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その十二 九月十四日(5)

繊細の音色 その十二 九月十四日(5)


 関崎が練習の終わった静内のもとへ近づいていき、いろいろと話をしている様子を背に上総はピアノに向かい直し、椅子を直した。高さを変えてみたらペダル踏みやすくなるかもしれない。少し低めに直してみた。ぺらんと落ちかけた楽譜も並べなおしていた。

「あれ、立村くん、まだ練習するの?」

 美里が鞄と手提げを抱えて近づいてきた。こずえにも手を振って手招きしようとする。見るとこずえはA組の女子たちとまだ話をしていてまだ片付いていない様子だった。

「音楽室閉まるまでまだ間もあるから、もう少し弾いていくよ」

「そうっか。あ、そうだ立村くん、私のあげたノート、どうしたの?」

「あるよ、あとで楽譜貼るつもりだけど」

「早く出して」

 机脇から椅子を引っ張り出し、美里は手を伸ばした。慌てて上総も鞄から袋を取り出す。

「ほら、貸して。これから練習するんだったら、見やすいほうがいいに決まってるじゃない。楽譜もちょうだい」

 言われるがままに、薄い台紙に貼り付けた状態の楽譜を手渡した。すぐに美里は鞄から筆箱とハサミ、のり、定規を取り出した。

「綺麗に貼ってあげるから、待っててね」

「清坂氏、いいよ、あとで俺がやるから」

「今朝言ったでしょ。立村くんのぶきっちょぶりはね、三年間同じクラスだった私が一番よく知ってるの! 今のうちにやっとけば、次に練習する時楽でしょ? ほら、黙って見ててよ」

「ごめん」

 剣幕に呑まれて素直にうなだれるのみ。その様子を無表情で見つめているのが、関崎と一緒にいる静内菜種とA、B組ともにそれぞれのクラスメートたち。にやつきながら近づいてくるのがこずえひとりだった。

「あんたたちまた、なにいきなり図工の時間やってるのよ。あれ、この巨大なノートってもしかして美里が立村に?」

 からかいながら美里の両肩に手を起き軽くゆらすこずえに、

「ちょっと、ぴったり貼りたいから邪魔しないで」

 ぴしっと注意し、四角四面の台紙に丁寧に貼り付けた。バレン替わりに何度もハンカチを丸めて上からこすった。美里のいうとおりぴたりと収まった。

「ははん、これ、楽譜を貼り付けて立てるようにってことかあ」

 こずえが関心したようにつぶやいた。やはりすぐ気がついたらしい。

「まだのりが乾いてないから触るときは注意してよ! そうだよこずえ。今日は立村くんの誕生日だし、貴史と一緒にプレゼント作って渡したの。それがどこか変?」

「変じゃないけどねえ。羽飛と作ったってわけ?」

 まずい。こずえの本心は上総よりも羽飛の有無なのだ。美里はなぜ気づかないのかとつっこみたくなる。鈍感の振りをしているのか単純に気づいていないのか美里は平気な顔をして答える。

「そうだよ。こずえには言わなかったけど、立村くんの誕生日が今日なのと、貴史もとにかく何か作りたくてならないってうずうずしてたから、この表紙を貴史にデザインしてもらって渡したの。立村くんも伴奏するなら、できるだけ見やすい楽譜で弾けたほういいしね」

「誕生日ねえ。あんた、今日が誕生日なわけ?」

 今度はこずえが上総をじろりと見た。頷いた。

「そのとおり」

「ふうん、となると、あんたがとうとう私らと同じ歳になるってわけかあ」

「おっしゃるとおりでございます」

 わざと丁寧に言い返してやる。

「弟じゃあないわけね。寂しいねえお姉さんも。とりあえずたいした隠し事じゃなかったってことよね。まあいいわ、じゃあ美里、私の誕生日もぜひ羽飛とプラスで何か芸術作品お願い。あ、パンツにオリジナルのイラストってのはさすがにパスね」

「なによこずえ、そんなことするわけないじゃない! もうエッチ過ぎる!」

 上総からみればいつもの光景を穏やかに眺めるだけのことだった。

 ごくごく普通の日常に過ぎない。


「清坂さん、悪いんだけどこれから女子だけ残ってもう少し練習したいんだけど時間大丈夫? 今日は大丈夫よね」

 いきなり割り込んできた声があり。三人で振り返った。関崎を後ろに従えた静内菜種が能面のまま見つめていた。関崎もぽかんとした顔で静内の様子を伺っている。静内は近づこうとせず、グランドピアノの前で呼びかけた。

「女子だけどうしても音が合わないの。特にソプラノパートが気になるんだけど、清坂さん忙しいみたいだしできれば時間の取れるときにまとめてやりたいんだけど、時間、あるよね」

 ずいぶんねめっちい言い方だった。関崎が上総のそばに近づいてくるのに気づき、美里はすぐ立ち上がった。すでにノートへの楽譜貼り付けは終わっていた。

「いいけどどこでやるの」

「グラウンドの隅っこでやりましょう」

 声がぴりぴりしている。あまり静内の声をじっくり聞いたことがないのだがどことなくヒステリックな響きがした。うまく言えないが、幼くした母の声といえば近いだろうか。

 美里はのりとハサミをしまい、上総に楽譜ノートを開いたまま手渡した。

「じゃあね、また土曜にこずえのとこ行くから、そのときまたね」

「清坂氏、ありがとう」

 上総は繰り返した。美里が静内と一緒に音楽室へから出て行くのを見守り、入れ替りに戻ってきた関崎へ声をかけた。ずいぶんとバツの悪そうな顔をしている。

「関崎、せっかくだからお前の指揮を見る訓練したいんだ。一緒に手伝ってもらえるかな」

 ほっとした表情で関崎は上総と向き合った。おもしろくなさそうに扉を睨みつけているこずえにも上総は呼びかけた。

「とりあえずさ、俺と関崎には気に入らないところどんどんダメだししてもらっていいから、黙って聞いててもらえると助かるんだけどな」

 しばらく黙っていたこずえも、気持ちを切り替えたように首と腕をぐるぐる回し、、

「わかった、あんたら二人限定で鬼コーチになるからね!」

 高らかに声を放った。


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