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その一 高校一年始業式(3)

繊切の音色  その一 始業式当日(3)


 始業式後何事も内容に授業が始まるのはいつものこととしても、やはり提出物が多いこともあり内容は控えめだった。夏休み中の講習である程度の部分を進めているというところがあるのかもしれない。適度にノートを開き適度に聞き流しているうちに無事放課後と相成った。

「あのさあ立村、ちょっといいかなあ」

 即座に荷物をまとめて教室を出て行こうとする上総に、こずえが呼びかけた。まだA組の教室には女子が中心になり固まっている。A組の生徒はさほど多いわけでもない。珍しく他クラスの連中はいない様子だ。

「何?」

「これから美里や羽飛と遊ぶ予定?」

「いや、今日は用事あるからまた後にする」

「あっそっか。一回で用事片付くと思ったんだけどなあ、どこ行くのさ」

「どこって、中学に」

 こずえは何度も頷きながら、

「そういうことなら止めるわけいかないかな。わかった、じゃあ明日悪いけど時間もらってもいいかなあ」

「何か用事でも?」

「あるんだよそれが。いろいろとねえ。お姉さんはもう頭が痛いったらないの」

 ──清坂氏たちのことかな。

 ちらと頭をよぎる一学期末の出来事。はたして美里が上総宅で行われたひとつの出来事をこずえに打ち明けているのか、それに伴う羽飛の感情も把握しているのか、そのあたりはまだわからない。ただ言えるのは、こずえも夏休み中図書館で上総たち三人が自由研究について熱く語っているところをしっかり見ていたし、たまには割り込んできたという事実のみだった。全く気づかないとは思えない。

「いいよ。明日なら特に問題ないし。羽飛たちにも声かけたほうがいいか」

「そうだね、そっちのほうがいいかも。あ、美里には今夜連絡入れとくからさ」

 こずえはため息をふっきるようにさわやか笑顔を浮かべた。

「それにしても、そう尻尾振ってなんで中学に行くのかねえ。理由はもう聞かないけどさ」 

 言いたいこと言わせておけばいい。理由はほぼ、こずえの予想通りと言っていいのだから。

 中学の始業式も高校とほぼ同様に五時間目で終了のはずだった。前もって聞いていた。

 ──ということは、そろそろ杉本も中学の生徒玄関出てくるかな。

 中に入って待つといろいろ面倒なこともあるし、できれば杉本だけひっさらって行きたい気持ちの方が強い。いろいろ面倒な過去を持つ上総としてはネタにされるのも出来れば避けたいし、何よりも先に顔を合わせてしまい長話になりそうな相手も今日のところは遠慮しておきたい。上総は玄関に急いだ。




 高校の生徒玄関から出ようとした時、不意に、

「立村先輩」

 さっと前を遮られた。入り口付近に隠れていたのだろうか。脳天あたりに結い上げた高いポニーテールの中学女子といえば、ひとりのみ。

「杉本、お前来てたのか」

 間抜けな問いを返してしまう。半そでのブラウスに白いレースのショールをかけている。同じ中学女子、いや高校女子の持つ雰囲気とは違う何かがある。二の腕をすっぽり隠しているからかもしれない。

「はい、本日お約束いたしましたから」

 杉本が約束を忘れるわけがない。なんと当たり前な真理。すっかり忘れていた。

「けど、今日、授業は」

「早いです。特に用もございませんので」

「桜田さんとは」

「彼女は職員室に呼び出されているようです」

 短い言葉に、二人の置かれている面倒な事情が透けて見える。杉本は現在すでに、もとのクラスである三年B組に戻されて授業を受けているはずだが、すでにクラスの連中からは無視状態かつ担任からも慇懃無礼な扱いのみ、トップに立つ佐賀はるみの「庇護」の上逆らうことを許されない状態だ。もっとも、一学期に起きたある事件の関係で佐賀との関係も逆転したのはというところがあるが。詳しいことは上総もまだ把握していない。桜田はもちろん、学校内の要注意人物という扱いもあって、新学期早々いろいろと呼び出し食らうなにかあったのだろう。パーマが残っているとか、口の周りに食べこぼし以外の色がついていたとか。

 上総はすばやく杉本を大学方面に足を向けさせた。すでに高校の連中は教室を出てさっさと帰宅したらしく、さほど人の気配は感じなかった。見られて困るわけではないが、面倒なことはできれば避けたいのも本音だった。

「写真、取りに行ってこようか」

「はい。それとお支払いは」

 かばんの中から財布を取り出し、じっと上総を見つめる杉本。上総は押しやった。

「だからさ、これは俺の趣味だって言っただろ。俺が保管するものだから」

「そういうわけには参りません。先輩に余計な出費を増やすわけには参りません」

「それならさ、こうしようか」

 無理に逆らってもしょうがない。ここは妥協策を出してみる。

「別のところで何か食べようか。そっちでご馳走してくれればいいよ」

「もうおなかが空いたのですか?」

 あきれかえったように杉本が問い返す。

「そりゃそうだよ。もう給食から一時間たってるし」

「ほんとうに、もう」

 あえてその次の言葉を発せず、杉本は黙って大学方面へと歩き出した。途中、顔見知りの生徒たちとすれ違ったらしく、ひそひそ話が聞こえてきたがあえて無視しているかのようだった。上総の知り合いにはほとんど会わなかったがそれでも、まゆをひそめる様子は伺えた。


 ──本当は杉本もかなり辛いんだろうな。

 いつもながらつややかな黒髪を眺める。この暑い中、なぜ白いショールなんか羽織ってくるのかが謎だが、それも杉本らしいこだわりと考えれば納得できる。まだ明るい日の光がところどころ髪に白く溜まっている。真っ白い肌も、少しぼんやりしたような顔立ちも。いや、

 ──どうしたんだろ。なんか、おかしくないか。

 上総はそっと杉本の横顔を覗き込んだ。つい二日前には見かけなかった陰が残っているように見えた。

「杉本、学校で何かあったのか」

 表情を変えず杉本が顔を挙げた。つんと澄ましたままで、

「別に、いつものことです」

「渋谷さんとのことでまた何か言われたのか」

「この前も申しましたように、そのことはすでに終わっております」

「なら、桜田さんのことか」

「いいえ、そのこともおとといに」

「じゃあなんだよ。なんで」

 途中で言葉を飲み込んだ。決して口にしてはいけない言葉だと、関所が留めた。

「まあいいけどさ。それと杉本」

「立村先輩、それではこういたしましょうか」

 話を無理やり方向転換するかのように、杉本はじっと上総を見据えた。

「写真をいただきましたら、私がアルバムを購入いたします。大学食堂でアルバム編集いたしましょうか。もちろん立村先輩が相当飢えてらっしゃるようであればケーキ程度であればご用意いたします。ただ、カロリーが高すぎると将来成人病への道をひた走る可能性大ということも、ご承知いただければと存知ます」

「あ、それ大丈夫。俺、食べても太らない体質だから」

「その過信どこから出てまいりましたか」


 しょうもないやり取りを繰り広げている間に大学生協へ到着した。

 さっき尋ねたかった言葉をもう一度飲み込んだ。

 ──杉本、やはり変だ。なんでわざわざ俺を玄関で待っていたんだろう。あそこにいたら、関崎と顔を合わせてしまって佐賀さんとの約束を反故にしてしまう可能性あるって分かっていたのにさ。夏休みから杉本、自分じゃないみたいだ。どうしたんだろう。

 

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