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その三 伴奏者面接(2)

 麻生先生との会話は一段落し、急いで教室に戻った。タイミングよく関崎がD組から出てくるのを発見し、こずえが足早に駆け寄った。上総は自分のペースでさっさとA組の扉に手をかけた。いつものように何も話さずに席に着くと、

「おいおい、お前、まじ?」

 男子がふたり近づいてくる。中学からの知り合いではあるけれど、積極的にしゃべる相手ではない。

「何が」

「お前すっげえ噂になってるんだけどなあ」

「出所女子」

 親指の先で知らせる。

「立村がピアノ弾くってまじかよ」

 ──ああ、もうばれてるのか。

 どうせ黙っていても時間の問題だろう。あっさり認めることにした。

「代わりになる人いなかったら、そうなると思う」

「ちっ、これガセネタじゃねえのかよ。たまげたよなあ」

 事実を認識した後、慌てて自分の席に戻っていったクラスメートふたりを見送り、上総は女子たちの様子を伺った。前々から気になっていた宇津木野さん、疋田さんのふたりを観察する。今まで意識して顔を見たことなかったから誰が誰だかわからなかったのだが、ふたりとも髪がストレートで腰にかかるくらい長い。校則違反になるからひとつにまとめてはいて、宇津木野さんは首のところで、疋田さんは耳のところに下がるようにそれぞれ個性を主張している。顔立ちも、申し訳ないが区別がつきづらい。たぶんふたりとも額をまるく出しているからだろう。

 ──別にピアノが上手だからといって雰囲気似ているわけでもないんだろうけどな。

 はっきり言って上総も、ふたりが並んだら区別して呼ぶことはできないような気がする。

 あまりにもそっくり過ぎる。

 不思議なのは、今回の伴奏者辞退に関わる張本人であるふたりが一切無言であることと、周囲の女子たちの視線が妙にきついことだった。こずえから聞いているせいもあるが、もともとA組の女子はいまひとつ団結力に欠けるところがあるらしい。詳しいことはあえて知らないふりをしているが、こずえが今回美里から合同自由研究のお誘いを断ったのにはこのあたりの理由もあるらしい。本当は図書局の仲間と「青潟のカストロ雑誌研究」を予定していたらしいが……本当か嘘だか分からない……いつのまにかクラスの女子たち中心でちゃっちゃとまとめてしまったとも聞く。

 ──けど、本当に俺で決まってしまっていいのか?

 なんだかまた、大荒れの予感がする。


「立村、おはよう、それとだ」

 こずえと連れ立って入ってきた関崎が、上総を見るなり先ほどの二人組はお話にならないくらいの勢いで上総の前に駆け寄ってきた。後ろからにやにやしながらこずえもついてくる。関崎に正式発表したのだろうか。仕方あるまい。深いバリトンの響きで関崎は上総に尋ねてきた。

「今、古川から聞いた。本当に、受けるのか」

「何を」

「だから、クラスの伴奏だ。合唱コンクールだ」

「古川さんの言う通りだけど、まだわからないよ」

 なんだかクラスの連中が聞き耳立てているような気がしてならない。いや、みな隠すことなく上総に視線を集中させているのだが。女子連中はこずえを除いて積極的に上総へ話しかけることはなく、むしろ避けるようなそぶりを見せることがほとんどで、今回のように興味深い目を向けることはそうそうない。もっとも好意とは思っていない。出来損ない元評議委員長を巡る環境は厳しいのだ。

「確かに、麻生先生には誰も伴奏者がいなかったら俺が受けるとは伝えておいた。古川さんはじめ、他の友だちにも協力してもらって練習が出来るよう準備しようと思ってる。でも、俺がそうなれば、の話だけど」

「そうか、とうとうお前もその気になったか!」

 破顔一笑、関崎が嬉しそうに上総の机を片手で叩き頷いた。

「合唱コンクールといえば燃えないわけないだろうとは思っていたんだが、やはりお前は本気だったんだな。やはりお前は」

 上総があまり言われたくない最大の褒め言葉を口にした。

「心底、青大附中の評議委員長の誇りを持っているんだな」

「いや、そんなわけじゃないよ。どうせ落ちたし」

 全く聞いていない様子の関崎を眺めつつ、上総は第二のため息を吐いた。隣りでこずえがささやきかける。

「女子たちにはもう、昨日の夜、電話で話しといたから余計なこと考えるんじゃないよ。悩みすぎたらはげるよ。はげはセクシーだけど、今はまだはやいよ」

 ──余計なお世話だ。

 言い返す前に麻生先生が入ってきたので、まずは黙ることにする。クラスメートたちの不気味な視線もなんとか今は外れた。


「よおし、お前ら夏休みボケもそろそろ抜けたか? 抜けてねえ奴いるだろ? ほら、片岡、お前もいい加減眠そうな顔するのやめろ」

 関崎の側の席でくっついている片岡が、困った顔で麻生先生に頷いている。

「全くなあ、それとそろそろテストが近いっつうことも覚えとけよ。実力テスト来週だってことお前ら忘れてたろ。五時間ぶっちぎりだ。それが終わったら、古川、今度何が待ち構えているかわかるな?」 

 いきなりこずえに話を振った。朝の会話の流れだろう。上総は身をこわばらせた。

「はーい。テストは実力ですから期待しないでってとこ。けどそれ終わったら一気に合唱コンクール突入だし、毎日朝練か夕練しなくちゃね」

「その通り! お前らも部活やら委員会なんかで忙しいのは承知しているが、クラスのこともよく考えてくれよ。そうだ、お前ら合唱コンクールは初めてだろ?」

 麻生先生はちらと上総に目を走らせた。ぞわりとする。

「青大附高の合唱コンクールは一年から三年まで全クラスが出場するんだ。去年までは全校生徒が自クラス以外に投票する形式をとっていたのだが、今年からは音楽専門の肥後先生が中心に審議をして最優秀賞を一クラス、その他学年内の優秀賞を各学年一クラス。極めてシンプルな形式なんだ。特別賞は今まであったんだが、今回からはなくなった。ご褒美は見た目には賞状だけに見えるだろうが俺も担任として何にもしないわけにはいかない。それなりの結果を出したからには特別な褒美を取らせる準備はあるぞ」

 いきなり沸き立つ単純な一年A組。ひとり上総だけが取り残されているのはいつものこと。

 ──またわけの分からないラーメン屋に連れて行くとか中華料理屋とか、セットで公衆トイレ掃除させるとか、わけの分からないことするんだろうな。

 くわばら、くわばら。そんなのだったら賞に洩れて静かにしていたほうがいい。

「先生、ひとつ聞いていいですか」

 不意に、女子のひとりが質問を投げかけた。

「合唱コンクールには指揮者賞、伴奏者賞があると聞いていたんですが、なくなっちゃったんですか?」


「んなのあったの?」

「知らねえ」

 またざわつき出す。単なる疑問のみが続いている。上総も聞いたことがなかった。

 ──指揮者賞と伴奏者賞なんてあるんだ。中学の時は何もなかったのに。

 そういう情報がなぜ今になるまで入ってこなかったのか、そちらの方が少し痛い。

 麻生先生はその女子に首を回して見せた。

「よく知っているなあ。詳しい事情ははしょるが、去年から指揮者と伴奏者の個別賞は廃止することにしたんだ。合唱だろ? 合唱とは指揮者と伴奏者と合唱の三拍子が揃わないとむなしいだろ? 総合芸術として評価すべきだという意見が多くなったんだよ」

「へえ、それ知らなかった! けどそれだと伴奏する人張り合いないねえ」

 何気なくこずえがからかう口調で上総をにやけながら見た。知らん振りを決め込んだせいか周囲の空気がどことなくぬめりを帯びていくのがありありと感じられて気味が悪い。

「伴奏者の場合は賞狙いでどうしても負担が大きくなるケースが多いのと、特定の生徒しか弾いてはいけないといったような雰囲気もあまりよろしくない、そういうこともあるんだよ。たとえば、今のうちに話しておこうか、今回の伴奏者なんだが、三時間目の音楽の授業で最終決定する予定となっている。エントリーは立村だけなんだが、誰もいないのか、本当に?」


 女子の不気味なしらけっぷりと比べて男子たちのひゅうひゅう声が響く。

「やるよなあ立村、お前二年の時指揮者だったろ?」

「男子評議のお勤めなんだよなあ、ありゃ。ってことは音程取れるってことか」

「どうせ俺たちゃ賞なんか狙える身分じゃねえし、ま、のんびりやろうぜ」

 分厚い手による拍手も聞こえた。関崎がどっしり微笑みながら上総に励ましの眼差しを送っている。こずえも関崎と藤沖になにかしら声をかけている。坊主頭の藤沖は、無言のままただ上総をうさんくさげに見つめている。同じく、上総を敵視しまくっている片岡も同様だった。いつものパターンでは確かにある。

「もし、参加したいんだったらぎりぎりでもいいから手をあげるんだぞ。いいな」

 妙な力を込めた言い方で、麻生先生は締めた。上総は横目でちらりと長髪の女子ふたりを見やったが、特に何か言いたげな雰囲気もなかった。少なくとも読み取ることはできなかった。


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