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その十一 聴き比べ(5)

 海辺の風に見送られる形で車を走らせ、しばらく親子ふたり無言のままでいた。曲など鳴らさない。印條先生と奥さんの満足した笑顔とは裏腹に、立村家の親子はひたすらぎすぎすした空気の中座っていた。

「いい加減機嫌直せよ」

「先に言うことあるだろ」

「今回はお父さんが悪かった」

 ──なんだよ口先だけでさ。

 今度という今度は許す気などさらさらない。あのあとも父の調子はそのままで、印條先生と楽しげに上総の過去やらかしたさまざまな出来事を肴にし盛り上がっていた。さすがに中学三年以降のことには一切触れないでもらえたのが救いだが、生きているだけで恥さらしだった小学校時代の泣き虫伝説まで引っ張り出された時には正真正銘の殺意すら覚えた。

 父は車をゆっくりすべらせた。窓辺から見える海は少し荒れていて緑色に波打っていた。

「大人同士の付き合いではああいう話題になるのもしかたないことなんだ。お前も子どもじゃないんだからわかるだろ」

「わからない、何様だよ。何が自分に似てるだよ、DNAだかなんだか知らないけど、勝手に人を決め付けるよな」

「だからあの時はああいう話題にしないと示しがつかなかっただけなんだ」

「示しってなんだよ」

 黙った父を横目に、上総は水平線をじっと眺めた。散々こけにされた自分のプライドがずたずたになった、というだけならさほど怒る気もない。そういうのは学校でいつもされていることだから腹も立たない。ただ、なぜと言いたい。

「つまりだ、印條先生はお前のピアノ演奏に何かが足りないと一生懸命おっしゃっていらしただろ。それなんだよ。ちゃんと弾けてるけれども、つまらない、個性が感じられない、教科書止まり、その理由はなぜか、そういう話なんだよ」

「それでなんであんな話になるんだよ」

 上総も頭の中では理解しているつもりだった。印條先生の指摘はかなりの部分当たっていると思うし、ピアノの演奏に関して言えばすぐにでも直していきたいことではある。特に「恋はみずいろ」の盛り上がりが今ひとつ物足りないというのは自分でも感じていたことであり、練習をしていかないとまずいと反省したことしきりだった。あくまでも、ピアノに限って言えば、大変身になるお言葉ではある。

 だが、しかし。

「だからってさ」

「お前の彼女について事細かく聞かれるのもしんどいだろうと思って親なりに考えて話したつもりなんだが、それでも不服か」

「当たり前だよ。なんだよあの嘘っぱち。妄想もいいとこだよ」

「妄想か。いやいや、お父さんとしてはまあ、あんなものかと思ってたんだがな」

 思わずにらみつけたくなった。車の中は密室、心ゆくまで罵倒が可能。車はだんだん青潟市街地に差し掛かりつつある。いったん信号待ち。

「上総の好みはお父さんにそっくりだと思った素直な気持ちなんだがそれのどこが問題なんだ」

「どこでそれ確認したんだよ」

「そりゃあ、見てりゃ分かるに決まってるだろ」

 最初は反省しているような面していたくせに気がつけば父もいつものように上総をからかいたがっている。要するに悪いことしたとは全く思っていないわけだ。もっというと、上総のことなどなんにも知らないくせに、今だ母離れしていないマザコンだと決めつけようとしている。悪いが上総としては、母親を「永遠の恋人」などと勘違いしたこと考えたことは生まれてこのかた一度もない。あくまでも戦う相手であってそれ以上の何者でもない。

 知ってか知らずか父はとぼけた口調で語り続ける。

「この前連れてきた可愛い彼女、あの子も見舞いに来てくれたとか言ってたな。母さんがお相手したとか」

「何年前の話だよ」

 ずいぶんねちねちしつこいものだ。中学二年の冬、クリスマス、たまたま美里を家に呼んで二人きりで食事しつつ話をしたことはある。もちろん昼間だ。やましいことは一度もないし、紳士としてきっちりおもてなししたつもりだ。確かに当時は美里と「交際相手」であったことは確かだし、誤解されても仕方ないことかもしれない。その点は反省している。それこそこずえのように「親がいる状態で男子を呼ぶ」などという気遣いは必要だったと思う。しかし、しつこいようだがそれとこれとは話がまるっきり別だ。

「気の合う友だちがたまたま女子だったというだけで随分勝手に想像ふくらませてるよな、それも下衆の勘ぐりというかなんというか」

「ひどい言い方だよなあ。それこそ親に言う台詞じゃないだろう」

 顔色変えず父はいなす。

「気の合う女子をわざわざ親のいない家に呼ぶとなったらそれは普通のことじゃないだろう? 学校の先生たちにも公認ときたら、そりゃ親としては気になるし挨拶もしたいさ」

 ああ言えばこういう、全くつかみどころのない父のやり口だ。いつものこととはわかっていても、やはり一矢報いたい気持ちも湧いてくる。自分より二十歳年上の野郎だと割り切れればもう少し何か言い返すこともできるのだろうが、いかんせん隣でハンドル握り鼻歌混じりの御仁は……しかも『恋はみずいろ』のメロディというのは……自分を生み出すきっかけをくれた存在に違いない。悔しいが父の持つほとんどのフォルムが自分とほぼ一緒というのもまた認めざるを得ない事実だ。


「悪いけど、父さんの読みはほとんどが間違ってるんだけどな」

 やるならこちらも覚悟がある。素知らぬ振りして言ってやる。

「ほうほうどんなところだろか」

「『気の強い女子』が父さんの好みだってのはよくわかってるし今更何も言うことないけど、俺が必ずしもそうではないということ。言っとくけど、父さんが俺の彼女だと思っている人なんだけど、とっくの昔に別れたってことは知らないんだな、きっと」

 あまり口にはしたくないが、戦う以上は仕方ない。わざとつらっとした顔で言ってやる。

「そうか振られたか」

「俺のほうが振ったことになっている」

 こちらも表情変えず澄ました顔で言ってやる。美里には心底申し訳ないと思うのだが、今は父とのバトルのみ。心の中で土下座して謝っておく。

「振ったことになっている、か。一般的認識では反対ということか」

「そういうことかもしれないけど、そのくらいのこと気づかないで俺の好みがどうとかああとか言われても、説得力ないよな」

「ふうんそうか。それなら聞くが、夏休み前わざわざ彼女が熱出してぶったおれたお前のお見舞いに来てくれた、というあれはなんなんだ?」

「仲のいい友だちが見舞いに来てくれてどこがおかしいんだよ。しかも別の友だちと一緒だったってこと、母さんから聞いてないのかって言いたいよ」

 あの時は羽飛が部屋に来てくれて、美里は無理やり母に喫茶店へ連れ込まれたという予想をせぬ展開だったはずだ。もっともそのあと終業式後に起きた出来事で美里はちゃんと上総の部屋までたどり着いたが、その時は羽飛や関崎もいたし、決してやましいことなんて何もない。父もいなかったしそこのところは流しておく。

「こういったらなんだが、別れた相手に随分とご執心じゃないか」

「悪いけどどこかの誰かのように別れた相手と今だに仲良く連絡取り合えるDNAは俺の中に取り込まれているので何も違和感ないんだけど」

 思い切り皮肉で刺してやる。また信号で止まった。さすがにこれは留めか。


「よっくわかった。お前がなんで『恋はみずいろ』を棒のようにしか弾けないかがな」

 ふふ、と笑いをこらえつつ目線はまっすぐ道路の先を見つめて父は楽しげにつぶやいた。

「別れた彼女への未練だけならそりゃあさわやかな気持ちで弾けないよな、同じDNAを分け与えた者として、他人事とは思えないね。わかる、わかる」

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