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【ミソロジーライフ】  作者: 文悟
説明書
6/20

チュートリアル「2」:敵がつよくてたおせない!そんなときは(1)

感想・評価・作品へのリクエスト、アドバイスなどありましたらどうぞ。


ようやくオープニング説明回が全部終わりました。

ここからバトル。加速します。

源九郎は滅多に怒らない。

怒らないから喚かない。

喚かないから代わりにその身にかかる理不尽さを、ため息とともに吐き出すようにしていた。



「はぁぁぁぁ…………」


ため息をつくと幸せが逃げるという言葉をよく優子から言われていたが、本人にとってはこれが即席のガス抜きなのだから、止めようにも他にいい方法が思いつかない。



「とんぼ返りよりもお早いお帰りだよ。まったく……」



再び九郎は、九郎の感覚では数秒の間もなく、狭間と呼ばれる闇の中に帰ってきた。


プレイヤーホームに転送されるはずが、ホームではなく先程の森、しかも赤鬼の目の前に送られ、再度完全死亡したためだ。


目の前には先程も見た転生と復活の選択肢が出ている。

呼々は席を外しているのか姿は見えず音声は流れない。


九郎は闇の中で独り、胡坐をかいてその板をじっと見つめていた。


(なんで森に出たんだ?)

転送すると言ったはずなのに。


(まさか赤鬼の腕の中がお前の帰る場所ホームだとでも?)

あんな丸太のような腕に抱かれるなど、九郎としては全力で遠慮したい。



自分の不幸の度合いは把握しているが、振り出しに戻るが複数回連続で出るようなこの理不尽は、さしもの九郎でも久しぶり・・・・の経験だった。


リアルに残る痛みの余韻が九郎のフラストレーションを溜めるが、それなりに落ち着いていられるのは【精神力】やら【自制心】の効果なのかもしれない。


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅ…………。よし、切り替えだ。あまり悪い風に考えるのはよろしくない」


九郎は様々な感情を喉の奥に飲み下し、息を搾り出すように吐くことで完全に胸中の熱を冷まし、感情を御するニュートラルにすることに成功する。



「さて、これからどうしたもんかな。多分また復活しても目の前アレになりそうだし、呼々さんに相談するか。……呼々さーん」


九郎は迷惑にならない程度に気を遣った大きめ声で呼々を呼ぶ。

しかし、反応は無い。



そして、声をかける方向を間違ったかと、九郎は次に呼々が相談をするのに向いていたやや上の方めがけて声をかける。


「あれ?呼々さーん、いませんかー?」


しかし、声は闇に呑まれるだけで反応は無い。



「“へんじがない。ただのしかばねのようだ”」



“しかばね”はお前だが。



「ちょっと言ってみたかったんだ」


九郎は誰にともなく弁明してみた。



「返事が無ければ待つしかないないか」



何が起こっているのかも知らずに行動は起こせない。


九郎は困ったなと頭を掻いてしばらく待つことを決めた。




「…………」



九郎の目の前で青みががかった半透明の板が淡く輝いている。



復活か転生か。


復活か転生か、と迫っている。



この死亡によって復活を選んだ場合、九郎の残り復活回数は八回となる。


他のプレイヤーよりも多く復活できる大きなアドバンテージを持つ九郎だったが、実際は非常に心許無い数字だと九郎は感じていた。


「俺の運じゃ、瞬く間に消費してしまいそうだ」


現実では死にそうな目に遭ったり、死ぬかと思ったことは本にして売れるほどあったが、けして命や一生に関わる怪我をしたりすることは無かった。


しかし、このゲームの世界ではすでに二度、エンカウントしただけで死んでいるのだ。

これが普通のプレイヤーの復活回数と同じだったら既にリーチか終了かだった。


「終了か……」


そう思うと不安になるのは先程の呼々との別れ際だった。


九郎には肉体が消滅などという物騒な言葉が聞こえていた。

それについてしっかり聞いておかなければならない。


よく考えてみると、九郎の読んだ説明書にはキャラクターが死亡したときの説明が書かれていなかった気がするのだ。

死亡したら復活できるという説明はなくとも、死亡したらどうなるという説明はあるはずだ。


なんだか嫌な予感がする。


だいたいが自分がこんなゲームに当選するなどということが怪しいのだ。

このゲーム自体が九郎にとっての不幸となる。

九郎にはそんな気がせずにはいられなかった。


「呼々さーん!」



九郎は再び上の方を向いて少し大きな声で呼々を呼んだ。

それでもまだ返事は無い。



「訊ねたいこともあるんだけどな。……転生のこととか」


九郎がそうひとりごちてため息を吐き出した。

そのときだ。




《その問いにはボクが答えようじゃないかねっ!》


―――ブシュォアアアッ!!――




突如響き渡る甲高い男声とどこからか吹き上がる白煙スモーク

そして、後を追うようにシンバルの音がしたかと思うと、ゲームのバトル中のような聞き覚えのあるアップテンポのメロディーが流れ始めた。


確か、最終幻想の名BGM“大橋おおはしの死闘”だったと九郎は記憶している。



「な、なんだ?誰だ?」



《フハハハハハハハッ!なんだ誰だと訊かれたならば、よろしい、答えてやろう!》




刹那、九郎がそう言うのを待っていたとでも言うかのように、一陣の風が吹き抜け、世界を真っ白に覆っていたスモークを取り払った。


そして、その風の吹きぬけた先。


神々しい光りがスポットライトのようにして降り注ぐそこには、全身ベルトだらけの拘束衣のような黒服・黒ブーツに白衣を羽織った眼鏡で赤髪の美青年が立っていた。



青年はぽかんと口を開けた九郎と目が合うと不敵な笑みを浮かべ、次の瞬間、ズバッと音がするくらいに右の手を九郎に突き出して、体を捻るようにしながら左の手で眼鏡をクイッと上げた。



《ボクの名は思兼オモイカネ!この世界の闇と戦うため、異世界アウターワールドよりやって来た、黒の賢者、八百万の頭脳を持つ男インフィニット・シンカーオモイカネだっ!》



「おお……」



ぱちぱちぱちと九郎は反射的に感嘆の声をもらして、手を叩く。

ただし、そこに心はこもっていない。


それは、上司のくだらない“俺も昔は凄かった自慢”や“行きたくもない接待”によって培われた社会人技能ヒューマンスキルだった。



《おやおや?これはどうもありがとう。驚かないんだねキミは》


「いえ、これは驚き過ぎてこれ以外の反応ができなかったパターンです」


《そうなの?ボクがコレやると大抵のこはみんなドン引きするんだけどね。とっさでも手を叩いてくれたのはキミだけさ。もしかしてキミも闇に抗いし者……なのかもしれないね》



そりゃ中二全開で突然現れたらドン引きだろうよ。


だが九郎はそんな言葉は口にしない。

『いえ、違います』と否定もしない。


少し嬉しそうにしているオモイカネを無意味に傷つけることはないし、九郎は彼のような人間に多少の理解があったからだ。


九郎だって今よりずっと若い頃は『実は俺、本気出したら波動とか使えたりとかするんじゃね?』とか、『ちょっと修行したら気で空が飛べたりするかも』とか思ったり、目を怪我したときなどは『ううぅ……右目が疼く……まさか、奴がそこまで来ているのか』とかやっていたのだ。



とはいえ、もう卒業した・・・・・・九郎はそのノリについていくことはしない。



「それで、その、あなたはどういった方ですか?あなたも質問に答えていただけるようですが俺の案内役はヒミココさんのはずですよね……ああっと……オモイカネさん?」


《オモイカネでいい、クロウ。ボクもそう呼ばせてもらうからフランクにいこう。よろしく》


そう言って再び笑みを浮かべたオモイカネが手を差し伸べてくる。


「クロウ……あ、ああ、分かったオモイカネ」



なんだろうかこの気恥ずかしくなる空気。


九郎は頬を掻きながらも、その手を取って立ち上がった。



《さて、ボクの正体だが、異世界の――『あ、それはもう聞いた』――そうだったね。……おっほん。では、改めて自己紹介をしよう。ボクの名はオモイカネ、もしくは常世とこよの神とも呼ばれる者なんだがね。このオンラインゲーム、【ミソロジーライフ】の製作に携わった一人であり、日本エリアのシステム管理責任者兼プログラマーをしているんだ》



恥ずかしい名前の領地アレ】を創ったのはお前か中二病オモイカネ



「そんな人がどうしてここへ?呼々さんはどうしたんだ?」


《彼女は上で待機しているよ。丁度休憩時間だったんでね。ボクがキミと話をしたかったのがあって、彼女にはそのまま席を外してもらった》


「そうか……って、俺に話?」


《そう。というか、キミもボクらに訊きたかったことがあるんじゃないかね?》


「ああ、まあ、そうだけど」


《ならばボクが出て行ったほうが色々早いだろうと思ってね。とんでもない不具合が連続で発生しているし、責任者出せって言われる前に出てきてみたんだよ。ボクはプレイヤーが泣き寝入りするしかないようなダメな運営にさせるつもりはないからね》



ふざけたノリの男だが、オモイカネは仕事に関してプライドを持っているというのを九郎はその言葉の端々から感じた。


確かに、クレーム対応に責任と知識のある者がすぐに出てきて対応してくれたなら、わりと溜飲は下がるものだ。



《それに、キミが知りたいであろう【転生】についてのお話もあるから、ね》


「えっ……」



その言葉に九郎はドキッとした。


オモイカネの笑みはまだ消えていないが、その目は射抜くように鋭い光りを宿していたのだ。



《さあ、先ずは目下の不具合のことからお伝えしようじゃないか》



そう言ってオモイカネがパチンッと指を鳴らすと同時、オープンカフェにあるような丸テーブルとイスが現れる。


《一体どんな世界の思惑が、キミに作用しているのかを知りたいだろう?》



オモイカネは九郎にイスを勧めながら、また不敵に笑った。








◇◆◇◆





あれから体感で十五分ほど。

九郎はオモイカネの出す情報や画像を見ながら状況説明を受けているところだった。



《……というわけで、まあこんな感じでボクの創った島は今、正常に稼動している。全体のチェックをやり直しておかしなところはちゃんと手を入れてあるからオールオッケー。システム制御もキミの出現位置情報以外は修正できるし問題が無いことが判った。……しかし、むしろこの“問題が無い”ってのが問題になるのかね。正常なのに解決できないでいる。

 それでね、色々思考を重ねた結果……これは本来ありえないことなんだけどね……ボクはある一つの結論に至ったんだ。分かるかい?》


「いや、さっぱり」



オモイカネは一つ頷き、九郎の目の前に一枚の半透明の板を呼び出す。


そこには【チュートリアルをはじめよう】というタイトルとその説明が書かれていた。



《チュートリアル。これが始まってしまっているんだよ》


「ええっ!?ホームにも行けてないのに?」


《そうだ。ボクも驚いたけどね》




オモイカネの話では、ホームでチュートリアルを受けると、ホームの前にほどよい程度の強さの魔物が攻め込んできて強制バトルが始まるのだそうだ。


そうなると、他の魔物はポップしない状態になる代わりにプレイヤーはその魔物の半径10メートル以上の場所から離れることができなくなり、魔物を倒さない限りはログアウトも転移も不能になるという。


なので現在、九郎は常に【赤鬼】の目の前に出現する位置情報で固定されている。


《それでも命令の強制力は管理者ボクの方が上のはず、なんだけどね》


とオモイカネは苦笑していた。



オモイカネはことこの日本に於いて一部の者を除くとシステムに関する最高位の権限を持つらしい。


そのオモイカネをして書き換えができず、またそれほどにこのゲームのプログラムを熟知した彼が不具合を解消できない、原因も判らないと言うのだから余程の難事だと九郎は思った。



《チュートリアルだからね。恐らくは敵さえ倒せば不具合解消。問題無くなるはずなんだが……ね》



そもそもなんでこうなったかが分からないのでオモイカネにも断言はできない。

しかし、そういった表示は無くてもチュートリアル状態であると考えれば解決の糸口はある。


チュートリアルを進めればいい。


だが――


「俺じゃあの怪物は倒せないよ。レベル1の丸腰だし、召喚した仲間もいないから」


《そうなんだよね。しかも、本来は仲間ともども戦闘に突入するから仲間が戦闘エリア内にいない・・・状況なんて想定されていないから、外側から仲間を呼んでエリアに入れることはできない。……あ、これは一度考えて試してみたから絶対だ。応援は来ない。……胸が熱くなるね?》


「ならないよ。二度も死んでるんだから。気持ちは……分かるけど、俺はヒーローじゃないんでね」


確かに九郎がバトルマンガやアニメの主人公ならばこの窮地に燃えていたかもしれない。

九郎が昔ゲームにはまったのは、圧倒的不利な状況に呑まれることしか体験できない九郎でも、ゲームのシナリオというものが都合という名の不可能を可能にする力をくれたからだ。


九郎は諦めたように首を振る。


だが、オモイカネはそれに笑みを深めて九郎に問いかけた。



《じゃあ、もしもキミがヒーローになれるなら?》



「……え?」



《キミがヒーローになれるならどうする?不可能を可能にし、圧倒的不利を突破する。そんな力が手に入ると言ったら。キミは、どうする?》



試すような、しかし期待するようでもあるオモイカネの眼差し。


九郎はその目に僅かに逡巡し、しかし、深く考えるよりも先に九郎はハッキリ言い切った。



「燃える展開を見せてやる」



オモイカネにあてられた・・・・・のかもしれない。


九郎は自分が言ったことがどれ程恥ずかしいことなのか気付いて、頭を抱えた。


だが、オモイカネはその返答が期待以上だったらしい。目をキラキラと輝かせ、諸手を挙げて喜びを体中で表現し始めた。



《素晴らしい!!キミはよく分かっているじゃないか!!ああ、そうだとも。“燃える展開を見せてやろう”!!いや、燃やし尽くしてやるんだ!!》


「あ、あの、ちょ、オモイカネ……」


《そう、男が力を得たならやることは唯一つ。どんな逆境に陥ろうとも、知恵と勇気と愛の力で悪を打ち砕き、勝利を掴むこと。それが、ヒーローたる資質を持つ者の定め!!愛する星を守るため、日夜戦い続けるんだ。その背には沢山のものを背負うだろう。出会いがあれば別れを経験することだってある。だが、悲しみに暮れる時間は我々・・には無いんだ》


「あ、お、おい……」


《同士よ、やはりキミも世界の闇と戦う者だった。……フッ……ああそうか、我々は世界の特異点。やはり我々のような存在は、出会うべくして出会う運命にあるのだろうな……。それがまた戦いの中とは……これもヘヴンズゲート選択。悲しき定めよ》



べらべらと独自世界観のストーリを展開するオモイカネ。


鬼を倒すための話しどこ行った?


困った九郎はとりあえず拳を握って中指を立て、悦に入ったオモイカネの眉間にゴッと打ちつけた。



《あいたぁ!!何をするんだね同士よ!》


「いや、話がかなり逸れたのでつい」



良い子はマネしてはいけない。



《ああ、そうだった。鬼をどうやって倒すかの話をしていたんだったね。どこまでいったかな?まったく進んでなかったっけ?ああそうそう、まあそんなこんなで、鬼を倒すためにあるアクセサリーを用意したんだ》


「アクセサリー?」


《そうさ。仲間がダメならって武器とか防具とか性能のいいのを貸してあげようと思ったんだけど、それなりのを持たせようと思ったら強いのは全部はじかれちゃってね。それで色々試してダメもとでやってみたらコイツだけはキミに渡せることが判った》



パチンッ



オモイカネが指を鳴らすと、テーブルの上に白地に真紅と黒で模様が描かれたまわしのように太い革ベルトが現れた。



そのベルトはバックル部分が異常に大きく楕円型に出っ張っていて、ベルトを通すというよりも前でカチッとはめるような形をしている。また、そのバックルの中央には円形の鏡らしきものがはめ込まれており、その周囲には鏡を囲むように大き目のビー球くらいの透明な珠が八つ埋まっている。


また、丁度腰の左右に来る部分には何かを入れるカートリッジのような物が一つずつ付いていた。



「こ……これは……」



ごくりっ



九郎は喉を鳴らし、『さあ、手にとって』と言うオモイカネの言葉に促されるまま、そのベルトを手に取った。


形こそ昭和のテイストがあるが、しっかりと現代っぽく仕上げられている。

若干その模様や飾りに中二なテイストがあるのはオモイカネの仕業だろうが九郎にはまったく気にならなかった。


(この……形は……)



《ふふふふ。キミも男の子なら、言わなくても何か解るよね?》



もちろん解る。



「コレは……“変身ベルト”」



男の子の憧れ。その象徴。

九郎は、そのベルトに“少年の日の夢”を見た。


(カッコイイ)



《そう、変身ベルトだね!どうやらキミにもコレのカッコよさが解るようだね!嬉しいよっ!》



解らないはずがない。

九郎は言葉にして答えずも、コクンと頷いて肯定した。


(男として生まれたならば、一度は巻いてみたいと憧れるものだ)


だとすれば、コレのカッコよさが、ここに詰め込まれた夢が、理解できない少年がいようか?


いや、いない。




九郎は幼い頃すぐに壊れる・・・のでおもちゃなど欲しくてもなかなか買ってもらえなかった。

特にこのような至高の一品は触れたことすらない。


おもちゃ屋の前を通る度、テレビのCMを観る度にゲームやこんなおもちゃに目を奪われたものだと、九郎はキラキラした瞳で少し遠くを見つめた。


そこには闇しか無かったが。



《さて、ソレなんだけどね、簡単に説明すると、使用者の肉体に神様の影を降ろせる代物でね。使えばキミはさっき言ったようにヒーローみたいになれるんだ》


「す、すばらしい」


《ふふふ、そうだろうとも。流石は我が同士よく分かってる。あ、ちなみにそれは貸し出し品だからね。あげないよ?ボクの自慢の一品なんだから……って、それはいいや。でだ、このベルト、実はいくつか問題点がある》


「問題点?」


《ああ。このベルトはボクが余興のために作ったおもちゃがベースになっててね、おもちゃとは言えどその性能は折り紙付きなんだけど、残念ながら出せる力は使用者の【心力】の強さに依存してしまうし、使用者の【精神力】を活動のエネルギーに変換して充填する方式だから【心力】が弱いとまったくエネルギーにならない。その上、神様の力を使うもんだからそのエネルギー消費量はハンパなくて使用時間は短くなるってピーキーなものなんだよ。

 多分キミが使ったら持って六十秒。しかも能力はその一端しか使えず、さらに言えば、限界まで使うと物凄い精神負荷と疲労付き。多分腹も凄く減る》


「そ、それは困るな」


《だね。だけどこれしか持って入れないんだ。多分キミにはリスクが大きい物だっていうのと、おもちゃがベースってのが見逃された要因かな?まあ、でも、悲観することは無いよ。今ここに持ってきてる神様の影。これがいまのキミの状態にはピッタリなんだ》



そう言うとオモイカネは再びパチンッと指を鳴らす。


すると、何も無い空中からその手の中に一つ、親指大の黄色い勾玉がそっと降りてきた。



「それは?」


《これはこのベルト、変身ベルト改め【纏神てんしんベルト】に込める神様の影。魂の側面。力を具現化したいわば弾丸のような役割を持つ物。全部で四種あるうちのその一つ、その名も【荒魂あらみたま】》


「アラミタマ?」


オモイカネは頷くと、ベルトを持つ九郎の逆の手に黄色の勾玉・アラミタマを握らせる。


《神の性格を表現した言葉でね。荒魂は攻撃的で勇猛な面……まあ喜怒哀楽の怒りのような部分を表すんだ。その中には武神の力が込められている》


「武神か。それは凄いな」



その単語も男の子には垂涎のものだ。


武神。


超カッコイイ。



《凄いよ。でもね、さっきも言ったけどキミの心力じゃその一端しか使えないから》



「だったな。じゃあ、どんな力が?」


そう訊ねるとオモイカネはニヤリともったいぶるようにして笑い、眼鏡をクイッと上げる。



《その力を今のキミが解放したなら、対象を選んで『発氣はっきよし』と言うだけで、敵を自分と同じ土俵にあげてタイマンを強いる強制力が発生する》


「えっと……つまりそれは……」


《簡単に言うと無理やり相撲すもうをとらせるんだ。相手を自分と同じ能力に矯正してね》


「相撲!?」



九郎は驚き、その手の勾玉とオモイカネを交互に見た。

どういうことかと。



《相手がどれだけ強かろうが関係ない。それにはね、相撲の祖であり、武の神でもある雷神・【武甕雷タケミカヅチ】の力が込められているんだよ》



オモイカネは両手を広げて楽しそうに笑った。








◇◆◇◆






《さて、準備はいいかのね?》




上も下もない闇の空間の中、復活か転生かと選択を迫る板の前に立つ九郎にオモイカネが声をかけた。


九郎はその腰に変身ベルトならぬ【纏神ベルト】を装着している。

タケミカヅチの荒魂は手の中だ。



「ああ。使用方法も理解した。作戦もバッチリだ。少し恥ずかしいけど」


《恥ずかしいなんて言っていられないよ。キミ、蘇生アイテムも無いし、使って速攻で片付けなきゃまた死んじゃうからね》


「で、死に過ぎると【転生】だろ?解っているよ」



と言いつつも、九郎は転生したらどうなるのか訊いていなかったことを思い出し、頬を掻き掻きオモイカネに向き直る。



「あ、そうだオモイカネ、忘れてた」


《【転生】のことかい?そういやぁ忘れてたね》


「そうそう。その転生ってさ、しちゃったら俺はどうなるんだ?」


《先ず現実世界のキミが消滅するよ。そして、次の肉体に転生する》



(そうか、やっぱり消滅だったか。……消滅!?)



よしこれから戦闘だ、と意気の上がっていた九郎の体が時間が止まったように硬直した。



「…………」



《ああ、やっぱり・・・・キミ、知らなかったんだね》



その姿を見てオモイカネは苦い笑いを浮かべた。



「じ、冗談だろ?」


《冗談を言ってると思う?》



薄く笑ってはいるが、オモイカネのその表情や雰囲気に嘘や冗談を言っている風は無かった。


九郎にとっては冗談であってほしかったが、源九郎じぶんという存在の異常さを考えるとありえなくもないと思えてしまい、問い返す声が震える。



「ど、どういうことだ?か、簡潔に説明してくれ」


《ふむ。意外に受け入れるの早いね》


「いや、これは驚き過ぎてどうして良いか分からないパターンだ」



正直言って少し震えている。



《そうかい。そうだな、簡単に言えば、この世界は世界中の神様が共同で電子空間に作った幻想と電脳の融合世界……電想世界とでもいうようなものでね。キミたちはそこに選ばれてやって来たわけだ》


「な、何のためにそんなものを?どうして俺たちなんだ?」


《まとめて答えるとそうだな……主にキミたちが願ったためだよ》


「願った?どういうことだ?」



九郎はこんな世界を望んだりはしていないと自信を持って言える。

不幸な目には遭うが、現実の世界のことは九郎は嫌いではなかった。


《願っただろ?そうだな、キミなら『みんなが幸せになる幸運』だったか、それが欲しいと神にねだったじゃないか》


「なんでそれを!?」


《ボクがその神様だから・・・・・だね》


「なん……だと?」


《日本神話くらいは知っているかな?ボクはその中に登場する高天原の知恵袋こと思兼神、もしくは思兼命オモイカネノミコトだ》


「オモイカネノミコト……?アマテラスとかの仲間か?」



九郎はそれなりに信心はあったものの神話やらにはあまり詳しくない。

アマテラスオオミカミとかスサノヲとかならわかるといったくらいだった。



《ああ、まあボクを知っていたら結構マニアックだから知らなくてもいいけどね。神話は知っているみたいだね》



日本神話とは古事記や日本書紀で語られる日本という世界・・の成り立ちを神という存在を通じて描かれるもののことだ。


だが、あくまでそれは人の思想をコントロールするためにでっち上げられられた作り話に過ぎない。

カミとはその実、ただの空想で偶像である。


少なくとも九郎はそう理解している。



「そんなものが――『存在するんだよ。いまココに』――……そんな……」


《おかしいとは思わないか?キミの生活する現実世界に、こんな現実的な空間を作り出し、それをゲームとして何万人も遊ばせられるような技術が存在するのかい?》


「そ、それは……」


《一企業にそんなもの造れるわけ無いよね。ましてそんなもの造ったなら大ニュース。キミも知らないはずが無い》


「…………」



確かに、九郎はこんなものがあったのかと驚いた。

言われてみれば、こんなものが存在するのはおかしいのだ。


絶え間なく進化し続けている世界の技術力でもまだ、現実と変わらない電脳空間を構築することも、人間の意識をそのままその世界に持っていくこともできていないはずだった。



《ボクら神はね、人に崇拝してもらう、信じてもらうことで力を保てるんだ。近年では物凄く力が衰えてきてね、こりゃマズイとこんなゲームを作ってみたんだよ》


「……信仰心を得るため。存在を思い出させるため……か?」


《おお、ご名答。察しがいいのは良いことだ。流石は我が同士だね。まあ、他にも目的はあるんだけど主にそんな感じでこのゲームを作った。そして、そのエネルギー源であるキミたちを呼び込んだんだ。想いの強い者をチョイスしてね》



想いが強ければそれだけ神にも想いが届く。

その想いの大きさはそのまま神の力になる。


《そしてボクらはキミたちの行動を観賞しながら力を蓄えさせてもらう代わりに、キミたちの願いを叶えることにしたのさ。世界の王様。現実世界を統べる生き神にしてあげることで、ね》


「生き神だと?そんな馬鹿げた話は……」


《信じられないか?ま、ボクはそれでもいいけどね。できるものは仕方ないだろ?とはいえ、神になるためには世界制覇してこのゲームをクリアする必要があるから、先は長いけどね》



世界制覇。


各国の人間が登録されるエリアはそのためのものだった。


《このゲームは現実のキミたちも反映するけど、望めば現実のキミたちやキミたちの生きる世界も書き換えることができる。解るかい?このゲームの参加者は、自分たちの望みを叶えるため、現実を書き換えるために世界中で必死に戦っているんだ》


キミはその一人だ。

オモイカネは人差し指をピンと立てる。



《ああ、でもね、本来キミはココにいるはずじゃなかったんだよ》


「どういうことだ?俺も選ばれたんだろう?」


《そうだね。でも、キミは条件を満たしていないんだ。想いはただの願望でしかなく、弱かった。なんで登録が受け付けられたか解らないくらいだ。それを証拠にキミの存在の把握が遅れてゲームの発送もこの前になっちゃったくらいだし。……それにね、なにより神様は“みんなを幸せに”なんて目的の人間は欲していないんだよ》


「なに?」



オモイカネの目がすうっと細くなる。



《だって、そんな奴が作る世界じゃ“カミサマ”なんて必要無いじゃないか》


「――っ!?」



一瞬、刺すような冷気が体を駆け抜けた。


九郎は体をブルりと震わせる。



《でもね、ちょっと事情は変わった》



突然、冷たく痛いくらい張りつめた空気が弛緩する。

オモイカネは目端を弛め、いままでのように不敵な笑みを浮かべると、九郎の肩を叩いた。



《いざキミがこのゲームに参加してきたら、初っ端からこの知恵の神でもお手上げのトラブル続きだ!いやぁ、期待どころか遊び潰して抹殺する気満々だったのに愉快痛快だよ!どこぞの誰かにゲームに勝手に当選させられ、事前に“夢枕”で行われるはずのゲームの参加の意思確認や転生の説明はすっ飛ばされて無し。説明書からは意図的にその説明が省かれ、回避不能の逆境バトルに強制ロックオン。そのくせ誰かが死なせたいのかと思えば、システムすら干渉できない強力な結界が魂に張られてて寿命はチートクラス。

 ボクは……いや、ボクらは思ったね。『こいつ何なんだ?面白いぞ』って。ウチのトップなんて早速視聴枠チャンネル買ってたくらいだよ》


「な、え?チャンネル?なに?」


バンバンと肩を叩くオモイカネの変わりように九郎は困惑し首を傾げる。


《ボクらはね、ボクらの思惑を超えるものに飢えているんだよ。知っているかい?全能や全知ってのはね、“発展も進化も無い行き止り”ってことなんだ。そんなもの、まっっったくもって面白くない。ボクも思考の停止が一番嫌いだ》


困惑は混乱に変わり、九郎はまったく状況を飲み込めないでいた。

だからだろう。


《だからボクらは期待する。キミが、その身に宿すボクらでも干渉できない何かで、とんでもないトラブルを巻き起こしてくれるのを》


九郎はオモイカネが楽しくて堪らないという満面の笑みで手を伸ばし、九郎の目の前にある板で勝手に【復活】を実行するのに反応が遅れてしまった。



――ピッ――《復活を開始します。あと15秒》――



「ちょ!おい!?」


《いいかいクロウ、我が同士。面白いってことはこの世もあの世もどこだって、一等大事なことなんだぜ?それこそ、世界のありようなんてどうでもよくなっちまうくらいに、ね》


「こ、こんなのすぐにやめてやるからな!!」


《あ、ちなみに一週間以上ログインしなくなったら、逃げたってことであることないこと吹き込んでキミの妹さんをこのゲームに招待するから》


「は?いや、お前、ふざけるな!妹は、家族は関係ないだろ!」


《いやね。ボクも妹がいるからわかるよその気持ち。家族は大切にしないとね》



クックと笑うオモイカネ。


九郎は掴みかかろうとするが、光の粒になった手では掴めない。


普段冷静でいる九郎にもさすがに焦りの色が顔にありありと浮かんでいた。



《間もなく復活します。あと三秒》



「お、おい!オモイカネ!」


《さぁて、クロウ、戦いの時間だ。タケミカヅチの力、無駄にはしないでくれよ?》


「あ、あのな、おま――」



《復活完了。転送終了しました》



闇の中、ぼんやりと青く光っていた板が、復活を告げた瞬間、九郎とともに光りとなって消え去った。



オモイカネはその残滓があった場所を眺めながら短く息を吐き出した。



《源九郎。キミは誰の思惑でここに来たんだ?もしかしてキミがボクらをさらなる“上位たかみ”へと連れて行ってくれるのかな?まあ、それは追々わかるかことか……ね》



頑張れよ我が同士。

健闘を祈る。


オモイカネは誰もいない空間にそう呟いて、同じく光りの粒に消えた。







思兼…知恵の神。高天原の知恵袋で、アマテラスが岩戸にこもった時もこの神様が策を練った。作中では中二。


武甕槌…武神で雷神。剣の神様でもある。相撲の祖ともいわれるが、作中のような能力ではなく、敵に手を掴まれそうになった瞬間、手を氷の柱に変え、氷の柱を刃にかえた話がある。


妹…オモイカネの妹にタクハタチヂヒメという超絶美人の機織りの神様がいる。


ウチのトップ…日本のトップ神は?

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