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その二十 残響(4)

 約束通り放課後は、元男子評議連中と一学年上の先輩たちとのカラオケBOX打ち上げに参加した。帰りのホームルームが終わるや否や、一年C組の評議三人衆が上総を迎えに教室まで乗り込んできたからだった。

「立村ちゃーん、お待たっせ!」

 天羽がにやにやしながら上総の肩を抱く。周囲から好奇の目が刺さってくる。

「悪いが、A組のヒーローをもらってくからな」

 誰がヒーローなのかわからないが、難波がA組に残っている生徒たちへ呼びかけた。反応は怪しい。そりゃそうだと当の本人である上総は思う。

「立村、すごいよ。もう学校中立村のことで話、持ちきりだよ。しらけてるのA組だけじゃないかなあ」

 周りに聞こえるよう上総に話しかける更科。なんだか恥ずかしくなりそうなことを言い募るのはやめてほしい。

「そんなに立村評価されているのか」

 驚いたふうに男子たちが囁く。女子たちはみな、ちらと見て無視。一部の女子たちである程度上総を嫌っていない……好意ではない……グループは何か話をしているようだが聞きとれない。天羽が頷く。

「そうだよん、今朝はもちろん、最優秀賞獲っちまった一年C組ブラボーが一番のネタなんだがな。トリを飾った元評議委員長と来たらそりゃあ驚くぞ。それも伴奏と指揮者を兼ねたとなったら、普通じゃあねえよな。二年、三年の先輩たちからもほら、立村、めちゃくちゃ声かけられてただろ」

「あ、ああ、確かに」

 嘘ではない。実際、休み時間廊下をうろついていると顔見知りの先輩たちから、

「立村お前よくやったぞ! 評議の面子を保ったな!」

「まじ、本条に見せたかったぞ。これからは女子選り取りみどりだろ」

 と全く意味不明な褒め言葉を浴びせられて閉口した。現在は野に降りている上総だけども、中学時代の「評議委員長」という肩書きが妙なところで影響している。

「な、だから俺の見込んだ男だっての、さ、行こうぜ、先輩がたがお待ちかねだ」

 天羽が手を振り、後ろに従うように難波と更科が続いた。上総は関崎に、

「騒がせてごめん。またあとでな」

 小声であやまり教室を出た。関崎も機嫌よく、

「そうだな、今度またゆっくりカラオケ行こう」

 関崎が指定しても、もう誰も意外と思わない場所を指定してきた。


 すぐに自転車で駅前の比較的明るいカラオケBOXに向かった。秘密会議を考える場合はそれなりに、少し町から離れた場所を選んだりもするのだが今日は昼過ぎということもあって、開放的な雰囲気の店を先輩たちが選んでくれたようだ。上総以外の三人が地図に強いこともあり、初めての店ながらすぐにたどり着いた。二年B組の菅西先輩の名前で予約が入っている。この辺はすべて天羽に任せっきりだ。

「お前ら遅かったなあ」

 すでに飲み物とピザを注文してさっさと食べまくっている三人の先輩たちにまずは正座して礼をする。一応は礼儀だ。テーブルの隅っこに四人ちんまり座る。

「ほらほら、腹減ってるだろ、食えよ。天羽と難波はこっち来い、向かいには更科と、あと立村、お前端っこ行け」

「わかりました」

 みな逆らわず言われた通りの席についた。ピザは今のところ一枚のみだが、これから追加できるという。また天羽が注文を取って電話をかける。

「そいじゃあ、今日は青大附高、合唱コンクールの裏打ち上げってとこで無礼講で行くぞ」

 全員分の飲み物が届いたところで乾杯の音頭を取ることになる。

「では今日は、やっぱり奇跡のアカペラ大合唱をやり遂げた、菅西に任せる」

「よっしゃ!」

 あぐらをかいてくつろいでいた菅西先輩は立ち上がり、自分の分であるメロン色クリームソーダを片手に、

「ありえない程ハプニングの連続にもかかわらず、無事に合唱コンクールが終了したことを祝って、かんぱーい!」

「かんぱーい!」

 めでたくみな、宴の始まりとなった。


 元評議同士ということもあり、かなり遠慮なく話ができる。一番隅っこに追いやられた上総も、隣の更科からC組の合唱事情を詳しく聴かせてもらうことができた。目の前にでピザをひたすら食っている難波の見事な指揮者ぶりや、前日のクラス打ち上げの盛り上がりについても同様だった。

「そうか、それならすべてが上手く回ったんだな。聴きたかったな」

「すごかったよホームズ。自由曲のサビの部分でさ、席の方で確かに誰かが歌ってる気配あったんだよ。そしたらすぐにそっちの方にも指揮で促して、みんな大合唱。まじ感動したよ。なあホームズ」

「音痴だ音感ねえとかいろいろ罵倒されてきたが、ざまーみろってとこだな、全く」

 極めてクールを装いつつも、褒められるのはまんざらではない難波。もう二切れ平らげている。上総はまだひと切れを消化するのにえらく時間がかかっているのにだ。

「まあ、そうだな。一年C組の功労者はやっぱり難波だな」

 先輩たちが一斉に拍手すると、さらに舞い上がる難波。

「先輩たちはわかってくれててありがたいです。目指すは来年も指揮者目指します!」

「お、とうとう宣言しちまったか。音楽委員で行くか?」

「いや、クラス替えがあれば次回こそは評議狙いでいきます」

 相当、評議以外の委員という立場が悔しかったと見える。更科がふくれっつらでつぶやく。

「そっか。ホームズは俺と同じクラスが嫌なんだなあ。いいよ、いいさ」

「なあに拗ねてるんだよ更科。お前には愛しいお姉さまがいるだろ」

 今度は更科をからかう先輩方。当然のように更科は反論する。

「先輩違いますよ。俺のあの方はお姉さまじゃないんですよ。いいなずけって言ってくださいよ」

「わりいわりい。傷ついたなあ、更科も」

 またげらげら笑う。ここでもしアルコールが入ったらもっと自制心とっぱらった話題になるのかもしれない。天羽が今度は、別の意味でスターである二年B組指揮者・菅西先輩にインタビューする。

「菅西先輩に聞きたかったんですが、結局あれ、なんでいきなりピアノ止まったんですか。気分悪くなっちまって弾けなかったとかそういう奴ですか」

「違う。たち悪すぎ、なあ」

 ここに揃っている二年の先輩たちはすべてB組だった。青大附中出身の評議委員はすべて同じクラスにするという意図的な事情による。菅西先輩は天羽からつけあわせのサラダを取り分けてもらい、口に押し込んでから語り出した。

「ほんとはいたんだよ。もっと上手いピアノ弾きがな。ただ親の力とか面倒な事情とかがいろいろあって、弾けるって自慢はしたいけど実はど下手な女子が担当になっちまったんだ」

「へえ、でもその人ピアノ弾けたんでしょ、一応は」

 更科が口を挟む。菅西先輩は仲間たちと顔をしかめて頷きながら続けた。

「そいつは自分が上手だと思い込んでて立候補し、中学の時はそれなりに弾けたから大丈夫と思ってたんだろうが、今回選択した曲がめちゃくちゃむずかしいのなんのって。転調ありの、フラットどっさり譜面についてるの、十六分音符どっさりの、ってとにかく面倒な曲なわけ」

「ああ見た見た。確かにありゃあ、簡単に弾けるもんじゃねえなあ」

「先輩、でもそれだと肥後先生ももう少し簡単な楽譜提供してくれたりしないんですか」

 難波が質問した。

「俺は立村が肥後先生から譜面を受け取るところ見てましたけれども、こいつに弾けそうなかんたんな楽譜選んでたみたいですよ」

「最初はそうしてたらしいんだ。先生もあいつの腕前をそう高く評価してなかったから、簡単なものにしようとしてたらしいんだが、プライドなんだな結局は。そんなバイエル終わるか終わらないか程度のピアノの腕前じゃないんだわよ私は!とか意地はっちまって、超難しい楽譜選んじまったらしいんだ」

「ひゃー、でも途中で、ほら、軌道修正とかしなかったんですかい」

 天羽が突っ込む。

「したくても、できなかったんだよ。しようとしたらヒス起こしちまうし、実際ろくすっぽ弾けねえ状態ってのは練習でばればれだったし。最後に俺も見かねて、隣のクラスの伴奏娘に頼み込んでテープ録音してもらったんだ。どうせ幕の陰ならテープでもいいだろって。ところがさ」

 また二年三人、がくっと肩を落とす振りをする。一年全員身を乗り出して聴き入る。誰もカラオケのマイクなど気にしちゃいない。

「ところが、その伴奏担当に渡しちまったのが運の尽きだよ。当日持ってきたか?って聞いたら、なくしちまったと言いやがった」

「それ、わざとだったら村八分の刑じゃないですかい」

 天羽が震え上がるように両腕で自分を抱く。

「ま、これは俺たちもまずったと思うんだがな、それでついかーっとなっちまってそいつを責めちまった。クラスの連中も同じくな。結局それが止め。ある程度はそれでも弾けていたのが全然すっ飛んじまって、ペケ」

「でも先輩たちは凄すぎます。かっこいいですよ。俺、客席で見てましたけどアカペラで完璧に歌い切ったって」

「更科は可愛いこというねえ。そうだよ、俺たち頑張ったよ。あれは奇跡だった」

 頭を撫でられる更科を上総はちらと横目で見つつ、冷えたピザの二切れ目に取り掛かった。


「けどこれからが問題だわな。俺たちとすれば戦犯としか言い様のない伴奏者とこれからどうやってクラスメートとしてやってくべきか。ただいままじで悩んでる」

「どうなさるつもりなのですか」

 やっと上総も口を挟むことができた。ふっと空気がこわばったのを感じる。何かまたしくじっただろうか。三人の一年男子が不安そうに上総を見やり、二年先輩たちはいらただしげな目線を投げる。

「どうしたほうがいいと思う、立村は」

「誰か、その人には仲のいい人とか味方はいるんでしょうか」

 おずおずと尋ねる。本当はこの場で先輩たちに問う内容ではない。そのまま天羽たちに先輩たちへの相槌をまかせ、上総は黙って座っているのがベストだとかつての経験から学んでいた。大抵の場所には、本条先輩がいる。いつも本条先輩の隣で黙って座っていれば丸く収まる。ただ上総が自分自身で切り盛りしようとすると、あまり雰囲気がよくなくなるというのも確かにあった。どうしてかはわからない。自分のタイミングの悪さだろう。

「いねえなあ、な?」 

 三人の先輩方が頭をつきあわせ首を振る。

「まあ女子だしそれなりに付き合いはあるかもしれねえけど、みな今回のことで見放しちまってるし、そもそもそいつ学校に出てきてねえよ」

「このまま引っ込んでてもらうのが一番楽な解決策ではある」

「まあな。けど現実そういうわけにもいかんだろうし。出てきたら出てきたで、俺たちも許せるかと考えると、そう心広くねえよなと自覚する。そんなわけだ」

 そこまで三人語った後、また上総に問いかけた。

「じゃあ立村、お前ならどうするよ」

「俺なら、たぶん」

 口ごもった。これ言っていいんだろうか。でも仕方ない、拍手喝采の陰で顔を覆って駆け抜けていった女子の姿を見てしまった以上は。

「まずその人と仲のいい女子を探して、できるだけ付き添っていてもらうよう頼みます。その人がなんでできるわけもない伴奏に立候補したのか、理由があるはすです」

「理由か、んなもの調べてどうする? 過ぎてしまったことなのによ」

「合唱コンクールは過ぎてしまいましたが、クラス替えが行われるまであと半年あります。その間、伴奏を失敗したという理由でクラスの居場所がなくなると、きっとその人は針のむしろじゃないかって気もします」

「だが、伴奏なしで歌って下手したら大恥かきそうになった俺たちの立場はどうなるよ」

 もう引けない。言うしかない。どうしても目の前にたくさん映像が浮かんでしまう。特定のひとりの女子が浮かんでしまう。押し流されそうだ。隣で更科がつついているし、目の前では天羽と難波が口をぱくぱくさせて「やめろ」とつぶやいている。

「結果としては歌い終えたぞ。けどな、優勝はできなかった。これしんどいぞ。伴奏さえ揃ってればそれなりに結果出せたかもしれないのにな。ちくしょう、一年C組に負けちまったよおって泣きてえよ。まあ今回はお前ら三人の努力に免じて許してやるがよ」

 和やかに戻そうとしている。それに乗っかれば本当はいい。なぜ自分がこんなにかたくなになってしまっているのかわからない。自分でなぜ抑えられないのかわからない。

「先輩たちは、心底尊敬します。あの場で、伴奏なしであれだけ完璧に歌い上げられるのは、どれだけ練習してきたかってことを物語っていると思います。俺が言いたいのは、そこからこぼれ落ちた伴奏担当の人をあのまま切り捨てていいかってところです」

「切り捨てねえよ。義務だよ、俺たち元評議だしいじめはしねえ」

「ただ許せねえってことは、感じたっていいだろ」

「それは理解しています。でもどんなに自分のピアノを弾く力が足りないとわかりきっていても、どうしても弾きたい、何とかして結果を出したい、そういう気持ちは持っていたんじゃないかって気がします。結果は最悪だったかもしれませんが、なんでその人がそこまで伴奏にこだわりたかったのか、それを受け止めることは、必要なのかなってそんな気がします。自分ではどうしようもない感覚や感性というのがあるんじゃないかとか、たとえばそんなこと」

「頭で考えるのは簡単だが、実際その場に立ってみろ。そんな仏様になんかなれねえよ!」 

 上総が語れば語るほど場の雰囲気さらに悪化していく。どうしてこんなに自分がいきり立ってしまうのかわからない。抑えられない。


 突然難波が立ち上がりマイクを持ち、

「それでは一年C組の最優秀賞いただいた自由曲、『砂のマレイ』エンディング『スケルトン』を歌います!」

 隣で天羽が歌詞ノートを必死にめくり、

「じゃあ先輩、せっかくだし俺もホームズのサブについていいですか?」

 あどけなくアピールする。先輩三人があんぐり口を開けている中、一年男子三人の大合唱が始まった。三人並んで歌うのを聞き改めて、

 ──やはり難波は指揮者で生きるべきだ。

 その思いを強くした。


「お前、いい同期に恵まれてるな。救われただろ」

 先輩のひとりが上総に、吐き捨てるようにつぶやいた。

 ──こうやって助けてもらったのは、こいつらだけじゃない。関崎も同じことしてくれたな、古川さんとけんかになりそうになった時。

 笑いと拍手の嵐に、上総の語り尽くした言葉も吸い込まれていった。冷えたピザはお世辞にも美味しくない。それでも黙るためには食べるのが一番だと改めて思った。


 

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