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その十五 家族団欒(1)

 帰りの車中でも父の表情は険しいままだった。

「父さん、どうするつもりなんだよ」

 全く無視のまま。上総は助手席のシートベルトを合わせながらしつこく尋ねた。

「なんではっきり断らなかったんだよ」

「しょうがないだろう。お前と縁のある先生なんだから」

「それとこれとは別だろ」

 父がなぜそんな曖昧な言い方でごまかしたのか、上総にとっては謎だった。本来なら一言「ご縁がなかった」の一言で終わるはずなのに、だ。

「父さんああいうタイプ苦手だろ」

「親にそれ言うか」

「だってしょうがないだろ」

「それよりお前は一体、野々村先生と何話をしてたんだ」

 やはり気になるのだろう。車窓から見えるどろどろの海を眺めながら上総は答えた。

「教える気なんてない。それなりにプライベートだし」

「まさか、母さんのことなど言わなかっただろうな」

「そこまで常識知らずじゃないよ」

 野々村先生の話からすると、いわゆる結婚を目的としたお付き合いには発展しなかったという認識でいいのだろう。ただ、上総とのつながり……まあ、個人面談の担当教師でもあるし……も考えて「お友だち」から始めることで決まったらしい。露骨に振って上総に野々村先生から嫌がらせされるのではという不安もあったのかもしれない。

 ──まあ、わかるけどさ。けど俺も明日からどうすればいいんだよ。

 印條先生もご機嫌よさげに、

「まだまだお互い知り合う必要があるよ。これから少しずつ話し合うといい」

 と、仲人らしい言葉を発しておられた。上総にとって一番肝心な問題は、今後ピアノを印條先生のもとで続けられるのかという点なのだが、そこには結局行きつかなかった。

「どうなんだ、正直なところあの先生はお前から見て」

「いい先生だと思う。生徒間での相性はいろいろあるし意見は分かれているかもしれないけど」

 無難な答えを返した。父はハンドルを青潟市街地に切った。

「担任でないから詳しいことはわからないか」

「国語の先生だけどうちのクラスは受け持ってないからどのくらいのレベルかもわからないよ。ただ数学が得意だったのが何考えたのかいきなりうちの大学の国文科に入って教師になったってことは、別ルートから聞いてる」

「父さんも確認した。ご本人からな」

 たぶん野々村先生に関する情報は上総も父もほぼ同じ内容の気がしてきた。となると上総なりに知りたいことをもっと引っ張っていくことにする。

「野々村先生が話してたけど、父さん、うちの母さんの事情も話したのかな」

「もちろんだ。父さんひとりでお前を産んだわけじゃないからな」

 ものすごくグロテスクな言葉だが、あえて知らんぷりをする。

「今でもしょっちゅう行き来してるとか、ほとんど家族ってことも話してるんだろ」

「当たり前だ。立村家で誤解されやすい内容は逐一丁寧に説明済みだ」

 慣れている、さすがだ。

「それならもう断ったも同然、だよな? そうだろ?」

 かすかな希望を持って再度尋ねる。

「母さんのことはわかっているんだったら、そもそも縁談成り立たないだろ。父さん、そのことは信じていいんだよな?」

「上総、そう急くな」

 父はため息をついてカーステレオのボタンを押した。サンバのリズムが流れてきた。父の好みとは違う。なぜテープを持っているのかが謎ではある。

「父さんも今、一番いい方法を考えているんだ。少し黙ってろ」


 ──黙ってろって言われてもさ。

 印條先生とのつながりもあってすぐに「ご縁がなかったこと」にはできない以上、カモフラージュのような形で付き合わざるを得ないのだろう。野々村先生もなんとなくそんなことを匂わせていた。一応は「お友だち」づきあいから始まり、上総が卒業することに自然にフェードアウトさせていきたい、そう考えているのかもしれない。

 ──けどそんな都合よく行くかよ。

 野々村先生に関しては、父に興味があるかどうかまでは把握できなかったにしても、上総に対してはずいぶん積極的に接してくる。さすがに「上総くんと呼ぶわ」には腰を抜かす程驚いたが、父の友だちの女性として割り切るよう思考回路を変えることで乗り切ろうと覚悟はしている。

 ──けど、ほんとどうしよう、清坂氏にばれたら。

 一番恐れている点。何も悪いことをしているわけではないし、上総はむしろ巻き込まれているだけだ。しかしすでに野々村先生からひいきのターゲットになっているのではと噂が出ている以上、これ以上の展開があると上総も身が持たない。おそらく美里は激怒するだろうし、上総とも友だちとしての縁を切りたがるかもしれない。自分の敵に通じている友だちなんて一番信用できない奴じゃないかとも思う。

 ──どうすれば一番丸く収まるんだろう。


「そうだ、上総」

 突然父が大きな声で叫んだ。車の中は窓がしまっているから外には聞こえない。

「なにかいいこと思いついたの」

「ああ、そうだ。これから久しぶりに家族で食事しないか?」

「家族って誰だよ。俺と父さんと」

「もちろん母さんだ」

 ──母さんに内緒にしろって言ったのどこのどいつだよ。

 上総が密かにあきれているのも気づかず、父は意気揚々と告げた。

「これから公衆電話で母さんに連絡を入れるから待ってなさい。都合がよければ車で拾っていくとしよう。それとだ、上総、これから母さんが乗り込んで来る前に、ひとつ作戦会議をしようか」

「作戦会議って、大げさだな」

「いや、今回はさすがに大ごとだからな。念には念を入れて準備をせねばならないだろ」

 よくわけのわからないことを父は述べたのち、

「これから野々村先生はうちにしっかり関わってくるおつもりだし、それなら母さんにも紹介する必要があるだろう? 母さんはお前の親なんだからそれは自然だろう?」

「まあ、そうだけど。でも担任じゃないし」

 麻生先生に裏で通じていることについては恨みしかないが担任である以上連絡し合うのは当然だと思う。しかし野々村先生はB組の担任のはずなのだ。

「だからだ。担任でもない先生が関わってくるということであれば、なおのこと母さんだってお前の将来のことも含めて先生に相談したいだろう? 当然の考えじゃないか」

「父さん、悪いけどそれ、母さんの考えを想像しているだけであって、確認してないだろ」

 冷静につっこみたい。信号が変わりすいすい道路を走っていく中、父のテンションは上がる一方。止めようがない。

「お前よりは母さんの思考回路理解しているつもりだがな。とにかく、これから母さんに電話をかけて、何時頃だったら都合がいいかを確認しよう。今日は日曜だし母さんも仕事、暇だろう」

「いや、ものすごく今忙しいと思う」

 上総はあっさり答えた。

「発表会関係はたいてい日曜だし、母さんまたその手伝いに出てるよきっと。青潟にいないかもしれないしさ」

 聞いちゃいなかった。父はコンビニを見つけて駐車場につけると、駆け足で緑色の電話に駆け寄っていった。遠目から見て、父がて早くテレホンカードを差し込んでいるのがわかる。

 ──何考えてるんだろ。母さんに話すなんて、暴挙だよ、絶対に。



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