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その一 高校一年始業式(6)

繊切の音色 その一 始業式当日(6)


 しばらく霧島の勝ち誇った口調での情報提供が行われた後、学食から出たのはそれから二十分後だった。まだまだ明るいもののそろそろ夕方にかかる時刻だ。急いで漕がないと家に着くのがかなり遅れそうだ。

「それではまた明日に」

 一歩外に出たとたん、霧島の表情はりりしくとんがりだした。いわゆる「生徒会副会長兼次期生徒会長」の顔とも言う。上総と隣り合って歩くのも本当はまずくないかと思うのだが、霧島は意に介さず、

「大丈夫です先輩、僕は高校の情報を頂きにきただけです」

 と言い放つ。これもいつまで通じるものやらとはらはらするのは上総だけらしい。

「思い出したら連絡します」

「いやいいよ。どうせ明日会うだろうし」

 ──いや絶対来るよこいつ。

 

 自宅に戻り、風呂にお湯を張りながら食事の準備をした。夏休み中はほぼ料理当番の上総が担当していたので、比較的手の込んだものばかり作っていたが、学校が始まるとそうもいかない。父とも昨夜の段階でその話はついている。したがって自分の分は軽くチャーハンをいためてそれで終わりにしている。父の分も用意はしたが、夏だし傷みやすいのもあるし、さっさと冷蔵庫に押し込んでさて終わりだ。

 ──霧島の奴、本当にあいつ大丈夫なのかな。

 学食で、それも周囲の目をほとんどはばからずに我が物ぶるまいするとは想像しておらず、上総もかなり戸惑った。これでも気を遣ってはいたのだ。佐賀生徒会長を始めとする面倒な生徒会メンバーにこの、甘ったれかげんを見られたらいったいどう言い訳するつもりなのだろう。「高校の情報をもらいにきた」と言い張るつもりなのか。そもそもそれを佐賀たちが信じると思うのか。むしろ、

 ──霧島の立場の方が危うくなったりしないのか。生徒会長ほぼ確定だってのが、俺とつながりあるというだけでひっくり返らないとも限らないのにな。

 霧島の野心家ぶりをこの夏休み中嫌と言うほど感じた上総としては複雑な思いが正直ある。ここまでおなか出してひっくりかえる弟分のような存在を側に置いたことがなかったし、その扱い方についても正直迷うことが多い。思わぬところでちょろちょろ顔を出し、気がつけばべったり隣に張り付いている。今日に至ってはなんと杉本梨南と二人きりの語り合いすら……霧島は「逢瀬」とのたまったが……邪魔しに来る。いつか狩野先生とでかけた猫の楽園で擦り寄ってきたしま猫を思い出す。

 その一方で、杉本の敵である佐賀はるみにめろめろで、少し色めいたしぐさをされるだけでぼおっとしてしまうのが情けないというか初心といえばいいのか、難しいところでもある。霧島からしたら最愛の姫君の仇である杉本にわざわざ挨拶にやってくるのだからいい根性だ。しかも上総はもしかしたら佐賀にまた攻撃しかけないとも限らないではないか。忘れたとは思えないのだが、二月の評議委員会VS生徒会との最終合同会議の結末を。

 食事が出来たところで湯船が一杯になったようだ。蛇口を止めてから急いでチャーハンを書き込む。今日は卵で綴じたのみ。さっさと入るとしよう。

 電話が鳴った。


 ──はいはーい! りつむらくーん?

 なんなのだ、この脳天気な声は。夏休み中は顔こそ合わせる機会があったものの電話越しではお久しぶりの響きだ。

「古川さん?」

 ──あらら、すぐ分かったの。

「気持ちわるいからさん付けやめようよ」

 ──お互い様ね。まあいっか。ねえ、立村さ、ちょっと今暇?

 こずえが家にかけてくるのは珍しいことでは、実はない。一学期の杉本を巡るトラブルの際もいろいろとこんな感じで語らったりもしたものだ。中学三年間同じクラスで、数少ない気心知れた女子のひとり。貴重なつながりではある。

「いいよ。ちょうど夕飯食べ終えたところだし」

 ──早いねえ。そうか、早めに精力つけておかないと夜の彼女にいいとこ見せられないか。

「古川さん電話切っていいかな」

 ──そうそう先走らないでいいの。持久力が肝心なんだからね。

 相変わらずの下ネタ女王様も、現在は三年A組の評議委員を勤める身の上だ。上総も遠くから様子を伺うだけだが、それなりにクラスをうまく仕切っているし、女子たちからの信頼も厚いようだ。もっともスケベネタの洗礼を浴びせられたせいか男子たちがこずえのことを「女」として見ている気配はない。

「ところで、帰りもなんか、話があるとか言ってたけど、何か大変なことでもあったのかな」

 下ネタ女王様の先手を取るため、上総なりにすぐ話を切り替えた。

「明日だと間に合わない話なのかな」

 ──それも考えてたんだけどねえ、ちょっとこの件は早めに相談かまさないとまずい内容なのよね。羽飛も美里も他のクラスだし、藤沖はご存知の通り、ほら、あっちの方に頭がいっちゃってて評議の仕事どころじゃないしね。関崎も。

 ここでこずえは言葉を切った。

 ──規律委員を混ぜるのは危険かなと思うわけよ。

「となると、残るは人畜無害な俺だけか」

 ──だれが人畜無害だってのよ。ばかばかしい。あんたが一番のコバルト爆弾じゃないの。そんな寝ぼけたこと言ってないで少しはお姉さんのこと聞きなさいよ。でね、あんた今、立ってるの?

 ぐっと息を呑む。

「何言ってるんだよ」

 ──あのねえ、勘違いしてる? 別にあんたのあそこが立ってるとかなんとか言ってるんじゃないの。ちゃんと腰、落ち着けて話聞いてるのってことだけなんだけど、何もう思春期の暴走状態やってるのよねえ。

「悪かった。古川さんに調教されてたからさ、つい先入観が」

 こういうばかばかしい下ネタを交わせるようになったのは、ひとえにこずえのおかげだった。上総はすぐソファーに腰を押し付けるように座り、

「準備は整ったから、すぐ話してもらっていいよ」

 促した。


 ──今朝も麻生先生話してたけどさ、あんた、合唱コンクールのこと考えてた?

「別に、興味ないし。基本的に俺、関係ないし」

 まずはあっさりと答えてみる。

 ──まあねえ、あんたはずっと指揮者担当だったもんねえ。D組時代も三年間そんなにもめなかったし、男子評議委員の指定席だったしねえ。

「揉めるような話、出てくるものか?」

 上総なりに頭をひねって見る。合唱コンクール。高校に入ると毎年行われるご苦労様なイベントなり。指揮者にもぐりこめない以上はしんどくとも口を大きく開けて大合唱するしかない。憂鬱な行事ではあるが、あきらめもある。どうせ一ヶ月耐えればなんとかなる。

 ──それで私も夏休み中えらいことになってたんじゃないの。あ、あんたには話してなかったかな。てか、男子には全然話してないんだよねこのこと。

「藤沖にも関崎にもか」

 ──だからさっき言ったでしょが! あのふたり使い物にならないって。

 藤沖の応援団一直線は別にいいが、関崎に話していなかったというのは意外だった。

「それで俺に何を言いたいんだよ」

 ──そうそう、あんたくらいなのよね。こういうクラスがらみのごたごた話せる相手ってさ。ほんとD組が懐かしいよねえ。人材不足もいいとこ。美里カンバック希望。

 気持ちは分からなくもないので話をそのまま黙って聞く。

 ──あんたは知らなかったと思うけどね、夏休みの間、麻生先生から合唱コンクールの準備について下駄預けられてさ、しょうがないからいろいろ調べてたのよね。どんな合唱曲がいいかとか、課題曲は一年が『恋はみずいろ』だし、自由曲何しようかなあとか。いろいろ調べてるんだけどね。

 曲選びに悩んでいるのだろうか。こずえの性格上こだわりがさほどあるとは思えないのだが。合唱曲といってもいろいろあるし、好きな曲が多すぎるのだろうか。

「別に、古川さんが選んでも別に問題ないと思うけどな。みな従うよ」

 ──あのね、立村、そういう問題じゃあないの。今のは前菜、わかる?

「全然分からないけど」

 はあっとどでかいため息が受話器の向こうで響いた。絶対、あれは、作っている。

 ──合唱コンクールに必要な要素を思いつく限り挙げてみな。

「指揮者、歌う人たち、審査員、それと、伴奏」

 ──大当たり。

 こずえはゆっくり、繰り返した。

 ──その伴奏なのよ、問題はさ。


 

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