えた事じゃないけど。
安全を確保しつつゆっくりと球体の傍まで近づく。少し手を前にすれば球体となった瓦礫に手を触れられる程に。
変化はない。もしや諦めて大人しくなったのか。
「そんな訳ねーか」
この程度で根を上げる輩とは思えない。暴れている様子も無いが、チェックの能力では逃げれはしないはずだ。
中に閉じ込められているであろうチェックに向けて声を上げる。
「…おい、聞こえるか。お前の負けだ、約束通り陣の場所を教えろ」
そういって、優は球体に向けて耳を澄ます。
殆ど密封状態とはいえ口が動かせる程度の隙間はある。何か喋れば声くらいは聞き取れるはずだが……。
が、一向に返事が返ってこない。
まさか、この後に及んで口を割らない気でいるのか。
それに優は歯ぎしりを立てると、苛立ちに声音を上げる。
「……おい! 聞こえてるんだろ!? 何か言ったらどうだ!!」
それでも返事が返ってくる気配は一向に無い。
もしチェックの言う情報が正しいのであれば、残り時間から考えてもあまり悠長な事をしている場合では無い。
「てめぇ…! いい加減にッ!?」
前触れも無しに目の前の瓦礫が白い光を帯び始める。此方からは何も手を出してはいない。
「あいつ…一体何を…ッ!?」
意図は読めないが、周辺に魔法を晒して見す見す見逃す気は無い。
咄嗟に手を前に出して光に触れる、するとこれまで通りに魔法が砕け散る音と、淡い光の破片が飛び交い霧散した。…が、魔法が解除されて消えるどころかかえって光は激しさを増していく。
「っな!?」
確かに今、魔法はこの手で破壊した。にも拘わらず魔法が解かれた気配はない。
くそ…仕方がない…!
止められない、そう判断すると優は危険を感じてその場から飛び退く。直後として目の前の瓦礫が四方八方に飛び交った。
凄まじい速度で宙を霧散した瓦礫の数々は、その一部が優にも向けて一直線に飛び交う。
避けきれねえ…ッ!!
咄嗟に剣を操り向かってくる瓦礫を弾いていくが、弾いた直後に方向転換して所定位置へと戻っていく。
だが、奇怪な事に四方八方にばら撒かれた瓦礫の数々は突然効力を失ったように減速すると、音を立ててゆっくりと地面に着地した。
「…これは一体…」
攻撃というよりはむしろ、初めからそうなるようにばら撒かれたように見える。
まさか、時間以外に物体も操る事が可能なのか。
瓦礫の山から解放されたチェックは清々しい顔で俺を見つめていた。
「きひ、惜しかったね」
そういって、チェックは両手を叩いて拍手をする。
その余裕とばかしに笑みを零すチェックの態度はどう見たって、惜しいという励ましの言動とはかけ離れている。どちらかと言うと嫌味だろうか。
「馬鹿にしてんのかてめぇ…」
「だって君、あれだけ凄く殺気立っていたのに…別人みたいに消えてるんだ…もの。駄目だよー手加減しちゃあ…殺す気でこなきゃ」
「…言われなくたって、初めからそのつもりだ」
「きひ、本当に? 今の僕には…殺す気なんて無いように見えるけど?」
そういって、チェックは勘繰り深く見つめてくるが、しかし俺にとってはどう言われようとも関係の無い事。
奴は殺し過ぎた。この先も奴が生きていたら、今以上にこの先奴は沢山の人間を殺すだろう。
どう結論付けたとしても、奴を生かしておく通りは無い。
「だが、早々にお前を殺したら吐けるもんも吐かせらんなくなるだろうが」
「……本当に理由はそれだけなのかなー?」
「お前…さっきから何が言いた――」
「――や…い、いやぁああああああああ!!!」
二人の会話を遮り突如として悲鳴が上がった。
見れば少し先の物陰から出てきたのか、足を小刻みに震わせながらその場に座り込んでいる少女が瞳に映り込む。
何だ…この町の住人か…? 見たところ小さな女の子のようだが…でも何を見てそんなに驚いて…。
そこで少女の視線がチェックに向けられている事に気が付く。どうやらチェックの異形な姿を見て怖がっていたらしい。
しかしあの子も呪人…なのか? まあ、何にせよ両腕を無くして血まみれだからな、誰だって恐怖を感じて当然だ…が…ッ!?
「おい! さっさとそこから逃げろッ!!」
「え、あ、うぅ…!」
おろおろと戸惑いながら涙を流し始めた。隣にあった建物の一部に触れて立ち上がるも、脆くなった建物が崩れてしまい倒れ込んでしまう。
まさか腰を抜かしているのか…!?
「逃げろといっているんだ!!」
しかし少女は身動きが取れないまま、遂には声を上げて泣き出した。
やばい…やばい…。
幸いにも少女に興味が無いのか、チェックは此方に顔を向けたまま動かない。
早く…早く何処か…コイツの目の届かない場所にいってくれ…ッ!!
少女が見ていたのはチェックではない、その少し先で転がっている、さっきまでチェックが食らっていた人の死体に驚いて悲鳴を上げたのだ。
もしもチェックが少女に興味を示してしまったら。そんな考えを首を振って払拭する。
どうにかして奴の注意を引き付けなければ…ッ!?
不意にチェックの首が、少女の方角へと曲がる。
(おい…まさか…)
ゴクリと生唾を飲み込む。チェックは少女に顔を向けたまま動かない。
逆に言えば隙だらけだが…しかし手をだそうにも奴には時間を止められる力がある。ここは下手に手を出さない方が…いや、注意を引くために突っ込むべきか…。
尚もチェックは動かない。優は悟られないよう静かに歩を進め、ゆっくりとチェックの元へと距離を縮めていく。
(一撃で…確実に仕留める…!)
懐に差し掛かるまで、脚力増加を持ってしても速くて二秒…。
駄目だ、二秒もあれば時間を止められる…仮に上手くいったとしても、一撃で仕留められる保証はない。
なら、いっそのこと少女を何処か遠くに飛ばすべきか。
必死に最善な対処を模索していると、何事も無かったようにチェックの首がゆっくりと此方に向けて戻っていく。
…何…だ、良かった。興味を示さなか…ッ!!
安心したのも束の間、直後に優はチェックの浮かべた満面の笑みに、息が詰まるような途轍もない悪寒が背筋を走り抜けた。
「よ、止せ…」
チェックは不気味な笑みを浮かべたまま、再び少女を見つめる。
そして優の言葉を聞いたチェックは一瞬視線だけを優に向けた後、今まで一番に楽しそうな笑い声を上げた。
「きひ…きひひひひひ!!」
戦慄し、恐怖する。その不気味な笑みを浮かべたまま笑い声だけを残し、チェックの姿が一瞬にして目前から霞む。
狙いが完全に俺から少女へと向けられている。
「っくそ!!」
少女の元へ急いで向かうが、その瞬間にまたしてもチェックが表れたかと思えば少女と共に姿が霞んで消えてしまった。
「時間…操作…!!」
何処にいった…何処に消えた…!
周辺を見回すが、チェックと少女の姿が何処にも見えない。
(いや、それよりもどうして奴と共に少女の姿まで消えた!? 奴は両腕を失っているはずだ!!)
消える寸前まで噛み付かれた様子は無かった、しかしチェックは少女とともに姿を消している。
「まさか…違う能力…ッ!?」
焦燥を駆り立てるように、心臓がバクバクと激しく脈を打つ。
もしそうなれば、向こう側の世界の少女を助ける術が無い。
何か打つ手はないのかと、叫び声が優の思考を遮る。
「っやぁああ! ごめ…んなさ…!! ごめん…なさい!!」
「っく!?」
声のした方角へ急いで振り返る。するとその泣き叫ぶ少女の隣でチェックは優のうろたえる様子を楽しむように、笑顔のまま口元をゆっくりと切り裂いていく姿があった。
抱き着くようにして、少女の肩には人形の腕が乗せられている。
(腕が元に戻っている…だとッ!?)
少女までもが姿を消した原因は分かった…が、しかし切り裂いた腕が元通り綺麗に戻っている原因は何だ。
再生能力…? そんな素振りは一瞬だって見せていなかった…いや、そもそも腕をいつ回収した。
時間を止めたとしても行為が働いて動き出してしまうし、そもそも両腕がない状態でどうやって拾う?
隙を見て口で拾い上げた…だとしても腕なんかを口に加えていれば嫌でも気がつく。
「やぁああああああ!!」
っくそ! 今はそんな事は後回しだ…ッ!!
「速くそいつから離れるんだ!!」
そういって叫ぶも、少女は恐怖で顔を青く染め固まったまま動かない。
だからといって助けに駆け寄ろうにも、少女があの状態では迂闊に手を出す事もできない。
「きひ、目の前で人を殺せば…君は本気になってくれるのかなあ?」
「っひ!? ご、ごめんなしゃい…! 私、悪い事したのなら謝るから…! だから…ころ…殺さない…で…!!」
少女の悲鳴が脳内に響く。助けてという悲痛の叫びが何度も反響していく。
だからといってこのままでは喰われていく少女を黙って見過ごす事になってしまう。
「四の五の言ってられねえってか…!!」
そういって、優はチェックの周辺に突風を巻き起こす。
その風の勢いでチェックの元から離れた隙を狙って少女を救う算段であったが、突然吹き荒れてうた突風が消えて静まり返る。
「マジかよ…ッ!」
また、だ。
想像の中断はしていない、不完全ではそもそも現象は起きず霧散するだけだというのに。
やはり奴が何か関わっているのは間違いない。
しかしどうすればいい。何度近づこうともチェックは動き出すタイミングに合わせて姿を眩ませる。
そしてその度に、チェックの口元が、時間が経つにつれて裂かれていって。
「っくそ!!」
近づくのが駄目なら…全力で逃がすッ!!
想像する。それは少女がチェックの目の届かない場所に逃げれるところ。
何処でもいい、何でもいい、チェックの目の届かない範囲なら!!
「――っが!?」
衝撃に目の前の景色が歪んだ。激しい頭痛と不快感が全身を襲う。
(な、何故…い、いや…もう一度…今度こそは…ッ!!)
想像する。それは少女が自分の目の前で座り込んでいる姿。
頼む…間に合ってくれ…ッ!!
すると少女はチェックに噛まれる寸前のところで消えると、優の目の前へと表れた。
「んぁ?」
ガチリと歯と歯が当たった大きな音を立て、対象を失い空ぶった事に首を傾げるチェックを他所に、優は少女を抱きかかえるとすかさず跳躍してその場から離れる。
これまで通りなら時間を幾ら止めようが、こうして空中に滞在している最中なら奴は打つ手がないはず…チャンスは今しかない。
想像する。何でもいい、何処でもいいから…この子を安全な場所に連れて行ってくれ!!
「…う…ぐぅ!?」
しかし願いとは反対に再び訪れた激しい頭痛と吐き気、そして目眩。二度目に渡る衝動に意識を一瞬持っていかれそうになり、慌てて首を振って意識を保とうとする。
「っは…ぐ…ぅうう!! な、何なんだ…何なんだよ一体…!!」
これまでだったら少女を逃がすくらいの事をやってのけたはずだ。なのにどうしてか失敗に終わってしまう。
これでは安全な場所に少女を逃がす術が無い。地上に着地した瞬間即座に飛び上がる。
そして抱きかかえる少女には目もくれず、只管崩壊した町中を駆け回っていると、黙り込んだままだった少女はやや緊張気味の上ずった声を上げた。
「あ、あの…!」
困惑した様子で少女に声を掛けられ、ハッとして俺は少女に顔を向けた。
まだ緊張で身体が強張ってはいるものの、会話を出来る程度までは落ち着いたようだ。
「その、手荒い真似をして悪い…怖かっただろ…身体の方は大丈夫か…?」
「あ…は、はい…かおは…大丈夫です」
…顔? 何で顔……もしかして『かお』というのは…恐らく少女自身の名前なのだろうか?
首を傾げていると、ジィーっと少女は戸惑った様子でチェックに噛まれた肩を見つめてくる。
「で、でも…その…お兄さんの方が…」
まあ、血まみれで見た目めちゃくちゃ酷いし気になって仕方がないのは分かる。
「あーと…痛いけど、死ぬ程じゃないから大丈夫だよ」
「え、でも…血が出てる…から……その…痛いの痛いの…飛んでけー……」
そういって少しだけ顔が赤くなる、自分でいってて恥ずかしくなったのだろうか。
「…あ、ありがとな…その…痛み…和らいだ気がするよ」
「は、はい…それは良かった…のです。そ、それと…助けてくれて…ありが…とう…ありがとうです…」
そういって何度もお礼を述べる少女だったが、未だに身体が恐怖で震えている。
「あ、あの…それで…い、今…さっきから…と、飛んで…?」
「あー…し、下はあまり見ないようにな、危ないから」
「は、はぃいい~~……」
状況が状況で仕方が無かったとはいえ、再び怖がらせてしまったらしい。か細い返事をした少女は瞳をうるうるさせて押し黙る。
このまま何処かに少女を置いていこうかと考えたが、この様子では暫くは歩くどころか立つ事もできないだろう。
それに…発動が失敗したのがどうにも引っかかる。
「しかし…どうやってこの子を逃がすか…」
このままこの子を抱きかかえて逃げ回る訳にもいかない。それに時間が無い、チェックが姿を眩ます前にどうにかしなくては。
「誰か…協力者を…!!」
そう思った瞬間、少し前までブライトとフィレットと共にしていた事を思い出す。
「そ、そうだ…ッ! あいつ等に会えれば…あいつ等は何処に…!」
「え…え…ッ!?!?」
着地した瞬間、今までで一番一直線に高く飛び上がり周囲を見渡す。
まだそう遠くには離れていないはずだ…!
その予想は当たっていた、偶然にも僅か数百メートル程先のところで見覚えのある二人の姿を発見する。
「見ぃいつけ…たぁああああああ!!!」
「やぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!」
歓喜の声を上げた俺とともに少女は悲鳴を上げながら垂直落下していく。
すると少女の悲鳴に気が付いたのか上を見上げた二人。直後に落下してくる物体に目を見張る。
「っちょ、は!?」
「え、え、え!?」
激しい音を立てての見事な着地。
一応衝撃はうまく相殺させている為、音こそ派手だが足に伝わる衝撃は殆ど無い。
「悪い…この子を頼む…!」
そういって、即座に抱きかかえた少女を降ろすと手の平を合わせて頭を垂れる。
魔王等を探すよりも近くに居た二人に頼んだ方が速い、それに実力もある二人だ、下手な場所に少女を置くよりよっぽど安全に違いない。
とはいえイエスかノーの返答よりもまず先に、二人は急に表れた俺に対して驚きの声を上げる。
「あ、あんさん…何で戻って…って! おいおいその傷はどうした!? それにその嬢ちゃんは一体…!?」
「話は後だ! とにかくこの子を頼む!」
「…何か事情があるようだが、何をそんなに急いでいる? まずは止血をしろ、そのついでといってはなんだが丁度話したい事がある……」
そこまでいって、ブライトとフィレットの顔つきが急に険しくなる。
視線は俺に向けられたものではない、その背後を見据えたまま既に何時でも剣を構えられる姿勢に移っている。
「…おい、ひょっとして…急いでいたのはそいつが原因か?」
振り返らずとも分かる、背後から感じられる夥しい殺気の量。
ブライトならまだしもフィレットまで臨時体制に移ったのは、その殺気に当てられたからだろう。
「…きひ…逃げるなんてやだ…なあ…鬼ごっこはあんまり得意じゃ…ないのに…きひひ、それに何か増えた」
振り返る事もなく、息を飲むとコクリと頷く。
「ああ、巻き込んで悪い…ちょっとばかし厄介な相手でよ…」
「だろうな…剣を交えなくとも相当ヤバイってのはひしひしと肌に伝わってくる」
「…ええ…どうやら…話し合いでどうにかなる相手ではなさそうですね…」
「ああ、だから出来れば力を貸して欲しい。どうにかして奴を倒したい」
「ふむ…よく言うなあんさん、人を勝手に巻き込んどいて…本来ならそこの嬢ちゃん抱えて逃げるだけでいいのだが?」
「ですがこの殺気…どうやらあちらの御方は僕らを逃がす気はないようですよ」
ひしひしと肌に伝わってくる強烈な殺気に、ブライトとフィレットは表情を硬くする。
「しっかしあんさん…一体全体何をしたらあんな奴を吊り上げられるんだ? 並大抵の事じゃこうはならないだろう」
「いや…あいつに恨まれるような事はしてないっつうか…むしろ本当なら逆の立場なくらいなんだけどな…」
「まあいい、本来なら手を貸すのは勘弁だが…あっちがヤル気なら仕方がない…ただし、あんさんも後で俺らに協力してもらおうか」
「ああ、構わないが…補足しておくと、どの道お前ら二人は手を貸してくれたと思うぜ」
「ふむ、そりゃまたどうしてだ?」
「あいつ、この町にとんでもない魔法を起動させたらしくってよ」
その言葉にブライトの眉がピクリと動く。
「ほお? そりゃ奇遇だな、その魔法についてを丁度あんさんに聞こうと思ってたところだ」
「なら話が速いな…どうもあいつは、それを起動させた張本人らしいからな」
「くく、なるほど、それは…手を貸さざるを得ないな」
そういうブライトのコメカミには、ハッキリと目で見てとれる程の大きな青筋が浮かんでいる。
「昨日の敵は今日の友っていうし、ここは仲良く共闘と行こうぜ戦友」
「次に出会う時は敵同士かと思えば、半刻すら経たず、挙句に共に戦う羽目になるとは…因果なものだ」
「まあまあ、利害は一致しているのですから協力していきましょう!」
そういって、三人はチェックに向けて武器を構えた。