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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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勇者は静かに瞼を閉じる



「…何か、さっきから様子がおかしくねーか?」



 一度立ち止まって周りを見渡す。あるのはただ崩壊した瓦礫の山ばかり。



 そういった景色とは違い、それは感覚というか、胸の奥から込み上げる不快感が込み上げてくる。安心と言うには落ち着かない、これは不安であり恐怖だ。



 静寂の中を一人で歩いている。襲われるような心配もない、問題事もブライト達に任せたばかりだというのに、この込み上げてくる不快感は何なのだろうか。



「…魔王に対して…じゃないよなぁ…」



 鳥肌が立つ。一回、二回、三回。連続して起きる不快感は脈打つ鼓動に合わせて。何事もない平穏が、これまでと正反対過ぎて、中途半端過ぎていて気持ちが悪い。



 あんな中途半端な投げやりで、そう簡単に全てが解決すれば苦労するはずがない。



「ったく、嫌気が差して少しゆっくりしていたい気分だったってのに…」



 ポリポリと頭皮を掻いて髪を掻き乱す。どうやら本当の意味で安息を得るには、まだまだ残った問題を解決してからじゃないと、当分は駄目そうだ。



 諦めに溜息を漏らし、背後から物音を立てて近づいてくる人物に向けて優は口を開いた。



「さっきからそんなに殺気を放ってりゃ、誰だって物音が聞こえる前に気がつくっつーの」



 そういって振り返り、優は怪訝な顔でその人物を見つめる。服装から体格、身長、顔立ちは何処となく覚えがあった。



「……お前…チェックか…?」



 そういはいっても確たる自身は無かった。何せ服装やら体格は宿で出会ったチェックという人物に似ているものの、肝心の顔には大きな亀裂が走り一部が破損していたのだから。



 加えて先ほどから耳元に響く不快音は、どうやらチェックが何かを片手に引きずりながら歩いているものによるらしい。



 優の言葉にチェックと呼ばれた人物はピクリと僅かな反応を見せた。ぎこちない動きで首を回転させ、砕けて失われた空虚の瞳が優を覗く。



「が…ぐ…き、きひ…きひひ…!!」



 するとそいつは痙攣したように何度も身体を小刻みに動かし、不気味な笑い声を何度も上げた。



「…どっか頭でも打ったんか」

「い…い…やぁ…僕は…至って…ま、まとも…だよ…?」

「よく言うな、壊れかけのロボットみてーな動きしやがって」



 片足がガクガクと小刻みに震え続けている、立っていられるのがやっとといったところだ。顔の半分は失われ、片方の腕も失われて機能していない。



「俺がこうして生きていた時点で察しは付いていたが…大方魔王か柚依にでもやられたか。それで? そんな身体で一体俺に何の用だ?」

「…用? 用…なん…て…無い…何にも…ない」



 ぎちぎちと首を嫌な音を立てながら捻る。何処までが稼働可能な範囲なのか、人体に求められた、決められた構図を忘れたかのように。チェックはそれが鬱陶しいとばかりにガチガチと歯を噛み鳴らす。



「…あん? 用が無い訳ねーだろ? んなに殺気を放ってて…明らかに殺る気満々じゃねーか」

「あ…あ…そう…だね……ころ…さなきゃ…き、きひ…全部…全部全部全部…壊し…て…殺さなきゃ…ね!」



 そう呟くと、チェックは引きずっていた何かを持ち上げる。



「で…も…その…前…に…」



 そういって、口の皮膚を引き裂きながら大口を開くとその何かに躊躇なくかぶりついた。くちゃくちゃと噛みちぎった音を立てながら、湿った音を辺りに散らかす。



「お前…何を食って…ッ!?」



 それ以上の言葉を発する前に、優は視界に映った物体が何なのか気が付いて息を飲み込んだ。



 その何かには、まるで人間の腕のような形をしていた。視線を下にずらしていくと、そこには血まみれとなった服を着る何かが転がっている。



「て…てめぇええええッ!?」



 剣を片手に一瞬にしてチェックの目前まで駆け寄った優は、そのまま力任せに剣を振り下ろす。狙うは人間である急所の首に目掛けて。



「ッ!?」

「っんぐ…ああ…頭痛かった……だぁめだよ~…食事中に手を出しちゃあ」



 しかし、目の前に居たはずのチェックの姿が無い。変わりにチェックの声が背後から耳元に向けて囁かれた。



 覚えがある、チェックは俺を倒したという優越感から、その時に種を明かしていたのだから。



「…時間を…操る能力か…」

「そーだよー…僕が言ってた事を覚えてて…くれたんだね…嬉しいなぁ!」

「だが…今の一瞬でどうやって…」



 斬りかかる瞬間までチェックの姿は其処に合ったというのに、瞬きをする間もなくチェックの姿は消えていた。それに気がついてから発動するまでのタイムラグが全くない。



 優は振り返り際に剣を振りかぶる。が、その剣は虚しくも空を切る。対するチェックは楽しそうにケラケラと不気味な笑い声を上げながら、十分に安全な距離を保ちながら愉快だと馬鹿にするように両手を叩いた。



「…きひ…駄目駄目、ぜんっぜん…駄目だよー。そんな…遅い攻撃、僕には当た…らない~」



 心無しかチェックが喰らう前と比べると、少し前とは違い僅かに言葉が聞き取りやすくなっている。意識も最初よりはマシに見える。



 余裕の笑みを浮かべるチェックだが、未だに不完全な事に違いは無い。すかさず瞼を閉じて、そして意識を集中させた。



 ――想像する。



「んー? もしかして…またあの…奇怪な技でも使うのかなー?」



 優は落ち着いた素振りで息を吐き出す。瞬間、粉塵を残してチェックの視界から優の姿から消えた。



「お…おー!」



 突如として目の前に現れた優の姿に驚いた声を上げたチェックだったが、再び優の剣は空を切った。



「きひひひ…すっごーい…だけどざんねーん…速いだけじゃ…当たらな…いんッ!?」



 空ぶった途端に優の姿が再び消えた。そう理解した瞬間には優の姿はチェックの目前に差し掛かっていた。連続は予想外だったのか戸惑った様子のまま動けずにいたチェックを、目にも止まらぬ速さで首筋を無慈悲に切り裂いた。



「…っがぁあああああ!?……なー…んてね」

「…これは!?」



 確かに手ごたえがあったはずなのに、チェックの首元には掠り傷一つついてはいなかった。一瞬苦しんだ不利をしたチェックは、ニヤリと笑みを浮かべるとそのまま口を大きく開く。



 ゾクリと背筋に悪寒が走り、優は一瞬でその場から距離を取る。するとたった今優の居た場所に目掛けてチェックは噛み付いた。位置からして丁度肩と首筋の間。



「…あー、逃げられ…たー」

「っくそ…メイトの奴か…!」



 メイトが扱っていた、目視出来ない物理防御の結界。感触があったのに無事という事は、奴も何処かに隠れている可能性が高い。



「何処に隠れている…さっさと出てこい!!」



 声を上げてメイトを呼ぶが、一向に姿を表さない。チェックに気を配りながら背後を気にしていると、チェックは再び笑いながら両手を叩く。



「きひひ、残念だけど…メイトは…もういない…よ…」

「…何?」

「銀髪の女に…メイトは壊され…ちゃったんだ…だから…もーいない…」

「じゃあ何故メイトの結界をお前が持っている…!」

「それはねー…メイト、壊されちゃったけど…身体が動かないだけで…まだ…核である魂は…残っていたんだ…だからね…喰った」

「…喰った…って…味方を喰ったのか…!?」

「仕方がないよ…だって…僕の…身体を直すには必要…だったんだ…もの」



 そのチェックの言葉に、ある違和感を覚えた優は首を傾げる。



「だとして、どうしてメイトとチェックの二つの能力を保持できる…呪人というのは一体に一つの能力しか持ちえないはずだ」

「んー、そうだねー…確かに呪人は魔法を…一つしか扱えないけど…それはあくまで…一体に対して…魂が一つの…場合だ…よ…?」

「…魂…だと…?」



 呟いて、チェックの姿に注視する。よく見ればボロボロな身体のある一部分、片足だけが妙に動きが軽い。



「……お前が喰ったという魂は…メイトだけか…?」



 一体の呪人を作るには魂は一つで事足りる。だが、魂の定着が施された呪人が壊れた場合、その壊れた部分を修復させる為に腕には腕、足には足にと複数の魂を要する。



 一見チェックのボロボロな身体を見たところだと、複数の魂を喰ったようには見えないが…。しかしそうなると数がおかしい、メイトの魂で足を直したとしても、じゃあさっきまでチェックが喰らっていた人の魂はどうなる。



「えーとねぇ…あんまし数とか…そういうのは…数えていなかったけども……そうだねー…大体だけど…二十人くらいじゃないかな」



 そういって、チェックは血濡れた口元を腕を使って拭い、チェックの言葉を聞いた優は落ち着いた様子で、しかし力いっぱいに柄を握りしめた。



「……そうか…まあ…生きていく為には仕方が無かったという気持ちは分からなくもない…が…俺が聞きたかったのは」

「今日…喰った人数でしょ?」



 優の言葉を遮ると、チェックはそのまま続ける。



「だから、二十人くらいだって…僕が今日、喰った人の数」



 そこまで言うと数回ほど、チェックの話が終わると同時に全身から急所に目掛けた切断音が鳴り響いた。



 縦一直線、斜め一直線、頸動脈を狙った一閃、心臓を狙った一突き。



「きひ、凄いねー…今凄い殺気だったよー…だけど僕は人間じゃないから…急所を狙っても…意味ないんだよね…ああ、とはいっても…まずは結界を解かないとだけどね…きひひ」

「てめえ…ふざけてんのか…! それだけの数をどうして殺した…!?」



 怒声を上げて何度も斬りかかるが、チェックの笑みは止まらない。



「何度やっても無駄だよ…普通の攻撃なんかじゃ…ね…」



 そういって、まるで使えとばかりに誘ってくる。何か企んでいるのか、もしかしたら罠の可能性もあった。しかし、そういった考え全てを抜きにしてでも奴を倒さなければ気が済まなかった。



「…いいぜ、あえて誘いに乗ってやるよ…!」



 そういって、優は瞳を閉じた。



 意識を集中して、集中して、集中させて。



 地面が、大きく脈を打った。



「ッ何だ…今!?」



 足元から感じ取った、まるで生き物の大きな鼓動。



 戸惑う様子の優を他所に、チェックは言い忘れてたとばかりに喋り出す。



「ああ、それと…何で必要以上に喰った…のかだけど…実はとっても…大きな魔法を使う…為なんだ。本当はすぐにでも…発動させたかった…のだけれども…起動に三時間は掛かる…みたいで…」

「お前…一体何をしやがった…」

「言ったでしょ? とっても…大きな魔法だって……ちょっと不思議な形を…してたけど…陣の式から…恐らく爆発じゃないかな」



 思い出す。地上を見下ろして気が付いた、町一つをそのまま魔法にさせていた式図を。



 この町の命名された『絶対領域』がそもそも絶対的な防御に見せかけたブラフであり、もしもあれがチェックの言う爆発式の魔法だというのであれば、町一つが消し飛ぶどころの騒ぎではなくない。この町を含めた半径何十キロ、何百キロまでもが地図上から消え失せる。



「ふざけるな! 今すぐ魔法を取り消せ!!」

「きひ、無理だよ、もう起動させた…からね…でも、魔法の在りかを…僕なら知っている…」

「なら今すぐその場所を教えろ!!」

「まあ…慌てないでよ…だからね…少し、僕と遊んでよ…君が勝つか…僕が勝つ、もしくはタイムリミットを迎えるか」

「そんなふざけた相手を誰がして」

「付き合うよ、君は…僕の相手をね…そうするしかない…こんな広い町中で…何処に行けばいいのかなんて…探し回る余裕なんてないんだから…」

「っぐ…!」



 押し黙る。それ以上に何かを口に出して機嫌を損ねたりすれば、チェックが逃げてしまえば今度こそ僅かな残り時間の間で隠された魔法の起動場所を見つけなくてはいけなくなるから。



「きひ、君が利口で良かった…じゃあ、始めよっか…全力で…来なよ…もうすぐ残り二時間を切るだ…ろうから…ね…きひひ!!」

「ああ、言われずとも分かってる…お前は…殺し過ぎた…」



 それだけ言うと、優はこれ以上チェックの言葉に耳を傾ける事無く、





 ――想像する。





 静かに瞼を閉じた。




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