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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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奇跡の代償



「ッハ!?」



 意識が覚醒し、瞼を見開いた瞬間に素早い動作で起き上がる。ただ横たわっていたにも関わらず、額や手のひらにはじっとりとした汗が滲みだしてきていた。



 想像よりもうなされていたようだが、呼吸はそれほど荒立ってはいない。もしやと服装を確認するが乱れていなければ外傷もない。



 これでハッキリしたが、本当に彼らはこれ以上争う気持ちはないらしいな。



「予想よりも大分早いお帰りだったな、まだせいぜい二分くらいしか経ってないが…収穫はあったか?」



 ブライトは興味本位で聞いてくる。多分今の彼が素の状態なのだろう。



 対して隣に同じく座り込んでいたフィレットは、不審な面影が見えないかどうか注意しているのか、せわしなく周囲に目配りを行っている。もしや見張りをしているという事なのだろうか。



 そもそもふと思い返してみれば、フィレット自体の目的は良くわからない。話しぶりや仕草を見た感じからブライトと長い付き合いとは違う風に見て取れる。



 ただの付き添いなのか、利害の一致で共にしているのか…めざわりな帽子も気にはなっていたのだが、今は深い探りは要れないで置いた方がよさそうだ。



 彼の動作が気になるものの、素直にブライトの話に合わせる方が先決だろう。



「……まあな。一つだけだがハッキリと確信が持てた事がある」

「ほお、そりゃあんさんの力についての秘密か何かか?」

「いや違う、そんなんじゃない…きっかけ…になるのかもしれないが…」



 首を振って否定しながらも言葉を濁す。僅かな間に見た…思い出したその一部始終は、ある少年少女を適格に捉えていた。



 一人の少年は魔王という枷を背負い苦痛に悶え、一人の少女は何か罪悪感に近いものを抱えているというもの。



 それについての切っ掛けは分からない、発端の原因は定かではない。だがそれでも、少女が少年の為に何かをしたのは間違いない。



 少女は言っていた。少年の名前を『優』と呼んでいた。



 魔王は言っていた。10年前に出会っていたと。



 偶然、思い過ごし、勘違い、そのどれも違う。




 あの少女は…俺のよく知っている紛れもない『魔王』そのものだ。




「ブライト…お前は禁術についてどれだけ詳しいんだ」

「…何だ藪から棒に?」



 そういって、ブライトは話を反らされた事に不満を感じているのか眉を顰めて口をへの字に曲げる。



「いいから答えてくれ、大事な事なんだ」

「っつわれてもな…そんなホイホイと簡単に知れる訳ないだろう。本来は生粋の魔学者の、それも特例中の特例が、そこで初めて手にして解読の許可が下りるといったレベルのものだぞ」



 そもそも魔法という技術自体、一般人が知れるものは限られている。一般的として浸透した生活面に適用した、応用の利く類から利便性を求めたものを主に、そこから防を知り攻を学ぶ。



 魔法は誰もが同じマニュアル通り順番に従って教わるが、肝心の攻防の技術はどうなるかと言うと大半が体術を占めている。何の根拠も無しに基礎体力の向上、鍛錬が必要という理由として。単純に魔法の知識を取り入れた方が強力で理に適っているのにだ。



 なのに知識の範疇を限定させる、その理由を結論から言ってしまえば統一を図る為だ。そして反乱などの内乱、悪用を防ぐといった危険を抑止させる為でもある。



 だからこそだろう、権力のあるものはその地位を脅かす悪夢を隠ぺいし、僅かにも利用価値を見出そうと可能性のある一部を処分せずに残しておく。



 ただ、どれだけ厳重に管理して未然に防ごうと動いても。ある者は富、またある者は名声、中には力、そして支配、それは様々な欲望が生じてある結果を形あるものとして残していく。偶発的に生み落としていってしまう。



 それぞれの数ある欲望を叶えてしまう、本物の魔法、本物の奇跡、そして本物の悪夢を。



「そんな事は言われずとも重々承知している。でもお前は知ってたし、俺も勇者という訳あって僅かだが特例としてほんの一部だけ除くことは可能だった、それにマーベルとやらも知っていた口ぶりだよな」

「…そうだが…しかしそんな事を訊いてどうする? 実際に試そうとでも言いだす気か?」

「違う、別に実際はどんなものか知らなくてもいい、ただ耳にした噂や、微かにでも可能性を考えてありえるものがあるかどうかを知りたいんだ」

「あー…つまり禁呪…禁術によって成り立ちうる、理のルールブレイカーが何処まで通用するものか知りたいのか?」

「ああ、大雑把に言えばそうだな」

「……まあ、これでも幾つかの禁術には触れてきたのはあんさんの言う通り事実だ。リスクに対しての奇跡がどれだけ起こせるか、ある程度は理解しているつもりではあるがな」

「それならそれでいい、取りあえず聞くだけ聞いて欲しいんだが」

「まあ、そもそも話を聞くためにあんさんの記憶をこじ開けたんだからな、教えてもらえないとこっちが困る」



 そういわれ、優は分かったと一言いって相槌をすると、瞼を閉じてさっきまで見てきた出来事を明確に思い出す。あの時に見ていたはずの光景を、そしてそれがどういったものなのかを。



 これが本当にあった出来事だと仮定して、それが実際に行われたものだと予想して、その答えが何に辿り着いたか。



 閉じた瞼を見開き、優はブライトに向けてゆっくりと言い放つ。



「お前…人を生き返らせる禁術は存在すると思うか…?」



 ブライトはその言葉を聞き、数秒の沈黙を要した後にゆっくりと口を開く。



「…禁術に対する対価は一対一だ…生き返らせる事…その行為自体は他者の命によって補えば可能かもしれないが…ただ」

「ただ?」

「いくら禁術といっても、肝心の中身は死ぬ前の本人とは全くの別物だろうな。それこそ簡単に言ってしまえば呪人だよ」

「…そうか」



 そういって肩を落とすが、実際の所はそこまで落胆はしていない。やっぱりそうかという心境、というよりも聞かずともそんな事は初めから分かっていたようなものだ。



 もし仮にそんな事が可能だったら、不老不死に近しい貴族や王族の一人や二人、とっくの昔に表れている。



 途中此方に近寄って話を聞いていたフィレットだったが、飽きれてものも言えなかったのだろう。ジロジロと此方を見つめて驚いた表情を浮かべた後、そのまま無言で何処かに向かって走り去っていった。



 加えて訪ねてきたその理由を概ね理解しているからだろう、ブライトも目を真ん丸とさせたまま頬を僅かばかりか吊り上げて苦笑いを浮かべている。



「…その反応を見た限り、まさかとは思うがあんさん…一度死んで生き返ったとでもいうつもりなのか?」

「そうだとはまだ言い切れない…が、最後に覚えている自身の状態からして、殆ど生気もなくあれは死ぬ直前だったはずだ…あの瀕死の状態から生き永らえたとは到底思えない」

「それこそ奇跡が起こらない限りか?」

「……そうだな、それこそ全ての望みを可能にさせると言われてきた、この世に溢れた奇跡の魔法の存在のようにな」



 それこそ、奇跡が起きない限り。ここにいる今の自分は、過去の自分とは全くの別物。



 覚えていなかったのではなくて、そもそもその記憶は自分のものではないから。だから記憶が抜け落ちたようにしか残されていない。



 この僅かに残された断片的な記憶は、言うなれば偶然に前世の記憶が蘇ってしまったようなもの。



「…ふむ、つまりあんさんは……」

「ああ…恐らく俺は…誰かの命を犠牲にして生まれた『黒沢 優』」




 そしてこれが、他人の命を犠牲にして科せられた奇跡の代償であり、




 そして本物を演じて魔王を騙し続けるという




「いや、その名を持つ……偽物…だろうな」




 偽物へ与えられた命の対価、なのだろう。




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