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その十二 九月十四日(4)

 それぞれ二回繰り返して歌った後、

「よーし! 今日はこれでかいさーん!」

 めいっぱいの笑顔でもって両手を振った。

「すっごく実のある練習できたしね。それに来週いっぱいもっとやんなくちゃいけないしさ、気分のいいとこで今日はおひらきだよ」

「古川、まだ時間があるが大丈夫なのか」

 評議委員の相棒である藤沖が顔をしかめて問いかける。自分の都合で指揮者を関崎に押し付けたわりにはずいぶん口を挟んでくるものだ。上総なりに思うところもあるがあえて知らんぷりを決め込んでいる。幸い今のところ、他のクラスの生徒たちは音楽室に来ていない。いや、覗き込んでいたのかもしれないが二クラスが真剣に練習していたのを見て諦めたのかもしれない。どちらにせよ、アップライトピアノをもう少し弾いていても良さそうだということは確認した。ありがたいことだ。

「ほらほら、あんたは暇かもしれないけど他の人たちはそうでもないんだからさ。急いでるならもう行ってもいいからね。またあす、やろうよ。それと藤沖あんたも本当は今日、このままでいいわけ?」

 促されると藤沖も思い当たる節があるのか、

「そんなにいうなら、あすだな。あすこそもっとみっちりやるぞ、いいな」

 なんだか脈略のない言い方でもってそそくさと教室を出て行った。関崎を道連れにしようとしたらしいが、あっさり断られてしかたなくひとりで去らざるを得ない様子だ。同時に数人が挨拶して出て行ったものの、残りのA組生徒たちは時間をもてあますかのようにそれぞれ仲良く語り合っていた。こずえもそれぞれのパート練習をするよう提案したりして、それなりに時間の有効活用を図っている様子。上総は関崎に話しかけた。

「女子のまとめ役は古川さんに任せておけば間違いないよ」

「どうしてそう思うんだ?」

「あれを見ていればわかるだろ」

 目でささっと追って説明した。

「さっきの歌の練習でもわかるだろ、古川さんはとにかくクラス誰もが気持ちよく過ごせるようにいろんな言い方で持ち上げて、それでまとめようとしてるんだ。中学の頃からああだったしそれでほとんどうまくいってたよ」

「だが古川は、中学時代一度も評議は」

「やってない。ずっと図書局一筋だった人だから」

 問われてみるとその通りだが驚くことではない。上総と美里が組んで評議委員を勤めていた中学三年間、もちろん美里の尽力を否定するわけではないがこずえの陰での活躍ぶりを知らないものはほとんどいないと言っていいだろう。実際美里の持ち出した意見が女子たちから総スカンかったことも一度や二度ではない。たいていそこで険悪なムードになりそうなところをこずえがうまく裏に回って話を付けたことがほとんどだった。

「それでいてあんなに手際がいいのか。もったいないな」

「だから今、水を得た魚のようにああなっているだろ?」

 上総は説明を続けた。

「関崎が無理に女子たちの機嫌を取る必要はないよ。むしろ男子たち中心で動いていたほうがお互い楽だと思う。たぶん古川さんの口ぶりからすると、まだ今日の稽古では満足できてないっぽい感じがするんだけどな」

「そうなのか? ちょっと待て。ならなんであんなに褒めまくる? もう少し注意してもよいんじゃないか?」

 大混乱しているのがよくわかる。たぶんそんなだろうと思っていた。関崎にはきっと女子の使う表と裏が理解できないだろう。そういう奴だ。

「さっきも言った通りストレートにそれを伝えても反発するだけで誰も聞く耳もたないよ。古川さんはそのあたりをちゃんと把握しているから、できるだけみんなをいい気分にさせて、その上で少しずつ改善しようとしているんだ。だから、関崎も気になるかもしれないけど、一切口出さないほうがいいと思う」

「立村が俺の立場だったらどうするんだ」

 反対に問い返されたがすぐに答えた。

「もちろん、古川さんのおっしゃるとおりですと答えるさ」

 憮然としていた関崎も思わず笑いを堪えられないように下を向いた。

「その光景が目に浮かぶな」

「そうだよな」

 上総はすぐにピアノに向かった。楽譜を並べ直した。まだ貼っていないぺらぺらした状態のものを楽譜台に並べかえた。

「全部のっかるのか。譜面めくりとかしなくてもいいのか」

「いいよ、どうせ暗譜するから」

 手をいったん鍵盤の上に載せたまま振り返ってグランドピアノまわりの様子を伺った。他クラスの状況も本来であれば確認せねばなるまい。一年B組の生徒たちがここもまた全員揃って何度も同じパートを繰り返し練習している。どうも特定の箇所が気に入らないらしい。指揮者担当の静内が女子パート中心に「もっと音を高くして」とか「もっと声を出して」とか細かな指示を送っている。

「B組もやる気あるんだな」 

 思わずつぶやくと関崎が解説してくれた。

「ある。あのクラスも男女団結力あるからな」

 ──そうかな。

 美里の姿を目で追う。いつのまにか面々の中に潜り込んでいてソプラノパートで頑張って歌っている様子だ。聞き分けはできないが。手抜きをする人ではないことは上総もよく知っている。

「静内も本当はああいう音楽などの華やいだイベントが好きではないんだが、やはり選ばれた以上は責任を持ってトップを目指したいと考えているようだ」

「華やいでるかな、合唱コンクールってば」

 関崎はなめらかに静内について説明した。

「お前たち内部生にとってはさほど違和感がないかもしれないが、俺たち外部からきた人間にとっては正直戸惑いがあるのも確かだ。静内はひとりでこつこつ石碑を見て歩いたり、歴史を研究したりとか、そういうことが好きな性格だから、全身に視線を集めるようなイベントはおそらく苦手だろう」

「でも、受けざるを得なかったということか」

「周りの、主に女子たちの強い支持を得たらしい。本人の希望では少なくともない」

 ──そんなに嫌われてるのか。

 静内がではなく、美里が、だった。


 まさかとは思うが突然美里と静内とがいがみ合うんじゃなかろうかと、密かに息を止めてB組集団の練習を見守っていたが、特に何かがあるというわけでもなく無事に練習は一段落したようだ。最後に自由曲の「翼をください」を合唱したのをじっくり聞いてみた。関崎に感想を聞いてみようと思った。

「関崎、今の曲だけど、どう思う?」

「ぴしっと整っているな」

「歌いたくなるか?」

「もちろんだ」

 自信たっぷりに関崎は答えた。歌いたくてならないのだろう。本当だったら関崎は指揮者よりも合唱パートに入ったほうがいいのではというのが正直な意見だが、事情が事情なのでしかたがないことでもある。

 まだうろうろしていたA組の生徒たちもB組の練習を参考にしたかったらしく、パート練習の合間に振り返ってはじっくり見入っている。こずえも女子の何人かと小声で話をしながら、主に静内を観察している。

「古川さんと正逆のやり方だからな」

「本当はああいう風に細かく悪いところを指摘すべきかと俺は思うが、違うだろうか」

 関崎がふと生真面目に口にした。

「静内さんのようにか」

 関崎は目をそのまま静内に置いたまま語り続けた。

「そうだ。確かに古川のように相手を持ち上げる形での指導は悪くない。だが、それ以上に必要なのは、改善だ。どこが悪くてどこがいいのか、それを明確に指摘しないと俺たちも何をしていいのかわからないんだ。少なくとも俺たちに対して古川はそれをしていたはずだ」

「まあ、確かにな」

 ──気心知れてるからってのもあると思うんだけどな。

 上総のつぶやきは心の中のみ、関崎に気づかれるわけもない。

「立村の言い分も理解はできる。実際中学の時はそれでうまくいったというのならばそれはそれでいい。だが、俺としては褒めるだけが必ずしもプラスになるとは思えない。悪いことははっきりノーと言うべきだ。今の静内のやり方は何が悪くてどうすればいいかを的確にする方法で、あれなら多少不愉快であっても納得するだろう。男女関係なく、だ」

 ──そうとも限らないけどな。だから古川さんすごく気を遣ってるんだよ。

 たぶん、関崎には相容れない価値観なのだろう。なんとなくそれは気づいていた。だから上総なりに説明したつもりだった。。できれば今回の合唱コンクールだけでも何も口出ししないよう頼みたかった。だが、納得してもらえそうにない。こずえと違うやり方をあっさりやってのけている静内菜種という生徒がいる以上、それでなぜいけないのかと感じるのも無理はない。



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