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その一 高校一年始業式(1)

繊切の音色


その一 高校一年二学期・始業式当日 


 夏休み中何度も通ってあまり休んだという感じのない校舎に向かい、教室へと急ぐ。

「立村くん、おはよ!」

 高校構内に入り、生徒玄関で新しい上履きに履き替えていると聞きなれた声に迎えられた。ロビーに目をやる。すでに電話脇のベンチで女子がひとり、座って待っている。

「清坂氏か、早いな」

「だって始業式だもん、遅れたら大変でしょ」

「俺と同じくらいの時間だと相当だろ。あれ、羽飛は?」

「たぶんちょっと遅くなるんじゃないかな。昨日は宿題の追い込みで大変だったみたいだし」

 上総も腕時計を覗いてみた。まだ八時少し前。遠距離通学の上総にとってはさほど到着するに珍しい時刻ではない。ただ美里の場合は比較的学校から近いし、さほど急がなくてもいいような気がする。もっと言うなら、連れの羽飛がいないのがおかしい。

 ──けど、ああ、そうか。宿題な。

 美里は上総の心を見透かしたように説明する。隣に座るよう手でベンチの脇を叩いた。

「立村くんは割と早めに宿題片付けて置いちゃうタイプだもんね。私もそうだけど、貴史はぎりぎりまで粘りたいみたいね」

「けどさ、俺、羽飛から理科と数学のコピー答えもらったけど」

 違う違うと美里は首を振る。

「そういうのはもう終わってるの。むしろ、あいつが力入れてるのは自由研究のほうじゃないかなって気がするの。ほら、自由研究の装丁とかあるでしょ。それぞれの。貴史がすべて最終構成まとめるでしょ」

「ああそうだった」

 今年の夏に指定された自由研究は、青大附高教師たちの意向により、それぞれグループを組んで作成するようにとのご沙汰だった。いつものパターンだったら上総は自分ひとりで何か洋書を探し出してきて適当に訳して提出すればよかったのだが、それを避けるための対策というところもあるらしい。幸い上総には美里や羽飛といった附属上がりの仲間が側にいたこともあり事なきを得たが。テーマは「青潟から旅立ち海外で花開いた若き画家の人生」を三人三様の視点で分析したものだった。それなりに頭つき合わせて議論したり推敲したりして、がんばった代物ではあると思う。

「絶対、褒めてもらえると思うけどなあ、あの研究」

 半そでのブラウスと、襟元の赤いリボンを調えながら美里がつぶやいた。

「そうかな」

「そうよ、そうに決まってる! だって私たちほんとがんばったよね! 資料だってどっさり集めたし、じっくり勉強したし、ほら、立村くんだって小説書いたりしたじゃない!」

「小説、っていうのか、あれ」

 美里が言い張るのも無理はない。今回の自由研究で上総が担当したパートは、青潟から地縁を捨て旅立った若き洋画家の心を自分なりに想像して描いた物語だった。もちろん羽飛たちの集めてくれた資料を参考にしたけれども、「小説」と言われてしまえば否定はできない。上総の頭に入っている妄想、そのものかもしれない。

「うーん、わかんないけど。でもね、絶対私たちの個性出てると思うよ。貴史が芸術命で語ってるし、私は年表命だし、立村くんは」

「小説命か」

「そういうこと!」

 思わず笑った。顔を見合わせた。じっくり美里の顔を眺めると、やはり浅く日焼けしているし、頬もどことなくつやつやしている。今日はめずらしく二つわけに髪の毛を結っている。リボンやぼんぼんの飾りは校則を省みてかつけていない。

「とにかく! 自由研究受け取った時の先生たちの顔が見ものよね」

「でも他の奴もみなそれなりにやってるみたいだけどな」

 たとえば、関崎とか。青潟市内の石碑を巡る研究を、大量の写真資料とともにまとめていると聞いている。その他天羽たち元男子評議連中たちは、

「シャーロック・ホームズ研究? それほんと? 難波くんの趣味を手伝わされてるだけじゃない!」

 説明すると美里は両膝を押さえてうつぷした。笑いをこらえている。

「当たってるよそれ。もともとあるネタを利用したほうが楽だし、深く研究もできるという判断らしい。もっともさ、研究中心に立ったのはやはり難波だったようだし、三人でどういう分担をしたのかまではわからないけど」

「なんだかそれ、不公平な話だよね。笑っちゃう」

  しばらく美里と自由研究のネタで盛り上がった後、上総は一年A組の教室に向かった。

 もう朝練習の連中が学内をうろついているし、今後のことも考えると美里と仲良くふたりで語り合っているのを見られるのはあまりいいことに思えない。上総はともかくとして、美里の立場が、である。


 朝の夏の日差しが露となる濃いめの影。

 教室の扉を開くと、すでに先客が何名か席についていた。ほとんどが女子だった。

「あ、おはよう」

「おっはよ!」

 ひとり男子連中の輪で荷物を整理している女子のみ、返事がきた。

 言うまでもなく朝のさわやかな、

「あーら、立村、あんたずいぶんすっきりした顔してるよねえ。さては朝早く一発抜いてきたの? そうだよねえ、学校に来る前にはそれ常識だよねえ」

「あのさ、古川さん」

 いつもの下ネタトークは挨拶代わり。今年で四年目。交わせないでどうする。上総は自分の席に着き、さっさとかばんから道具を取り出した。始業式の後すぐに授業が始まるのが高校のしきたりだ。筆箱も、ノートも、もちろん宿題の準備も揃っている。

「立村も早いな」

「そうでもないけど」

 古川こずえと組んでいるのはやはり関崎だった。奴も早く到着しているであろうことは想像していたが。ただそうすると、生徒玄関で上総と美里が語り合っているのを見かけたということか。

 上総はあえて問うのをやめた。古川こずえに自由研究の話を振ってみた。

「古川さんは結局、自由研究何にしたの」

「ああ、あれね。みんなで英語の絵本の翻訳で終わらせたわよ。うちのクラスの子たちも交えてね」

 ちらと教室内を見渡しながら、相手がいないことを確認して、

「ほんとは図書局の子たちとやろっかって考えてたんだけど、いろいろあってね。まあ評議委員は辛いってとこよ。ねえ、関崎」

「そういうものなのか。藤沖はそんなこと言ってなかったが」

 朴訥に答える関崎。後ろでだんまりしている片岡の相手を時々しながら、こずえにも答える。ちなみにまだ、藤沖は到着していない。

「あいつは今、応援団のことで頭がいっぱいだからねえ。使い物になんないわよ。ね、立村もそのあたり想像つくでしょうが」

 ──いや、別の意味で想像はつくけども。

 教室では余計なことを口にしないのが一番安全だ。四年間の青大附属生活でいやというほど思い知らされてきたことだった。

 こずえがまだ話を一方的に続けている。上総は適当に聞き流しながら、

 ──あとで、中学寄ってこようか。

 本日の予定を組み立てることにした。


「そーなのよ。ねえ片岡も聞いてよ。そろそろ合唱コンクールの曲も決めなくちゃなんないのにさ。藤沖の奴全然捕まんないんだもん。こちらだって緊急の連絡だってあるのにねえ。今日の放課後、ほんとは緊急会議したいんだけど、どう思う?」


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