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勇者の彼女は魔王様  作者: 勇者くん
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龍殺しの異名を持つ弓使い



 出来事はほんの一瞬。



 突然押し出された身体、そしてそれが魔王によるものだということ。どうしてかなんて考える必要なんてない。俺の身を守る為に、庇う為に行った行為だと理解している。そうじゃなきゃ魔王の行動の示しが付かない。



 先に危険を察したのは魔王だった、俺が気が付いたときには既に遅かった。



 唐突に突き飛ばされたのかと思えば、振り返ると魔王は力無く床に倒れ込む光景。



 呆気ないという言葉を口にしたいくらいに、本当にほんの一瞬の出来事だった。



「また…悪ふざけ…か? はは、冗談が過ぎるぞ魔王…幾ら何でもやりすぎだって…」



 目の前で起きた出来事が理解できず、倒れ行く魔王の身体を支える事すらままならない。



 むしろ目の前を直視できず、逃避する方向に思考が走る。



 嘘だ、違う、夢だ、幻覚だ、幻だ。質の悪い、ちょっとした悪ふざけに過ぎないって。



 そう俺は頭の中で否定しながらも、妙に鮮明に長く感じる時間で、そして思い返せば一瞬の出来事だった。



 いや、まだだ。まだ気を失っただけに過ぎない。胸には矢が深く突き刺さっているが、即死という可能性は低い。まだ助かる可能性はあるはず……。



 その僅かに縋る可能性すら否定するよう、無慈悲に正確に心臓のある位置へ突き刺さっていた。



 で、でも…まだ、まだ何か手が…!!



 分かってる、錯乱してる事くらい。自分でも何をしたいのか分かっていない事くらい。



 もう今更に何をしても手遅れ、致命傷を治すすべなんて無い。



「っく…魔王ッ!!」



 もしかしたら偶然にも矢が刺さっていない可能性だってある。そう思ったのも束の間、見えるはずであろう矢の先端が目視出来ない。深々と身体の中に侵入しているのは明らか。



 動かなくなった魔王の姿を数刻の間見つめ、死という直面に面した事への実感を理解すると同時に止まった時間は動き出した。



「魔王!!」



 倒れた魔王に駆け寄り、更に強く魔王を呼ぶ。



 きっとまだ生きている。そんな空想を僅かながらに抱いての行動。



 だが呼びかけても返事を返すことはない。ダラリと仰向けに倒れたまま動く気配がない。



 力なく関節は曲がり、白みを帯びたその顔からは生気は感じられず、それはまるで死んでしまっているかのように体温の温もりが徐々に消えていく。



 嘘でも幻でもないと実感し、魔王を抱きかかえる腕が小刻みに震える。



「…ふ、ふざけてないでさっさと起きろよ…じゃないとまた怒るぞ?」



 ペシペシと魔王の頬を軽く叩く。寝たふりや悪ふざけならこれで起き上がって怒るだろうと。



 何時まで待っても何の反応を見せないというのに。何をやっているんだろうか俺は。



 呼吸をしていない、脈もしてないっていうのに。



 無意識に口元が震える。喋る度に声が裏返ってしまい思うような声が出せない。


 

「いくら力を無くして貧弱だと言ったところで、お前は魔界の王だったんだろう? こんな…こんなちんけな一本の矢如きで…俺なんかを庇って死ぬような…そんなタマじゃないだろッ!!」



 尚も倒れたまま動くことはない魔王の姿に、俺は奥歯を噛みしめて込み上げる感情を押し殺す。



「……さっきまで…俺を好きだの愛してるだのいってたじゃないか…だからよ…起きてくれよ…魔王」



 ほんの少し前までは能天気に、はしゃいで好きーだの、愛してるーだのいっていた。



 恥かし気もなく、無邪気に微笑みながら。



 それが熱が冷めたように静かになった。はしゃいでいた姿など嘘だったかのように。



 無表情で静かに口を閉ざしたまま魔王は黙っている。



 前髪に触れる、頬に触れる。生前だったらこんな事、冗談だってできやしない。もしもこんな事を魔王の前でしたのなら、調子に乗って暴走しかねないから。



 本当は、一度だけでもいいから生きている時の姿で、こうして触れてやりたかった。



 瞼を閉じ、俺は今まで伝えられなかった想いを乗せて強く願う。



「お願いだから…目を覚ましてくれよ…魔王」







 何かが、一気に砕け散る音が鳴った。







「誰だ…」



 ポツリと無意識に呟いていた。自分の意思とは関係ない程に、ハッキリと自覚を得る事もなく。


 

 随分と近くで物が壊された音が鳴った。そして外では歓声が上がっている。それらを踏まえて考えてみると答えは一つ。



「…門が壊されたか」



 腕のいい奴が門を壊したのだろう、一人一人が雄たけびを上げながら我さきにとここを目指して進入して来ているのが音で分かる。



 だからどうした、もうそんなことはどうでもいい。



 もはや逃げ隠れする必要はなくなった。肝心の魔王がいないんじゃ怯える必要なんてない。



 今は捕まる可能性よりも優先すべき事がある。



 恐ろしくも冷静沈着と冷たくなった俺の思考はあらゆる可能性を絞り出す。



 意図は、目的は、条件は、そして誰が……俺を狙ったのか。矢が放たれたのは一本だけだったが、軌道は的確に俺に向かって飛んできていた。城のすぐ傍から、それも下の位置からから見えない相手に向かって放ったところで当てられるはずもない。



 魔王に突き刺さった矢は明らかに意図的に狙って放たれたものだ。



 そんな事が可能な人間は単純に考えても数は少ない。超遠距離での射撃が得意とするか、遠隔操作を得意とするかで能力は大きく違ってはくるものの、一瞬の油断を突いてきたのは事実。



 勇者に匹敵する程の腕の持ち主か、はたまたそれ以上の実力者が近くに潜伏している可能性は高い。



 となれば、魔王を仕留めた事で手ごたえを感じたはずの相手は、すぐに確認する為にいち早くここに現れる。



 もしも相当の実力者が最初に俺の前に現れたとすれば、そいつが事の元凶と見て間違いない。



 そう、例えばさっきから影で此方の様子を伺っている奴とかな。



「さっきから隠れてないで出てこいよ」

「あれ、ばれてましたか」

「隠密する気なんて無かっただろ、気配が駄々洩れだ」

「そうでしたか、では失礼。お初目にかかり光栄です、黒沢様」



 涼やかな声が俺の耳に届く。



 男の存在に気が付いていない不利をして、散々隙を見せていたというのに…奴は誘いに乗らなかった。



 間違いない、実力者の一人だが…。



 一番最初に俺の前に現れたのは白髪の男。雰囲気からして年上にも見えるが、顔を見る限りは自分とあまり変わらないように見える。無駄に体中には高そうな指輪やネックレスを付けているのが何より気に喰わない。



 一番乗りの実力者だからって、可能性があって気に喰わない、それだけの理由で戦いに生じていいものか。



「おい…それ…」



 その戸惑いは白髪の男が手に持っているものに目が止まる事で打ち消された。



 ゾクンと、悪寒と共に一気に黒い感情が脈打ち身体中に噴き出した。



「…お前か?」

「ん?」

「さっき飛んできた矢は…お前が放ったのか?」



 それは紛れも無く弓の形をした物体だった。それを携えている相手が現れたのだ。



 衝動を押し殺しながら男に問うと、等身大に近い程の大型弓を体系にはそぐわぬ怪力で軽々しく持ち上げ、白髪の男は俺に向かって不思議そうに怪訝な顔を浮かべて首を傾げた。



「うん? …そりゃそうですけど、あの程度だったら勇者様は避けるのは造作も無かったのでしょう? 何もあの程度の攻撃でそこまで殺気立たなくてもいいでしょうに。挨拶ですよ挨拶」



 白髪の男は俺の殺気を全身に浴びながらも、決してもろともせず落ち着いた様子で愛想笑いを浮かべる。



 ただ、自分に何か非があったという事は理解していたのだろう。怒りの原因を探るように一通り部屋を見回し始める。



「…ん?」



 そこでふと、今頃となって白髪は倒れている人の存在を確信したところで動きが止まる。



 愛想笑いが崩れ去り、まるでこの状況は予想だにしていなかったらしい。困ったとばかりに頬を数度、人差し指で掻き始めた。



「…いや、まさか…人の気配がするから放ったんだけど…手違いで違う人に当たってしまったのか…いや申し訳ないことをした、謝罪する」



 矢が突き刺さっている少女の姿に俺の殺気の正体がわかったらしい。白髪は申し訳なさそうに謝罪する。



 それが誤射だと認識したうえでの謝罪とは。最低限の人としての礼儀はあるのかと、そう思った矢先。その考えは一瞬にして覆る。



 下げた頭をゆっくりと上げていくその顔はうすら笑いを浮かべていた。



「ええ、まあ確かに悪いとは思いますよ? ですが、でーすーがーですよ? まっさか勇者であろうお方が!! 守るべき健気な一人の命すら守れないなんて!! ッハ! ちっとも思っていませんでしたよ。…ああ、とはいえ失敬、それはもはや過去の話でしたか」



 言い換えそうにも、何も言い返せずに奥歯をギリギリと噛みしめ押し黙る。



 白髪はここぞと言わんばかりに俺に向けて嫌みを吐く。恐らくは精神的に絶望の淵に立たされている、そんな今の俺の状態を見て楽しんでいるのだ。



「しかし…少しばかり謎がありますね…そこで転がっている少女はなんなんです? 使用人か何かですか?」



 そういうと、すぐに首を振って白髪は否定する。



「いや、ここに来るまで誰か他に人の居る気配は無かった。まあこれだけ騒動になっていますし、逃げたなり隠れたなりしているかもしれませんが……。情報が確かなら居るはずの目標がいないんですよね」



 そう呟き、白髪は俺と魔王である少女を交互に見つめて暫く考え込む素振りを見せると、突然にハッとした顔で納得したように頷きだした。



 そして謎が解けて満足気にしていた白髪は、無防備にも俺と魔王の傍まで近寄っていく。互いに剣も抜きあう事なく、俺と白髪の目線がピッタリと重なり、そして数秒の静寂が流れる。



 その瞬間、白髪は不意に俺から視線を外すと、突然抱きかかえたまま動く様子の無い魔王を足蹴にした。



「もしやこれが貴方の彼女さん、魔王…っだったりしますかね?」



 ピクリと僅かに俺が反応を示した様子を目視で確認した白髪は、込み上げた感情を堪え切れずに大口を開け、瞼を大きく見開いて笑った。



「あっは! え? まさかの本当でした? いやー、何となくそんな気はしたけど…まさかなーとも思ってたんですよね。でもまさかこんな可愛らしい少女が…あの魔王って……想像上ではそれこそ闇の塊のような、ただそこに存在しているだけで恐怖に身が震えるような…そんな存在だと思っていましたが…蓋を開けてみればこんなものか」



 つまらなさそうに吐き捨て、白髪は魔王を蹴飛ばす。




 その瞬間、俺の体の中の何かが深く落ちた。




 所詮はただの戯言だ。意識が無いのだから悔しがる事もなく、死んでいるのだから苦悶の表情を浮かべる事も無くなった。



「しかし…貴方本当に勇者だったんですか? ここに転がっている魔王といい貴方といい…まるで力が感じられな」

「ここにいたか裏切り者め!」

 


 突然白髪は言葉をさえぎり、一人の男が怒涛の声を上げる。

 


 途方もなく広い屋敷の中、探し回るのに時間が掛かったのだろう、遅れてワラワラと外の騒動で群がっていたであろう一部の住民らが集まり出す。



 彼らは俺等を見つけた途端、口々に罵声を浴びせ始めた。



「大人しく捕まれ、この恥知らずが!」

「ここからさっさと出ていけ、もうお前の居場所はねーんだよ!!」

「この勇者風情が! いつから勇者になったつもりでいたんだこの…ッ!」

「少し静かにしていてもらえますか?」



 凛と響く拍手を一回。それから白髪は怒涛の声を上げて住民を一蹴する。鋭い目つきで睨む白髪の男の威圧に怖気づき、彼らは黙り込んだ。



 話している最中に割り込んでこられたのが、この男には気にくわかったのだろう。



「こいつは私の獲物だ、お前らは手出しするな…わかったか?」

「お、おい、賞金を独り占めする気か…!?」

「お、おい、よ、よせ! どこかで見たことがあると思えば…あいつ、多分だが白銀の弓使い、白木 相馬だ!」



 突っかかろうとした男を止めに掛かった男は、大声で 白木相馬しらきそうま だと叫ぶ。すると急に妙な静寂が訪れ、後に他の一人が驚きの声を上げる。そこから連鎖するように周りがざわつき始めた。



「白木といえば、名だたる猛者から選ばれた…確か勇者候補の一人だろ!?」

「ま、まじかよ?」

「あ、ああ! 間違いない! あの白髪、それに身に着けた豪華な金銀、確か通り名だと歩く財産って言われている奴だ」

「っは!? そいつってつい最近にも、どっかの洞窟に潜んでいた災獣指定のドラゴンを一人で倒したって話もあるぞ!?」

「正真正銘の実力者だ…下手に手なんか出してみろ…あっという間に殺されるやもしれんぞ…」

 


 その一言で、ざわめきは一瞬にして沈黙へと移り変わる。



 余り良い印象ではない方で名が通っているのか、静かに白木の反応を伺う住民の様子は、どこかおどおどとおどけた様子で、顔色が青くなっている者もいる。



「…いやお恥ずかし。私の名前も結構有名になったものです、勇者にせよ魔王にせよあんな途方もない賞金、一人で使いきれるなんて思っていなですし、捕まえたらみんなにも分けてあげますよ」



 名が知られているのが嬉しかったのか、白木は気分が良くなったようだ。満面の笑みを作り、手を振っている。



 そこへ一人の男が白木の発言に一つの疑問を投げ掛ける。



 その男は、最初に怒涛の声を上げて白木の話を中断した男だ。



「それはありがたい!…ですが、あの…肝心の魔王が見当たらないのですが……?」

「ん…ああ、そんな事ですか。それなら問題ありません、それこいつですから」



 そういって白木はしゃがみ込むと、倒れている魔王に触れた。ただ単に白木の手が、魔王の体に触れただけのこと。足蹴や蹴飛ばすに比べれば、それは些細で何気のない仕草。



 だがその行動に、またも何かに落ちていく。それは、表面に貼り付けられた札が、ゆっくりと剥れて落ちていくかのように。帯びた亀裂が段々と大きくなっていく。




 幾度と重なった亀裂が全体へとめぐる。落ちる感覚に身を委ねるよう、片足が深い溝に浸かる。




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