表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
108/112

勘違い



 何も全てを守れる力が欲しい訳じゃない。全てに勝る力が欲しい訳じゃない。自分は愚かだと悟っている、自分は神ではないと理解している。



 けれども、それでも、だとしても。守りたいもの全てを守れるくらいの強さを求めたっていいだろう。



「…剣よ!!」



 それが与えられた力でもいい、自信がなくたっていい。対価が必要ならその分だけ喜んで支払ってやるからよ…だから今一度、俺に力を貸して欲しい。



 周囲の風が靡く。荒々しく粉塵を巻き起こして渦巻く風は、それでも尚美しく七色に輝く。



「きひ…やっぱいいな…それー」



 うっとりと見惚れるチェックの姿を他所に、優はすかさず剣を操る。狙いは変らず人間の急所、それが意味がなさない事は本人にもチェックにもわかり切っていた。



「何度言ったら分かる…んだい? 無駄だって…言ってるじゃないか」



 逃げもせず、避けようともせず、チェックは余裕の笑みを崩さぬまま動かない。すると風の刃がチェックの目の前に差し掛かった瞬間、跡形もなく霧散し突風を巻き起こした。



 チェックを中心とした突風が弧を描くようにして舞い上がり、砂煙が飛び交い視界を奪う。



「…んっんー? 目眩まし? こんなの…何の意味があるって…んん!?」



 チェックの言葉を遮るよう、突如として砂煙の向こう側から伸びてきた腕がチェックの肩を掴んだ。



「捕まえたッ!!」



 ぐっと掴まれた腕に力が篭る。その瞬間、チェックの身の回りから破裂音が鳴り響きキラキラと淡い光が辺りに飛び交った。



「ぐぅう!?」



 続けざまに砂煙の中から剣が飛び出してチェックの胴体を捉える。掴んだ柄から伝わってきた感触に、優は瞳を大きく見開くと力いっぱいに剣を斜め上へと持ち上げた。



 舞い上がる砂煙が消え、空から大量の瓦礫が散乱する。その中から一つ、人形の腕が落下して地面に叩き付けられた。



 防御壁を失った事で無残にも損壊した腕を見つめ、チェックは不敵に笑う。



「きひ、無茶苦茶…するなぁ…君も無事では…済まないだろうに」



 そういうチェックの視線は優の腕へと向けられる。突風によって巻き上げられた瓦礫が突き出した腕に何度も当たったのだろう、両腕の至る箇所から血を流している。



「きひひ、やる…ねー…肉を切らせて骨を断つ…って奴かな?」

「そんな大層な事でもねーよ…」



 目眩ましの為と怪我を承知で突っ込んだこの腕。一見大けがしたように見えるこの腕は、実際には切り傷の大半が薄皮を掠め切った程度の事。出血こそ派手に見えるがすぐに血は止まる。



 それよりも問題なのは、チェックの胴体に向けて突き出した剣が脇腹を掠めた程度だった事、僅かに軌道が反れてしまったか。



 だがそれでも、元々片腕を失っていたにせよこれで奴は両腕を失った。これで下手な武器を持つ危険は低くなり、掴みかかって来れる可能性も無くなった。



「うーん、まあ両手がないと不便…だよねー」



 だが、人形であるチェックにとっては大した問題ではなかったのか、腕が無い事自体に、ただ不便だと口をへの字に曲げる。



 その証拠に両腕を失って顔を損壊させながらも、その顔は苦痛を感じている様子はなく、更には腕を切られようが胸を刺されようが血を流すこともないのだから。



 人間でないからこそ身体は脆く、人形であるからこそ命は卑しい。



「まあでも…」

「ッ!!」



 呟き際に目の前のチェックの姿が消えたその刹那。



「あんまり関係ないけどね」



 耳元から囁かれたチェックの言葉に優は背筋を凍らせる。



 あまりの一瞬の出来事に、動く間もなく右肩に衝撃が走った。



「っぐぅ!?」



 鋭い痛みに苦痛の声を上げ、咄嗟に剣を振るい噛み付いてくるチェックを振りほどく。



(ぐぅああああ!! いってぇ…ッ!! だが、なんとか寸のところで致命傷は避けられたみたいだな…!)



 噛み付かれた右肩を抑える。食い千切られる程ではなかったにせよ、噛み付かれた箇所が深く抉れたらしい。



 強烈な痛みが走るのに加え、見る見る服が真っ赤に染まっていく様子からして見た目以上に出血が激しい。



「こいつ…どんなアゴしてやがんだ…!」

「んあー…ギリギリで頸動脈を…避けられちゃった…」



 そういって、チェックは唇に付着した血液を舌で舐め取りながら、優を見つめたまま目を丸くして驚いていた。



「てっきりワザと…急所を噛ませに来ると思った…のになー、当てが外れちゃった」

「…気がついてて…あえて食らいついてきやがったのか…」

「きひ、だって君のそれ…盾にもなるんだって…言ってたから。わざとらしく…無防備だったからつい」



 チェックの予想は当たっていた。言葉通り優は身の回りに風の刃を纏わらせている。予期せぬ攻撃から身を守れるようにと。



 そして背後を取られた瞬間、優は驚いたように見せかけて隙を作り、ワザとチェックが噛み付くように仕向けた。



「けども…どうして気がついたの…かな?」

「…ああ? 感だよ」

「…感…?」



 実際に間近に迫ったチェックの殺意を受けて、予感がした。下から上まで背筋を舌で舐めとられるような、強烈な悪寒と共に。



「ああ、お前の浮かべたあの笑み…まるで最初から勝つ事が分かり切っているようだったからな」

「うーん? でもさーそれだと…理由にはちょっと物足り…ないよね。だって僕は時間を止められる。やろうと…思えば初めから君を殺せた…んだよ?」



 その通り奴には時間を止められるという反則的な能力を持っている。こっちがどれだけ仕向けようとも時間を止められたら手の施しようがない。弄ぶだけ弄んで、飽きたら時間を止めて殺せばいい。



「いいや、それは無理だな」



 しかし、その可能性が極めて低いという事は今までのチェックの行動が物語っている。



「もしもそんな能力を兼ね備えていたら、どうしてあんなにもまどろっこしい手口で俺を殺そうとしていた? 弄ぶにしても俺が感づいた瞬間にでも時を止めて殺せばよかっただろ」



 仮に今の奴が何らかの方法で能力を飛躍的に上昇させているのだとしても、時間を止めるだけでも相当の反動を要するはず。



 だが妙な事にあれだけ乱用しておきながらも一向に変化を見せていない…となればそのリスクの軽度からして必ずしも裏がある。



「恐らくお前は魂をより多く取り入れた事で能力を飛躍させたんだろうが…それでも不完全だろ」

「…あー、やっぱバレたかー」



 そういって、チェックはしまったとばかりに片目を瞑ると、舌を出して軽く頭を小突いた。



 そのまま近くにあった瓦礫の山の上に腰を掛けると、ニヤニヤと笑みを浮かべたまま優の話に耳を傾ける。



「お前、時間を止められても動くのが可能なだけであって、何かをしようとする仕草、もしくは何か目的を持った行動を行うと時間が動き出してしまうんじゃねえのか。だから時間の止まった世界でお前は手を出してこない、違うか?」



 その優の話を最後まで大人しく聞き終えたチェックは、嬉しそうに笑うと大きく手を広げて拍手をした。そして何度か大きな拍手を叩いた後、満足気な顔で立ち上がる。



「きひひ、凄い凄いー!! やー…そこまで分かってたなんて…びっくりだなー」



 そういって、チェックは瓦礫の山を下りたり登ったりしてはしゃぎ回り、立ち止まって何度も首を縦に振っていたかと思うと、突然笑うのを止めて優を真っすぐに見つめる。



「けれども…君は幾つか勘違いをしている…よ」



 そういうと、再びチェックの姿が霞む。



 すぐに背後から気配を感じ取り、優は振り返る事もなく返事を返した。



「…勘違いだと?」

「…そ、君が教えてくれたお礼に…僕も少しだけ教えてあげるけど…まず一つに、時間の中で君を殺せなくても…僕が君を殺せる事に変わりはない」


 

 噛まれた部分がズキリと痛む。確かに、何故か奴は俺の身体に触れる事が出来た。本来であれば触れた瞬間、奴の身体に深い傷跡を一つ増やしていたはず。



 防御壁が再び張られているのではと勘ぐったが、しかし再び結界を張り直すような気配は無かった…すると一体何故。


 

「それから…もう一つだけ教えてあげるけど…君の言う通り僕は時間を止められる…けども…けれどもさ」



 じらすように一息の間を空け、そしてチェックは優の耳元で囁いた。



「僕がいつ…時間を止められる『だけ』なんて言った?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ