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その二 元三年D組四人組の秘密集会(2)

 一度でも行ったことのある美里がいるので、幸い路に迷わずにすんだ。

「ええとねえ、たぶんこっち」

「ほんとに大丈夫なのかよ」

「私の方向感覚信用してないよねふたりとも。ほーらあそこの突き当たりにあるマンション。学校から近いじゃない」

 言われてみるとその通り、外装が煉瓦色でいかにも手が込んでいそうな雰囲気をかもし出している建物だった。十階建て。

「確か、五階って言ってたよな」

「そうよ。この辺でうろうろしてたらいいんじゃない。そろそろこずえも戻ってくるだろうし」

「え、中に入らないのか?」

 上総が驚いて尋ねると、美里は大きくうなづいた。

「そうよ。ここもね、オートロックかかっているから、中に入るのにコツがいるんだって」

 オートロックという言葉を聴くこと自体初めてだ。貴史と顔を見合わせながら自分の自転車を邪魔にならないよう隅に押しやり支える。事情は把握できていないにせよりっぱな家に住んでいるということだけは理解した。

「今日お土産、用意してきた?」

「一応は」

 上総は結洲でまとめ買いした水に溶かして飲む抹茶の包みを四人分用意してきた。袋に十包入っているから足りなくなるということはまずないだろう。そのことを話すと、

「そっか、じゃあ立村くんのお茶に合わせて、私たちのクッキーでお茶会だよね」

「んなもん買ったか?」

 羽飛が首をひねっている。思い当たる節がたぶんないのだろう。

「うちの母さんのお中元のあまりを持って来たよ。おいしいクッキーなんだから。ほらね」

 見ると美里の手提げには大きな丸缶が紙包みを取り去った形で納まっている。

「さーてと、こずえ早く来ないかな。ほんっと、暑いね。もう少しで九月なのにね」

「九月ったってまだあっちいだろ」

 羽飛と美里のいつもの掛け合いを耳に流しながら、九月の言葉にふと思った。

 ──あと一ヶ月でふたりと同い年になるってことか。


 土産も準備してしばらくしゃべりあっていると、ようやく自転車のきしむ音が聞こえてきた。

「あ、こずえだ!」

 美里が振り返り片手を上げた。勢いよく滑り込んできたこずえに、上総と羽飛も頷きで返した。

「美里、ありがとね。こいつら絶対路に迷うよとか思ってたけど、ちゃんと連れてきてくれて」

「当たり前じゃない! こんなに近かったらすぐわかるって!」

「とりあえず、こっちに自転車並べときなよ。盗まれやしないと思うけど、やはり安全なほうがいいからね」

 自転車置き場にまとめて並べさせた後、定期入れらしき茶色のケースを取り出した。

「今日は母さん朝から用事あって出かけているけど、弟がいるんだよね。まあ、いるもいないもわかんないくらいおとなしいから、気にしないでいいよ。あとでピザ頼もうか」

「え、ピザ?」

 思わず声を挙げる。宅配ピザを注文するということか。四人分、いやさらに弟君の分を考えると五人分。これはかなりの出費だ。こずえは上総を見て笑った。

「なーに、立村どうしたのよ。あんたピザ嫌いなの」

「いや、注文するのは、なんだか悪いよ。お金かかるしさ」

「心配なしなし。この暑さでしょ。下手に手作りして悪くなっちゃったら大変だよ。それならちゃんと、安心したとこから注文するのが一番。あとでみんなのリクエスト取るからね。まずはそれからだよ!」

 ──古川さん、それ、自分のお金じゃないのに、ほんとにいいのかな。

 喉まで「だったら俺が何か、作ろうか」と出てきそうになるのをこらえた。美里たちがすっかりピザのセットを真剣にセッティングし始めているのが聞こえてきたからだ。

「うーんとね、私はシーフードピザがいいな。油っぽくなければ健康によさそうだし」

「俺はこってりしたチーズに、アンチョビ乗せてとかかなあ」

「立村くんはどうする?」

 あまり店屋物を取る習慣のない上総としてはただ、

「任せるよ。ふたりの選んだものを少しずつもらえればいいよ」

「立村くん小食ね」

 びっくり目の美里から目を逸らし思う。

 ──その一方で杉本には「そんなに飢えてらっしゃるのですか」とか言われてるだけどな。


 マンションはいわゆる「オートロック」と呼ばれる、番号入力の上で開錠されるタイプのセキュリティ対策がっちりしたタイプのものだった。

「いつも思うんだけど、こずえのお家ってすごいよね。芸能人のお宅訪問みたいな雰囲気する」

「そうかなあ? でも褒めてもらえるならうれしいよ。ここのマンション、うちの母さんががんばって働いて買ったものなんだから。結構こだわりはあるんだよ」

「お母さんが?」

 また余計な問いかけをしてしまい、慌てて反省する。こずえは大して気にしていないようすで、

「そうなんだよね、うち、母さんが稼ぎ頭だもんでね。男女平等のこの世の中においてまさに理想だよ。男に寄生するだけが女じゃあないってことだよね」

「こずえのお母さん、かっこいいなあ」

 羽飛はあまり食いつかず、靴を脱いで上がった後、ぐるっと辺りを見渡して、

「お前、どこで寝てるんだよ」

 布張りの応接セットとその周りを囲んでいる鉢植えの数々、背の高いゴムの木ややたらと鉢数の多いサボテンやアロエの葉などを指差して尋ねた。

「まさかこんなジャングルで寝るわけないじゃん! そこまで野生じゃないわよねえ。しっつれーいねえ羽飛。ちゃんと私の部屋はあるわよ。あるんだけどねえ、諸事情で非公開なのよねえ」

「諸事情ってなにかあるのか」

 上総が尋ねると、大きく頷きこずえは三人を適当にソファーへ案内し座るよう合図した。

「やっぱりねえ、私の友達でしょう? 不純異性交遊なんかされたらしゃれにならないじゃんってことで、友だちが来たら部屋に入れないでここ、居間で過ごすようにとのご沙汰なのよね。私が野獣のような男子に食い散らかされたら大変なことになるわよってこと」

「いや、それ反対なんじゃねえ?」

 羽飛の誰もが納得する突っ込みにも動じず、

「それにさ、今日はあえてここで話し合いする意味があるんだわよ。あとで分かるけど、まあいいよ。さあてと、これからピザ注文するけどリクエストプリーズ!」

 

 三人がわいわいピザのトッピングにはしゃいでいる間、上総は居間の端にちんまり納まっているアップライトピアノに目を留めた。赤い木目のちいさなピアノには白いレースがかかっていて上には巨大なフランス人形が上総たちをちょうど見下ろすように微笑んでいる。ここ最近、いじられた形跡は見当たらなかった。

 

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