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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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優くんは私が守るから



 聞き間違いかと耳を疑うが、至近距離で難しくも無い言葉を聞き間違えるはずもなく。



 まさか、こんなところで、それも赤の他人に自分の力について知識を持ちえた人物がいるとは思いもしなかった。



「…本当か」

「ああ、とはいっても全て…って訳じゃないけどな」

「知っている事なら何でもいい、教えてくれ」

「…その前に、確信を得る為に幾らかの質問をさせてくれ。あんさん、それからあんちゃんの二人に聞いておきたい事がある。マーベル・クリストンという人物を知っているか?」



 記憶の中にある人物を知る限り思い出すが、そのような名前の人物には全く心当たりはない。



「……いや、知らないな」

「あんちゃんは?」

「……いえ、すみませんがそのような人物にお心当たりは…」

「そうか」



 ブライトは少し黙り込むと、そうかと呟き再び口を開く。



「マーベルっていうのは俺の知り合いで、魔法についてちょいと詳しい人物でな。あんさんについての知識もそのマーベルって奴からの受け売りだ」

「…それで、マーベルは何て言っていたんだ?」



 息を止め、唾を飲み込む。そしてブライトの閉じた口が開く瞬間を待ち望む。



 しかし、ブライトは溜める事なく拍子抜けなくらいあっさりと返答を返した。



「率直に言えば、あんさんの力は禁術だよ。それも、飛び切りえげつない類のな」

「…禁術って…待てよ、禁術を得るにはそれ相当の対価が必要なはずだろ?」



 ブライトの言葉を鵜呑みにしようにも、幾つかの疑問が生じてしまうが、そこについては問題ないとばかりに、初めからそう聞かれるだろうと予想していたような顔でブライトは頷く。



「ああ、そうだ。魔法というものは大気中に分散された魔素を体内に取り込み、それを代償に消費することで対価を得ている。しかしだ、禁術は違う。より強い対価を得るには大気中の魔素よりも濃く取り込まれた血が必要となる」

「血か…生贄やら儀式ではよく捧げものとして伝えられているが、それに近い感じか」

「まあ、そんなところだ…しかし禁術によってもその強力差は雲泥の差だ、リスクもその分大きく変動する。弱ければ量は減り、強ければ血を失う量は増し、更に強力なると肉体を、そして最後に魂を減らされていく」



 数多く存在する魔法にも、禁術にも、必要とされる対価は必ず一定の物が条件となっている。



「だが、あんさんにはその対価がまるで支払われているように見えないのは何故だ? それとも実は、それに見合う対価を支払っているとでもいうのか?」

「そうは言われても俺は何のリスクも払った覚えはないぞ…強いて言えば普通の魔法が使えないくらいだが」

「普通の魔法が使えないからどうした? その摩訶不思議な力があれば大概の事は可能になるだろう。して、言葉では否定しているようだが禁術でないというなら何だというんだ?」

「…じゃあ、そのリスクが普通の魔法が使えないという」

「そんなものリスクでもないだろう、ただの禁術による何らかの影響であって、本来必要とされるはずの対価は別にあるはずだ」

「いや…あるはずと言われてもな…」



 しかしどう答えられても、気が付いたときからあった力だというのに、それに対しての納得のいくような返答ができるはずもない。



「では分かりやすくするために、一つあんさんに教えておこう、この片目に宿した陣を得る為にどれだけの対価を支払ったと思う?」



 その質問に対し、途中に剣を交えた際に感じた違和感を思い出す。



「…まあ、眼帯をしていたくらいだしな…大よそ視力といったところか」

「ああ、その通りだ。この陣を宿した片目は何も見えていない、が、それはこの目を得る為だけの対価としてだ。それとは別にこの目を使用すればするほど、俺は対価として寿命を削られている」

「…何ッ!? しかしさっきまで…」

「それだけ強力だって事だ。とは言っても、あんさんに使った一時的な麻痺程度では大した寿命は使っていない。殆どが一瞬、もしくは数秒の間だけ自由を奪っただけの事。それ以上に強力な暗示を掛けるとその分だけ寿命が大きく削られるといったところだ」

「…じゃあもし直接的に死ぬよう命じたらどうなるんだ?」

「禁術に基ずくと対価と代償は1体1だからな、腕一本程度なら寿命は10年近くは飛ぶだろう。それが死ともなれば、まあ安易に想像は付くだろう」



 間接的な死に結び付く類はやはり通常の魔法と同じで強いリスクを伴うという事か。



 念じるだけで視界を奪ったり手足の動きを封じたりできるのに、何故チマチマとした嫌がらせ程度で済ましていたのか謎だったが…道理で。



「もう一度だけ聞いておこう、あんさんがこれまで扱った事で対価を得た代わりに、これまで支払っているはずの代償というのは一体何なんだ?」



 そう言われ、必死に不可解な出来事が無かったかを探る。するとその最中で、魔王と会話したある一つの違和感を思い出した。






『今から10年も前の話だもの』






 その魔王の言葉を、ただ忘れていただけと何の気にも留めていなかった。



「…あれ…」



 けれども、振り返って見ると古い記憶だから以前に、そもそもその時の記憶がすっぽりと抜け落ちたように無くなっているのは何故なのだろう。



 夢に出た小さな少女。しかしその少女を中心にノイズが周囲を掻き乱し、痛みが記憶を掻き乱す。 



「…いや、そもそも…」



 考えても見れば。何故10年も前の昔の記憶が全くないというのに、俺は何の理由があってレジェンドという男を探しているのだろうか。



 あれだけある男に拘って、執念に燃えていたこの感情は。誰に言われる訳でもなく、夢に出てきた少年はまるで自分の過去のように。ある一部分だけがくりぬかれたようにしっかりと残されている。夢に出てくるレジェンドという男を探す目的が。



「…なあ、ブライト」

「どうした、何か思い出したような面だな」

「少し的外れな事を言うと思うが…俺には昔の記憶が全くといっていい程に無い」

「記憶が無い…それだけか?」

「他にもあるにはあるが…よく思い出せないんだよ」

「…それは一体、どういった物だ」



 そう聞かれて思い出すものは、昨晩に見た、小さな少女が涙を流す姿。それ以上を思い出そうとすると、やはり脳裏に鋭い痛みが走り阻害されてしまう。



「…ッ! 小さな…女の子が…泣いていた、おぞましい何かに囲まれて…」

「…それは大体、10年前くらいか?」

「多分…俺の知っている奴と同一人物だとしたら…それくらいだと」

「そうか、ならやはりマーベルの言ったことと結びついてくるな…あんさん、俺の目を見な」



 痛みに額を抑えていると、突然アゴを持ち上げてブライトの瞳を覗かせた。



「何を…ッ!?」

「ジッとしてな、ほんの少しだが、過去の記憶を思い出させてやるよ」



 ブライトの瞳に吸い込まれるように、瞼を閉じようにも瞬きする事なく凝視してしまう。すると脳内の何かが外される音のような物が聞こえた気がした。



 瞬間、瞼が重くなり目の前が真っ暗になっていく。眠るように身体の力は抜け落ち、ゆっくりと支えられる感覚を感じながら地面に横たわる。



「さっさと思い出してきな、こっちは寿命を削ってまであんさんに期待してんだ、収穫無しは勘弁だからな」



 そして意識が完全に失われる寸前、ブライトは優に向かって一言告げると、返事を返す間も無く意識は忘却の彼方な世界へと誘われる。






・…・…・…・






 初めに意識が覚醒し、初めて目にした光景は、人々が誰かに向けて感情を吐き出す姿からだった。






 ――魔王とは。





 その問に、幼い少年少女はお互いに見つめ合うと、尊敬の眼差しで瞳を輝かせながら無邪気にも二人は口を揃えてこう答えた。



 自分たちとは違う、別の世界のもっとも偉い王様だと。





 魔王とは。





 その問に、老若男女は顔を歪めて我武者羅に喚きだす。



 あれはこの世の悪夢そのものだと。触れてはいけない、関わってはいけない存在なのだと。



 『魔王』、まるでその言葉に呪いが込められているかのように、人々は口にすることも耳にすることも遠ざけるよう、明らかな畏怖の意を示す。




 ある青年はその対応の違いに、意義を申し立てた。




 どうして? 何故貴方達はそこまで嫌悪するのですか?



 何も知らない青年は、何となくな予想を立てたうえで、興味本位も兼ねて再び口を開くと人々に問いただした。



 そこまで嫌うということは、余程の理由があるからなのだろう。そんなに魔王は悪い事をしたというのか、一体どんな奴なんだ。



 問いかけからの返答を、息を飲んで返事を待つ。…が、人々は困惑した面持で誰一人として口を開こうとしないでいた。



 お互いがお互いにどう答えたらいいのか分からない、と誰もが困惑した面々なのだ。



 それに青年は不思議に思いながら再び問いた。



 貴方達は魔王に対し、只ならぬ嫌悪という感情を抱いている。ともなれば、さぞ残虐非道、悪逆の限りを尽くした悪い人物だったのでしょう。



 …ですが、どうしてそんなに難しい顔をしているのか。もしや何か答えられないといった理由でもあるのですか?



 すると、その言葉を聞いた人々はまるで変わった生き物を見る目で青年をマジマジと見つめだした。何を当然、至極当たり前な事を問いただしてくるのかと、そんな表情を誰しもが浮かべていた。



 対して青年もその状況が上手く呑み込めず、困惑に不安を抱かずにはいられない。



 もしや、悪戯に悪い事を聞いてしまったのかと。罪悪感で詫びの一言を告げて頭を下げる。



 が、慌てたように彼らは止めに入った。どうやら気分を害して機嫌を損ねたとか、そういった類ではないらしい。



 では、やはり何かしらの理由があるのか尋ねると、彼らは再び首を横に振る。



 ますます困惑した青年は、じゃあ何があったのか教えてくれと懇願する。



 すると、人々は困惑した青年に教えるよう、口を揃えて理由を述べた。





 ≪ 魔王 ≫ だから……と。





 誰もが口を揃えて言っていた。まるで、その主張が真に正しきものだと告げるかのように。




 理由も無く。それが正当な回答だと。




 彼らが何を言っているのか、どれだけ悩んでも青年が理解できることは決してなかった。



 初めは冗談で言っているのか、それとも勘違い、変な聞き間違いをしたと自分の都合に合わせた解釈を行っていたが、何時までも呆れた物言いを続ける彼らの醜さに耐えきれず、堪らず青年は耳を塞いだ。



 理由がないにも関わらず相手を忌み嫌うなんて、まるで質の悪い暗示。もしかしてこれは一種の呪いに等しいのではないか。



 それは、一方的な憎しみで支配された畏怖の世界。集団心理から生まれる身勝手な暴挙。



 無垢であった青年も最初は否定的であったものの、月日を重ねるに連れて周りに飲まれていく。





 しかし、それでも尚。そんな人々の声を跳ねのける小さな勢力が僅かながらに存在していた。





 人々の声に惑わされていない、純粋な己の思う気持ちをぶつけようと。




 少年は拳を握りしめ、高らかに言い放った。




 強くてカッコいい、それこそ憧れの存在だと。




 強さとは正義が持つ者の象徴。少年は魔王の姿を勇者の姿として映していた。



 だが、そんな少年の言葉に耳を貸す者はおらず、周囲の反応は恐ろしく冷たかった。



 それが真に正真正銘の勇者であるのなら、強い事は正義とされるだろう。



 しかし、それが魔王となれば。強すぎるのは、負を呼び起こす悪夢なのだと。



 対抗する手段がなくなってしまったら、何かあってからでは遅いから。




 彼らは如何にもな正論だけを吐き出した。




 だから人々は魔王を毛嫌いし、関わらまいと遠のいていく。



 来るな、触るな、近寄るな。



 その言葉に従うよう、魔王は人里を離れひっそりと身を隠して静かに暮らす。



 しかし、言われた通りに要求を呑んでも、それでも彼らは毎日毎日不満を零す。



 出ていけ、邪魔だ、消えろ。



 何をするにあたっても、人々は罵声を浴びせ、石を投げ、棒切れで叩いておきながら。



 止めに入った青年に告げた彼らの言葉は何だと思う。




 何もかも、悪いのは魔王だと。





 ある少女は涙を溢した。





 何も悪い事をしていないのに、どうしてそんなに忌み嫌うのかと。



 何度聞いても、何度理由を尋ねても、人々が言うのは口を揃えてただ一言。呪いのように、呪われたように決まって告げた。




 魔王だから。




 反論については認めない、疑問の意義も通らない。



 それに少女は肩を震わせ、小さく首を横に振る。



 魔王だから、何?



 幾度となく耳にしたセリフ。咎めるにしたって、押し付けるにしたって、そんなもの理由にすらなっていない。ただ単に、魔王という名称で呼ばれているだけじゃない。



 すると彼らはこう答えた。



 強すぎるから。



 それに少女は呆れた声を漏らす。



 強すぎるから、何? 一度でもその力で暴力を振るったとでもいうの?



 すると彼らはこう答えた。



 あいつが強者で、私達は弱者という立場だから。



 すると少女は、鼻で一度笑って見せた後、堪らず失笑に口元を歪めてみせた。



 何処の口がそんな虚言を吐いているの? 一体弱者はどっち?



 だったら教えて。強い事が悪い事なら、強い人は罪だというの? 強さを求める人は罪を問われるとでも言いたいの?



 彼らは何も答えない。ただじっと黙るだけ。



 そんな訳ない。そんな訳がない。だって、そんな話、聞いたことも見たこともないのだから。



 ただ悪魔だ魔王だと。人々は勝手に嫌ってこじ付けをして、だから彼は孤独になっていくんだと。



 少女は見ていた。一人、人の目に触れることなく物陰に隠れて嘆いている少年の姿を。



 強くて、カッコよくて、それでもって優しいことも。



 なのに彼の優しさを、私が助けられた武勇伝を、本当の彼の姿を包み隠さず話しても。



 まるで暗黙の了解。長く植え付けられた、彼らの理想と幻想の中の想像によるある種の呪い。



 それでも皆は認めようとはしてくれず、耳を真面目に貸す者は一人としていない。何かに囚われたように、嫌いでもない人間がまるで口癖のように大嫌いだと言う。



 泣かずにはいられなかった。叫ばずにはいられなかった。



 どうして? 何がいけないというの!?



 まるで憧れの正義ヒーローと変わらないじゃない。親しみ、尊敬される勇者と、何一つ。



 なのに、皆がいうのは悪者の一点張り。






 じゃあ、一体正義って何?






 すると人々は口を揃えてこう語る。




 『 勇者 』だから。




 だから人々は付き従い、他人に悪意を与えても、正しい行いをしたのだと。




 では、悪って何?




 すると人々は口を揃えて吐き散らす。




 『 魔王 』だから。




 だから人々は罵声を浴びせる。どんなに他人に善意を尽くしても、お前は害だと否定する。



 それに少女は怒りを露わにして声を荒げた。



 なんで!? 何でこんなにも違うの!?



 少女の抱く思いが、混ざり合って狂っていく。



 信じられないものが信じることができて、信じられるものが信じられなくて。



 今まで見てきたものが虚像になって、伝えられてきた物語が虚言となって、まるで何もかもが嘘偽りで。




 そして、少女は呟く。







 ――これではまるで、逆じゃない。








 勇者が魔王で。魔王が勇者で。




 世界はこれほど平和だというのに。




 皆は一体何を信じて、何が正しくて、その瞳には何を映し出しているというの?



 正義が悪で、悪が正義で。人々は善悪の区別を違えている。



 こんなの間違っている。間違っているのに、誰も認めようとしてくれない。



 見ているようで、本当は何も見ていない。嫌な事や面倒事は見て見ぬふりをして、都合の良い事ばかりは見つめ続けて。



 本当は分かっているくせに、本当は見ているくせに。実際は目を瞑ってて、聴覚だけを頼りに生きている。



 情報だけを鵜呑みにして、周りの言葉だけを信じて、それが正しい事だからと。



 これではまるで、有象無象のただのアリ。



 そこに深い理由なんてものは存在していないにも関わらず。




 ――間違っているのは、皆なのに。




 それでも彼は抗い続けていた。



 どんなに嫌われても、どんなに蔑まされても。



 寄り添うように隣に座れば、まるで口癖のようにいつもいう。




 ――僕は大丈夫。優しくしてくれてありがとう。




 人々のいう口癖とは大違いに、心の篭った優しい言葉。



 そして彼はそれだけ言うと、私の傍から必ず一歩分の距離を離れた。



 それが彼の許せる最低限の距離。それ以上近寄ろうとすれば、彼は同じように一歩遠ざかっていく。



 私の事が嫌いとか、怯えているとかではなくて。彼は私に迷惑を掛けないよう、自分から身を引いていく。



 彼は誰にも頼らずに、独りぼっちで生きていくことを選んでいた。



 それがどんなに寂しく、どんなに辛い決断だったのかを知っているにも関わらず。



 そんな状況ですら私の前では笑顔を絶やす事は無かった。



 本当は辛いはずなのに、泣きたいはずなのに。そんな素振りは見せようとしない。



 何も悪くないのに、一人で抱えて、何もかも受け入れてしまう。



 何もしてあげられないのだから、結局は私も人々と変わらないのかもしれない。



 だって、それがとても辛いのに、でも、とても嬉しく思えてしまうから。



 本当は心の内では願っていたのかもしれない。



 彼の口から嫌だと、もう嫌だといってくれる日を。



 でも、そんな事を言い出す日は何時まで経ってもやってこない。




 だって貴方は、優しすぎるから。




 私の罪を受け入れてしまって。全ての罪を背負ってしまった。



 世界を敵に回してでも、貴方は私を信じてくれた。




 だって貴方は、優しすぎたから。




 悪魔の誘惑に耳を傾けてしまった。



 抵抗もせず、ゆっくりと底無し沼に身体を沈めていった。



 振り払えばいいのに、傍に居るのだから助けを呼べばいいのに、何時までも悪魔に耳を傾け続けてしまう。



 だから、私はそんな貴方が好きだった。



 ボロボロになった彼の亡骸を見つめ、私は涙でクシャクシャになった自分の顔を拭う。



 そうだった、皆は自分の気持ちに素直なだけだった。



 私が彼を好きであったように、好きという気持ちを素直に抱いていたように。



 善意が悪意であるように、悪意が善意であるように。変わらなければ、変える力を持たないだけなのなら、結局は意味がない。



 なんて下らない茶番劇、なんて意味の無いお遊びだ。



 偽善者風情が、何を望んでいたのだろう。彼を陥れたのは、彼を犯したのは私だというのに。



 だから、私は泣く事を止めた。



 今度は私が報いる番だから。



 これから迫る選択を選ぶのは、私の役目だから。



 でも、きっともう手遅れなのかもしれない。もしかしたら私の選択が、最悪の結末を生んでしまうかもしれない。



 そうなる、なるかもしれないと分かっているのに、私は選ぶしか他なかった。






『――大丈夫、優くんは私が守るから……』






 そこで一旦口を紡ぐ。決意を持つ為に、揺らぐ意思を保つために。



 それでも涙は頬を伝って、意思とは無関係に零れ落ちてゆく。






 ――え? どうしてそこまでするのかだって?






 ある日、彼が素朴に聞いたある言葉。



 そんな事、考えるまでも無く当たり前な事なのに、むしろ私がそれを聞いてやりたかったと、今更過ぎる事に思わずクスリと笑った。




 全く、貴方はどうしてそんなに鈍感なの? それともわざと?




 理屈じゃ語れない事だってある。そんなの決まってるじゃない。




『だから』





 だって、私は君の事が





『……ありがとう、さよなら』





 ――大好きなのだから。




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