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その二 元三年D組四人組の秘密集会(3)

 ピザが届き、こずえが弟の分を取り分けて部屋に持っていった。その間に部屋の品定めを三人でひそひそする。

「しっかしまじかよ。ほんとでっかいマンションだよなあ」

「でしょでしょ? こずえじゃないけど部屋いっぱいが緑に覆われてるよね。ほら、向こうにはサボテンがまだどっさり並んでるよ。けどお花、ないね」

「部屋を暗くしたらまさにジャングル気分だな」

 宅配ピザは想像以上においしかった。めったに食べることはないのだが、夏休み最終日に父と本当はこっそり頼むつもりでいた。上総の夕食作りをあえて労ってくれるためとの話だったのだが、脂っこいものを食べる気持ちがなぜかその夜はなくなり、ふたり静かにそうめんを啜って夏休みを終えたのだった。

「それにしても立村くん、ジャーマンポテトにしたのね。意外とこってりしたの選んだんだね」

「うん、さすがにおなかがすいたからさ」

 戻ってきたこずえも含めて、コーラも飲みながらひたすら食べることに集中した。

「やっぱ、いいなあこういうの。うちの弟も来るようにって誘ってみたんだけど、やっぱしだめね。あいつずっと部屋に篭りっきりなんだもん。なんとかしてよね」

「あれ、こずえの弟くん、今年で何年だったっけ」

「中学二年なんだけど、やっぱりお年頃よねえ。難しいったらないわよねえ」

 そう言いつつこずえは上総の顔をにらむ。当然言い返す。

「何を言いたいんだよ」

「やっぱりねえ、立村のご両親のお気持ちを実感する今日この頃なのよねえ。あんた、一生親に感謝して生きなさいよ」

「余計なお世話だ」

 とはいえ、こずえの口調にはどことなくやさしいものが篭っていた。

「もうね、大変。食事も部屋に持ってって食べてるし、学校帰ったらずっとあのまんま出てこないし。どうすんだろう、高校入試。もう知ったことじゃないけどね。まあ十四歳ってあんな感じだよね、立村」

「だからなんで俺の顔を見るんだよ」

「悪いわね、いろいろあるんで私だって悩んでるんだから。少しは学校で労ってよね」

 ちっとも労われたくなさそうな顔で、こずえは二枚目のジャーマンポテトピザにかじりついた。

「いやー食った食った。ピザって食い放題向きじゃあねえな」

「うん。それ言えてる。好みの分だけちょこちょこ食べられればそれでいいなって感じ。立村くんの選択は正しいって思った」

「どうせあとで別のもの食べればいいしさ。それより古川さんいいかな」

 上総はかばんから粉末茶の包みを四袋取り出した。みやげ物を渡さねば。

「これなんだけどさ、この前結洲に行った時の土産なんだけどよかったら」

 それぞれに渡した。


 こずえが普段着の膝丈ジーンズと腕にフリルのついた青いTシャツに着替えて居間に戻ってきた後、上総の持って来た粉末茶を溶かしてしばらくだべっていた。語るべきことはたくさんある。

「でね、聞いてよ。うちの組の担任、もう自由研究一通り目を通したようなこと言ってるんだけどね、ずーっと特定の生徒ばっかり褒めてるの! ちゃんと足のついたしっかりした研究をしているとか、自分の素直な感情を露にしているとかね」

「当然俺たちのは無視ってことだな、美里」

「そういうことよ。私なんてあの先生に出席以外全然話しかけられてなんかないもん! 単純に貴史が自由研究をC組から出してくれたから読んでないだけかもしれないけどね。きっとあの先生には興味ない内容だと思うな。数字の羅列だもん」

「いや、もう読んでると思う。俺にこの前野々村先生、自由研究読んだって言ってたし」

「うっそお! なんなのそれ。すっごく頭来る! 立村くんのを読んでいるてことは当然、私や貴史のにも目を通してるってことだよね? そりゃ個人面談で立村くんの内容だけ興味があったのかもしれないけれど、それって露骨だよね」

「いや、たまたまだと思うよ」

 余計なことを口走るのはまずい。美里にとってB組の担任野々村先生はすべてにおいてむかつく存在。たぶん野々村先生もなんとなく距離を置いて接したいところがあるのだろう。奇麗事は言わない。相性の合わない担任と生徒はどこにでもいるものだ。

「一年間だけ我慢すれば、来年は別の先生に当たるし、それを待てばいいよ」

「そうそう、立村の言う通り! 高校は英語科以外クラスわけがあるんだから、それはそれでいいじゃない。それにくらべてうちはさあ、ねえ、立村、どう思う?」

「どう思うったって、それしかないじゃないかなとか思うけど」

 水で溶いたお茶はやはり濃くて口がさっぱりする。口に合うか心配していたけれども、美里、羽飛、こずえも大満足してくれたようだ。

「うちの母さんと弟の分も残しとかなくちゃね。これ、ヒットだわ」

 こずえは美里の隣りにちんまり座り、大きく伸びをしゴムの木を掴んだ。弓なりになる。すぐ手を離した。

「さってと。じゃあ今日の議題なんだけど、私の人生相談に乗ってほしいのよねえ。羽飛、私の乾いた心を潤してよお」

 もはや定番ネタと化した、こずえの羽飛溺愛フレーズ。羽飛も慣れたもので、

「ああ、どんと来い。ただし俺には鈴蘭優ちゃんがいる」

「わかってるって! しょうがないから立村、あんたも聞きな」

「頼んでいるほうがえらいってどういうことだよ」

 けらけら笑いこける美里が、手をたたきながら上総に声をかけた。

「なんか立村くんとこずえのコンビでなんかい委員会に入ってほしいよね。めちゃくちゃ面白そう!」

 ──清坂氏、冗談でもそれはきついな。

「とりあえず、古川さん、この前の合唱コンクールの件、進展あったら話してもらいたいな」

 促し役はやはり、英語科クラスメートの上総が請け負わざるを得なさそうだった。


 こずえはかがむように三人をそれぞれ見やりながら話し始めた。

「こんな怪談話すみたいな乗りじゃないんだけどねこの前みんなに話した通り。合唱コンクールのピアノ伴奏者決めでうちのクラスが揉めに揉めてるって話」

「ピアノ弾ける人に頼むだけじゃだめなのね」

 美里が相槌を打った。

「そうなのよ。本当はうちのクラス、ふたりもその道進む女子いるし、任せればいいかなって思ってたけど蓋を開けたらとんでもなってことになっちゃったのよ」

 上総に話した内容をこずえはかいつまんで説明した。

「そっかあ、大人の問題が絡んでいるわけなの」

「十月のピアノ発表会も控えているわけだし、それぞれの先生側としては、手のうちをここで明かしたくないってことみたい。ここだけの話だけど、えらい先生たちが発表会に来て個人レッスンとかも予定してるらしいし、場合によってはいろいろ進学に影響もあるみたいだからね。よくわからないけど」

 羽飛がごろんとソファーに伸びた。

「よくわからねえなあ、いつも思うけどよ、女子っつうのはなんでこうも面倒なんだあ?」

「女子がっていうよりも、周りの人たちがってことよね。大人って面倒よねえ。あ、それでなんだけど話の続き。この大混乱の状況をどう納めるか悩むに悩んだ結果、ここはやっぱり私がひと肌脱ぐしかないかなあとちらと思ったわけよ」

「古川悪い、お前脱ぐのは無駄だ、社会のためにやめとけ」

「ひっどーい! じゃあ次回は羽飛、あんたのためにだけ脱ぐわよん」

 どっひゃーとひっくり返る羽飛を横目に、こずえは上総にプラスアルファーを語りかけた。

「この前電話で話したかもしれないけど、一応課題曲が『恋はみずいろ』なのよ。いいのかこんなセクシーな歌でとか突っ込みたいけどまあいいよね。あと自由曲は『モルダウの流れ』あたりでたぶん決まると思う。一年しかピアノ習ったことない私が二曲弾くってのは正直ハードル高すぎるけど、まずはこれで行ってみようと思うんだ」

 三人、息を呑んだ。声が出ない。ただ黙ってこずえの顔を覗き込む。

 あっけらかんとした、いつもの笑顔。

 そう簡単に決着がつく内容ではないような気がする。

「こずえ、ピアノ、習ってたのって小学校一年の頃じゃない? それから、お稽古はしてたの」

「してるわけないじゃん! たまにアニメとか適当に耳コピーして弾いたりするけど。定番猫踏んじゃったが十八番!」

 ちらと、ピアノを眺めやる。

「お前、率直に聞くが、伴奏できるほど弾けると自覚、あるか? 小学一年ったら何年前の話なんだ?」

「まあはるか昔よねえ」

 しみじみした表情でこずえが頷く。あせりはない。

「古川さん、単刀直入に聞くけど、一ヶ月で二曲伴奏する自信あるのか?」

「うふふ、ない」

 舌をぺろっと出して、けろりとして言い放った。

「そうねえ、いざとなったら前に稽古してもらってた先生のところに一ヶ月だけ行こうかなあって思ってるよ。けどさ、ピアノの先生ってすっごくおっかないんだよねえ。手、ぴしゃっと叩いたり、ちょっと間違えたらどなったりですっごく怖いんだよ。だからやめたようなもんなんでね、過去のトラウマが蘇りそうな気配ありあり」

 こずえはソファーの上で胡坐を書いて、両手を膝に乗せた。胡坐ではなく、足をヨガのポーズに組みなおした。

「けど、しょうがないなあとは思う。それぞれの事情を聞くと無理じいできないしね。そりゃ私もはるか昔の記憶呼び戻すの大変だけど、うちのクラスの子って実はピアノを軽くやってた子ってあまりいないのよ。音楽はそれなりにたしなんでいるけど、なぜかバイオリンとか、フルートとか、ギターとか。せめてエレクトーンとかオルガンとかいないかなとか思ったんだけどやはりね。それにピアノがうちにないとお稽古も大変だよ。幸か不幸か、うちにはピアノが埃かぶっているけどそれなりに働いてくれそうだし、まあここは私が普段出さない本気パワーだしてやるしかないよね!」


 拍手しようがない。

 誰も、素直にこずえの覚悟を称えられない。

 ──あまりにも、無茶だ。

 羽飛も、美里も、顔に同じことを曇りの筆で書いてある。

 ──本当に誰もいないのか? せめてふたりのうち一人だけでも口説き落として弾いてもらうしかないような気がするよ。それも二曲か? 一曲だって大変だよ。

「こずえ、あんたは偉い、すごい、けどね、それとピアノの伴奏とは全く別だと思うよ。私も小学校六年までピアノ習ってたことあったけど、やっぱり、一曲仕上げるのって大変だもん。発表会で弾いたりしたことあったけど一ヶ月か二ヶ月くらいずっとお稽古で、それでも間違えるんだもん。大変なんだよそれ」

「そうかな、まあそうだよね。普通じゃないよ」

 羽飛も頷いている。

「まあそのなんだ、お前が本業以外の裏技持っているってことはわかったんだが、ちょっと時間なさすぎじゃねえか? 古川、あのピアノ最後の弾いたの何年前だ?」

「二年くらい前かなあ」

「それまずいよ!」

 ついに上総も押さえられなくなった。これはまずい。全力で止めるべきとのシグナルあり。

「古川さん、楽譜、もうもらったのか?」

「もらってないよ。来週、音楽の先生にコピーさせてもらうつもり」

「それじゃ間に合わないって!」

 力を込めて説得するしかない。羽飛、美里の頷きにも支えられる。

「あのさ、俺が言える筋じゃないけど、ピアノはそう簡単に感覚取り戻せるものじゃないよ。古川さんは耳で聞き取りが出来るからある程度は大丈夫だと思う。でも、もし本気で弾くんだったら一刻も早く練習しないと間に合わないよ。俺もピアノ少しかじったことあるからわかるし、清坂氏も言う通りだから言うけど、毎日弾かないとすぐ忘れてしまうんだよ。出来ないとは思わないけど、ただ可能なら、疋田さんか宇津木野さんのどちらかくどいて弾いてもらうほうがいい。せめて一曲だけでも持ってもらったほうがいいって!」

「うわーん、私のこと全然信頼してないんだーこいつら! もう悲しすぎー!」

 三人それぞれの説得もどこ吹く風、こずえは大げさに泣きまねをした後、

「よしわかった、じゃあ私の腕前をとくとお見せいたしましょうか。そうだ、立村、あんたそこまで大恩ある私にそこまで失礼なこと言い放ったんだったら、それなりのお仕置きってのが必要よねえ。美里、羽飛、どう思う?」

「そういう問題じゃねえと思うんだがなあ、美里どう思う?」

「うん、こずえ、弾くなら聞いてみたいけど、ねえ立村くん、どう思う?」

 それぞれに見上げられて、上総はお茶の入ったカップを置いた。

「とにかく、弾くことが優先だと思う。ちなみにこのマンション、防音なのかな」

「ピンポーン!」

 意気揚々とこずえは白いレースのピアノカバーを跳ね除けた。

「それじゃ、私の見事な音色をみなの者、しかと聴くがよい!」

「ははあ」

 羽飛のふざけた土下座で思わず笑いが洩れた。

 

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