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その八 関崎との呼吸(1)

 次の日から合唱の練習も細々と始まり、クラスもなんとなく各パートごとに集まって音あわせなどをしている様子だった。上総がひたすら鍵盤を叩いている間に関崎とこずえのふたりがそれぞれのやり方でクラスをまとめているのが伺える。

「で、みんな、これからなんだけど提案していい?」

 朝、先生が現れる前にこずえがクラス連中の前で呼びかけた。

「あのさ、みんないろいろ忙しいことはわかってるし、みんなで一気に練習するのは難しいと思うんだ。朝練習も考えたけど毎日はきついしね。それで考えたんだけど、帰りの会を使って一日一回だけ合唱するとこから始めようと思うんだけど、どうかな」

 面倒そうな男子たちのため息、女子たちのどこか冷めたそぶり。

「まあまあみんなそうそっぽむかないでよ。まあ来週あたりからは本気でやんなくちゃまずいから、放課後練習か朝練習かどちらかやるよ。けどいきなりじゃあつらいし、エンジンあっためるってことで、どう?」

「それならすでに全員揃っているから、朝の段階で歌わせてもらえばどうだろう」

 関崎が考え込みながら発言した。

「みなそれぞれ事情があるだろうし部活動に参加している奴もいる。それなら放課後よりも朝の時間二曲歌って、必要に応じて夕方にというのは効率的じゃないか」

「けど朝は忙しいよね。それに歌って終わりってわけでもないし」

 こずえが言いかけたところで、麻生先生の脂ぎった顔が扉から覗いた。

「お前ら朝から元気だなあ。まあいい、とりあえず号令かけろ。それと古川、悪いが今朝は合唱の練習いったん置いといて俺に時間をよこせ」


 藤沖の号令でみな礼をし席に着いた後、麻生先生は出席簿を立ててぐるりと全員を見渡した。

「実力テストの結果はみなそれぞれ思うところがあったようだが、まあ夏休みどう過ごしたかを考えればそんなもんだろ。クラス平均点はがったがただったぞ。いったいどれだけお前ら遊びほうけていたんだ」

 否定はできない。英語のトップ指定席以外は上総も人のことが言えない。

「とはいえだ。夏休みのいわゆる自由研究がなかなかみないいもの作っていて、担任として俺は非常にうれしいんだ。いや、読物としてみなよく出来てるぞ。お前らの悲惨な答案にマルつけるよりはな。それでだ」

 麻生先生はここで息を溜めた。

「今日は、報告がある。その自由研究を先生方全員で読みまくった結果、関崎のまとめた『青潟の石碑地図』が高い評価を得て学校図書館に製本して保存されることになった」

 関崎がぽかんとした顔で、口も半びらきのまま硬直している。近くでこずえがひらひら目の前に手を揺らし、

「おーい、どーしたー! 目、覚ませ!」

 とからかっている。また後ろから片岡があどけなく笑いかけている。隣の藤沖が関崎の肩に手を置き、

「すごいぞ、関崎、さすが外部生のスターだ」

 何度も叩いている。男子連中がみな関崎の栄誉を祝福しているのがよくわかる。上総も本当ならばそれなりのお祝いを伝えたいのだが素直に声をかけられない。

「本当ならば何作か素晴らしい自由研究を選んでその上でコンクールを行おうという予定だったんだ。だが先生たちと協議を重ねた結果、今回のトップが関崎をはじめとする有志による作品であることが動かない以上、もっと他の奴のものについては別の次元で考えるべき内容なのではという結論に達した。ある意味、お手本なんだ」

 ──お手本か。関崎、どう思っているんだろう。

 ひがみでもなんでもないが、関崎が外部生ふたりと組んで足で調べたという「青潟の石碑地図」以上の自由研究が出てこなかったという事実が信じられなかった。上総もちらりと内容を関崎から見せてもらったが、単に写真をたくさん集めてさまざまな歴史に触れ、その上でスクラップしたような内容に見え、とりたてて独特なものは感じられなかった。まじめな関崎ゆえに手抜きはしなかっただろうし、その意味での迫力は確かにあるかもしれない。一緒に活動した外部生たちの力ももちろんあるだろう。しかし、本当に、それだけなのか。あの程度だったら言ったらなんだが、中学時代誰かかしら手を出していたような気がする。

 ──まあいいか。ああいうのが好きな先生がきっと多かったんだろうし。

 羽飛や美里と一緒にまとめた自由研究も、前もって野々村先生から辛い評価が予告されていただけにショックはない。まあしょうがない。あんなもんだろう。ただふたりには申し訳ない、それだけだ。ただ、

 ──本条先輩がもしここにいたら、めちゃくちゃ落ち込むだろうな。本条先輩のような独特な個性はきっと、今の青大附高では受け入れられないかもしれないし。

 合唱コンクールが片付いたら本条先輩に会いに行って来よう。ふと思った。


 夏休みもだんだん遠いものとなり、授業もたんたんと進んでいった。気がつけば放課後。

「藤沖、お前どこに行くんだ」

「悪い」

 言葉少なに藤沖が教室を出る。見送る関崎とこずえが話し合っている。

「俺が言えた義理ではないが、藤沖、大丈夫なのか」

「さあね。私も何も言えないよ。ただ、しょうがないってことよ」

 詳しい事情通のこずえはわざと話を逸らすようにして、女子たちのグループに駆け寄っていった。月曜、火曜、そして今日は水曜。三日連続で手の空いた男女を集めて、短い時間だけパート練習を行っている。全員揃うのを待つのではなく、短期集中で声をかけて終わったらさっさと解放する。できるだけいやみなく来週以降の猛練習に持っていきたいのだろう。

 眺めつつ関崎が上総に尋ねてきた。隣りにいる。

「古川はさすがだ。ああやってさりげなくクラスの要となるわけだ」

「あの人はいつもそうだけどさ」

「五分程度きっちり歌って、適当に褒めて、解放する。しかも褒める」

「古川さんは男子の褒め方をたまに勘違いしている時あるけどさ」

「まったくだ」

 ふむふむ頷いた。同時に上総の手を指差した。

「ところであれだ。お前、練習しているんだろう?」

 しているのか、ではない。していると決め付けている。その通りなので答える。

「それなりにやってるよ。たぶん、来週中にはテープ用意できるくらいには弾けるようになると思う」

「テープとはなんだ」

 怪訝な顔で問う関崎。やはりこずえの頭の中での計画だけらしい。軽く説明した。

「クラスの練習用の伴奏なんだけど。今週中に一通り弾けるようになったら、何本かテープに吹き込んで、あんな風に時間のある時に曲を合わせて歌ってもらうようにしようって計画しているらしいんだ」

「歌を合わせるとはどういうことだ?」

 全く知らないらしい。少し細かく説明することにした。

「今はまだ、アカペラで合わせているけれどやはりピアノの伴奏があるなしとではだいぶ違うだろ。まだ俺も指揮者のお前に合わせられるだけ弾けないからもう少し待ってもらいたいところなんだけどさ、でも、歌のほうは出来る限り早く合わせられるようにしたほうがいいよな。今、C組なんて毎日朝と放課後、音楽室を押さえてクラス全員で練習しているし、それにはさすがに負けたくないんだと思う」

「そうか、そこまでみな本気なのか」

 まずい、関崎を勘違いさせたらまた別の方向に突っ走ってしまう。方向転換を試みた。

「いや、でもうちのクラスはそういうのが向かないと古川さんわかってるんじゃないかな。あまり早すぎると中だるみしてしまうから、二週間だけ集中してもらう方向で考えているんだと思うよ。それの方が緊張感あるし、俺も関崎もそれなりに準備ができているだろうから安心感もあるしさ」

 いきなり毎日練習しろとか言い出されたらたまったものではない。こいつは言い出しかねない。腹の中ではたぶん今のゆっくりペースを心配しているようにも見える。だが、クラスの女子たちを巡る複雑な事情や藤沖の諸事情なども考えるとやはりまずい。

「そういうことか。確かにそうか」

 関崎は上総の顔を見た。いきなり手をぴしゃりと叩いた。

「どうした? かなり本気で叩いただろ?」

 冗談だとは分かっているが、手の甲がかなり痛い。関崎はすぐ頭を下げた。

「悪い。俺も今、突然思いついたんだが」

 拳を作り、軽く振った。

「俺とお前もできるだけ早く、指揮者なり伴奏になれたほうがいいということがよくわかた。すなわち」

「何?」

 つかめず問い返す上総に、関崎は力強く言い切った。

「立村、できるだけこれから、ふたりでピアノに合わせる練習をしよう。時間は規律委員会とバイトの隙間を縫う形になるが、できるだけ都合はつける。クラス全員がそれぞれの形で準備をしているのなら、俺たちも早めに息を合わせたい。どうにかして一緒に練習したいんだが、どうだろうか」

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