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その十二 九月十四日(1)

 合唱コンクールまであと二週間を切った。朝と昼はパート練習、放課後は全員での合唱音合わせということでどのクラスもみな気ぜわしくなる。英語科一年A組も例外ではなかったしもちろん上総もそれに付き合わされるはめとなる。今朝も一通りテープでの稽古を終わらせた後、こずえの自画自賛を聞かされる。

「けどねえ、やっぱ私ってすごいじゃん?」

 伴奏者の立場なので歌のパート練習には参加しないものの、空き時間を見つけては音楽室のピアノにかじりつく上総を、教室で迎え入れるこずえ。関崎も男子連中に一生懸命音の取り方を教えている。指揮者というよりも関崎のソロ練習に付き合わされているだけというような気もする。

「よそさんのクラスなんて大変みたいだよ。やる気なしなしモードで練習に参加してもらうのも大変だって話よく聞くし、女子たちがぷっつり切れて怒鳴ったり、反対に男子たちが文句言ったりとか結構あるみたいなんだよね。それに比べてうちのクラス超優秀じゃん!」

「そうかな」

 ぴんとこないが、少なくとも練習を理由なくさぼったりやる気なしの顔を露骨にさらけ出す奴はひとりもいない。上総の憶測によれば、おそらく土曜日に行われた関崎ソロコンサートにつきると思う。あの本気ぶりを見せ付けられるとともに我がクラスピアニスト二人の競演に酔いしれてしまったゆえの本気だろう。もしかしたら合唱コンクールで入賞のチャンスがあるかもしれないとか勘違いしてしまった奴がいるかもしれない。いやそれはありえないだろう、伴奏者があれだからというのは別としても。

 こずえは上総の席に近づいてきて一気にまくし立てる。

「みんな暇な時間に集まって、パート練習自主的にやってくれてるし、男子は関崎と藤沖が中心に立ってまとめてくれてるし。まああんたは伴奏だからね、話は別かもしれないけどさ」

 この辺が少しひっかかる。練習はこまめに行っているのだが実は上総の伴奏と歌を一度も合わせていない。理由は簡単で、ピアノを押さえられないだけのこと。音楽室での練習も個人的な練習ならまだしも、クラス練習を行う際にはたいていピアノが埋まっている。しかたなく校庭で行ったり教室でテープを使って行ったりとかそんな感じだ。

「そろそろ合わせたいよな」

「そうだね、もういい時期かもね」

 こずえはそそくさと藤沖・関崎コンビの席に移動した。何やら話しかけている。

「あのさ、今日の練習なんだけど、できれば音楽室でやりたいんだけどピアノ押さえられないかなあ」

「ピアノをか」

 関崎がちらりと上総のほうを見やる。目が合う。頷く。こずえが続ける。

「やっぱさ、そろそろ立村のピアノと合わせて練習したいんだよね。テープでもいいけどさ、なにせ超一流の伴奏じゃん。それで慣れちゃったらやっぱり本番まずいよ」

「言いたいことはわかる」

 藤沖が坊主頭をこくこくしながらつぶやく。馬鹿にしてくれるものだが否定はできない。

「だが、一昨日、昨日と音楽室を覗いたがアウトだっただろう」

 関崎が腕を組む。実際手をこまねいていたわけではない。ただ先着順でたいていピアノが利用できない状態となる。上総がそれでも最終的に稽古できたのは、A組のクラス練習が終わったあと、音楽室に向かいアップライトピアノが空くまでねばりづよく待ち続けていただけのことだ。忍耐力の勝利である。

「みんなあんまり遅く教室に残れないからね。でもさ、一回くらいは生演奏で歌いたいよ。どう思うあんたら」

 藤沖と関崎は顔を見合わせた。隣にはいつのまにか片岡も座っている。こずえとはどうも相性が合わないらしく無言のままではいるが関崎にだけは笑いかけている。結構露骨だ。

「俺は賛成だ。古川の言う通り伴奏に慣れておかないといろいろまずい」

「もっともだ。ならどうする」

 伴奏者である上総を無視したまま話は進む。上総は背中で関崎と藤沖とのやり取りを聞いている。

「それなら、帰りの会が終わった段階で全力疾走してもらうしかないだろ。元陸上部よ、一気に階段駆け上がって音楽室を押さえろよ」

 からかうように藤沖が関崎を促す。関崎は生真面目に首を振る。

「いや、俺は規律委員だ。廊下を走ってはいけない」

「堅物だねえ。硬いのはあそこだけで十分なのにねえ」

 笑えない下ネタをかましたこずえは、それでも満足したらしく関崎の肩に手を置いた。

「じゃあ、悪いけど廊下を走らないで全力徒歩で音楽室のピアノを占拠、よろしく。あんたならなんとかするでしょうよ」

「全力は尽くす」

 重々しく関崎は答えた。


「立村くん、いる?」

 前扉から聞きなれた女子の声が聞こえた。すぐに伸び上がって見る。相手がすぐにするりと教室に滑り込んできた。ふたつわけの髪型がするんと揺れる。美里が上総を見つけるやいなやすぐ席に近づいてきた。こずえおよび他の女子数人にも声をかけた後、

「ちょっと、廊下に来て」

「どうした」

「いいから、早く」

 笑顔だが何か秘密めかした表情だった。目ざとくこずえも美里に近づき囁いた。

「あんたたちどうしたの、何かまた秘密の相談かしてるの、エッチだねえ」

「そんな、変なこと言わないでよ! あとでこずえにも話すから! 立村くん早く、ほら、こっち」

 手招きしつつ、机を軽く叩く。何か楽しそうな気配あり。こういう時は素直に受け取るに限る。上総は立ち上がり美里についていくことにした。まだ八時十分過ぎ。一時間目にはまだまだ時間があるのだから。


 生徒玄関のロビーに腰掛けた。他の生徒たちがどんどん流れ込んでくる。部活の朝練習後の生徒たちも体育館側から汗を拭きながらやってくる。賑やかな時間帯だった。

「立村くん、今日は何の日か自分でもわかってるよね?」

 唇をきゅっと上げ、美里は意味ありげに上総の目を見つめた。

「それは、まあ、一応は」

 言葉を濁す。自分にとって意味のある日ではある。

「実はね、昨日貴史と一緒にね」

 ごそごそ、白い花柄の手提げから何やらものを取り出す。マガジンサイズの大きめ紙袋だった。

「私が代表で渡すってことになったの! 立村くん、お誕生日、おめでとう!」

 両手ですっと差し出した。何か賞状を受け取るような感じだった。思わず卒業式ののりで手を出し頭を下げそうになった。美里は吹き出した。

「何よ、もう笑っちゃう。立村くんには今これが絶対必要だって私と貴史の結論なんだから! ほら、すぐ開けてみて!」

「ありがとう。じゃあすぐ開けるよ」

 美里が上総の不器用な手さばきをまどろっこしそうに見守っていたが、すぐにひったくり、

「ほら、もう、私が開けるから!」

 袋にセロハンテープの跡を残すことなく、綺麗に取り出した。雑誌大のノートらしきものだった。よくよく見ると表紙には英字新聞や切り抜きのイラスト、またシールのようなものがあっさりと組み合わされている。いわゆるコラージュと呼ばれるものだろうか。受け取り改めてまじまじと見入る。分厚い表紙の上を図書館の本のように汚れよけのビニールシールで覆っている。表紙を開くと卵色の厚みある紙が屏風折りされて収まっている。

「ありがとう、これ、すごいな」

「でしょ? これね、貴史と私の共同作品なの。この表紙のデザイン、材料は私、コーディネイトしたのは貴史。私もやりたかったんだけど、貴史って美術のことになると異常な程燃え上がっちゃうから全部任せたのよ。けんかしたくないからね」

「確かに、否定できないな」

 二学期以降は美術部一筋に生きることとした羽飛のことを思う。

「それでね、立村くんの誕生日何か買おうかって話をしてたら、ちょうど合唱コンクールじゃない? 立村くん伴奏するでしょ。それだったらすぐに役立つものがいいよねってことになって」

 何に使うのだろう。開いたり閉じたりしてみる。スクラップブックだろうか。美里と顔を見合わせると、すぐに説明をしてくれた。

「伴奏する人楽譜を持ち込むでしょ。楽譜ってコピーするじゃなあい? そのままボール紙に貼り付けるよね。立村くんもセロハンテープと厚紙だったし。けどそれだとなんだか安っぽく見えちゃうなってずっと思ってたの。だったらこのくらいの大きさだったらまとめて譜面台に置けちゃうし、二曲分まとめて持っていけるじゃない? すぐに役立つからいいなって思ったの。どうかなこれ、役立ちそう?」

 

 ──そうか、譜面ノートか!

 考えていなかった。確かに美里の言う通り今まで上総は楽譜のコピーをセロハンテープでつなぎ合わせて、適当な台紙に貼り付けていた。人前で見せびらかすものでもないと思っていたからだった。だが、実際少し重みのある屏風だたみの手作りノートを開いてみるとコピーした楽譜の大きさにぴったりだし、二曲分貼り付けるには十分すぎるくらいのページ数がある。おそらく美里も上総の練習風景を何度か見てきて、見るに見かねたというところがあるのかもしれない。

「清坂氏、ありがとう、これは役立つよ。ほんとすぐ使うよ、それこそ今日にでも」

「ほんと? 気に入った?」

「当たり前だよ。それにしてもすごいなこれ。表紙もセンスいいし使いやすいよ。羽飛もすごいよな。あとで学食でなんかおごろう」

 満面の笑顔、ひまわりの微笑み。美里はすばやく上総の手からノートを受け取り袋に入れ直した。

「それと、今のうちに言っとくけど立村くん、楽譜の貼り付けは私がやるからね」

「え、どうして」

 当たり前のように美里は言い放った。

「三年間見てるんだから当たり前でしょ。綺麗に貼り付けるためにはこつが必要なの。立村くん、こういったらなんだけど不器用だもん、あ、怒った?」

「怒りたいけど、事実だから許す。それのほうが助かるし」

 憮然としたふりして言い返した。

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