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その二 元三年D組四人組の秘密集会(1)

 上総の予定は問題なかったのだが、こずえを始めとし委員会参加者のすべては二学期開始直後から放課後が埋め尽くされる羽目となった。予想できない事態ではなかったのだが、

「ごっめーん、立村、悪いんだけどさ、今度の土曜にみんなで集まるってのはどう?」

「それでもいいよ、俺は基本的に暇だし」

「悪いねえ、ほんとはさ、すぐに話し合わなくちゃあなんないんだけどさね。羽飛も同じ評議だし、美里も規律だしでやたらと呼び出しが多いんだよね」

 ──古川さん、ほとんど委員やってなかったから知らなくても当然だよな。

 夏休み中もそれなりに集まってはいただろうが、やはり先生たちとがっぷり四つになり話し合う機会が増えるとなると、時間もタイトになるのは仕方ないこと。

 ──藤沖もそういうこと、古川さんに前もって教えればいいのにな。

 

 こずえの相談をきっかけに上総なりのクラス観察を心がけてはいた。

 合唱コンクールに向けて残り一ヶ月を切っていていまだ伴奏者が確定していない自体。

 確かにこれは由々しき事態だろう。

 ──中学の時はどうだったっけな。

 思い出してみる。青大附中二年D組時代の合唱コンクールはそれなりに盛り上がった記憶がある。何故声変わり真っ最中のこの時期に行うのかという疑問や反発がないわけではないし、最初は男子連中もいろいろとクラスから逃げ出したりもした。気持ちはよくわかるが上総の場合、男子評議委員イコール指揮者という重責がかかっていたのと、意外にもその指揮者の役割があっさりマスターできたことあってそれほど苦労はなかった。

 ──そうだ、清坂氏と羽飛がまとめてくれたんだったよな。

 結局はあのふたりプラス、こずえのトリオがうまくクラスメートたちを集めてくれたりなんかして、結局三位という地味な結果ではあったけれども無事に歌い終えた。もともと青大附中の場合は合唱コンクールというものを、クラス団結の機会とのみ認識しているようで、歌の上手下手はあまり関係ないようだった。むしろ特別賞……ブービー賞ともいうが……の「よくクラス一丸で盛り上がりましたで賞」を受賞したことのほうが、みな、感動したようだった。

 ──音楽委員が仕切る形に一応はなるけど、吹奏楽部員のための役職だもんなあれは。

 指揮についても、音楽委員や音楽担任教師に教えてもらいなんとか形にはなった。

 いわばゆるやかに、のんびりムードで行われたこともあって今まではさほどトラブルもなかったはずだった。さらに言うなら伴奏に関しても同様で、気がつけばあっという間にふたり、課題曲と自由曲の選択が決まっていた。

 ──とにかく、情報集めておかないとな。古川さんが大変だ、これだと。


 夏休みの提出物は一通り出し終わり、ごく普通の授業の流れに沿って進んでいく。

 同時に理数に関しての補習も始まる。上総の場合はいわゆる数学中心のものだが、夏休み中の個人面談を通して確認した限り、一年B組担任の野々村先生が細かく面倒を見てくれるという話に決まっているはずだ。学校が始まってから何度か職員室で顔をあわせたが、

「立村くん、来週水曜の補習なんだけど少し遅くなりますが行きます。分からないことがあればその時にまとめて聞きますから安心してね」

 紺色の襟がぴったり詰まったワンピース姿で声かけされた。

「その時はよろしくお願いします」

「それと、立村くんに聞こうと思ったのだけどいいかしら」

 小声で、他人に聞かれるのを避けるような態度で席に呼び出され、

「今回の自由研究読ませてもらいました。次回の個人面談でその点についても触れさせてもらいますので、よろしくお願いします」

 ──担任違うのに? 

 一瞬戸惑うが、すぐに気づく。合同の自由研究を提出したのはC組の羽飛貴史だ。当然、他クラスの担任や教師たちも目を通すに決まっている。

「あまりいい出来ではないんですが、よろしくお願いします」

 なんだか顔を見るのが恥ずかしい。美里に言われた「小説」のような内容をどういう風に野々村先生は読み取るのだろうか。国語の先生……一応理系が強いとはいえ……の目で読まれたら、きっと細かな粗が出てくるに違いない。


 二学期開始後初めての土曜日。

「そいじゃーね! また来週!」

 こずえが明るく女子たちに声を掛け教室を出た。前もって約束していた通り、生徒玄関を出るまでは上総たちとの合流を感づかれないようにしたいというのがこずえの考えだった。幸い一年A組の教室は生徒玄関から一番近い。急いで飛び出せば気取られずにすむ。

 上総も適当にクラスメートたちと挨拶を交わし、すぐに玄関に走った。後ろから声をかけられた。羽飛だった。

「立村も、これから、古川んちか?」

「そういうこと」

 一週間の間に、羽飛や美里とも土曜の予定についてはある程度話をしていた。

「なんも隠し事しねくてもいいのになあ。仲良く一緒に行けばいいってのに」

「いや、それが難しいところなんだよ」

 すのこで上履きを脱ぎスニーカーに履き替える。羽飛と並んで歩いた。

「うちのクラスは男女、他のクラスと比べて少ないだろ。人間関係もいろいろありそうなんだ」

「どこのクラスも同じじゃねえの。あ、来た来た、面倒なクラスの住人その二が来たぞ」

 駆け寄ってくる足音でわかる。上総と羽飛、ふたりで振り返る。ふたつわけの髪を思い切り揺らしたまま、美里が駆け寄ってきた。

「ごめーん。でもよかった。間に合った!」

「そんなに遅れてないから大丈夫だよ」

「それにしても美里、またクラスでドンパチやってんのかよ。ったく、お前ももう少し学習しろよなあ」

 いろいろ会話を交わしながらも、三人組で横並びになり歩く。中学時代からこの隊列はほぼ変わらない。羽飛を真ん中に、上総が右隣、美里が左隣。美里は息を切らせながら、

「ほんっとうに面倒なんだからうちのクラス! そんなことぐちったってしょうがないけどね。とにかく今日はこずえの家でしょ。この四人で行ったことなかったよね」

「そういえばなかったな」

「俺もねえよ」

 そもそも、こずえは上総の記憶する限り、あまり友だちを家に呼ぶということが少なかったような気がする。男子連中のみなのか、それとも女子連中も含めてなのかその辺はわからないが。それを伝えると、

「そうなんだよね、最近だよ、こずえが私のこと家に呼んでくれるようになったのって」

 改めて気づいたかのようにつぶやく。

「清坂氏が最近、となるとほとんど呼んでないってことじゃないのか?」

「かもね。でもね、こずえの家、マンションの五階なんだよ! 景色いいんだから。最近引っ越したばかりだって言ってたけど、ええと最近って中三の時だから、それまで別の家に住んでたってことかあ」

「引越ししてたのか?」

「ちょっと待てよ、古川さん今年の年賀状住所変更してないだろ?」

 男子ふたりが仰天するのを冷静に眺めつつ美里が答えた。

「引越ししても一年間は郵便物、ちゃんと転送してくれるから大丈夫。でもそうよね。来年の年賀状のこと考えると今日中に住所確認しといたほういいかもね。立村くん、住所録で気づかなかった?」

「あまりそんなじっくり見てないよ」

 学校で配布されるクラス名簿の住所はそれほどじっくり見ずにファイルへ保存したはずだった。どうせ連絡するのだったら手帳の電話帳を見ればいい。すぐに写していたから古川こずえの住所変更など気がつくはずもなかった。

「立村くんなのに、気づかないってめずらしいね」

 何気なく美里が上総の顔を眺めながら話しかけた。

「いつもだったらさ、じっくり住所とか電話番号とか、それからクラス文集の中とか確認して、ふつうじゃないってこと気づいたら私とかに聞くでしょ。それ、しなかったんだ」

「相手が古川さんだとさ、それに聞く相手もいないし」

 美里と羽飛が黙った。しばらくふたりは顔を見合わせ、同時に上総に頷いてみせた。

「D組じゃねえんだもんな、そりゃそうだ」

 肩に軽く手を置かれた。羽飛が上総に向かい笑いかけてきた。

「ひっさびさのD組タイム、そいじゃ下ネタ女王様宅でおもてなししてもらうとすっか! こりゃ盛り上がるぞ!」


 古川こずえ。中学三年間同じクラスでかつ、女子の中では美里の次に親しく語り合ってきた仲間だった。あまり女子と話をすることのない上総だが、数少ない女子の友だちであり、むしろいろいろと気持ちを許して語り合えるかけがえのない相手でもある。

 いわゆる「下ネタ女王様」のキャラクターで覆い隠されているけれども、実はクラスメートの面倒見もよく、なかなか表沙汰にできない事件が起きた時も裏で立ち回ってこっそり解決したりもしているようだ。中学時代は主だった委員会に関わらず、図書局員としての活動のみだったこともあり目立たない扱いをされていたことは確かだ。しかし、実際元D組メンバーの女子でもっとも信頼を受けていたのはこずえではないか、というのが上総の意見だ。美里には申し訳ないが、敵を作らずしっかり包み込んでしまうテクニックは、お得意の下ネタ以上のものがあると思う。

 それを再認識させられたのが、英語科A組の女子評議委員としての活躍ぶりを目の当たりにした際だった。一学期に起こったさまざまな事件の手際よい処理の仕方、および杉本梨南を含む下級生たちへの適切な接し方などなど。関わった上総の立ち位置からすると百パーセント正しいとは言いかねるけれども、本来こずえが置かれるべきポジションがクラスのまとめ役だったことは証明されたのではないかとも思う。


 ──けどさ、古川さん、親友の清坂氏も家にあまり呼んでなかったんだな。

 意外といえばいいのか、やっぱりと言えばいいのか。

 ──前から気になってたんだけどな。古川さん、いつも事件のど真ん中に首を突っ込んで解決するのはいいけど、いざ自分のことになると決して中に入らせないってとこあるよな。家の話も、俺にそっくりな二歳下の弟がいるとかその程度だし。

 ──家庭の事情が、ややこしいという噂聞いたことあるし、そのあたりなのかな。

 すぐに頭を振って打ち消した。人のことをいえる立場ではない。家族事情がややこしいのは立村家も一緒だ。みなそれぞれがんばっているし、それでいい。

 

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